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16・SIDE:レナート


(嘘を……ついてしまった)


 アーヴィング公爵家の嫡子ユリウスとセリーナの会話を耳にしながら、レナートは自分の発言に驚き、深く自分を責めていた。


 徽章(きしょう)は、今も部屋の戸棚に閉まってある。


(……騎士として、恥ずべき行為だ。ルイは「固い」と文句を言いそうだが、制服と同様、騎士団から支給されたものは正しく身につけなければいけない。なのに……)

 

 いざ身に着けようと手に取ると、やはり、自分には相応しくないのではと躊躇ってしまう。


(ここ最近、俺は一体何をやっているんだ。これでは、殿下にも申し訳が立たない)


 ちらりと、会話するセリーナの表情を見る。普段、宮にいる時よりも幾分丁寧な口調を意識しているようだが、いつだって彼女は堂々としている。彼女は自分のことを『皇女らしくない』と語ったが、そんなことはない。謙虚な物言いと控えめな姿勢を保ってはいるが、内から溢れ出る輝きは自信に満ちている。

 

 対するユリウスも、公爵家の嫡子として恥じない紳士的な振る舞いが自然と身についている。年頃の近い二人が和やかに会話する姿は、とてもバランスが取れており――その様子が、周囲の羨望を集めていることを二人は気が付いているだろうか。

 

 その二人の傍らに控える自分が、とても異質なものに感じる。

 その思いは、先ほどユリウスの口から父親の話題が出た時に一層強まった。


(……俺は、父と鷹狩など行った事もない)


 父が鷹狩をするということさえ、初めて知った。それだけ、家族に距離を置かれていたのだなと改めて感じる。二十四歳にもなって気にするようなことではないとわかっていても、心に刺さる小さな棘が抜けない。

 こんな自分が、セリーナの側に立っていて良いのかと、益々困惑してしまう。


 その時、ふと視線を感じ、セリーナに目を向ける。

 同時に、背筋が指でなぞられるようなゾクッとした感覚を得た。

 

 いつもの慈愛に満ちた、優しく明るい笑顔とは違う微笑み。

 艶めく唇が、いつもより色づいて見えた。

 (あで)やかで、恍惚とした闇を孕んだ微笑みに、心が一瞬で奪われた。


 (……なん、だったんだ、今のは……)


 ドクドクと胸が大きく脈打つ。

 呆けていると、翡翠色の瞳とほんの一瞬視線が絡んだ。

 輝く瞳が悪戯に微笑み、次の瞬間にはいつもの彼女に戻っていた。

 

「――夏至祭?」


 セリーナの声に、意識が引き戻される。

 ユリウスは、頬を少し赤らめ、緊張を誤魔化すように微笑みながら尋ねた。


「ええ。その……もし、良ければ僕と街を歩きませんか? 三日目の舞踏会では、皇族の皆様にエスコートを申し込めないのは、理解しています。ですが、その前に少しでもお時間を頂けたらと……」


 夏至祭は、ニンフィア帝国全体が一年で最も賑わう三日間だ。

 初日と中日なかびには、誰もが思い思いに楽しい時間を過ごし、最終日には皇宮で盛大な舞踏会が開かれる。この舞踏会は、社交シーズンの始まりを告げる重要な行事である。


 夜間に開催される舞踏会は、原則として学院を卒業した成人のみが参加を許されるが、建国祭と夏至祭に限り、例外的に在学生も参加が許可される。


 ただし、皇族は象徴としての役割を果たすため、その場に鎮座するのみで、貴族たちと交わって踊ることはない。ユリウスが誘っているのは、初日と中日に帝都で開かれる賑やかな祭りのことだろう。


 恋人たちにとっても、重要なイベントだと聞いたことがある。


(殿下とユリウス殿は、親密な関係にあるのだろうか……)


 もしそうだとしたら、今後、配慮が必要になるかもしれない。

 レナートにユリウス――そして恐らく、ここでの話を耳にしていた周囲の者すべてが、セリーナの反応を待っていた。

 

 セリーナは「そうですね……」と一言零し、カップを優雅に手に取った。一度口をつけ、カップのその影で何かを閃いたように密かに口元を微笑ませた。


「そう言えば、毎年夏至祭に開催される三大公爵家の私設騎士団による闘技会は、今年はアーヴィング公爵家の主催でしたわね?」

「え……はい。そうです。今年は優勝者には、『桜雪(おうせつ)の雫』を用意しています」


 毎年、三つの公爵家がそれぞれの私設騎士団の指揮を高めるため、夏至祭の間に持ち回りで闘技会を開くことになっている。個人戦とチーム戦の二部門があり、個人戦の代表戦士には、主催家門の誇りをかけた品が騎士に贈られる。


