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14・Side:レナート


 レナートは、馬に跨りオパール宮へと歩き出す。

 もう、すっかり夜も更けた。夜空には星が輝き、初夏の虫の声が響いている。

 道すがら、近衛兵隊長ベルトランとの会話を思い出していた。


『就寝前に良くないと言われているのだが、止められなくてな』


 部屋の中央にあるローテーブルの前に腰掛け、レナートはコーヒーが注がれたカップを受け取る。商人や知識人の間で流行していると聞いてはいたが、飲むのはこれが初めてだ。恐る恐る口をつけると、独特の苦みに思わずむせそうになる。

 その様子が面白かったのか、ベルトランはクツクツと笑いを漏らした。


『『戦場のデルム』が聞いて呆れるな――ああ、君を(けな)す意図はない。すまない。噂など当てにならぬものだなと思ってね』

『いえ。慣れておりますので』

『……話とは、その噂の事なんだ』

 

 ベルトランは、本題だけを端的に話してくれた。

 本来、専属護衛騎士は、一つのチームで動く。近衛兵隊長を筆頭に、宮ごとに一つの小部隊が出来ていると考えれば良い。魔獣討伐隊は実務能力のみで部隊が組まれるが、近衛兵は円滑なルーティーンを考えて本人の希望を大きく優先しているらしい。どこのチームにも属していない近衛兵を募ったが、レナートの下で働きたいと申し出る者がいないという内容だった。


『魔獣討伐隊での、君の働きは聞いている。しかし……残念なことだが、近衛兵隊と魔獣討伐隊は元より折り合いが悪いだろう? それに、近衛兵隊は仕える場所が場所だけに社交界の色を強く残している。セリーナ殿下の人気が上々であるとは言え、生家が第一皇子や第二皇子を支持する派閥の者は、おいそれとは彼女に近寄れずにいるんだ』


 ベルトランはフォローするようにそう告げるが、レナートは膝の上で強く拳を握った。どこまで、セリーナに迷惑を掛ければ良いのかと。

 

 カルロの言う通り、セリーナの身の安全を考慮するならば、一カ月、二カ月とこの状態でいるのは宜しくない。これまでは何とか大丈夫だったとしても、この先も問題がないとは言えないのだから。


『……何故、陛下は私に殿下の専属護衛騎士となることを命じたのでしょう』

 

 自分の存在意義がわからない。適任者は他にも大勢いるはずだ。

 思わず零せば、ベルトランはカップに口を付けながら告げる。


『さあな。陛下の御心まではわからんよ』

『陛下とセリーナ皇女殿下の間には……何か特別な事情が?』


 勅命を受けた時の皇帝陛下を思い出す。彼は『親心だ』と言った。

 通常、セリーナも皇族であればそろそろ婚姻先などが決まっていても良いはずだ。彼女の人間関係を洗い出したいということなのだろうか。けれど、間諜のような真似をしてセリーナ自身の想いを裏切ることも、本当ならしたくはない。


(……迷うことばかりだ)


 何が一体正解なのか――悩んでいると、ベルトランはカップをテーブルに置いた。


『二人の間にどんな取り決めがなされたかは、わからない。けれど、恐らく穏やかな関係ではないだろうな』


 それは、単に仲違をしているというものではないだろう。首を傾げていると、ベルトランは脚を組み、体の力を抜くように息を吐いた。


『リリー妃がお亡くなりになった、翌々年の建国祭でのことだ。私は、その時初めてお戻りになったセリーナ殿下をお見かけした。喪が明けて、いつも通りの華やかな式典が開かれた。本来、身分の高い者が後に入場することが暗黙のルールであることは、君も知っているな?』

『はい。……一通りは、生家で学びました』


 公爵家の出であるにも関わらず、出征などを理由に社交界に顔を出さなかったことを密かに恥じる。しかし、ベルトランはその事実を蔑む様子もなく、淡々と続けた。

 

