2-16.共同依頼
────4日が過ぎた早朝。
青山の件あったがその日は元々依頼されていた半グレ集団、“ビリジアン・グリーンメン”の壊滅依頼、その当日。
「おはようございます」
開かれた事務所のドアの外でそう言う春斗の表情には、緊張が滲んでいた。
特許証を取得して初めての、他事務所との合同依頼。
他事務所の人間に殆ど知り合いのいない春斗にとっては未知の領域だった。
「おう、出迎えご苦労」
「ホントにな」
玄関から出てきた獅郎が、寝癖なのか地毛なのか判別の付かないボサボサの髪を掻き乱し眠たげに言えば、春斗はジトッと睨んで言葉を返した。
「ごめんね、結局間に合わなかった」
見送りに来た、帽子も被らず、長い襟足を纏めてもいない翔馬は申し訳なさそうに苦笑する。
「ホンマやで、まったく。プロ意識が欠けとるわ。おかげでお守りやんけ」
「誰のお守りだよ。つか、前日に起きれるか分かんないくらい飲んでるやつに、プロ意識云々を言う資格ねぇだろ」
「あるわアホ。バッチリ起きとるやろ」
「いや、飲みすぎだろって話だよ」
気怠げながら胸を張る獅郎に、春斗は呆れ気味に首を振った。
そんな2人のやり取りに、翔馬は微笑を零す。
「なんだか、2人とも前より仲良くなったよね」
「なってないッス」
「なってへんわ」
2人揃って心底嫌そうに眉間に皺を寄せ、声を揃えて翔馬を睨む。
それすらも何故か息があっているから吹き出しそうになるが、余計に怒りを買いそうなので、翔馬は何とか苦笑するに留めた。
「朝からうるさい……近所迷惑……」
声と共に翔馬の後ろから現れたのは、身支度こそちゃんとしているが、明らかに眠たげな睦月だった。
普段表情からは感情が読みずらい彼女だが、“顔に出るほど朝早いのが苦手”という意外な一面に春斗は微笑した。
「……何笑ってんのよ」
「いや、別に……」
「ふん……先に車乗って寝てる」
そう言い残して事務所の脇に作られたガレージへ消えていく睦月。
「なんちゅう勝手な奴や」
「お前が言うなって」
「ハハッ、睦月ちゃんは朝苦手だからね。まぁ現地に着く頃には落ち着いてるよ」
3人がそれぞれに感想を漏らして睦月を見送ると、柔和な笑みで翔馬は春斗に向き直る。
「春斗くんも、緊張しなくて平気だからね。いつも通りやってくれればいいし、今日来るのは春斗くんも知ってる人がいるから」
「知ってる人? 」
「なんやお前、聞いとらんのかいな。ホンマ人の揚げ足ばっか取りよる癖して」
春斗の言葉に、獅郎がここぞとばかりにしたり顔を浮かべる。
その顔に一瞬青筋が浮かぶも、春斗は話が進まないと自分を落ち着けて翔馬に話を促した。
「誰が来るんです? 」
「草加さんと夏燐ちゃんがね」
「夏燐も……ッスか……」
春斗は少し遠い目をしながら呟いた。
彼女とは特許証取得の為の試験会場での一件以来、度々トレーニングルームを使っている時に乱入してきては度々絡まれ、その強烈な印象が脳内にこびりついていた。
そんな春斗を他所に、獅郎は面倒くさげにボサボサの頭をさらに掻き乱してガレージに足を向けた。
「そういうこっちゃ。そら、さっさと行くで。あの爺さん、遅れるとネチネチうっさいからのぉ」
「お、おう」
先を行く獅郎を追おうとして、春斗は不意に立ち止まり翔馬の方を向き直る。
「あの……行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい」
少しはにかんでそう言う春斗に、翔馬は朗らかな笑みで返した。
「…………それから……」
「ん? 」
「藤乃に言っといて下さい。“怪我はしない”って」
神妙な表情で春斗がそう言うと、翔馬は一瞬目を見開いて驚いた顔をすると、
「ふふっ、それは大きく出たね。でも、そうだね……伝えとくよ」
