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2-18.恩寵の徒

 ────作戦開始から15分。

 現場の貸倉庫だったビルの近くに止められたマイクロバスを改修した警察車両の中、源該は目深に被った焦げ茶色の帽子の下から鋭く眼光を光らせ備え付けの椅子に座っていた。


「……遅いですね。よもや報告を忘れたなどは……」


 小さく、しかし低く通る声で呟くと、その威圧感に周囲にいた警察官達は冷や汗を流した。

最早高齢で現役から退いたとはいえ、かつて“紫電の将軍”と呼ばれ畏れられたその迫力は現在も衰えることはない。

 重苦しい静寂が車内を制する中、突入した者達とは別の回線から通信が入った。


『私だ。状況を報告しろ』


 通信は作戦本部の紅陽からだった。

スピーカー越しからでも分かる不機嫌な声に、源該は小さく溜め息をつく。


「……今のところどの班からも終了の報告はありません」

『チッ、これだから民間は……状況が変わった。速やかに現場を制圧、立ち塞がるものは全て排除しろ』

「随分焦っているようですな。何があったのです? 」


 不機嫌全開の紅陽に臆することなく、淡々と尋ねた源該に、寧ろ周囲の警察官達が肝を冷やした。

 当の本人はそんな周囲の空気など感じていないかのように表情を変えず返答を待つ。

 やがて、苦みばしった表情が浮かぶような声音が返ってきた。


『────馬鹿共が動き出した』

「と、言うと?」

『テロリスト共が動き出したんだよ、まるでこっちの動きが分かっていたかのようにな。目星い処理屋の中でも選りすぐったお前らがここに集まった、このタイミングで』


 忌々しげに響く声に、周囲の警官達に動揺が走る。

 警察達が口々に状況の確認を急ぐ中で、源該は訝しんだように目を細めた。


「その事態に対応する為に、今回警察の実働部隊を動かさなかったのでは?」

『想定の規模を超えてるんだよ。今、全国で同時多発的に破壊活動が発生したが、この街の規模は他の街とは桁が違う。正直全くと言っていいほど手が足らん。だから早急に────』