『そうか。なら、わかると思うが、本来最後に入場するのは皇帝陛下だ。けれど、陛下が入場され式辞を述べられている途中――セリーナ殿下が堂々と入場されたんだ』

『――……っ!』


 レナートは、思わず息を飲む。ベルトランは、その時のセリーナを忘れられないと言った。十歳にも満たない幼子とは思えないほどの美しさと、思わず圧倒されるほどの威厳を称えていたからと。誰もが目を奪われ、誰もが緊張に息を飲んだ――丁度、今のレナートのように。


『殿下は、体調不良のため入場が遅れたと語っていたが、陛下を見る挑戦的な瞳に背筋が震えたよ。それもあり、賢い貴族ほど殿下の様子を注視している。反逆でも起こすつもりなのかと……まあ、その様子は見えないがな』

『反逆など……っ、殿下がそのようなことをされるはずがありません! 殿下は、この国の安寧を心より願っていらっしゃいます』


 いきり立つレナートの様子を、ベルトランは冷静に受け止める。

 レナートは、感情を露わにしてしまった自分に気が付き、『申し訳ございません』と謝罪し、姿勢を正した。ベルトランは、微笑しながら首を横に振った。


『殿下は、体調不良のため入場が遅れたと語っていたが、陛下を見る挑戦的な瞳に背筋が震えたよ。それもあり、賢い貴族ほど殿下の様子を注視している。反逆でも起こすつもりなのかと……まあ、その様子は見えないがな』


『反逆など……っ、殿下がそのようなことをされるはずがありません! 殿下は、この国の安寧を心より願っていらっしゃいます』


 いきり立つレナートの様子を、ベルトランは冷静に受け止める。

 レナートは、感情を露わにしてしまった自分に気が付き、『申し訳ございません』と謝罪し、姿勢を正した。ベルトランは、微笑しながら首を横に振った。


『いや――私は、君のような人がセリーナ殿下の『専属護衛騎士』になってくれて、良かったと思っているよ』

『は……』

『セリーナ殿下は、幼少のみぎりより皇宮の魑魅魍魎を相手取る必要があった。その思考は恐ろしいほどに鋭く、難解だろう。彼女の孤独を、本当の意味で理解できる者は少ないんじゃないかと思ってね』


 ベルトランは、真っ直ぐにレナートを見つめた。

 その眼差しは、人には決して言えないが、皇帝陛下よりも余程『父親』の顔をしていたように思う。


『何者にも脅かされず、蔑まされることもない。主の身を守る盾となり、道を切り開く剣となる。崇高たる陰であれ――専属護衛騎士の本懐だ。出来る限り、配慮してあげて欲しい」

 

 そこまでで、概ね話は終わった。オパール宮の護衛チームに関しては、引き続きベルトランの方でも何人かに声を掛けてみるが、レナートの方でも引き入れられそうな者がいたら声を掛けて欲しいとのことだった。


 去り際に、扉に手を掛けたところで後ろから声を掛けられた。


『そういえば、わかっているとは思うが、間違っても護衛対象者に懸想するようなことがないようにな。……騎士を続けたいのであればな』


 レナートは、予想外の言葉に目を瞬かせた。そんな恐れ多い気持ちを抱く筈がない。『肝に銘じます』と短く返し、部屋を後にした。

 

 夜空を仰ぎながら、レナートの思考は自然とセリーナのことへと向かう。

 自分の目の前では、彼女はひたすらに愛らしく、心の温かい女性だ。しかし、彼女を長年知る者ほど、その恐ろしさを口にする。


 どちらが本当の姿なのか。それとも、どちらも彼女自身なのだろうか。軽やかで愛らしく、聡明で恐ろしく――初恋の女性と同じ香りを纏う彼女。

 その香りに思考を乱されることはあれど、彼女に対する気持ちは間違いなく「敬愛」に近いものだ。


 それに、彼女の歩む道を阻まないためにも、彼女の持つすべての側面を見ておきたいと思うのは、専属護衛騎士として当然ではないだろうか。


 今後どう動くべきか、陛下には何と報告をするべきか、答えの出ない問に頭を悩ませている内にオパール宮が見えて来る。宮全体が眠りについているかのように静かだった。レナートは馬を繋ぎ、自室に帰ろうとした――が、やはり今一度、自分の主の様子を見に行こうと足を向ける。

