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1-6.導き

───春斗は翔馬と共に駐車場の外に出た。

空は夕焼けに染まり、春斗はその眩しさに思わず目を細める。

ひさし代わりに目元に当てた掌。

その周りには数台の警察車両と警察官達。

そして黄色いテープとそのまた向こうには野次馬の群れ。


いつの間にやら大騒ぎになっている外の雰囲気に、春斗はただただ呆気にとられて言葉を失った。


「ハルトッ!」


声にハッとして春斗が声のする方へ視線を送ると、藤乃が春斗へ向かって駆け出していた。


春斗もしゃがみ込んで藤乃を迎えると、勢いのままに藤乃は春斗の胸に飛び込む。


「痛ッ」

「あ、ゴメンね!大丈夫?」

「あぁいや、これくらい平気だよ」


慌てて藤乃が離れるが、春斗はやや引き攣った笑顔で答える。


「お前さんか?翔馬んとこの新人ってのは」


不意に聞きなれない声が聞こえ視線を上げると、そこには初老の男が立っていた。

ロマンスグレーの髪をオールバックにかきあげ、草臥れたキャメルのトレンチコートにクタクタのグレーのスーツを身に纏っている。

ワイシャツのボタンを2つ外し、赤いネクタイを緩く巻いたその姿と少し垂れた目尻が余計に歳を感じさせた。


「すいません和戸さん。藤乃ちゃん見ててもらって」

「ん?あぁ気にすんな。この子は良い子だから全然苦にならんよ」


春斗の横に立っていた翔馬の言葉に初老の男─和戸はにこやかに答えながら藤乃の薄紫色の髪を優しく撫でる。


「紹介するね。この人は和戸 憲紀(わど のりとし)さん。僕らがいつも良くしてもらってる刑事さんだよ」

「おいおい、なんか語弊あるだろそれ」

「……? そうですか?」


翔馬の紹介にやれやれと首を振りながら和戸が言うが、当の本人はピンと来ていないようで首を傾げるだけだった。


「はぁ……ったくコイツは……改めて、和戸 憲紀だ。東部警察署で“生活相談窓口”勤務、まぁ文字通りの窓際職員だ。よろしくな」

「和戸さんは相談窓口に届いた問題を僕達みたいな所謂“処理屋”に斡旋してくれる仲介人をしてるんだ」

「櫻井 春斗です。よろしくお願いします」


ようやく二人の関係が見えてきて春斗も挨拶を返す。


「それにしても派手にやったな。犯人は?」

「僕が1人拘束してます。もう1人は春斗君を襲って過剰発現を起こして自滅。あと2人いたと思うんですけど……」

「そいつらは私が片付けた」


翔馬の言葉を引くつぐように聞こえた声に振り返ると、頭から血を流した睦月が何事もないかのように表情を変えず歩いてきた。


「ムツキッ!おでこから血が……」

「おい睦月大丈夫か!」

「あらら、ホント派手にやったね」


三者三様の反応だが睦月は特に返答せず。

和戸は左手を額につけて頭を抱えた。


「睦月、お前なぁ……女の子が顔に傷創ってくんじゃねぇよ。お嫁に行けなくなったらどうすんだ」

「和戸さん、それセクハラ。それに傷は顔じゃなくて頭」

「んなこたァどうだっていいんだよっ!娘と年の変わらん子の心配して悪いかっ!とにかく救急車乗っとけっ!話は後でいいから」

「いやいいって……」


和戸と睦月のやり取りと、和戸に加勢して救急隊に載せようとする春斗に苦笑を浮かべた翔馬。


そんな光景を見つめた藤乃の耳には、しかしその会話が入ってこない。

まるで急に水の中に潜った様に周りの音が篭っていき、やがて何も聞こえなくなった。


睦月も春斗も控えめに言って重症。

その原因は自分だと子供ながらに理解している。