「ッ!!」


 紅陽が状況説明をしている中、それを遮るように社外から起きた爆発音。

 通信の向こうで源該に状況を報告するよう紅陽が怒鳴るが、それを無視して源該は車から飛び出し、言葉を失う。


「…………これは………」


 帽子の下の瞳に映るのは、夥しい数の立ち上った煙。

 源該はすぐさま車内に戻ると、怒鳴り続ける紅陽を無視して一方的に捲し立てた。


「この中で1番現場経験が長い者はッ!」

「ハッ! 自分です! 」


 源該の言葉に1人の男性警官が姿勢を正して返答する。

 それを見て源該は1度頷くと、


「では、これから先の本部への報告と現場指示を一任します。基本対応は現場判断で、貴方は本部へ都度報告を」

『なんだとッ! きさ──』


 源該はスピーカーの向こうで怒鳴る紅陽を無視して通信を切ると、立て掛けていたステッキを手にする。


「……草加さんは、どちらへ?」


 表情を鋭くして尋ねた男性警官に、源該は小さく笑いながらステッキの柄で被った帽子の鍔を少し持ち上げた。


「私も現場へ急行します。あとは頼みました」


 ******


 ────源該の元に紅陽の連絡が入る数分前。


「チッ、こんなもんかいな」


 退屈そうに刀の峰を肩に担いで辺りを一瞥する獅郎。

床には切り伏せられた男達がひしめき合っていた。


 突入の指示と共に屋上から侵入したのは、獅郎の他に2人。

 1人は黒いフードを目深に被り、口元も黒い布で被った小柄な人物。

黒い外套で足先まで隠したその姿は、最早性別すら判断できないほどだった。

 もう1人は金髪を小さなリーゼントにしている筋骨隆々の男。

 獅郎の後ろに立っていた2人は、並び立つと身長差も大人と子供程もあり、風体も相まって異様な存在感があった。

 しかし、2人が手を出す事はなく、獅郎が一人で場を制圧。ものの数分で状況は終了していた。


 はち切れそうな白いTシャツと淡い青のジーンズを履いていたリーゼント男は、その風体とはギャップを感じる程人懐っこい笑顔を丸眼鏡の向こうで浮かべている。


「いやぁ流石は宮代相談事務所のエース! あっという間に制圧しちゃいましたね! まさに早業! 相手に何もさせないなんて」

「…………」


 リーゼント男の言葉に獅郎は振り返り、横目に見る。

 リーゼント男とは対照的に、男の横に並ぶ外套の人物は一言も発さずただ佇んでいた。

 僅かな間の後、2人に向き直る獅郎は得意げな笑みを浮かべる。


「…………まっ、 当然やんな! チンピラ共にやられるような俺やないわ!……それで、これが“なんたらグリーン”のアタマかいな」


 そう言って胸を張った獅郎は、足元に転がり伸びていた小太りの男の首根っこを掴んで持ち上げた。

 リーゼント男は何度も首を縦に振り、気味の悪さすら感じる様な笑顔で肯定する。


「そうですそうです! 流石ですね! 一目で頭目を見つけるなんて!」

「…………」

「こんくらい楽勝やで! ガハハッ! そんで君……えーっと」

「マイケル 紫村(しむら)です! 改めてよろしくお願いします!」

「よろしゅうな。って、もう終わってもうたけどな! ナハハッ!」


 リーゼント男──マイケルは屈託ない笑顔を向け、獅郎は上機嫌で天井を仰ぎながら高笑いする。

 と、不意にマイケルは耳につけたイヤホンに手を当てた。


「あ……はい! お疲れ様です! …………」


 マイケルが返答を返している間、獅郎は再び部屋全体へと視線を向けた。


 屋上の扉から入り、階段を降りてすぐの部屋。

壁を抜いて繋げたであろう部屋はそれなりに広く、廊下に比べて最近手が入れられた様子だった。

戦闘のせいで荒れてしまったが、打ちっぱなしのコンクリートの壁と床は、侵入時にはよく手入れされた空間だった。

 その歪な綺麗さの理由は、獅郎の眼前にあった。


「なんやこれ……?」


 それは、一段高く作られた壇上。

入ってすぐに暴れ始めた獅郎は気付かなかったが、壇上のある壁にだけ赤い縦長の旗が2つかけられ、金色の刺繍で見たことの無い紋様が描かれていた。

そして旗に挟まれるように設置された、同じ紋様を中心に掘られた焦げ茶色の演台。

 一角だけがやたらと華美に装飾されたこの妙に開けた空間(・・・・・・・)が何をするための空間なのか、鈍い獅郎にも予感はあった。

