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2-13.黒き愚者

────「……こうしていると昔を思い出すね」


 夕焼け空の街の中、人のいなくなった大通りのガードレールに距離を空けて寄りかかる、2つの影。


 1人はパンツスーツに身を包み、茶髪の髪を団子状に纏め眼鏡をかけた女──七里 京子。


 もう1人はタイトなスーツに身を包んだ丸眼鏡の男。その童顔な顔には、無理を押して力を行使した代償の血痕がこびりついていた。


 丸眼鏡の男──青山 祐希。


今回の騒動の主犯である男の問いに、京子は失笑を交えて答える。


「……あの時はもっと人が歩いていたがな」


「いやぁ、それは……」


 青山が困った様に笑って答えを濁すが、京子は眼光を冷たくしたまま視線を落とした。


 青山が生み出した4つのヒトガタと春斗達が散ってから、15分程が過ぎた。

街の四方で聞こえてくる戦闘の音だけが、2人の沈黙の中に落ちる。


「……もう殴らないの? 」


「なんだ。殴られたいのか? 」


 青山の問いに茶化すように答えるが、その言葉もどこか力無い。

 どこか悲哀と諦観が籠る声音に、青山は眉を寄せた。


「そうじゃないけど……あいつらが戻ってくるとおもってるから? 」


「思ってるんじゃない。信じてるんだよ」


「──ッ!!」


 京子の言葉に青山はガードレールから体を離し口を開く。

自分には向けられなかった“信頼”。

憤りと嫉妬が濁流の如く湧き上がり、しかし青山を見据えた京子の瞳に射抜かれ、途端に言葉が詰まる。


何かを耐えるように目を細め、口を結ぶその表情に、湧き上がった怒りなど幻だったように消え失せた。


「京子ちゃん、僕は────」


 弱った様に眉を寄せて紡ぎかけた言葉を切って、振り返る。

突如背後から飛来した“それ”を受け止めた時には、眼鏡の奥に燃えるような怒りが再燃していた。


「いやぁ。なかなか手強かったよ、青山さん」


 受け止めた黒き遺骸の頭部(それ)を地面に放り捨てて、青山は声の主を睨む。


 モノクロのハンチング帽の下で不敵な笑みを浮かべる男──宮代 翔馬。

少しはだけた青いシャツに斜めに傷があるのは確認できたが、他にダメージらしいものは無い。

捲りあげた袖から覗く両腕にもかすり傷すらないところを見るに、自身の創造した怪物は一太刀がやっとだったらしい。


その事実がより青山の怒りの炎を煽る。


「随分な余裕じゃないか、宮代 翔馬」


「そんなことないさ。実際一撃を貰っちゃったし。お陰で少し本気になったよ」


「チッ……いちいち癇に障るやつだな、君は」


 素直に評価したが、それは青山の怒りに薪を焚べただけだった。

険しい表情のまま対峙する青山に、翔馬は苦笑しながら帽子を抑える。


「いや、褒めたつもりだったんだけど……まぁでも、どちらにしろ詰みだ。じきに他のみんなも来るだろう。頼む、大人しく投降してくれないか? 」


「投降だって? 冗談じゃない!もともとアンタは、僕の手で殺してやりたかったんだ」


 翔馬の言葉を一笑に付した青山は、冷たく瞳を細める。


「他の誰が戻って来ようと関係ない。まとめて────」


 青山の言葉を遮るように、何かに背中を押される。

そのすぐ後、腰の辺りに冷たい感覚と鋭い痛みが伝わった。


 何が起きたか理解できない青山と、あまりのことに声も出ず口を開けたままの翔馬。


「気を抜きすぎだ、素人め」


 棘のある言葉の中に、悲哀の色が響く声は青山の真後ろから。

青山の背にピタリと寄りかかる様に立つ京子のものだった。

その両手に握り込んだポケットナイフから、赤い雫が伝う。


「京子ちゃん……なんで……」


 困惑の表情で呟く青山だが、京子が答えることはない。

ナイフを引き抜くと同時に青山の肩を掴み、強引に対面させる。


そして再びナイフを突き立てようとして、しかしそれは一足飛びに近寄った翔馬によって阻まれる。


「京子さん。それ以上は……」


 苦みばしった表情でそう言いながら、今なお力を込め続ける京子の手を押さえつける。


 堪えるような顔つきのまま自分を睨む京子を見て、困惑のままに青山は数歩後退る。

そしておもむろに内ポケットから銀色の小さなケースを取り出した。

震える手で開けたケースから取り出したのは、青い液体の満たされた注射器。


 その注射器を見た途端、翔馬と京子は目を剥いた。


2人共実物は初めて見たが、それは春斗の証言していた物とあまりに酷似していたのだ。


──つまりそれは、過剰発現を誘発する薬物。


それが2人の中で同時に想起された。


「待って青山さんッ! 」


「やめろ祐希ッ!! 」


 2人の制止など届いていないかのように、青山は茫然自失といった表情で注射器を握り込む。

震える手で首筋へ注射器をあてがう。


 しかし、その注射器は首筋には届かず手首ごと地に落ちた(・・・・・・・・・)