何とかしなければ、と漠然とした焦りの様なものだけが藤乃の胸に積もり、不安が涙となって瞼に溜まる。



─……強く願いなさい


不意にフラッシュバックする声。


─……君が心から願うなら、叶わない願いはないよ


耳の奥の残響か、彼方よりの調か、声の主すら分からぬ声に導かれ藤乃は歩き出す。

救急車に乗る乗らないを未だ繰り広げる睦月と春斗に近寄ると、2人の手を小さな両手で握る。


「……?藤乃……?」

「どうした?」


不意に手を握られた2人は揃って藤乃を見つめる。

藤乃は小さな胸一杯に空気を吸い込むと、


「治ってッ!」


突然声を張り上げた藤乃に、その場の大人達は沈黙して一斉に藤乃を見つめた。


「え、藤乃?どうし……」


言いかけた春斗が藤乃へ左手を伸ばすと、言葉を止めて固まった。


「傷が……ない……?痛みも……」

「え?本当だ。血も止まってるし、服も治ってる」


混乱して固まる春斗と、不思議そうに額を擦ったり自分の身なりを何度も確認する睦月。


「こりゃ、一体……」

「藤乃ちゃん、これ……」


唖然としている和戸と翔馬は事態を確認しようと藤乃を見れば、嬉しそうに笑っているだけだ。


「良かった、2人とも……元気にな……」


だが言い終える前に藤乃の鼻からタラリと血が流れ、顔を青くしながらその場に倒れた。


「藤野っ!」


慌てふためく春斗の声を遠くに聞きながら藤乃の意識は沈んでいった。



******



───「こんのッ!バカッタレ共がッ!!」


藤乃が意識消失してすぐ、翔馬の運転する車で向かった先はマリの診療所だった。


身元も分からず住民票もない藤乃がそのまま救急車に乗るわけにはいかず、慌ててマリの元へ連れてきた一同。

到着した瞬間、藤乃を奪い取ったマリは処置室へ連れて行き、出てきた瞬間がこの叱責。


長い金髪を振り乱し、目元の小じわを深くして、まさに鬼の形相である。


春斗、翔馬、睦月、和戸は並んで正座させられお叱りを受けていた。


マリは不機嫌を隠しもせず勢い任せに茶色のソファに座り込むと、診療所の診察室で煙草に火を付け深く紫煙を肺に取り込むと一息に吐き出す。


「ったく……大の大人が雁首(がんくび)揃えて何やってんだいッ!命に別状は無いから良かったものの、過剰発現でもしたら……」

「いやまったくです……面目ない」


珍しく殊勝な面持ちで真剣にそう言う翔馬に毒気を抜かれたのか、眉間のシワを緩めてため息を着くマリ。


「はぁ……で?藤乃はどんな超能力(ギフト)を使ったんだい?」


そうマリに問われて、一同は顔を見合わせる。


「あ"?なんだい、まさか分からないなんて……」

「いやぁ、そうじゃないんすけど……」

「私と春斗を治したの」


言い淀む春斗に助け舟を出すように睦月が簡潔に事実だけ述べた。

だが、マリには違和感があった。


「は?治したって、“傷を”ってことかい?それなら別に……」

「傷だけじゃない。私の服は裂けてたし春斗の服には穴が空いてた。それも含めて“治したの”」

「……何言ってんだいこの娘は。そんなトンチキ、こんな短期間に何度もあったらたまんないよ」


吐き捨てるように言いながら床に灰を落として再び煙草を吸い込む。

ゆっくりと天井へ紫煙を吐き出して、正座する4人と視線を合わせるように前屈みになる。


「いいかい?分かってると思うが、傷を治す超能力(ギフト)は幾つもある。服はもちろん物を治す超能力(ギフト)も五万とある。でもね、それがどちらもいっぺんに治ったんなら、それはもう“回復”だの“修復”だのの域は出ちまってるよ」

