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13・Side:レナート

更新が遅くなりました。

引き続き読んでくださっている読者様に、心より感謝いたします。


『そうね――お友達になれたら素敵よね』


 学院からオパール宮に戻り、セリーナを部屋に送り届けて部屋の前で待機する。

 レナートは、昼間の出来事を思い出していた。

 

 いつもの彼女とは少し違う、引きつった笑いだった。

 それに、不自然なほど急いでその場を後にした。

 

(……あれは完全に)


 引いていた。

 レナートは、そう結論付け自責の念に駆られていた。

 

 そもそも、もし記憶の中の()()と同一人物ならば、レナートのことを僅かながらにも覚えていただろう。香りと口調が似ていると、それだけで気持ちが先走ってしまった。

 

 セリーナの反応は、きっと自然なものだ。人との付き合いが少なくともその位はわかる。ただでさえ強面の大人の男が急に『妖精』だなんだと言い出して、きっとおぞましくて仕方なかったに違いない。

 

 階段を昇っていた時の様子を見るに、体を動かすのは苦手なのだろう。

 それにも関わらず、授業を休んでまであの場所にレナートを案内してくれた。

 告げられた言葉も――感謝してもしきれない。

 

 セリーナは、レナートの見た目に惑わされることなく、さらにはその功績を誇らしいとまで称えてくれた。あの透き通る翡翠色の瞳で、どれほど遠いところまで見渡しているのだろう。尊敬に値する主君だ。


 そんな彼女に、感謝を告げるどころか自分の欲を優先して不快な思いをさせてしまった。万死に値する。贖罪の機会は訪れるだろうか。


 レナートが一人頭を悩ませていると、抑揚の少ない滑らかな低温が耳に届いた。

 

「フィオレ卿、少しお時間よろしいでしょうか?」


 カルロは事務的に淡々と、感情を抜いた表情でレナートに声を掛けた。


 レナートが承諾すると、彼は今後の警護体制についての話を切り出した。

 護衛は通常二十四時間体制で行われる。『専属護衛騎士』を付けた以上、公の場――つまり学院では、セリーナの立場を考慮し、レナートに一任したい。けれど、夜の警護については自分に任せて欲しい、という内容だった。


「……申し訳ないが、その提案をそのまま承諾することは出来ない。『専属護衛騎士』として着任した以上、全責任が俺にある。いずれ人員を増やすつもりではいるが、それまでは俺が夜間も部屋の前で待機するつもりだ」

「それでは、あなたがお休みになる時間がないではありませんか。警護の質を落とされるのは困ります」

「問題ない。東の離島では数か月休まず警戒を続けていたこともある。――それに、それはお互い様だろう?」

「僕は、もう七年この仕事をしていますので。それに、夜間の警護も考慮し、セリーナ様より向かいの部屋を頂いております。それこそ問題はございません」


 双方譲らず、拮抗した状態が続く。しかし、レナートとしては彼と敵対したいわけではない。吐息と共に肩から力を抜き、歩み寄るように話しかける。


「……ここでは、俺の方が招かれざる客であることはわかっている。出来れば協力し合いたい。まず誤解しないで欲しいのだが、決してカルロ殿の腕を疑っているわけではないんだ。七年前、イージス騎士団の一般雇用向けの入団トーナメントで優勝したと聞いている。それを手土産に、殿下の専属侍従兼護衛騎士の権利を得たと」


 イージス騎士団は、毎年一定数を腕の立つ民衆から採用している。階級を持つことが出来るのは帝国立学院の騎士科を卒業した者だけだが、入団トーナメントの競争率は非常に高く、優勝者にはそれなりの地位が与えられる。

 

 自分の腕一つで成り上がろうとする猛者たちだ。学生のように年齢も一定でなければ、戦い方さえ正攻法ではない。傭兵として場数を踏んで来た者も大勢いる。その中で勝ち抜くと言うのは、相当な覚悟と実力が求められる。


 カルロは、少し意外そうに眉を上げた。


「……僕のことを調べたのですか?」

「調べたと言うほどのことではない。当時、俺もまだ帝都に居た。有名な話だ」


 彼は少し考える素振りをし、最後は諦めたように告げた。


「なら二日。週のうち二日はお部屋でお休みください。出来れば今夜から。――セリーナ様の命だと思って頂いて構いません。ご心配をお掛けするのは、あなたも本意ではないでしょう?」


 主の名を出されると、何も言い返せない。

 実際、彼女なら必ず休暇を取るように言うだろう。夜間だけならまだマシなのかもしれない。レナートの様子から答えを察したのか、話しはこれで終いだとばかりにカルロは踵を返す。その足を、つい引き留めた。


「――カルロ殿も、俺を恐ろしいとは思わないのか?」


 不思議だった。彼を含め、オパール宮に仕える多くの者は、レナートを見ても眉一つ動かさない。こうして話をしている今も、警戒されているのは間違いないが、レナート自身に対する悪感情は見えてこなかった。

 

「カルロと」

「ん?」


 問い返すと、この日彼は初めて表情を変え、口元を緩く微笑ませた。

 

「カルロとお呼びください。僕の方が階級は下なので。それから――僕は、あなたよりセリーナ様の方が余程恐ろしいです」


 そのまま彼は背を向け、セリーナの元へと向かった。

 言葉の真意は測りかねるが、その態度から、一定の距離を保たれていることだけはわかった。

 

 

