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2-17.開闢の狼煙

────時刻は10時。

配置を伝えられた面々が担当する場所に揃う。

 春斗もまた、割り当てられた廃倉庫の玄関口に立つ。

よく晴れた青空から焦げる様な日光が燦燦と降り注ぐ中、真夏のジットリとした汗とは違う、冷たい汗が春斗の頬を伝う。

3階建てのビルをそのまま貸倉庫にしていたその建物を見上げ、表情を少し強ばらせて号令を待っていた。


 と、耳に入れたインカムからイヤホン越しにも分かる神経質そうな声が聞こえる。


『各員、報告』

「正面玄関、配置完了」


 春斗が答えながら左側へチラリと視線を送ると、睨み合う睦月と夏燐の間に立つ、長身痩躯の男が苦笑を浮かべながら春斗の方を見ていた。


『シャッター前、配置完了。早く始めてくれ』


 切実なその男の声に、春斗も苦笑を浮かべ返した。


『裏搬入口、配置完了』

『屋上、配置完了』


 声を聞いて春斗が上を見ると、目的の廃ビルから数m離れた先の建物の屋上に、面倒くさげ頭を掻きむしっている獅郎と、獅郎に同行している人影が2つ見えた。


『よし。バックアップチームはそのまま車で待機。周囲の交通規制も抜かりなく行え』

『了解』


 紅陽の声に、春斗は再び表情を引き締めて玄関のドアノブに手を添える。


『それでは、現時刻を持って作戦を開始する──突入』


 紅陽の号令で春斗がドアノブを捻ろうとした瞬間、横のシャッターが轟音と共に弾け飛ぶ。

理由は明白。

夏燐が手にする、両端に鉄球の付いた杖でアルミ製のシャッターを吹き飛ばしたのだ。


「やりすぎだろアイツ……」


 呆れ気味に呟き春斗は1度ドアノブから手を離すと、口角を吊り上げて赤雷を纏う。

そして、軽快な蹴りと共にドアを吹き飛ばして中へと押し入った。


******


 ────砲音のような豪快な音と粉塵が、ビルの受付であったであろう広間を瞬く間に蹂躙する。

シャッター側から立て続いた襲撃の音に、中にいたゴロツキ達はにわかに色めき立った。


「カチコミだっ! 」

「どこの馬鹿だっ!? 」

「上等だゴラァッ! 」


 めいめいに喚き散らして超能力(ギフト)を起動するゴロツキ達は、未だ粉塵が視界を塞ぐ吹き飛んだ玄関口に警戒を向ける。

 その煙の中に浮かび上がる人形(ひとがた)は、僅かに紅い煌めきをチラつかせながら静止していた。


「一応警告しとくぜ。俺は宮代相談事務所の職員だ。お前らの捕縛、或いは排除の依頼を受けて来た。大人しく投降すれば手荒な────」

「死ねや処理屋ッ!! 」


 警告を遮りゴロツキ達が各々の超能力(ギフト)を人形に向けて放つ。

或いは火球。或いは氷塊。或いは雷。或いは弾丸。或いは刀剣。

ありとあらゆる殺意の結晶が人形に殺到する。

立ち込めた粉煙を更に広げて視界は一層悪くなり、薄ら見えていたシルエットすらも煙の向こうに消えていく。


「へっ、調子に乗るから──」


 緑のバンダナを腕に巻いた男がニヤつきながら言葉にするが、それは眼前に現れた赤毛の少年がせき止める。

男が驚きの声を上げる間もなく、赤毛の彼は男の顎を掠めるように殴って脳を揺らし意識を刈り取る。


「コイツッ! 」


 すぐ近くにいた細身の男が言いながら掌から“刀の刀身のみ”を生み出して振り下ろす。

しかし、赤毛の少年は一瞬紅い煌めきを散らすと同時にその場から消え、現れた時には男の腹部に拳を突き立てた。

 細身の男は体をくの字に曲げた状態で吹き飛び、受付カウンターだった場所に叩き付けられ気を失う。


「────警告はしたぜ? 」


 赤毛の彼──春斗は鋭い瞳を男達に向けつつも口角を上げて挑発する。

 その挑発に男達は憤りつつも、総攻撃を無傷で抜け、瞬く間に2人の仲間を倒した春斗に身動ぎしていた。


「クソッ、バカにしやがって……クソガキがァッ!! 」


 1人が恐怖を振り切って再び超能力(ギフト)を起動し両手に火球を宿して春斗に突貫する。

それを皮切りに、周囲の男達も春斗に向かって殺到した。

 