再び柔和な笑みを浮かべてしっかりと頷く。
その翔馬の返事を聞いて、今度こそ春斗は獅郎の後を追い掛けた。
それを見送り、玄関口で朝の涼やかな風を感じていると、エンジンのかかる音とガレージが開く音が聞こえ、やがてエンジン音は遠ざかって行った。
「……良かったのかい? 藤乃ちゃん」
振り返ることもなく声をかけると、翔馬の足元に現れた小さな影。
薄紫色の長い髪に寝癖を付けた藤乃は、小さく頷く。
「最近春斗くんにあってないけど、なんでだい? 」
「…………」
翔馬は足元の藤乃に優しい視線を向ける。
しかし藤乃は俯いたまま答えることはなかった。
「喧嘩でもしたかい? 」
冗談めかしに言う翔馬に、藤乃は長い髪を横に振り乱す。
そして、視線を下げたまま動かなくなった。
鳥のさえずりと柔らかな風だけが、2人の間を抜けていく。
「………………きっと……私のせいなの……」
数秒の沈黙の後、藤乃はポツリと堪えるように話し始める。
「ハルトが戦うようになったのも、キョウコのお友達に会ったのも……きっと全部私のせい…………」
吐き出す様に話す藤乃の言葉を、翔馬は急かす事なく、しゃがみ込んでで藤乃と視線を合わせ受け止めた。
「…………それに、お母さんやお父さんがいなくなったのも……」
「……ご両親が? 」
思わぬ藤乃の言葉に堪らず翔馬が繰り返すと、藤乃は小さく頷く。
頷きと共に、瞳に溜めた涙が両頬を流れた。
「全部じゃないけど……思い出したの……」
その言葉に、翔馬は目を見開いた。
しかしその瞳にはすぐに悲哀が写り、柔らかく細められる。
「……………………そうか、辛かったね」
翔馬は静かな声音と共にそっと藤乃を抱き寄せる。
それが合図かのように、少女の慟哭は響いた。
******
────春斗、獅郎、睦月の乗った車は、対象の拠点とされる場所から少し離れた雑居ビルに停車した。
3人が中に入り、埃っぽい階段を昇って3階にある一室に入ると、そこは簡単な会議室のようになっていた。
パイプ椅子と簡素なテーブルが置かれ、ホワイトボードに見取り図が貼られ矢印が記されている。
部屋には既にスーツ姿の警察官と思しき男女が数名おり、慌ただしく室内を動き回っていた。
「おはよぉさん、宮代相談事務所のもんですぅ」
気怠げに獅郎が言うと、スーツ姿の人物達の中で指示を出していた、同じく黒いスーツを着た眼鏡の男性が歩み寄ってくる。
眼鏡の奥の鋭い瞳と几帳面に七三に分けられた黒い髪が、否が応でも神経質そうな印象を与えた。
その男と対面した獅郎は、気怠げな表情をさらに崩して肩を落とす。
「そやったわ、お前の仕切りやったな」
「ふんっ。先輩の代理が貴様や子供とは、やはりあの人もヤキが回ったようだな」
不機嫌を隠そうともしない男がそう言うと、後ろで固くなっていた春斗と眠たげな睦月にその鋭い視線を向ける。
「学生が処理屋とは世も末だ」
「お前みたいな頭でっかちに仕切り任せる方がアカンやろ」
男の言葉に、獅郎が小馬鹿にしたように鼻で笑って挑発するが、男は作業に戻るため踵を返す。
そこで横目に獅郎を一瞥し、
「……駄犬風情が」
と吐き捨てる様に呟いて、元の場所に戻っていく。
その後ろ姿を、さして興味もなさそうに見ていた獅郎へ春斗は小声で話しかける。
「なんなんだ、アイツ」
「お偉い公僕様や。翔馬の警官時代の後輩で、特異犯罪課の課長様であらせられる鷲宮 紅陽殿や。お行儀よくしぃや」
春斗の問いに、獅郎があえて少し声を張り答えたせいで、七三分けの男──紅陽も切れ長の瞳で一瞥し、聞こえるくらいの大きさで舌打ちしながら指示を出している。
周りの視線も一瞬集まるが、触らぬ神に祟りなしとばかりに、周囲の警官たちは何事も無かったかのようにすぐさま作業に戻った。
「お前が嫌いなのは分かったわ」
「あんなん好きな奴おらんやろ」
