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2-15.再び立ち上がって

 ────青山の一件から3日後。

翔馬は古ぼけた雑居ビルの一室に来ていた。


「っとに、バカったれが。アンタ、自分の超能力(ギフト)の使い方も忘れたのかい」


 薄汚れた診察室でパイプ椅子に寄りかかり、小皺の目立つ目尻を下げて呆れ返るのは、この診療所の医師である“朝霞 マリ”だ。

マリに治療後の経過観察を受ける為に診療所を訪れていた翔馬は、苦笑しながら青いワイシャツの袖を通した。


「いやぁ、分かってはいるんですけどね。今回はどうにも……」

「ハッ、ガキの言い訳だよそりゃ 」

「アハハッ……」


 鼻で笑いながら翔馬の言葉の続きを引き取ったマリに、乾いた笑いを繕って曖昧に返しながらボタンを止める。

はだけた鍛えられた胸元には、“黒き遺骸”に切りつけられた傷跡が生々しく残っていた。


「アンタの“反動”は私の反転(ギフト)でも戻せない。しっかり養生しな」

「そうなんですけど……今度ちょっと大きな仕事が……」

「出来るわけないだろバカタレが。死にたいのかい? 」

「ですよねぇ……」


 自分でも分かっていた事だが、少し不安げな表情で翔馬が言うと、マリは小さくため息をついた。


「ちょっとは他の奴らを信用したらどうだい? 春斗も睦月もいるし、獅郎だっているんだ。それに、総括は“雷ジジィ”に頼んだんだろ?」

「まぁ、そんなんですけどね…………ただ、若い子は無茶しますから」

「アンタが言うんじゃないよ」


 ジロリと目を細めて咎める視線を送るマリに、返す言葉もなく苦笑してハンチング帽を被る翔馬。

目深にかぶった帽子の奥で、やはり懸念の色が消えない。


「睦月ちゃんは大丈夫そうなんですけど、春斗君はやっぱり藤乃ちゃんの事気にしてるみたいだし。京子さんもいつも通りにしてはいますが…………」


 翔馬はそこで言葉を切ると一瞬両拳を強く握り、その後自嘲気味な笑みを浮かべて肩の力を落とす。


「シャキッとしなッ!! だらしない!アンタがそんなんでどうすんだいッ!!」


 言葉と共にマリに背中を叩かれると、突然の事に目を丸くしてマリの方を見る翔馬。

マリは腕を組み、眉間に皺を寄せて、それでも口元を僅かに綻ばせていた。


「アンタが好きで雇ってんだ。ちゃんと面倒見てやりな」

「──はい。そうですね」


 穏やかな笑みで答えた翔馬に、マリは今度こそ表情を緩める。

しかし、すぐに険しい表情になり、思案するように口元に手を当てた。


「しかし……まさか本当に藤乃が……」

「えぇ。春斗君や白岡さんの話だと、まず間違いないです」


 マリの言葉に、翔馬も表情を鋭くする。

帽子の奥の瞳を細くして、僅かに憂いを湛えた瞳をマリに向けて呟いた。


「“星に願いを(ホープ・ウィズ・ミー)”は、50年前の開闢闘争で“恩寵の徒”のリーダーとして先頭に立っていた、黒岩 晃利(くろいわ あきとし)と同じ超能力(ギフト)です。2人の話からすると、能力も恐らく……」

「“自分の願いを叶える”、か。強力な力だが、その反動もまた然りだからね…………しかしそれなら、まぁ色々と納得もいくさね」

「えぇ。“何故、春斗君に突然超能力(ギフト)が宿ったのか”。“傷付いた春斗君と睦月ちゃんの、衣類も含めた修繕が行えたのは何故か”。何より“何故藤乃ちゃんは狙われていたのか”。その辺りの疑問は解消されましたよ」


 そう言う翔馬だが、その表情は決して晴れやかなものではなかった。

50年前、“恩寵の徒”と名乗るカルト集団との紛争があった。

そのリーダーと同様の能力を持つ少女(藤乃)

藤乃の“これまで”と“これから”を考えると、翔馬の表情はむしろより渋くなっていく。

それに、“藤乃の能力で誰が、何をしようとしているのか”、“何故藤野は高松製薬のトラックに乗り、誰が襲撃を指示したのか”、その謎が残っていた。


 自身の思考の海に潜りかけていた翔馬に、マリは呆れた様に尋ねる。


「そりゃめでたい限りだよ。んで? まだ何か隠してんだろ?」

「隠してる、というか……アハハッ」

「誤魔化してんじゃないよ、ったく。まぁ狸親父(和戸)が絡んでんだから大凡の検討はつくがね…………まだ追ってんのかい、“高松製薬”を……」


 鋭く刺すようなマリの言葉に、翔馬は帽子の奥の瞳を細めたまま沈黙する。

その沈黙が答えと取り、マリは(かぶり)を振るう。


「忘れろとは言わん。復讐はどうたらなんてチャチなことも言わんさ。でもね、もし若い奴ら巻き込んでまでやらかそうってんなら、私はアンタをぶん殴ってでも止めるよ」

「ハハッ……これは手厳しいな。でもこれは、もう僕の為だけじゃなくなったんです。高松製薬(あの会社)の思惑がなんであれそれを止めなきゃ、少なくとも藤乃ちゃんの身も危ないんだ」

