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1-3.ショッピングへ出かけよう!

───春斗が宮代相談事務所に出入りするようになってから3日が経過した。

休日だった春斗は朝早くから事務所に足を運び、挨拶もそこそこに超能力(ギフト)の練習を始めている。


裏庭に出て翔馬に練習を見てもらっている春斗を、藤乃はパジャマ姿でソファに横になりながら頬杖を着いて眺めていた。


「藤乃?どうかした?」


声をかけたのは睦月だった。

毛先をピンク色に染めた腰ほどまである黒髪をツーサイドアップで纏め、指のギリギリ出る黒のパーカーとホットパンツに黒のニーハイソックス。

どうやら出かける出で立ちの睦月に、藤乃は体を起こして不機嫌そうに口を曲げる。


「ハルト、練習ばっかりでつまんない」

「櫻井はそのために来てるから」

「そうだけどぉ」


不服そうな声を漏らす藤乃に睦月は小首を傾げる。

睦月の三白眼には分かっていながらも何故か不機嫌な藤乃の言動が不可解に見えた。


「ムツキはお出かけ?」

「そう。京子に買い物を頼まれたから、ついでに自分の物も」

「……いってらっしゃいぃ」


睦月の返答に藤乃はつまらなそうにそう言うと、ソファに仰向けに倒れ込む。

そんな藤乃を見て、やはり不思議な小動物を見つめるような視線を送る睦月。


すると、


「おや?どうしたんだ睦月?」


ドアを開けて入って来たのは京子。

スーツ姿で長い茶髪を団子状に纏めておりどうやら仕事モードのようだった。


「藤乃が退屈みたい」

「まぁ、そうだろうな。3日も家にいればやることなんかなくなるさ……そうだ睦月。藤乃も連れてってやってくれ」

「ん?保護対象でしょ?」


京子の思いつきに睦月は表情を変えずに、だがやや疑問の籠った声音でそう言った。


「流石に1人では危ないが、睦月が一緒なら大丈夫だろう」

「……行く?」

「行く!」


睦月の言葉に、藤乃は跳ね上がるように起き上がると目を輝かせて頷いた。


「なら藤乃の分の日用品も買ってきてくれ。特に洋服は洗い替えも欲しいからな」

「分かった」

「藤乃。睦月の言うことを必ず聞くこと」

「はーい!」


京子の言葉に2人はそれぞれ返事をして、藤乃はソファから飛び降りた。


「睦月、何かあれば必ず連絡しろ。定時連絡も忘れるな」

「大丈夫、獅郎(ボサボサ)とは違う」


京子の言葉に睦月は三白眼を細めて少しからかう様な笑みを見せる。


「おや?何処か行くのかい?」


声がする方を見れば、裏庭から笑顔の翔馬と全身煤だらけの春斗が窓を開けて覗いていた。


「ハルト!大丈夫?!」

「あぁ平気平気。見た目ほど傷は無いから」


黒いパーカーとデニムの煤を外で払って部屋に入ると、駆け寄ってきた藤乃の頭を撫でる。


「で、どこか行くんスか?」

「お買い物行くの!」


春斗の言葉に藤乃は嬉しそうに飛び跳ねながら京子の代わりに答える。


それを聞いて翔馬は一瞬京子に視線を送ると、京子が小さく頷くのを見て藤乃に笑いかけた。


「そっか、じゃあ僕達も行っていいかな?」

「え?俺もッスか?」

「あまり根を詰め過ぎるのも良くないだろう。始めて3日なのにかなり物になってきているし、ここらで少し休んでおこう」

「は、はぁ……」


不思議そうに首を傾げつつもそう答える春斗。

だが睦月は少し怪訝そうに眉をひそめた。


「櫻井も?保護対象が増えるのは想定外のリスクを高めるだけじゃない?」

「その点は大丈夫さ。彼は超能力(ギフト)を使わなくてもそれなりに動けるからね……ただし、春斗くんはまだ超能力(ギフト)は使っちゃダメだよ?超能力(ギフト)のスイッチ、“コード化”はまだ完全じゃないから暴発の可能性は高い」

