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1-5.雷電

───春斗と藤乃を乗せたエレベーターは目的の階の1つ下で止まる。


春斗は緊張した面持ちで藤乃を壁側へ寄せ、自分もエレベーターの扉の影になる様に隠れた。


「……待ってたぜお嬢ちゃ……」


開いたドアから声と共に顔を覗かせた男。

春斗はその顔面に最速でストレートを放つ。


完全に油断していた男は拳を(もろ)に受止め、言葉を言い切ることなくフェードアウト。


その隙にエレベーターを閉じようとボタンを連打する。


───が、閉まらない。


焦る気持ちを抑えて、状況を確認しようと視線を少し上へ上げる。

そこには新雪の上に手を置いたようにくっきりと手形があり、ドアの縁を溶接していた。



「……藤乃、絶対ここから出るな」

「ハルト……」

「安心しろ。この前みたいにはなんねぇから」


不安げな表情の藤乃の頭を優しく撫でてそう言うと、春斗はエレベーターから降りる。

そして大きな鼻を抑えて悶絶している緑のバンダナを巻いた小柄な男を視界に捉えた。

春斗は静かに拳を構える。


バンダナ男も春斗に気付きゆっくり立ち上がると、唾を撒き散らしながら喚き始めた。


「てめぇッ!俺のチャームポイントが潰れちまうじゃねぇかッ!」

「チャームポイント?弱点(ウィークポイント)の間違いだろ?デケェ(まと)だから狙いやすいしな。鼻に当てたら何点だ?」


挑発するように軽口を叩く春斗だが、警戒は怠らない。

臨戦態勢のまま、バンダナ男を観察する。


「てめぇ……俺の可愛い鼻をバカにしたなッ!酸性雨(アシッド・レイン)