ここは礼拝堂(・・・)、もしくは集会場(・・・)なのだと。



 獅郎は引き寄せられるように“ビリジアン・グリーンメン”のリーダーの首根っこを掴んだまま、引き摺りながらその壇上へ一歩を踏み出した。

 刹那、獅郎は足を止めて不意に首を右へ傾ける。

 獅郎の動作と入れ違うように、獅郎の首筋ギリギリを飛び荒ぶ“なにか”。

その“なにか”は、轟音と共にすぐさま獅郎の前にある壁に突き刺さった。

それは“漆黒の杭”だった。

小さなクレーターと亀裂が、コンクリートを穿った杭の威力を物語っている。


 しかし、獅郎は動じるでもなくゆっくりと気怠げに振り返り、並び立つマイケルと外套の人物へ視線を向ける。


「うわぁッ!! スゴい! 振り向きもしないで避けるなんて! 流石、“導師さん”が危険と仰られた方ですね! 」

「なんや、やっぱ“ネズミ”かい」


 獅郎はつまらなさそうに言いながら、リーダーの男を部屋の隅に放り投げる。


「んで? お前ら何もんや? 」

「すみません! まだ話せないです! なにせ“主任”に口止めされてるんで!」

「そうかい。別にえぇで、興味ないしな…………せやけど」


 変わらず笑顔で快活に答えるマイケルに、獅郎は肩を竦める。

 そして肩に担いだ刀を構えると、凶暴な獣のような笑みを浮かべた。


「お前らは楽しめるんやろな? 」


 ******


 ────焼け焦げた床を踏み締めて、春斗は小さく息を着いた。


 周囲に目を向けて、瞳を細める。

床に転がるのはグズグズに溶けた肉塊、全身から刃物が飛び出した物、炭化した下半身、肥大化し所々毛の生えた肉団子。

 過剰発現の末、人としての原型を留めないまま息絶えた屍達。

 その中にチラホラと映る、“普通の死体”。

先に意識を失った者たちを庇いながら立ち回ってはいたが、それでも複数人の巻き添えを出す結果となった。


「……クソッ」


 短く悪態を着きながらも、すぐさま隣の睦月たちが侵入したシャッター側に続く扉を見つけ、3人に合流するべく扉を開けた。

 広い空間には焦げ跡や切り付けたような跡が無数に残り、その場に立つ“3人”以外は皆倒れ伏している。


「おっ? そっちも終わったのか。お疲れさん」


 声をかけてきたのは、突入前に睦月と夏燐に挟まれて辟易していた長身痩軀の男だった。

茶色の髪をオールバックに撫で付けたやつれ気味の男は、軽い調子で片手を上げていた。


「はい。えぇっと……」

「あ、悪い悪い、挨拶しそびれてたな。俺は秋津あきつ事務所 の秋津 貴之(あきつ たかゆき)。事務所って言っても所員は俺と事務の人だけだけど。まぁよろしく」

「ど、どうも。宮代相談事務所の櫻井 春斗です。あ、一応バイトッス」


 春斗に歩み寄りながら、凄惨なその場に似つかわしくない程丁寧に挨拶する男──義弘に一瞬面食らいながらも、何とか挨拶を返す。


「おぉ、お疲れ春斗」


 義弘の後ろから、両端に鉄球の着いた杖を肩に担いだ夏燐が声をかけながら近寄り義弘の横に並ぶ。


「春斗、この人マジヤベェぞ。なんで今まで名前が聞こえてこなかったのか分かんねぇレベルでヤベェ」

「あんまハードル上げないでくれる? 」


夏燐の賞賛に義弘が苦笑いを浮かべながら答える。

しかし、夏燐の饒舌は止まらなかった。


「いやマジで凄かったんだって! この人──」

「うるさいわよ雷女」

「アァ?! なんか言ったか蛇女ッ! 」


 苛立ちを隠しもしないでスゴみながら振り返る夏燐だったが、睦月は左右のツインテールを白い大蛇に変えたまま、蛇達と共に天井を見つめている。


「まだ上で音がする。多分、戦ってる」

「はぁ? カチコんでんだから当たり前だろ? 」

「上の階は獅郎が行ってるのよ? 腐っても一流の処理屋が、こんなチンピラ共に時間をかけると思う? 」

「ん……そりゃあ……」


 睦月の言葉に返す言葉をなくして、夏燐は思案するように顎に手を当てて視線を落とす。


 その時だ。

 春斗が入ってきた扉とは別の、奥に繋がる扉がゆっくりと開く。

 その場の全員が一斉に臨戦態勢を取ると、扉から現れたのは“裏の搬入口”に突入した3人だった。