『桜雪の雫』は、ピンクダイヤモンドに似た魔晶石を用いた魔道具のことだ。非常に珍しい『加護』の魔力が込められており、物理攻撃や魔法攻撃を弾き、簡単な病や傷ならば癒すことが出来ると言われている。桜のような淡い桃色の石と、白く清らかなホワイトゴールドが使われていることから、その名が付いたとされている。


 セリーナは、ニコリと愛らしく微笑み、手の平でレナートを指し示した。


「闘技会の優勝賞品の一部として、わたくしからレナートとの模擬試合を提供する事は可能かしら?」

「「は……?」」


 レナートは、言われていることがわからず目を大きく見開き動きを止める。ユリウスや、耳を欹てていた周囲の者達も驚きを隠せない様子だ。レナートは数秒で意識を取り戻し、慌てて腰を屈めた。


「殿下……」

「セリーナ」

「……セリーナ様。イージス騎士団の者は私設騎士団の闘技会には……」

「帝国所有のイージス騎士団は、国の安寧を守る為の組織。私設騎士団の隊員さえも守護の対象になりうる為、剣を交わえることは出来ない……でしょう? それに、イージス騎士団の騎士達は、夏至祭の健やかな運営の為に駆り出されていて、そんな時間は取れないと」

「……そうです。数代前の近衛騎士隊長が決定されて以降、守られてきた慣習です」

「でも、あなたは私の騎士でしょう?」


 セリーナの言葉に、レナートは再び動きを止める。

 その言葉は、これまでレナート自身が散々悩んで来たことを笑い飛ばすように、確信に満ちた響きを持っていた。

 

「『専属護衛騎士』の守護の対象は、自らの主ただ一人。そして、近衛兵隊に所属しながら近衛兵隊長の指示を退け、自らの判断で動ける権限を持っている。違うかしら?」

「それは……そうですが」


 レナートが躊躇っていると、暫く考え込むように口を閉ざしていたユリウスが、セリーナの意を汲むように続きを引き継いだ。


「……なるほど、普段は決して剣を交えることが出来ないイージス騎士団の――それも、"大騎士(グランド・パラディン)"の称号を持つ騎士と手合わせが出来る機会など、一生に一度あるかないかでしょう。私設騎士達の指揮は、一層上がるはずです。それも、熱狂的なほどに……。殆ど顔見知りとなった者同士で剣を交えるより、騎士としてはこれ以上にない好機ですね」

「それに、折角わたくしの騎士が出場するのですもの。今年は、わたくしも観戦に赴きたいと思います」


 その一言で、周囲は一層騒めく。通常、『騎士達によるトーナメントや闘技会は淑女は見るべきではない』という慣習から、観客席は男性で埋め尽くされる。しかし、皇女自ら観戦席に座るとなれば、その慣習は大きく討ち破られることになる。

 

「いつも、騎士様方が戦いで得た品を家に帰ってから婚約者に渡しているという話を耳にして、なんて勿体ないのかしらと思っていたのです。彼らが戦いの中で知略を尽くしているところ、命懸けでぶつかっているところ、その全てがその品の価値であり、重みになるのですから。とは言え、淑女の皆様に怪我を負わせるわけには参りませんわ。観戦席にシールドを張る魔法師を、わたくしの方から派遣しましょう。――いかがでしょう? ユリウス様の権限で、変更は可能かしら?」


 セリーナは愛らしく微笑み、瞳を輝かせて首を傾げる。

 けれど、ここまで周囲が騒めく中で『応じられない』と答えれば、それこそ次期公爵としてのユリウスの面子が立たない。ユリウスは額に汗を滲ませて、真剣な眼差しのまま、その挑戦を受けて立つとばかりに口元だけを微笑ませた。


「……面白い。フィオレ卿さえ良ければ、是非お願いしたいところです」

「まあ、嬉しいわ。レナートはどうかしら?」


 選択権は、レナートに渡される。自らの主と、闘技会主催者であるアーヴィング公爵家の嫡子に言い募られたなら、拒否することは難しい。人々の視線を感じながら、レナートは胸に手を当て、頭を垂れる。


「――仰せのままに」


 どこからともなく、わっと歓声が湧き上がった。

 人々は興奮し、こうしては居られないと動き出す。

 ユリウスもそれに続き、即座に立ち上がった。

 

「夏至祭は、もう三週間後です。そうと決まれば、僕もすぐに動き出さねばなりませんので……」


 彼は、一度丁寧に頭を下げ、颯爽とその場を去る。


 実に楽しそうに微笑むセリーナの傍らで、何故、こんなことにとレナートは一人眉を顰めた。ただ、気が付けば心にあったはずの棘がどこかへ消えていて――改めて、凄い人だなと感じていた。

 

貴重なお時間を使ってお読みいただき、ありがとうございます。

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どうか素敵な一日をお過ごしください

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