「藤乃が? 」


 訝しむように眉間に皺を寄せたマリに、翔馬は一瞬逡巡するも、意を決したように頷いて話し出す。


「──もう、マリさんにはお話しておきますね。藤乃ちゃんが春斗君と出会った日の前日。彼女は高松製薬の所有するトラックに乗っていて、赤木君に拉致されたんです」

「は? つまり何かい?藤乃は元々高松製薬に縁があるって事かい?」

「なぜ彼女が乗っていたのか、当時は分かりませんでした。でも彼女の超能力(ギフト)が分かった今なら、推察はできます」

「おいおいちょっと待ちな。あの子の超能力(ギフト)でどうこうしよって腹だったってのかい?」


 馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに鼻で笑いながら言うマリ。

そもそも超能力(ギフト)そのものに未だに解明されていない部分が多いのだ。

そんな状態でやれる事などたかが知れている。


「推測ですけどね。何がしかの実験はしていたんじゃないでしょうか」

「そりゃぶっ飛びすぎた推測だろうよ。いくらなんだってアンタ……」

「妻は──ユリは、高松製薬の違法な実験を追っていて殺されたんだ、ない話じゃないですよ」


 マリの言葉に、翔馬は珍しく語気を強める。

その帽子の奥から覗く瞳には、憤怒と憎悪の炎が揺らめいていた。


「──で? だから今までも、これからも藤乃を餌にするってのかい」

「……これは藤乃ちゃんの為でもあります」

「ハッ、詭弁だね」

「詭弁でも偽善でも構いません。ようやく掴んだ細い糸だ。手放すわけにはいかない……」


 翔馬は答えながら帽子を押さえて診療所の玄関へ向かう。

その背中はいつもの穏やかな雰囲気とは違う、明確な怒気を孕んでいた。

 その背中に、同じくらいの苛立ちを隠そうともしないマリの声が投げられる。


「おい翔馬」

「はい? 」

「やるんなら確実に藤乃を守りな。絶対怪我させんじゃないよ」


 怒り半分、諦め半分な表情でマリが不機嫌そうにそう言うと、翔馬は意外そうに一瞬目を丸めて、力強く頷いた。



「──えぇ、もちろんです」



******


 ────同日の昼下がり。

春斗は購買で買った惣菜パンを咥えたまま、物憂げな瞳で窓枠に切り取られた抜けるような青空を眺めていた。


「オッス春斗っ! 昼飯食おうぜぇ……ってもう食ってるし」

「……おう」


 ふんわりとした茶髪の眼鏡をかけた少年──勝輝がいつもの調子で声をかけたが、春斗は一瞥して生返事だけ返すと再び外に目を向けた。


「んだよぉ、せっかく親友がお昼誘いに来てんのに。なに? “バイト”でなんかやらかした?」

「…………」


 椅子を引きながらビニール袋を机に置いて言う勝輝に、春斗は無言のまま惣菜パンを齧る。


「はぁ……やっぱ分かりやすいよなお前」

「別に、やらかした訳じゃねぇよ……実力不足を感じただけだ」


 勝輝の言葉に少し不貞腐れたようにそう答えた春斗に、コンビニ弁当をビニール袋から取り出しながら勝輝は肩をすくめる。


「実力不足、ねぇ……でもさ、それで何かあったわけ? 」

「ふ…………仲間が1人、倒れた」

「…………あー、その人は……」

「生きてはいるよ。元気は無いけど」


 春斗が伏し目がちに答えると、勝輝は肺の空気を全て吐き出す勢いで息を吐き、そっと胸に手を立てながら目を細めて天井を仰ぐ。


「あぁ焦った、マジで焦ったよ今の。地雷踏んだかと思ったじゃん」

「は? お前何言って──」

「その人も無事だったわけだし、解決したんだから良いんじゃねぇの? 」


 勝輝は言葉と共に春斗を真っ直ぐ見つめるが、春斗は視線を下げたまま。

勝輝の言い分は理解できる。

その“仲間”が翔馬や獅郎なら、正直ここまで気落ちすることもなかっただろう。

彼らは大人で、自分の意思で前線に立ち、肩を並べて戦っていたのだ。

しかし、倒れたのは“藤乃”だ。

2度と藤乃に負担をかけまいと研鑽してきたつもりだったが、今回の一件で藤乃は再び超能力(ギフト)を使い、意識を無くした。

そしてその後から、藤乃の太陽のような明るさはなりを潜めている。