そう叫んで両腕を大振りに振るえば、先程エレベーターのドアを溶かしたであろう液体が無数に飛び散る。


咄嗟に横に飛び退いて交わした春斗だったが、散弾銃の様な液体の飛散を躱しきれず手足を僅かに掠める。


「痛ッ」

「キャァァァッ!!」


焼けるような痛みも束の間、絹を割く様な藤乃の悲鳴がエレベーターから聞こえてくる。


「藤乃ッ!」

「平気ッ!当たってないッ!」


エレベーター内から聞こえた藤乃の声にホッと胸を撫で下ろす春斗。


─……コイツに遠距離を使わせず、エレベーターから引き剥がさねぇと……


「どうだ避けきれねぇだろッ!あんなイカレ野郎ゴロゴロいてたまるかっ!」


興奮した様子でそう言いながらバンダナ男は右の人差し指を突き出し、親指を立て拳銃の様な形をとる。

その指先に先程の液体が球体となって集まっていく。


「ッ!」


舌打ち共に並んだ車の影に飛び込む。

タッチの差で指先の球体は放たれ、春斗がいた場所に焦げた様な跡をつける。


「厄介だなッ!」


春斗が車にもたれ掛かりながら悪態を着くその間にも、溶解液の弾丸は盾にしている黒いセダンに打ち付け、焼ける様な音を立てている。


─何かないかッ!……何か……


焦る気持ちを抑えつけ、冷静になるよう心がけ、使えそうなものがないか辺りを注意深く探る。

そして、目に入った。

停められた車達の後ろで煌々と光る赤いランプ。


「ヒハハハハハッ!そらそら出てこいよォッ!」


バンダナ男が煽るような高笑いを上げながら一定の間隔で弾丸は車に当たっている。


……タンッ……タンッ……タンッ……


車を溶かす雑音(ノイズ)を振り払い、打ち付ける音を聞き取り、その間隔を覚える。


……タンッ……タンッ……タンッ……タンッ


そして、最後の衝突音を合図に駆け出した。


次弾装填までのタイムラグ、およそ10秒。


止まる車の狭い後ろを、可能な限り最速で目標の場所まで走り切る。


「チッ!チョロチョロと……」


バンダナ男が悪態を着きながら溶解液の弾丸を溜め終えて放つが、僅かな差で春斗は目的の車の裏に滑り込んだ。


「ハァ……ハァ……ッぶねぇ」


車のトランクに背中を預け息を整える。

最後に大きく息をつくと、目的の物である赤い長方形の箱を開けた。


一方のバンダナ男はイラついたように自慢の大きな鼻の下を擦り声を荒げる。


「おいッ!いつまで隠れてるつもりだッ!」


言いながら溶解弾を撃つ。

当たった車から焼け焦げた音が聞こえると、春斗が車の影から駆け出してきた。


「ぬおッ!」


自分で出てこいと煽っておきながら、実際駆け出してきた春斗に一瞬怯むバンダナ男。


だが、2人の距離はまだ離れている。


次弾の装填は可能と判断したバンダナ男はすぐさま指先を春斗に向け、溶解弾を生成を開始。

溶解弾は瞬く間に完成する。


「溶けろッ!」


バンダナ男が指先から溶解液を射出する、その瞬間。

春斗は右手に持った赤い“何か”をバンダナ男目掛けて投げた。


「なッ!」


バンダナ男に飛来するそれは“消化器”だ。

反射的にバンダナ男は投げつけられた消化器へ指先を向け溶解液を放つ。


溶解液は見事消化器に命中。

そして、中身は爆散。

勢いよくバンダナ男に降りかかり、緑のバンダナも自慢の鼻も、何もかもを白く染める。

更に飛び散った消火剤は舞い上がり、煙幕の様に視界すら真っ白に覆い隠した。


「ぶわッ!クッソなんて事を……」


目を開けていることすら出来ないバンダナ男は悪態をつきながら後退り何とか煙幕から出ようと試みる。


しかしその時、残された聴覚に確かに聞こえる反響音。

人が走る音だ。

駐車場内を反響していて方角は分からないが、間違いなく人の走る音だ。


「クソッ!どこだ卑怯も……」


言い終える前に右頬に感じる痛みと衝撃。

バンダナ男が体勢を崩すも踏み止まると、今度は反対側から同じく衝撃。


2度の衝撃によろめくと、何とか消火剤の霧の中から飛び出たバンダナ男。


慌てて顔を拭い、再び聞こえた駆け足の音。

近付いてくるその音の方を向いた時、瞳には飛び上がった春斗の揃った靴底が写った。


「……あ」


春斗のドロップキックはバンダナ男の顔に直撃。

自慢の鼻も無惨に踏み潰される。


「ぶぎゃッ!」


蹴りの衝撃で飛び跳ねながら転がるバンダナ男。

3度転がり膝を着いて起き上がると、再び写る春斗の左足。


助走をつけて放たれた春斗の左足が頬を叩き、バンダナ男の視界が揺れる。

力の働くままに身体が流され横たわると、春斗は馬乗りになって執拗にバンダナ男の顔を殴り続けた。



─ここで止めるッ!ここで倒すッ!ここで殺すッ!