呆れた様に呟く春斗に、獅郎が鼻で笑っていると、部屋の奥からまた別の人影が2つ、3人へ近付いてくる。
「ホッホッ。朝から大変元気ですなぁ、壱野さん」
「お疲れ様っス! 獅郎さん!」
現れたのは口髭を蓄え綺麗に揃えた、焦げ茶色のスーツと同じ色の帽子をかぶった、紳士然とした老爺。
そして濃紺の髪を襟足で切り揃え、スカジャンとジーンズを履いた快闊な印象の少女。
「おう、おはよぅさん。相変わらず騒がしいやっちゃな」
「ホッホッ。この子の取り柄の1つです」
獅郎が肩を竦めて言った言葉に、老爺──草加 源該は穏やかな笑みで答えた。
「おっ、春斗もいんじゃん! 終わったら久しぶりに戦ろうぜ!」
「普通に嫌だわ」
源該の横に立つ濃紺の髪の少女──草加 夏燐が満面の笑みで言うが、春斗は迷惑そうに顔を顰めて距離を取る。
そんな春斗の反応に不満げに口を尖らせる夏燐だが、その後ろで不機嫌全開の表情の睦月を見つけるやいなや、夏燐の表情からも愛嬌が消えた。
「チッ、んだよ蛇女もいんのかよ。何ガン飛ばしてんだテメェ」
「はぁ? アンタなんか目に写ってすらいないわよ。自意識過剰なんじゃない? 」
「あーあーヤダヤダ、寝起きの悪いお子様は。仕事前の体調管理もできないとか、プロ意識欠けてんじゃねぇか? 」
「どんな状態でも同じパフォーマンスをするのがプロよ。前もって準備しなきゃいけないなんてまだまだアマチュアね」
互いに距離を詰めながら舌戦を繰り広げる2人に、獅郎は睦月の襟首を掴み、源該は持っていたステッキで夏燐の頭を叩いて仲裁する。
「後にせぇや」
「後にしろ馬鹿者」
獅郎と源該に止められた2人が渋々離れていく。
2人の仲を初めて見た春斗は、“さっき聞いた会話だな”、などと思いながらも、睦月の露骨な嫌悪に意外そうな表情を浮かべていた。
「失礼しました。もうすぐ全員揃いますので、揃い次第今回の流れをご説明します」
困った様に眉尻を下げながら言う源該に、春斗が口を挟む。
「まだ他の事務所の人が来るんですか?」
「えぇ、なにぶん今回は相手の規模が少々大きいので。他に2軒程声をかけています」
朗らかな笑みで答える源該だが、内容としてはあまり笑えるものではない。
いかなチンピラ集団とはいえ、数が揃えばそれなりに厄介だ。戦い慣れた手練がいれば尚のこと。
源該の言葉に春斗の表情は固く強ばっていた。
「ホッホッ。そう固くならず。いつも通りやれば問題ないでしょう」
「そうそう! お前がやられるような奴はそういねぇって!ビビんなビビんな!」
源該の言葉に続いて夏燐が豪快に笑いながら、春斗の肩を強めに叩く。
「ビビってるわけじゃねぇよ! つか痛てぇしッ! 」
何度も叩く夏燐の腕を振り払いながら、それでも幾分緊張が取れた自分に気付いた春斗は小さく口元を緩めた。
それを見て、夏燐は快活に笑う。
「 アッハハッ! 悪ぃ悪ぃ」
「では、後ほど。宜しくお願いします」
そう言って源該は被っていた帽子の縁を摘んで軽く会釈し、夏燐も手を挙げて挨拶すると、2人揃って部屋の奥に歩いていく。
2人の背中をぼんやり見ていた春斗だが、獅郎がニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて春斗を覗き込んだ。
「お前、あぁいうんがタイプなんか? 」
「ハッ?! ちょっと待てなんでそう……」
「趣味悪い」
獅郎の茶化しに真剣に否定しようとしていた春斗だが、その言葉は刃物の様に鋭い睦月の言葉に遮られた。
******
────春斗達の到着から30分程あと、他にも声のかかっていた事務所の面々が到着した。
一同が簡単な挨拶を済ませたあと、用意されたテーブルにつくと、ホワイトボードの前にある机の席に座る紅陽が細い眉を寄せて立ち上がる。