結局は“つもり”になっていただけで、最初から同じところをクルクルと回っているような無力感が春斗の中に渦巻いていた。


「──分かんねぇよ、お前には……」

「うん、分からん」


 弱々しく言った春斗に、何故か勝輝は腕を組んで胸を張ってあっけらかんと答えた。


「分からんけど、“らしく”ない」

「………………」

「力が足んなかったんならさ、また宮代さんにでも鍛え直してもらえば良いんじゃね? ここで丸まってるの、お前らしくねぇよ」


 親友の言葉に春斗は一瞬目を丸めて、すぐに自嘲気味な笑みを浮かべる。


「──お前さ、ニュースでやってる“百鬼夜行事件”って知ってるよな? 」

「ああ、街で大量の怪物が暴れ回ったってやつだろ? 犯人は薬物を使って過剰発現したって」

「今回の仕事がまさにそれで、俺は薬を使っただけの素人に1回負けたんだよ」


 口に出すとますます無力感が春斗を苛み、自分に呆れ返って肩を竦めた。

 しかし勝輝は眉間に皺を寄せ、納得いかないと言わんばかりに話し出す。


「いやいや、春斗だってギ…………使い始めて1年経ってないじゃん。あんま変わんなくね? 」

「ミッチリ訓練したのに、薬1つでひっくり返されてんだぞ? 」

「そりゃお前──」

「いや、いい。分かってる」


 そう言って無理矢理会話を終わらせると、春斗残りのパンを口に放り込んで立ち上がる。


「おい春斗……」

「便所」


 それだけ言い残し、春斗は教室を後にする。

 勝輝はその背中を心配そうな目で見送ることしかできなかった。


******


 ────「お疲れ様です」


 夕方頃、春斗は“宮代相談事務所”の玄関を開けて挨拶する。

部屋に上がると、いつものリビングで獅郎がソファにふんぞり返ってテレビを見ていた。


「おう。来おったな」

「…………」


 チラリと一瞥してそう言う獅郎に、春斗は無言のままキッチンのカウンター近くにあるテーブル席に座る。

僅かな沈黙の中に、テレビの音だけが虚しく響く。


「……翔馬さん達は? 」

「翔馬はマリんとこ、椿ちゃんは睦月と京子と一緒に和戸のオヤジんとこや。藤乃は部屋で寝とる」

「……そっか」


 テレビから視線を切らずに答えた獅郎に短く返事を返す。

再び冷たい沈黙が流れた時、獅郎はゆっくりと立ち上がる。


「おう春斗。表出ろや」

「は? 」

「えぇから、ツラ貸せや」


 有無を言わさず顎をしゃくって外に出るよう促すと、獅郎はさっさと出て行ってしまった。


「んだよ」


 春斗は悪態をつきつつ渋々その後を追う。

生ぬるい風に撫でられながら外に出ると、両腕を組んで仁王立ちする獅郎が映る。


「怪我はもうええな? 」

「あ? おう、まぁな」

「──複写(トレース)──出力(アウトプット):雷電」


 刹那、獅郎の全身に赤い稲妻が迸る。

ボサボサの黒髪が持ち上がり、漏れ出す赤雷が明滅する。


「おい、なんの────」


 春斗の言葉を遮り、獅郎は一足飛びで一気に詰め寄った。

鋭く振り抜かれる獅郎の拳を紙一重で躱し、後退る。


「なんなんだよ! 」

「…………」


 春斗の問い掛けに獅郎が答えることはなく、獅郎は左足を蹴りあげる。

 かろうじて右腕で受け止めた春斗は、同時に超能力(ギフト)を起動する。


 受け止めた足を払い除け、左の拳を振るう。

獅郎はそれを易々と掌で受け止めるが、春斗は拳を掴まれたまま跳躍。

薄紅い灯りの灯った右足で蹴り付ける。


「ッ! 」


 すんでのところで頭部を守った獅郎だが、衝撃を殺せず数m先に飛ばされた。


「おい獅郎ッ! ホントになんなんだよいきなりッ! 」


 苛立つ春斗の呼び掛けに、獅郎が答えることはない。

ゆっくりと立ち上がると、再び春斗に踊りかかる。


「チッ 」


 赤雷を漏らしながら乱打を繰り出す獅郎に、春斗は舌打ちをしながら応戦する。

 コピー元の力の8割までしか出せない獅郎の超能力(ギフト)の性質上、同能力で真っ向から打ち合えば押し負けるのは獅郎のはず。

 しかし、結果として消耗していったのは春斗の方だった。