 春斗は瞳を細めて一瞥すると、超能力(ギフト)を起動する。

その身に赤雷を纏い、癖のある赤毛が少し持ち上がると同時に、男達の視界からその姿が消えた。

次に現れたのは、男達の包囲の外。

僅かに上がった髪が元に戻ると同時に、男達はその場に倒れ伏した。


「…………次」


 半数ほどに減ったチンピラ達を横目で睨み春斗が言うと、睨まれた男達はその場でたじろいで一様に奥歯を噛み締める。

そして、1人が徐ろにポケットに手を伸ばすと、震える手で何やら取りだした。


「ッ!」


 目を剥いた春斗の視線の先で男が握っていたのは、青い液体の満たされた注射器。

それは春斗もよく知る劇薬。

超能力(ギフト)を過剰発現させる“例の薬物”だ。

そして、1人の動きに連動する様に引き攣った顔で他の者たちも注射器を取り出し一斉に首に刺すと、一息に薬液を注入する。


「ぐ、ごっ、あぁぁぁぁっ!!!」

「ひ、ひ、ひハハハハッ!!!」

「痛い!痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたたたたたぁぁぁっ!!!」


 或いは笑声、或いは悲鳴、或いは断末魔。

注射器を刺した男たちは阿鼻叫喚の中変質し、“力の塊”となっていく。


「あばばばばばっ!!」


 体を膨張させ火達磨となった1人の男が、絶叫とともに春斗へ突進してきた。

 突進してくる男の首を躊躇なくもぎ取り、春斗は過剰発現し臨海寸前の男達を睨む。


「バカ野郎が……」


 言葉と共に、春斗は超能力(ギフト)を駆動させた。


******


────春斗達の作戦が開始された頃、宮代相談事務所のリビングのソファに、藤野は小さく項垂れて座っていた。


「どうぞ」


 翔馬がホットミルクの入ったカップを藤野の前のテーブルに置き、穏やかな声音でそう声をかけながら横に座る。

 声に導かれて頭を上げた藤乃。その両瞼は赤く、僅かに腫れていた。


「ありがと」


 翔馬の言葉に短く返事をすると、程よくぬるくなったホットミルクを口にする。

優しい仄かな甘みにささくれだった気持ちが少しずつ凪いでいく。

 藤乃が小さく息をつくのを見て、翔馬は柔和な笑みを浮かべながら藤乃の隣に座った。


「落ち着いたかい? 」

「うん」

「ならよかった」


 答えながら翔馬もまた、自分で入れたコーヒーを口にする。

芳ばしくも爽やかな香りが鼻腔を抜けていき、急かされるような焦燥感が少し薄らいでいく。


「夏でも暖かいものは気持ちを落ち着けてくれるね」

「ショウマも落ち着かなかったの? 」


 藤乃から思いもよらない言葉が飛び出し、翔馬は一瞬目を丸めた。そして自嘲気味に笑う。


「……うーん、そうだね。正直落ち着かなかったかも」

「なんで? 」


 藤乃の問いに、翔馬の言葉が詰まった。

藤乃が思い出した内容によっては、“翔馬の目的”が大きく前進する。

だが、思い出したばかりで混乱している少女から根掘り葉掘り聞けるほど、翔馬も“人でなし”でもない。

早く聞き出したい欲求と、それを止める倫理観で板挟みになった感情は、“焦り”という形で現れていた。


 気持ちを整理するようにコーヒーをもう一口含むと、翔馬はゆっくりと口を開く。


「──春斗君達が気になってね。獅郎さんもいるけど、本当は僕が行くはずだったから」

「そっか。そうだね」


 翔馬の返答に藤乃は再び小さな手の中のカップを見下ろした。

その手は、僅かに震えていた。


「藤乃ちゃん──」

「私、お父さんとお母さんがちゃんと居たの」


 声をかける翔馬を遮る様に、藤乃が口を開く。

そして翔馬に視線を向けるその表情には、なにかに耐えながらもやり遂げようとする決意が映っていた。


「……うん」

「でもね、お父さんは本当のお父さんじゃなくて、お母さんが後から連れてきた人なの…………その人の目が嫌いだった」

「目? 」


 藤乃の言葉に翔馬は思わず口を挟み、その表情を渋くする。


「うん。なんて言うか、気持ち悪かった。それで、お母さんが出かけてる日に……ベッド連れて行かれて……」


 言いかけて、藤乃の手の震えが強くなり、それはやがて全身を小刻みに震えさせた。

 その様子だけで、翔馬の脳裏に最低で最悪な状況が浮かぶ。

吐き気を催す程に下劣で醜悪な可能性に、翔馬は思わず顔を顰めた。


 それでも藤乃の言葉を待っていると、意を決した様に藤乃のは顔を上げて、真っ赤に腫らした両目で翔真を見つめると口を開く。


「その後、お義父さんが爆発した(・・・・)の」

「──えっ? 」


 思わぬ言葉に翔馬は素っ頓狂な声で返してしまった。

あらゆる可能性を考えていたが、まさか“爆発”という単語が出てくるとは思わず言葉をつまらせていたが、藤乃は至って真剣な表情で続ける。


「私が、“いなくなって”って思ってお義父さんを押したら……風船みたいに膨らんで……それで……」

「爆発した……? 」


 藤乃の言葉を引き取って続けた翔馬に、藤乃は小さく頷いた。


「……お母さんは? 」

「帰ってきたお母さんはビックリして、最初は心配してくれたけど、本当の事を言ったら“人殺し”って凄く怒って……」


 そう言ったのを最後に、藤乃は再び視線を落とした。


「そっか……もう大丈夫だよ藤乃ちゃん」


 翔馬はそう言いながら藤乃の小さい肩に手を添える。

母親の動きとしては警察に連絡し、程なく親権を手放す、そんなところだろうと翔馬にも想像が着いた。


「……その後、お母さんはいなくなって、知らないところに連れてかれて、白い服を着た人達がいっぱいいて……そこで教わったの。私は願えば叶うって(・・・・・・・)