「そう、なんですか……?」


マリの言葉にピンと来ていない春斗が思わず口にすると、マリはジロリと春斗を見て口を開く。


「……超能力(ギフト)ってのは同じ様な能力でも発生のさせ方、作用の仕方、効果範囲などなど、あらゆる者に個人差がある。仮に“傷を治す”力があったとして、それは細胞を活性化させて回復を早めるものだったとする。それで服は治らないだろ?その逆も然り、百歩譲っても“服を直す”力で出来るのはせいぜい傷の縫合だろうね。“治す”と“直す”。似たような能力でも、やれる事には決定的に乖離がある」

「でも現に俺達は……」

「そう……だから問題なのさ。恐らく藤乃の力は“治癒”や“修復”なんてチャチなもんじゃない。例えば“時間の逆行”。これなら傷を作る前に時間を戻すこともできるかもしれない……あくまで可能性の話だがね」


マリはソファに座り直しながらそう言って思案する様に煙草を咥える。


「時間の逆行か……昔見た事があるのは“対象の時間を操作する”超能力(ギフト)を使う人はいたね。体感時間に作用してあたかも瞬間移動してる様な錯覚を起こす。流石に時間そのものに干渉して“時を止める”みたいな人には会ったことないけど」


翔馬が正座が辛くなったの立ち上がって屈伸しながらそう言うと、和戸も立ち上がって腰を押さえて伸びをする。

そして2人とも近くのパイプ椅子を引っ張って腰をかける。


「ああ、いたなそんなヤツ。確か“解放の灯火”の奴らだったか。懐かしいなぁ、まだ翔馬とバディだった頃だから……」

「和戸さん」


思い出にふける和戸を制止するように翔馬が一言言うと、ハッとしたように目を丸めた後口に手を当てる。

が、もちろん後の祭りである。


「“バディだった”?初耳なんだけど?」


睦月は立ち上がって膝の埃を払いながらやや語気強めに言う。

それに習うように春斗も立ち上がって翔馬を見つめて言葉を待ったが、翔馬はバツの悪そうな笑顔で頭の後ろを掻いているだけだ。


「いやぁ、この話は長くなるからまた今度ね……それよりマリさん、藤乃ちゃんは?」


翔馬は逃げる様に話題を逸らす。

だが確かに、今は翔馬の過去より藤乃の事だと一同はマリに視線を移す。


マリは煙草を吸い上げ、吸殻を床で揉み消すと一息に支援を吐き出す。


「別段変わりないよ。恐らく脳に急激な負荷がかかって意識を失ったんだろうが、今のところ脳に異常は見られない。すぐに起きるよ」

「よかった……」


春斗が安堵の声を漏らすが、マリは眼光鋭く前のめりになって全員を睨みつけると、


「ただしッ!次はどうなるか分からないんだ、藤乃には超能力(ギフト)は使わせるんじゃないよ」

『はい』


マリが強く釘を刺し、一同は声を揃えて返事を返す。


「……まぁ藤乃(あの子)が無事でよかったじゃねぇか。んじゃ俺は先に帰るわ。明日以降で一応3人とも話聞くからまた連絡する」

「あ、和戸さん。2人を送ってやってくれません?何かあるといけないんで」


立ち上がった和戸に翔馬は申し訳なさげに笑いながら声をかける。


「いらなくない?和戸さんより私の方が強いし」

「ハハハッ!こりゃ手厳しいな」


睦月の率直な感想に、ロマンスグレーのオールバックを撫でながら和戸は高笑いして返す。


「うん、でも僕としては大人がいてくれた方が安心なんだよ」

「ッしっ!じぁお前ら帰るぞ。帰りに飯おごってやる」

「分かった帰ろうじゃあね翔馬」


困り顔の翔馬に和戸が助け舟を出せば、睦月は表情をそのままに目だけを輝かせ早口で承諾。

足早に玄関口へ向かって行った。


「ちょっ、睦月、もうちょい藤乃の事見てからでも……」

「……? マリさんが大丈夫って言ってるなら大丈夫。ここにいたって何ができる訳じゃないし」