胸の内で唱えながら、最初で最後のチャンスを逃すまいと渾身の力で拳を振るう。

気付けばバンダナ男の自慢の鼻は潰れ、顔は腫れ上がり、流血で真っ赤に染っていた。


それを見て、春斗の手が一瞬止まる。


が、


「……あ"……あ"あ"あ"あ"あ"ッ!!」


腫れて押し潰された両目を見開き、呻き声のような声と共に両手の平を春斗の胸に押し当てる。

瞬間、着ていた服を溶かし、焼けるような痛みが駆け抜けた。


「…… ッ!」


思わず逃げる様に立ち上がると、すかさずバンダナ男は春斗の火傷のように爛れた胸板を蹴りつけて更に押しのける。


「……しぶといな」


焼ける様な痛みに胸を押さえながらバンダナ男を睨むと、顔から血を滴らせながら息も絶え絶えなバンダナ男は両腕を春斗に向けてかざしている。


「あ"、あ"あ"あ"あ"あ"ッ!!」


腫れ上がった瞼の向こうで写る狂気の色。

獣の咆哮の方が幾分綺麗に聞こえるような雄叫びを上げ、それに呼応する様に両手首から先に薄緑色の球体が生まれた。


透ける球体の中ではみるみる皮が爛れ、肉を溶かし、骨が液体になって消えていく。

切断面から流れる流血は黄緑色の液体を汚し黒く濁らせていき、鉄球の様な見た目へと変わる。


「ぃ"あ"あ"あ"あ"あ"ッ!!」


「なッ!」


痛みからくる絶叫か、怒りからくる咆哮か。

常軌を逸した自傷と狂気を孕んだ雄叫びに気圧され春斗は思わず後退る。


「い、イヒヒッ……イヒッ……ゔァあ"あ"あ"あ"あ"ッ!!」


熟れて崩れたトマトのような両頬を不気味に引き攣らせ、春斗へ向かって駆け出した。


両手の球体を乱雑に、デタラメに、激しく振り回す。


一瞬判断が遅れた春斗は紙一重で球体を躱すが避けきれず頬に火傷の様な傷を作る。


─もしかしてこれが宮城さんの言ってた……


バンダナ男の攻撃を避けながら春斗の脳裏には訓練初日の翔馬との会話がよぎる。




******


───遡ること訓練初日。獅郎に超能力(ギフト)の使い方を教わった時の事だ。


春斗は軽い気持ちで、超能力(ギフト)が暴走するとどうなるのか尋ねた。

すると翔馬は先程まで緩かった表情が一転、真剣な表情で答えた。


「……そうだね……超能力者(ギフテッド)の精神状態や身体状況にも左右されるけど、一貫しているのは意識が混濁して理性が飛んで、身体が勝手に超能力(ギフト)を使い続けてしまう状態になる。この状態を“過剰発現”と言って、痛みも苦痛も感じること無く超能力(ギフト)の発動を続け、最後には身体が持たずに命を落とす……そうならない為にも、まずはきちっとスイッチを作ろうね」


最後には笑顔で締め括ったが、その話に春斗は背筋に冷たい汗が伝ったのを覚えている。

続けて、過剰発現(そうなった)時に止める方法を聞いた。


それに翔馬は眉尻を下げて首を振る。


「残念だけど、 “過剰発現”状態の超能力者(ギフテッド)が自力で超能力(ギフト)を止める術はないんだ。何せほぼ意識がないからね。自壊以外で止める方法は───」



******



───……殺すか、限りなく“死んでいる”状態まで持っていく……!


バンダナ男の乱打を避けつつ翔馬が告げた唯一無二の方法を頭の中で復唱する。


自壊待つのも手ではあるが、バンダナ男がどれ程この状態を維持するか分からない以上確実にジリ貧になる。


()らなければ、()られる。



しかし千載一遇のあの瞬間、腫れ上がり血みどろになったバンダナ男の顔を見た時、不意に理性が戻り手を止めてしまった。


春斗も頭で理解はでてきていても培ってきた倫理観が最後の最後でブレーキを踏み、拳を振り上げられないでいる。



「あ"ッハハハハハッ!!」


何が面白いのか狂った様に声を裏返して笑いながらうでを振るい続けるバンダナ男。


疲れも痛みも知らないバンダナ男の猛攻は次第に春斗の体力を削り、球体がカスれば火傷のような跡を残す。


「……ッ!いい加減にッ!」


大振りな右腕を避けて力一杯にバンダナ男の腹を蹴飛ばす。


バランスを崩して後ろへ下がり、躓き倒れるバンダナ男。

しかしバンダナ男は腫れ上がった顔に狂った笑みを貼り付けたまま、手を付かずに軟体生物のような動きで起き上がって見せた。


「どうなってんだよ、それ」


呆れた様な苦笑を浮かべて呟くが、返事が返ってくることは無い。


「ぃ"い"ッ」


バンダナ男が声を漏らして更に顔を引き攣らせると、球体は両の腕を飲み込んで一瞬で溶かす。

そして代わりに溶解液の腕を(あつら)えた。


「おいおい、アリか……しゃあない……」


バンダナ男の変貌に驚いた表情を浮かべた後、覚悟を決めた様に表情を引き締めバンダナ男を睨む。



───……これが使えるのは2秒だけ。それで終わらせる……ッ!