 途切れ途切れに何とか話す藤乃の言葉に、翔馬の心臓は早鐘を打った。

知りたい情報が拙い言葉で伝わるもどかしさに苛まれながらも、翔馬は優しい笑みを浮かべる。


「無理に話さなくて大丈夫だよ。ゆっくり……」

「でもっ! 私が願ったからハルトは戦うことになっちゃったし、キョウコだって……私のせいで……願ったらどうなっちゃうか……忘れてたから……」

「ふむ、それは違うぞ藤乃」


 不意にかけられた声に、2人はリビングの入口へ視線を向けた。

鳥の巣のような頭に赤いジャージ姿の京子は、リビングのドアノブに手をかけたままふたりを見つめ返す。


「でも……私は……」

「すまないが、全部立ち聞きしていたよ。不躾とは思ったがね」


 言いながら京子は藤乃の横に歩み寄り、視線を合わせるようにしゃがみ込む。

慈しみに満ちた瞳で藤乃を見つめ、小さな手をそっと握る。


「これまでの全てに関して藤乃に落ち度はない。幼い君に出来ることはなかっただろう。私の件に関しても、青山(あのバカ)が勝手にやっていたことだ。遅かれ早かれ奴は同じ事をしたさ」

「でも……」

「それに、春斗の件も同じだ。というより、君のその“願い”がなければ、恐らく彼は死んでいた。春斗だってきっと同じ事を言うさ。少なくとも、私の知っている櫻井 春斗という男はそういう奴だ。違うか? 」


 穏やかに諭す様な声音に、藤乃は小さく首を振る。

彼女自身が、“きっと春斗はなんでもないふうに笑う”と分かっている。

それでも、そんな彼を巻き込んでしまった事や、京子の友人の事も、“自分が力をちゃんと使えれば何か違う形で再会できたのではないか”、などと傲慢な事を考えてしまう。


 京子の言葉を素直に飲み込めず俯く藤乃に、京子は優しく頭を撫でながら小さく笑う。


「まぁ、納得がいかないなら春斗に話してみるといい。話をすること自体は無駄じゃない、気持ちの整理にもなるだろう。ただし、私にはもう謝罪は不要だ」

「……うん、ありがとうキョウコ」

「こちらこそ、ありがとう藤乃。辛いことをよく話してくれた。よく頑張った」


 言いながら、京子はそっと藤乃を抱き留める。

一瞬の間を置いて、藤乃の啜り泣く声だけがリビングに聞こえてきた。


******


 ────郊外に生い茂る木々の奥に聳える、異質な一棟のビルの1室。

黄緑色のふんわりとした髪を伸ばした、白衣姿の男──灰原はタブレット端末をスクロールし届いていた研究結果に目を通していた。

 すると、唐突に飛び込んだノックの音に視線を上げ、短く返事を返す。


「失礼します」


 入ってきたのはグレーの髪を襟足で切りそろえ、前髪で左目を隠し、スカートタイプのスーツを着たスラッとした女。

腕にタブレットを抱え行儀よく一礼すると、部屋に足を踏み入れる。


「おはようございます、アリスさん」

「おはようございます、灰原主任。早速ですが嫉妬(インヴィディア)より報告が。“戻りつつある”と」


 グレーの髪の女──アリスの言葉に、灰原は片眉を上げると小さく笑みを浮かべた。


「……そうですか、それは良かった。予定より早かったですかね?」

「はい。“旅のしおり”より5週と3日ほど」

「早い分には問題ないですからね。しおりの予定を“E2-13-第5項”から“E4--10--第3項”へ変更します」

「承知致しました。それから、“教団”の囲っていた“ビリジアン・グリーンメン”のアジトに先程警察が踏み込んだと報告が」


 淡々と報告を続けるアリスの言葉に、灰原は肩を竦めて半笑いを浮かべる。


「その件なら私の方にも連絡が来てますよ。問題ないです、“F・B”のデータ取りもほぼ終了していますから。彼らを頭数に数えていたであろう“教団側”には痛手でしょうが、不測の事態で潰えるならそれまでの話です。そもそも、もしこの程度の事が不測の事態ならその時点で先はないですけどね……まぁせめてもの慰めとして、一言だけ送っておきましょう」


 嘲笑の混ざった言葉を吐きながら、灰原はタブレット端末を操作し、メッセージを送る。

メッセージ画面には、灰原より一言。


『兆しあり』


そしてその返信は、すぐさま送られてきた。


「おや? 少し甘く見ていましたかね? 」


 タブレット端末を確認した灰原は、言葉にも表情にも未だ嘲りの色を残している。


その返信も、また一言。




────『今、開闢の刻』






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