◇◇◇

 

 

 それから数時間後。護衛役をカルロに預けて部屋に戻ると、窓辺に一羽の鷲が控えているのに気が付いた。イージス騎士団が伝令を送る際に使う魔法の鷲だ。窓を開け指先に招くと、即座にその姿を一通の手紙に変える。


 内容は、騎士団本部への呼び出しだった。指定の時刻は二十三時。


 軽く身なりを整えたらオパール宮の外周からでも警護を続けようかと考えていたが、それさえも叶わなくなった。夕食を取り、護衛服から騎士団の正装に着替える。シンプルな装いに慣れてしまうと、肩のマントが煩わしい。

 

 オパール宮は、皇宮の敷地の中で本宮から一番遠い場所にある。

 まるでその存在を隠すように、緑に囲まれひっそりと佇んでいる。

 馬に乗り、なだらかな白いラインを描く建物を背に本宮に向け歩み始めると、どことなく後ろ髪を引かれるような物悲しさを感じた。

 まだ数日のことだと言うのに――いや、まだ始めたばかりだからこそだろうか。その場を離れることが名残惜しく、もっと出来ることがあるのではないかと気が逸る。


 思考を振り払うように馬を走らせ数分。本宮脇の厩舎に馬を繋ぎ、本宮を回り込み騎士団本部へと急いだ。

 

 もう夜も遅い。遠くに巡回の騎士が歩いているのは見えたが、他にすれ違う者はいなかった。等間隔に灯された僅かな灯りを頼りに移動し、本部内に入る。帝都に戻り最初に訪れた場所だが、それが遠い昔のように感じた。


 階段を二つ登り最奥の近衛兵隊長室に向かう。扉をノックすると、すぐに若い騎士が扉を開け、レナートを見て顔を引き攣らせた。レナートは――ああ、これが普通の反応だと、内心妙に納得してしまった。


「――……来たか。遅くに呼び出して悪かったな」


 若い騎士の肩越しに声が掛かる。

 視線を奥に移すと、デスクに座る貴公子然とした人物が目に入った。

 整えられたブロンドの髪に、碧い目の片方は傷を負ったのか黒い眼帯で隠されている。しかし、それが身に着ける者の品位を損なうことはなく、一糸乱れぬ制服姿と相まって洗練された雰囲気を保っていた。魔獣討伐隊の人間とは質が違う。


「お前は下がれ」

「……っ、しかし、私は……!」

「騎士ならば実力で示せ。話しは以上だ」


 何の話をしていたのか――若い騎士は、苦々しい顔で唇を噛んでいた。

 怨嗟の籠った視線でレナートを睨み、去り際に耳元でぼそりと告げた。


「……いい気になるなよ」


 レナートは驚き彼を見るが、その後姿はすぐに扉の向こうに消えた。


「騒がせたな」

「いえ……」

「隊長のベルトラン・ド・サンクレールだ。君が噂の若き『大騎士(グランド・パラディン)』か、共に働けて光栄だ」

「レナート・ディ・フィオレです。よろしくお願い致します」


 胸に手を当て騎士の礼を取り、「楽にしてくれ」という言葉を受けて礼を解く。

 ベルトランは、デスク越しに折りたたんだ用紙を渡してきた。


「皇宮内警備配置図だ。隠し通路も含め、皇宮内全体の警備体制が記されている。極秘事項に付きこの場で頭に叩き込んでくれ」

 


 レナートは、素早くそこに書き込まれた字と線を目で追っていく。

 すぐに、オパール宮周辺の巡回兵の数が、他の宮に比べて多いことが分かった。

 恐らく、これまで専属護衛騎士がいなかった彼女の為の配慮だろう。

 カルロを信じセリーナを任せて来た手前、大っぴらには表せないが、僅かに安堵する。

 

 ベルトランは少しの間レナートの様子を見守り、(おもむろ)にまたデスクの引き出しを引いた。中から何かを取り出し、コトリとデスクの上に置く。


「それから、これは君の徽章(きしょう)だ」

「徽章……」

「ああ、『専属護衛騎士』にのみ付けることが許されている。君がオパール宮――セリーナ殿下の『専属護衛騎士』であることを示す証だ」


 レナートは、僅かに息を飲む。

 配置図をそっとデスクに置き、隣の徽章を手に取った。


 オパールが中央にあしらわれた、精巧な細工だった。

 柔らかいフォルムが、セリーナの雰囲気を感じさせる。


「本来なら任命と同時に与えられるものなのだが、なにせ陛下の気まぐれで急に決まったことだ。悪く思わないでくれ」

「……いえ」


 未だ実感がわかない。

 自分がこれを受け取っても良いのだろうかと、どこか他人事のように感じる。


「今、皇女殿下はどうされているんだ?」

「従来通り、殿下付きの護衛を担うカルロに一任して参りました」

「そうか、なら……」

 

 ベルトランは、おもむろに立ち上がり、部屋の隅に美しく並べられたカップとソーサーを手に取る。部屋に入った時から、ほんのり芳しい香りを感じたのは、どうやら珈琲だったようだ。優雅にポットの中身をカップに注ぎ、レナートを振り返り見てそれを掲げる。


「少し、話せるか?」

 

貴重なお時間を使ってお読みいただき、ありがとうございます。

いいね、ブクマ、ご感想、お待ちしています(,,ᴗ ᴗ,,)


どうか素敵な一日をお過ごしください

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