身体を深く沈め、深呼吸。



─そして、



「……雷電(らいでん)



春斗の言葉と共に癖の強い赤毛は静電気で吸い寄せられたように少し持ち上がり、僅かに身体から赤い閃光がチラつく。


バンダナ男は異変に気づいたのか、両腕になった溶解液を振るい叩き付ける。


が、それより速く春斗の姿はバンダナ男の前から消えた。

遅れてくる破裂音が駐車場内へ反響する。


音が響き渡る頃には、バンダナ男は身体をくの字に曲げていた 。


弾むように駐車場を転がっていくバンダナ男。


入れ替わるように現れた春斗は肩で大きく息をつきながら膝を崩す。


「ハァ……ハァ……立つんじゃ、ねぇぞ」


遥か先へ転がって行ったバンダナ男には聞こえないであろう小さな声で、食いしばるように表情を歪める春斗。

翔馬の言いつけを破ってまで使った超能力(ギフト)の代償は大きく、最早立ち上がる事すらままならない。


祈るような視線の先に転がる男。

しかし、遠目に見つめた溶解液の両腕は健在だった。


そしてバンダナ男はゆっくりと身体をくねらせ、膝を震わせながら、その顔に狂気の笑顔を乗せて立ち上がる。


「ハハッ……マジかよ……」


呆れた様な諦めた様な失笑の後、奥歯を食いしばり立ち上がる春斗。


だがそれだけだ。


ただ立っただけ。

立っているのがやっとの春斗に狂気の怪物(バンダナ男)と戦う力は残っていない。


─……何とかして藤乃だけでも……


自分の残りカスのような力で何が出来るか思考を巡らせる。


春斗の一撃が効いているようでバンダナ男も満足に歩けはしないようだ。

腕を振るうにしても距離はまだありそうに見えた。


しかしバンダナ男も足を引き摺りながら着実にその距離を詰めてきている。


─……どうする?振り返って走れば……無理だな、足がほぼ死んでる。1歩動いたらたぶん転ぶ……宮城さんに電話……


バンダナ男から目を離さずにポケットを探る春斗。

すると、


「はい、落としてたよ」

「あ、ありがとう……えっ!」

「やぁ、大丈夫かい?」


不意に声がして振り返れば、そこには翔馬が立っていた。


「宮城さんッ!いつの間に……」

「ん?あぁ、実は割と最初の方からいたんだ。春斗君があの男の注意を引いてくれている間に藤乃ちゃんを安全な所に預けて来てて遅くなったんだ。申し訳ない」

「安全な所?」

「うん、でもとりあえず話は後ね……すぐ終わるから。これ持っててくれる?」


そう言うと帽子とコーヒー豆の入った紙袋を春斗に渡す。


「あ、そうそう」

「?」

「初めてまともに使ったのによく制御できたね。やっぱりセンスあると思うよ」


穏やかな笑みでそう言い残し、バンダナ男へ向き直る。


「ぎぃい"ぃい"ッ!!」


翔馬と対峙したバンダナ男。

その瞳に翔馬を写した瞬間、腫れ上がった顔面の笑顔が剥がれ落ち苦しむ様に蹲ると身体を丸くした。


それを見た翔馬は少し目尻を下げると、


「あぁ、なるほど」


憐れむような表情でそう呟くと、バンダナ男の背中は肥大化する。

そして全身から黄緑色の溶解液が滲み出し、バンダナ男を包んでいった。


「あれは……」

「身体が限界を迎えたみたいだ」


翔馬がそういう頃にはバンダナ男はその形をほぼ無くしている。

やがてアスファルトに大きな焦げ跡だけを残し、まるで最初から誰もいなかったかのように姿を消した。


「終わったね。お疲れ様」

「宮城さん、俺……」

「うん。超能力(ギフト)を使った件なら気にしないで。あの状況じゃ仕方ないよ……さっ、帰ろう。みんな1階に集まってる」


翔馬はそう言いながら春斗から受け取った帽子を被り預けた荷物を受け取ると、非常階段へ向かって行く。


春斗は残された焦げ跡を少し見つめると、ゆっくり踵を返して翔馬を追いその場を後にした。

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