「わかりました」


そんな春斗と翔馬のやり取りにまだ納得のいっていなさそうな睦月の肩に、京子はそっと手を置いた。


「藤乃を睦月が、櫻井を翔馬が護衛する。それぞれにガードが着いていれば問題ないだろう。何も無ければ男共は荷物持ちに使ってやればいいさ」


そう言って笑いかける京子。

睦月はその言葉を聞いて諦めたのか小さくため息をついて、


「何かあってからじゃ遅いと思うけど……まぁ荷物持ちは必要か」


答えながら少しだけ目尻を下げた。



******



─── 翔馬の車に揺られて30分。

4人が着いたのは大型のショッピングモールだ。


「すっごーい!!おっきいー!!」


出発から窓窓の外を楽しげに眺めていた藤乃は、ショッピングモールの外観を興奮した様子で歓声を上げている。


「この中にお店があるの?!」

「そうだよ、沢山ね」


後部座席から楽しげに聞いてくる藤乃に釣られ、運転している翔馬も白黒のハンチング帽の下から覗く瞳を細め嬉しそうに笑みを零して答える。


やがて車は立体駐車場に入り駐車すると、藤乃が飛び出すように車から降りた。


「おーい、藤乃。飛び出したら危ないぞ」

「ハルト!早く行こ!」

「はいはい」


藤乃は真っ白なワンピースを翻して春斗の手を引く、というよりは藤乃が飛んで行かないように春斗が引き止めながら、2人はエレベーターへ向かっていく。


「……翔馬、ちょっといい?」

「ん?どうしたんだい?」


車に鍵をかけながら2人を微笑ましげに眺めていた翔馬に、睦月が口を声をかけた。


「藤乃って何歳?見た目より幼い印象だけど。」

「んー、ハッキリは分からないんだけど見た目は10歳位かな?でも最近の子は体の成長も早いし、もしかしたらもっと小さいのかもね」

「……どこに住んでたとか、両親の事は?」

「いやぁ、それが分からないんだよね。伊達さんの話じゃ捜索願いも出てないみたいだし」


困った様に笑いながら答える翔馬。

睦月はそんな翔馬に向き直ると、真っ直ぐに見つめて、


「……京子が調べても分からなかった?」


表情は変えずにそう言った。

だが探る様なその声音には疑いの色が乗っている。


「うん、分からなかった」


翔馬は視線を2人から外すことなくその疑いにハッキリと、しかし質問だけに答えた。


「……ふーん、分かったら私にも教えてね。“色々と”」


その言葉を最後に睦月は春斗達の向かった方向へ歩き始めた。

翔馬らその背中を見ながら、目深にかぶった白黒のハンチング帽を押さえて苦笑を浮かべる。


「いやぁ、女の子は恐ろしいなぁ」


呟きながら翔馬は帽子を押さえて小走りになり、3人の後を追った。



翔馬が追いつき一同は、今にも跳ねて踊りそうな藤乃を春斗がなだめながらエレベーターに乗り込み、1階へ。

柔らかな浮遊感を感じながらエレベーターは下降していく。


そして、扉は開かれた。


「すっごーい!!」


エレベーターを降りて最初に目に入ったのは人、人、人。

そしてその向こうに所狭しと並ぶ店の数々。


人の多さに驚いたのか、店の多さに感動したのか、藤乃は浮き足立った様子で当たりをキョロキョロと見回していた。


「落ち着けって……藤乃、ショッピングモールとか来た事ないのか?」

「うん、初めて来た!すごいね!人もお店もいっぱい!」


興奮冷めやらぬ様子で捲し立てる藤乃に春斗は一瞬何か言いかけるが、藤乃に家族の事を聞いた時の表情を思い出し、その言葉を飲み込むようにして口を閉じた。

そして飲み込んだ言葉の代わりに優しく笑いかける。


「……だな。よし、じゃあ行こうぜ」

「すごい人混みだから、はぐれないようにね」

「はーい!」


翔馬の言葉に元気よく藤乃が手を挙げて返事をすると、その手を睦月の右手の指先を掴む。


突然感じた指先の温度に、睦月は一瞬ビクッと体を震わせ表情を変えないままニコニコと見上げてくる藤乃の顔を見つめる。


「ムツキも迷子にならないでね!」

「ふふっ……はいはい」


睦月は藤乃の言葉に小さく笑いそう返すと、4人は荒れ狂う人の波に漕ぎ出した。



******


───「つ、疲れた……」


漏れるように呟きフードコートの席に座り、テーブルに額をつけてうなだれる春斗。

両脇には紙袋が山のようにうず高くそびえ立つ。

その中身はほぼ睦月と藤乃の私物。頼まれた買い物の日用品など10分の1以下だ。


「いやぁ、まさか睦月ちゃんがあんなに買うとは……」

「着いて来るって言ったのは2人でしよ?文句言わないで」


翔馬も些か疲れの見える表情でそう言うが、睦月はクレープを食べながら涼しい顔。

藤乃に至っては嬉しそうにオレンジジュースを飲みながらフライドポテトを貪っていた。


「いや、でも俺は行きたいなんて……」

「“でも”じゃない」


春斗の弱々しい抗議の声も、細められた睦月の三白眼の眼光に射抜かれ掻き消える。