 1人は白いキャップを被った浅黒い初老の男。黄色いシャツに黒いスラックスを履き、メーカー物のスニーカーを履いていた。

 1人は茶髪の長い髪を腰まで流した中年の女。上下黒のスカートタイプのスーツを着ており、異様に白い顔に真っ赤な口紅が目を引いた。

 1人は20代前半と思しきの男。白いパーカーとデニムを履いた黒髪の男。


「アンタたちは……」


 義弘が警戒したまま声をかけると、白キャップの男が声を張り上げる。


「我々は“恩寵教団”の信徒、解放の戦士であるッ! 我々は超能力者(ギフテッド)の無駄な犠牲を望まないッ! 早々に投降せよッ!」

「……恩寵教団? 」


 白キャップの男を反芻するように繰り返した春斗の横で、何か得心がいった表情で義弘は頷く。


「あぁ、なるほど。50年前の亡霊(・・・・・・・)ね」

「50年前? それって……」

「今でもたまに特番でやってるでしょ?  “開闢闘争”で当時暴れてた“恩寵の徒”。それのシンパが潜伏してるって話は聞いたことあったけど、まさか本当に事を起こすほど馬鹿だとはね」

「…………今の発言は、敵対の意志ととるぞ? 」


 肩を竦めて呆れ顔を浮かべた義弘と春斗の会話に、白キャップの男が呟くと、眼前の敵達(さんにん)は、静かに散会する。


「あ"? 当たりめぇだろ? 誰がんな頭のイカれた野郎共とつるむかよ」


 夏燐が言いながら挑発的な笑みを浮かべて、肩に担いだ双球の杖を構える。

それを皮切りに全員が臨戦態勢をとった時────


「ッ!! 避けてッ!!」

「ッ!!」


 突如叫んだ睦月の言葉に、対峙していた双方が後ろに飛び退く。

それと入れ違いに、崩落する天井。

立ち込める粉塵の中、3つの影が飛び出してくる。


 1つは獅郎。春斗の横に飛び出た彼は額から出血し、全身に傷を負っているもその表情には愉楽が滲む。

 1つはリーゼントの男──マイケル。白キャップの前に降り立った彼に、細かな傷はあれど明確に獅郎とのダメージ量は少なく、その口元には張り付いた笑みが浮かぶ。

 1つは黒い外套の人物。マイケルの横に立つその身に目立った外傷はなく、フードの下の顔も見えない。


「なんやッ! こっちも取り込み中かいな! 」

「獅郎ッ!」

「つまらん仕事か思うとったが、楽しめるやんけ」

「はぁ……うるさいのが降ってきたと思ったら、厄介事まで引き連れてきた」


 楽しげな獅郎の横に、下半身を蛇のソレに変えた睦月がゆっくり並び軽口を叩く。


 粉塵を挟んで睨み合った両者は再び構えた。


──そして、粉塵を突き破って飛び出した“漆黒の杭”が開戦の合図となり、混沌の舞台の幕は上がった。


******


 ───源該とのやり取りの後。

作戦本部の紅陽(こうよう)は、キッチリと七三に分けた前髪の下の眉間に皺を寄せ、苛立たしげに机を指で叩いていた。


「何様だアイツはッ! 過去の英雄だか遺物だか知らないが…………」


ブツブツと独りで毒を吐く紅陽を、本部に残った数名のスーツ姿の警官達はとばっちりを貰わないよう遠巻きに見ながらも事態の情報収集に奔走していた。

 喧騒と不干渉の念が室内に渦巻く中、紅陽のスマートフォンが振動する。


「もしもし……はい、草加 源該も現場近くに……はい、はい……そうですか。承知しました。では」


 電話を切ると、紅陽は徐ろに立ち上がる。

その様子を見ていた1人のスーツ姿の男性警官が声をかけた。


「あの、鷲宮さん? どちらへ……」

「少し外す。情報は源該(老害)の希望通り現場に回せ」

「えっ! でも……」


 言いかけた男性警官を無視して紅陽は足早に部屋を出ると、勢いよくドアを閉めた。


「……なんなんだよ全く……」

「ほっとけっ! そんなの相手にしてる場合じゃない!」

「今度こそパワハラで訴えてやる!」

「……はァ?! 違うよその情報じゃ……」

「はい、はい……しかしこちらも……」


 紅陽が居なくなった後も、不満を漏らしつつも事態の把握に勤めていた警官達。

電話の呼び鈴や飛び交う会話のやり取り。


混乱の中にあった彼等は、近付きつつある“甲高いエンジン音”に気付くことはなかった。



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