「いやそうだけどよぉ……」


それだけ言うと、睦月はいそいそと玄関口へ向かって行った。

睦月の淡々とした答えに納得しつつもどうにも気になる春斗は助けを求めるように翔馬に視線を向ける。


その視線に返答するように翔馬は柔らかい笑みを浮かべると、


「大丈夫だよ。春斗くんもご馳走になりな」

「睦月の言う通りだ。アンタらいるだけ邪魔だからさっさと帰んな」


翔馬の言葉に付け足す様にマリが言いながら手を払っている。


「……ありがとうございます、藤乃のことよろしくお願いします」


春斗もそう言って立ち上がると翔馬とマリに頭を下げる。

そして先行く睦月と和戸を追いかけて診療所を後にする。


3人が診療所を出るのを見送り、マリは再び煙草に火を点けた。


「……よろしく、ね。妙な坊主だよ」

「なにがです?」


呟いたマリの言葉を翔馬が拾うと、マリは煙を吐き出しながら小さく笑う。


「あって数日、ほぼ見ず知らずの他人にあそこまで肩入れする事が、だよ」

「そうですかね?」

「そういや、アンタも似たような部類だったね……ったく」


不思議そうに首を傾げる翔馬に呆れた様に返すと、タバコを吸い上げ火種が煌々と燃える。


「で、実際何者(なにもん)なんだい?藤野(あの子)は」

「……と、言うと?」

「……ふぅ……しらばっくれるんじゃないよ。警官(わど)がいて、救急隊まで来ていて、それでも私の所に連れてきた。普通じゃないだろ?それに、あの狸親父が了承済みって時点できな臭いよ」


煙を吐き出し、マリは確信めいた口振りでそう言った。


「狸親父って……藤野ちゃんについては“分からない”という事しか分かってません。彼女の出生記録すら見つからない位なんで」


困った様に眉尻を下げてそう答えた翔馬。

だがその答えにマリは納得がいかなかったようで、鼻を鳴らして腕を組む。


「フンッ、翔馬と和戸(アンタら)がつるんでる時なんてどうせろくな事じゃない……アンタらがどうなろうと別に構わないけどね、あんまり若いもんを振り回すんじゃないよ」

「分ってますよ」

「ハッ、どうだか」


穏やかな笑みで答える翔馬を、マリは肩を竦める。

そして薄ら笑いを浮かべたまま煙草を床に落として踏み消した。


******


───遠くに波の打ち付ける音を聞きながら、男は上機嫌に鼻歌を歌っていた。

白いパーカーのフードを目深にかぶった男-白山はパソコンの前で覗いた口元を歪めている。


「いやぁ、いい仕事するねヨシくんは。よく撮れてるよ」


くるりと椅子を回して振り返ると、アニマル柄のタンクトップを着た筋骨隆々の大男が手を後ろに回して立っていた。


「ウッス」

「やっぱヨシくんに頼んで正解だったわ!おかげで何処を突けばいいか丸分かり!……んじゃヨシくん、この“ボクちゃん”調べといて。1週間以内ね」

「ウッス」


白山が画面に映されている一時停止された映像を指差す。

その映像は、春斗がバンダナ男と戦闘している一部始終だった。

それも望遠ではなく、かなり近く。


ヨシは再び短く返事を返すと、後ろに回していた右手の人差し指を出す。

と、そこに1匹の羽虫が止まった。


「……櫻井春斗の全てを……」


ヨシがそう言うと、羽虫はどこかへ飛んでいく。


「んじゃよろしくね〜……っとと、そろそろ懸賞金取り下げないと……」


言いながら白山はパソコンに向き直った。

ヨシは軽く一礼すると階段を下りていく。

部屋の中にはキーボードを叩く音だけが聞こえ、やがて波の音にかき消された。


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