拳を振るえば流され、蹴りを出せば止められる。

反対に、何故か獅郎の拳や蹴りは的確に春斗に当たっていく。

最後には苛立って繰り出した大振りの拳を躱され、下から抉るようなアッパーカットが春斗の顎を捉えた。


「ぐっ……」


 呻き声とともにそのまま地面に倒れた春斗を、獅郎は冷たい眼差しで見下ろしながら肩に手を当てて腕を回し始める。


「立てや。ほんで“境域”使え。話にならん」

「……んだとコラ」

「お前が“弱い”言うとんねん」


 獅郎の言葉は、今の春斗にとって最大の凶器だった。

静かに立ち上がり、顔を上げた春斗の顔には苛立ちが滲んでいる。


「──雷電・境域」


 刹那、赤雷は夕焼け空に打ち上がる。

癖の強い赤毛が逆立ち、全身に漏れ出す赤雷。

そして、1歩踏み出した瞬間にその姿が“消える”。

紅い軌跡だけを残して、一直線に獅郎に辿り着き勢いのままに蹴りを放つ。


 しかし、それは獅郎が上体を逸らしただけで容易く避けられる。


「!? 」

「動揺しとんなや」


 獅郎が目を見開いた春斗の顔に拳を叩き込む。

不安定な状態で受けた衝撃に、春斗は再び倒れ込んだ。


「はぁ……何しとんねんお前」

「……ッるっせぇなぁっ!! 」


 苛立ちながら立ち上がり拳を振るうも、やはり避けられる。

当然、並の動体視力で避けられるような速さではない。

しかしその拳も、蹴りも、尽く獅郎には当たらない。


──そして、稼働限界である2分を迎えた。


 漏れ出す紅い稲光はその数を増し、耐えかねた肉体は焼け始め、動かす度に筋肉が痛む。

それすら無視して拳を振り上げるが、その動きに先程までのキレはない。


 獅郎は呆れた様に拳を手のひらで受け止めると、再び春斗の顔を殴り飛ばす。

 倒れ込んだ春斗に最早立ち上がる余力はなく、地面に仰向けの状態で荒く息をするのみだった。


「お前、前の仕事からずっと余計な事考えとるやろ」


 言いながらゆっくりと春斗の横にしゃがみ込み、苦々しげに顔を歪める春斗を覗き込む。


「どうせ藤乃んことやんな……ホンマえぇ加減にしぃや」

「ハァ……ハァ…………」

「子供や言うても、藤乃が自分の選んだ結果や。それで悩むとか、お前何様やねん」


 いつもの軽い調子ではなく、真剣な眼差しで言う獅郎に春斗は返す言葉がなかった。

自分でも理解っている。それは傲慢な悩みなのだと。

しかし、それでも自分が許せない。

彼女を助けるはずの自分が、再び彼女に助けられた挙句“なにか”に苦しんでいる。

そんな事実を、許容できるはずもない。


 春斗は投げ出した両手で地面を握り、その表情は悔しさに歪み必死に歯を食いしばった。

 そんな春斗の様子に、獅郎は呆れた様に肩を竦めた。


「はぁ……ま、お前翔馬(あのバカ)と同類やもんな。言うたって分からんやろ。ホレ、いつまで寝とんねん、さっさと立ちや」

「……は? ……ちょっと、待て……何言ってんだ……」

「お前みたいなバカ、もう手ぇ付けられへんねん。せやから徹底的に鍛えて、二度とそないなクソくだらん悩み浮かばんようにするしかないやろ」


 ようやく上体をゆっくり起こして座る春斗に、獅郎は面倒臭げな表情でそう言う。


「それにな、お前が負けると師匠である俺の名前が傷付くねん」


 心底嫌そうな表情で腕を組みそっぽを向いた獅郎を、一瞬呆然と見上げて、春斗は小さく笑みを浮かべゆっくり立ち上がる。 


「…………ハッ、 今更1個傷付いたって誰も気付かねぇよ」

「あ"? なんや、無駄口叩く余裕はあんねんな」

「それから、勝手に師匠名乗んなっつってんだろ。俺の評判に関わる」


 ズボンの埃を払いながら、いつもの調子で挑発的な笑みを浮かべる春斗に、獅郎は青筋を浮かべて吠える。


「こンガキャいけしゃあしゃあとッ! もうえぇ分かった!お前はここで殺すッ! 」

「やってみろやッ! 」


 そうして日の暮れた夜空に、再び2本の紅い雷は昇った。

 

 

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