「まぁまぁ。とにかく必要な物は揃ったわけだし、食べ終わったら帰るとしよう……っとそうだ、コーヒー豆が切れてたんだ。ちょっと買ってくるね」


言いながら翔馬は立ち上がる。去り際に睦月へ耳打ちすると、再び人混みに潜って行った。


残された春斗、藤乃、睦月。

どことなく居心地の悪い沈黙に、周囲の雑踏がより大きく聞こえる。

特に気にもとめていない藤乃だけが幸せそうな笑みでオレンジジュースをすすっていた。


「なぁ姫宮……」

「睦月でいい」

「じゃあ睦月で……睦月はなんで宮代さんのとこにいんの?俺と年齢かわんないだろ?」

「色々。多分櫻井と似たようなものよ」

「……そっか……あ、俺も春斗でいいよ」


春斗の言葉に睦月は頷くと、クレープをかじりながら周りのテーブルを視線を向けた。

そこかしこのテーブルで、家族や友人、あるいは恋人と穏やかに談笑し穏やかな時間を過ごしている。


「睦月?」

「……よく考えたら春斗や藤乃とは理由がだいぶ違うかも。2人と違って命を狙われたり拐われたりはないから」

三白眼の瞳を少し細めて僅かに微笑む睦月。


「藤乃はともかく、俺は狙われてるか分かんないだろ?」


春斗はフンッ、と鼻を鳴らした後悪戯っぽい口調で答えると、カップのコーラを飲む。


が、睦月は目を細めて春斗を見据えた。


「……多分狙われてる可能性は高い」

「え?」

「このフードコートに4人、妙な奴らがいた。2人は翔馬を追って行ったから今は残り2人。熱心な視線から察するに金を掴まされたチンピラか、チンピラ以下の素人か。藤乃だけじゃなく貴方にも視線がいってたし、良くても藤乃の護衛としての“品定め”。最悪は貴方もターゲット」


言い切る睦月の声音から、それが嘘や冗談では無いと感じた春斗は表情を強ばらせる。


そんな春斗の様子を見て、睦月は小さく溜め息をつくと、残ったクレープを口に放り込んだ。


「急にそんなに警戒したら相手に悟られるから、自然にしてて」

「……なら変なこと教えんなよ」


やや前のめりになって姿勢を低くし、声を落として答えた春斗に、睦月は額に手を当てて再び、今度は深い溜息。


「はぁ……なら無駄話でもする?……さっきの話の続きだけど、私が翔馬のところにいるのは、単純に家を出たから」

「……家出?」

「そう。私の家族は皆、私の超能力(ギフト)を気持ち悪がってね。そもそも異形系や体の見た目を変える超能力(ギフト)に偏見が強い人達だったから。14の時に家族全員半殺しにして家を出た」

「半殺しって……」


睦月は陶器の人形の様に冷たさを感じる程感情をその表情に乗せず、ただ自分のこれまでを箇条書きの様に並べている。


一瞬冗談だと思い苦笑いを浮かべた春斗だったが、無表情のまま淡々と話す睦月を前にすると“半殺し”も現実味を帯びて感じた。


「その半年後くらいに街で翔馬にあって、最初は補導されるみたいな形で連れてこられたけど。行く宛てもないし、“特許証”を取ってバイトで住み込んでるの」

「……なんつうか、睦月って凄いな。俺の家も大差ないけど未だに実家暮らしだ」

「別に、生きる為に逃げてきただけ。必要なら貴方もきっと家を出てる」

「どうだろうな……」


レモンティーを飲みながら淡々と話す睦月の言葉に、やや自嘲的な笑みで返す春斗。

少しの沈黙の後、春斗は思い出した様に口を開く。


「そういやさっきの“特許証”って……特別対応許可証の事か?睦月も持ってるのか?」

「ええ、勿論。貴方も“使いこなす”って息巻いてたから、取るつもりなんでしょ?」

「……まぁ……多分……まだ決めてないけど……」


睦月の問いに春斗は癖の強い赤毛を掻きながら歯切れ悪く答える。


「取らないならそこまでの力は必要ない、むしろ過剰よ。なにかの弾みで誰かを殺しかねない」

「まぁ、そうなんだけど……まだちゃんと扱えてないし実感なくてさ」

「焦って決めることじゃないけど、この前言ってたような事を本当にしたいなら必ず必要になる」


変わらず抑揚の少ない声でアドバイスすると、睦月がチラリと藤乃に視線を向けた。

どうやらポテトは食べ終えたようで、オレンジジュースのカップがまもなく枯れるところだった。


「藤乃が飲み終わったら帰るから」

「宮城さんを待たなくていいのか?」

「大丈夫、そろそろ終わると思うから」

「ごちそうさまでした!」


春斗や睦月の会話などにまるで興味がなかったのか、藤乃は黙々と食べていたおやつの完食を満足気に宣言した。


「じゃあ帰ろう。春斗は荷物お願い」

「えっ!これ全部ひとりで!」

「当たり前でしょ?荷物もってたら2人を守れないし。それに荷物を持つために来たんだから」


そびえ立つ2つの荷物の山に絶句している春斗を他所に、睦月は口元を緩めて少し悪戯な笑みを零した。


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