「ぃあ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"っ!!!! 」


 手首から上の無くなった左腕を抱えた青山の絶叫が、夕闇に包まれる大通りに響き渡る。


「うっさッ! なんやねん喧しい」


 痛みに耐えながら声のした方を睨むと、右肩に刀の峯を担いだ男が呆れた様な表情で迷惑そうに青山を見ていた。


「お、まえ……」


「なんや自分、その位の痛みは覚悟の上やろ? それとも自分は無傷で元気いっぱいのまま勝てると思うとったんか?そうなんやったら、とんだ甘ちゃんやな」


 青山の手首を切り落とした張本人──獅郎は、蔑む様に目を細め、腕を抱えるように前屈みになっている青山へ詰め寄る。

同じく腰を曲げ、鼻先が触れそうな程近づき、


「ええ歳して、なんもかんも中途半端やから勝てへんのや」


 挑発的に口角を上げる獅郎に、青山は冷や汗を流しながら睨む以外にできない。

腕の痛みはもちろんの事、“中途半端”という評価と、何より京子から向けられた明確な殺意が、青山を支えていた物を崩していく。


力がないから信頼されず、京子は去ったのだと思っていた。

力を手に入れて、それを証明すればまた京子と過ごすことを許されると考えていた。

証明するには、京子を取り巻く超能力者(ギフテッド)を倒せばいいと錯覚していた。


結局は、京子に別れを告げられたあの瞬間から1歩も動いていない。

去ろうとする京子を、呼び止める事も共に行く事も出来ない半端者のまま。

力は偶然与えられた物で、それを過信して暴れ回り、半端な覚悟で翔馬達と対峙していた。

偶然がなければ悶々として生涯を終えたであろう、中途半端な臆病者。


 虚構と妄執の霧が晴れ突き付けられた現実は、青山の戦意を刈り取るのに充分だった。

夕陽を反射する眼鏡の向こうで睨んでいた瞳は力を無くし、腕を抱えながら膝から崩れ落ちていく。


「……ぼ、くは……僕は、ね──」


『よくぞここまで戦いましたね、同志青山よ』


 夕闇の中、誰のものでもない声が響く。

男とも女ともつかぬくぐもった声の後、それは突然青山の後ろへ現れた。

白い外套を羽織り、外套に付いたフードを目深に被った人物。フードの隙間から見えている筈の口元も白銀の仮面に覆われ、外套もしっかりと体を覆いシルエットすら分からなかった。