 

 

 オパール宮に入り、二階へと続く階段を上り、暗い廊下を進む。

 ふわりとまた、ひと際強く花の香りを感じた。

 

 ほんの小さな違和感。

 歩みを速めると、手前の扉がガチャリと開いた。


「きゃっ! ……フィ、フィオレ卿! どうしてここに……お休みになられたのではなかったのですか?」


 驚いて声を上げたマリアの背には、衣装室がある。

 侍女の彼女が出入りする事は不思議ではない。こんな夜更けでさえなければ。

 訝しみながらも、警戒されてはいけないとあくまでも冷静に尋ねる。

 

「……いえ。就寝前にセリーナ様の様子を伺おうと。カルロはどこに?」


 通常、夜間の護衛は扉の前で行う。異性の場合は特にだ。

 しかし、奥の間の前に人はいない。マリアは、忙しなく視線を彷徨わせ口籠る。


「それは……」


 返事が返って来ない事に苛立ち、「失礼」とだけ告げ足早に移動する。

 軽くノックをし――一瞬躊躇ったが――返事を待たぬまま、ゆっくりと扉を開けた。


 部屋には、誰もいなかった。

 テラスへと通じる窓が大きく開かれ、カーテンが揺れる。

 レナートは、慌ててテラスに飛び出した。


 手摺を掴み視線を外に向ける。

 幸い、月明かりで見晴らしは良い。東の離島で鍛えた夜目が役に立つ。


(……くそっ、どこに行ったんだ……!)


 踵を返しかけたその時、柔らかい声が耳に届いた。

 

「……レナート! どうしたの?」


 簡素なネグリジェ姿のセリーナが、テラスの隅からひょっこり顔を出した。

 レナートは、その姿を見てほっと安堵し、しかし俄かに強く尋ねた。


「――どちらかに行かれていたのですか?」


 自分でも、思っている以上に冷たい声が出た。

 そのことに気が付いたようで、セリーナはビクッと肩を揺らした。

 セリーナは、肩に掛けたショールを直しながら、困ったように眉尻を下げた。

 

「こんな夜更けに、どこへ行くというの? 少し、テラスで夜風に当たっていただけよ」

「……カルロはどこへ?」

「彼なら……香りに鎮静効果のある花を摘みに行ってるわ。眠れなくて……私が、我儘を言ったの。夜分遅いから、マリアを行かせるのも心苦しかったし……」

 

 セリーナは、困ったように眉尻を下げ、「ごめんなさい」と静かに口元を微笑ませた。夜空を背に一枚の絵のように美しいその笑顔に――レナートは、何故だか胸が締め付けられるような気持ちになった。


(……嘘か、本当か……)

 

 分からない。これ以上、詮索する事も出来ない。

 レナートは、諦めて緊張を解き、淡々と告げる。


「――……御身がご無事であれば、問題ございません。しかし、次は良ければ遠慮なさらず私を呼んでください。ご不便を感じさせてしまうかもしれませんが、専属護衛騎士は二十四時間絶えず主をお守りする責任がございます」

「……ええ。そうするわ。本当にごめんなさい」


 冷酷だと言われる自分の顔は、今どのように彼女の目には映っているのだろう。

 責めたいわけではない。だが、無性に腹立たしかった。


 謝罪しなければいけない。昼間の感謝も伝えていない。

 

 心ではそう思うのに、その場の空気をどう補って良いのかわからないまま、時を待たずして、カルロが小さな花束を抱えて来た。マリアが、流れるような仕草でそれを受け取り、花瓶に生ける。レナートは、ただ静かにその状況を見守っていた。


(……子供じみた、疎外感だな)

 

 すっきりとしない感情に、ただ漫然と溜息を吐くしかなかった。

 

貴重なお時間を使ってお読みいただき、ありがとうございます。

いいね、ブクマ、ご感想、お待ちしています(,,ᴗ ᴗ,,)


どうか素敵な一日をお過ごしください

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