「ふん、ようやく集まったな」
不機嫌を隠そうともしない紅陽は、苛立たしげに呟いて話し始めた。
「早速始めるぞ。依頼の際に聞いていると思うが、|ビリジアン・グリーンメン《コイツら》は元は弱小集団だったが、立て続けに幅を効かせたチームの残党を吸収。今やクリムゾン・レッドや|ホワイト・ヴァイス《インテリ気取りの阿呆共》よりも大きな社会の掃き溜めとなった。昨今テロ紛いな事件が増えている現状で、このゴミ共を放置しておけるほど我々は寛容ではない」
スラスラと口汚く罵りながら事の経緯を説明し、眼鏡を押し上げて言葉を切ると、紅陽は鋭い眼光をその場の全員に向ける。
「よって今回、残党共を一掃する事となった。しかし知っての通り、警察はテロ対策に人員を割いている為、諸君らの手を借りることになってしまった。よろしく頼む」
およそ人に物を頼む態度でも表情でも言葉でもないが、慣れたものなのか誰一人紅陽の態度に文句を言うものはいなかった。
紅陽も当然のようにホワイトボードに貼られた複数枚の見取り図を右手でノックしながら説明を始めた。
「これが現在、この地域で唯一残った馬鹿共の根城の見取り図だ。出入口は3箇所。ここにそれぞれの超能力の相性等を考慮してチームを置き、一斉に襲撃。残らず捕縛、或いは排除しろ」
「“排除”ってことは……」
「抵抗するものは殺して構わん。その為の“特許証”だろう」
参加者の1人が質問すると、紅陽はさも当然のように答えた。
仮にも警察官が“特許証”の在り方を歪んで認識している発言に、源該は小さく首を振った。
「鷲宮さん、特許証は人殺しの免罪符ではないですぞ? 」
「理解している。しかし世の中での認識などそんなものだ」
苦言を呈する源該に視線すら送ることなく淡々と紅陽は答える。
実際そうなのだろうと、春斗も思った。
特許証を取った後、“力を自由に行使する権利”と履き違えている輩も確かにいたし、自分がこの立場になるまでそれに近しい認識でいた。
世の中で平穏に過ごす人々の認識は、どこまでいっても“殺人許可証”だろう。
「話が逸れた。現場での陣頭指揮は横にいる草加 源該殿が取り仕切る。他、連絡係などで周囲にはこの場にいる数名の警察官を配置する。それでは、各チームを伝える。呼ばれたものから準備に入れ」
紅陽の言葉でホワイトボードの前に私服警官が1人が現れた。
「この建物は元は貸倉庫のビルだった場所だ。この正面のシャッターと玄関口は同時に入る。特にシャッターの奥は広い造りになっているため、敵が相当数いる事が予測される。なので面制圧の可能な者を配置する。宮代相談事務所 姫宮 睦月、同事務所 櫻井 春斗、草加屋 草加夏燐、秋津事務所 秋津 貴之。以上4名だ」
紅陽の言葉に呼ばれた4人が立ち上がる。
隣の睦月と斜め前で立つ夏燐が睨み合っているのを、物憂げな表情で見つめる春斗だったが、そんな彼らを他所に、ホワイトボードの前の警官が名前の着いたマグネットを貼り付ける。
それぞれの持ち場を意味するそれは、しかし春斗だけが玄関口に配されていた。
「櫻井 春斗は玄関口より侵入後、最速で場を制圧。シャッター側へ合流しろ」
「了解ッス」
紅陽の言葉に短く答えて春斗が部屋を出ようとすると、横に座っていた獅郎はニヤニヤと嫌味な笑みを浮かべている。
「……なんだよ」
「ケケケッ。貧乏クジ引きおったわ 」
獅郎がニヤけたまま視線を動かし、それにつられて春斗もその視線を追うと、部屋の出口に向かいながら無言で睨み合い続けている睦月と夏燐の姿があった。
「なんでアイツらあんな仲悪いんだ? 」
「色々あんねや。本人らに聞いてみ」
「えぇ……」
獅郎の返答に春斗は渋い表情を浮かべる。
そして、仕事とは別の嫌な緊張感を抱えながら、一触即発の2人を追いかけるように部屋を出た。