 全員が驚愕し、一瞬反応が遅れた僅かの間に、その人物が外套の隙間から白い布地を纏った腕が伸びる。

その手に握った注射器を青山の後頚部に突き立てたのと、獅郎が刀を白銀の仮面に突き立てるのはほぼ同時だった。


 しかし、獅郎は顔を顰めて舌打ちする。


「チッ……しくったわ」


獅郎が吐き捨てる様にそう言うと、嘲笑うかのように白い外套の人物は霧散してその姿を消した。


『やはり油断出来ぬ方ですね。いずれまたお会いしましょう』


 夕闇の彼方から響いた声は、それっきり聞こえなくなった。

そして────


「ぐっ……アァ゛ア゛!!! 」


 代わりに聞こえたのは、蹲る青山の呻き声。

全身を痙攣させ、言葉にならない声を漏らし続ける。


「祐希ッ!! 」


「ダメだ、京子さん」


 駆け寄ろうとする京子を抱き止める翔馬。


 振り解こうともがく京子の目の前で、青山の変質は瞬きの間に進んでいく。

切り取られた左手首からは、黒々とした鳥の足の様な物が生え、タイトなスーツの背は泡のように湧き上がる。


 獅郎は完全に変質する前にケリをつけようと、頭を垂れる青山の首元へ素早く刃を振り下ろす。

だがその刃は、左手首に生えた猛禽類の如く獰猛で鋭い漆黒の爪に受け止められる。


「チッ!! 」


「ああ"ぁ゛あ"ぁ"ぁ゛ッ!!! 」


 面を上げた青山に、最早理性は欠片もなかった。

丸眼鏡の奥にある瞳は真っ赤に染まり、顔の中心へ向かって黒い鱗のような物が覆い始める。

そして悪態をつく獅郎を払い除けゆっくりと立ち上がると、スーツの背中を突き破り、右に蝙蝠のような、左に鴉のような翼が広がる。

か細い足も1度ぐちゃりと気味の悪い音がしたあと、馬の後脚のような逞しい逆足へと変化。

華奢だった体躯は見る影もない程に筋肉が膨張し、その原型を留めない。

最後に顔を全て漆黒の鱗が覆い丸眼鏡が落下すると、瞳のあったであろう場所から2本の暗い紫の角が捻り上がる。


青山“だった者”は、革靴を引き裂き現れた蹄を1歩踏み出し、落ちた丸眼鏡を踏み潰す。


「……祐希…………」


「おぅ翔馬ぁ!! 京子抱えて離れぇッ!! 」


 力無く膝から崩れ落ちた京子を支える翔馬へ、振り向くことなく獅郎が怒鳴る。


 翔馬もすぐさま動こうとするが、歪にも人体の手のままの右腕を怪物(青山)はかざす。


刹那、その場の全員を囲うように黒い円が複数現れ、その中なら新たな怪物達が現れた。

黒い円から這い出る、目玉の垂れ下がった腐った犬のような頭にミイラの様な身体のヒトガタ。

円から射出される様に飛び出したのは、骨格のみの翼を両腕に携えた不気味に笑う綿の飛び出たクマの人形。

頭部のない西洋甲冑。

全身がヒビ割れ、棘のようにナイロンの毛が生えた片目のないマネキン。

片足を無くしたくるみ割り人形。

虹色の泥人形。

カラーコーンを被ったような筋骨隆々のヒトガタ。

手足と頭が逆に着いた血みどろのピエロ。


先刻青山が展開した百鬼夜行の如き能力、“図画騒乱(パンデモニウム)”と同じ様に無数の怪物が現れるが、その姿は混濁した青山の思考の影響なのかより禍々しく、より歪だった。


「チッ! 」


 生まれでた怪物たちなどには目もくれず、獅郎は一足飛びに数段大きくなった青山へと踊りかかる。


出力(アウトプット):増強(ブースト)ッ! 」


中空で超能力(ギフト)を励起する。

全身に赤い帯状のラインが広がり、振り下ろすその一刀の力を瞬間的に増幅させた。

飛び出した膂力から怪物(青山)が獣の感で想像した剣速を超える一閃。

咄嗟に変質した左腕で庇い、再び左手首が切り落とされる。

だが、その腕は“既に無いものだ”。


 アスファルトに落ちた左手が汚泥のように溶けるのと同時に、失ったものが再生。

再生した左手は同じく鋭い爪を持ち、それを揃えて獅郎へ突き出す。


「ぐっ……」


 衝撃で獅郎から小さく呻き声が漏れる。

着地と同時に放たれた鋭い爪を刀で受け止めたが、先刻の戦闘でのダメージと体勢の悪さで踏ん張りが効かず、跳躍した分を押し戻される形となった。


「なんや、エラい元気やんけ。過剰発現とちゃうんか?」


「うん、あれは多分──」


 京子を庇いながら獅郎と背中合わせになり、周囲を警戒する翔馬の頬に冷たい汗が流れる。


「──越境化(エボルヴ)だ」




******



 ────「おやおや? 余計な事をと思いましたが、コレは興味深いですね」


 翔馬達の死闘を、遙か離れたビルの一室でドローンの撮影する映像で観戦する白衣姿の男──灰原は整った顎を擦りながら呟く。


「これは……過剰発現ではない? 」


 灰原の横に立ち、デスクの上に立てかけられたタブレット端末の映像を見ていたスーツ姿の女──アリスの呟きに、灰原は指を鳴らす。


「その通りです。滅多にいるものではないのですが、稀に過剰発現を起こして尚、身体が暴走する超能力(ギフト)に耐えうる様に変質する者がいるのです。名を越境化(エボルヴ)


「………………」


 灰原の言葉にアリスはただモニターを見つめながら目を細める。

灰原も絹のような黄緑色の髪の毛先を指で弄びながら楽しげに言葉を続けた。


「まぁ彼はまだモドキ(・・・)ですがね。良く言えば“越境の途中”といったところでしょうか。自身の境界線(げんかい)を越えられるかどうか……やっぱり欲しいですね、彼」


「承知しました。手配致します」


 アリスは襟足で揃えたグレーの髪を揺らし小さく頭を下げると、足早にその部屋を後にする。


「ん〜、やはりアリスさんは仕事が早い。頼りになりますねぇ」


 満足気に微笑んで頷く灰原は、再びタブレット端末へ視線を移す。

その目には好奇心と狂気が混在した光が宿り、口元を薄く歪める。


「さて、貴方はどうですかね。青山さん? 」




******



 ────牙を剥き滑空してくるボロボロのクマのぬいぐるみを、獅郎が一刀のもとに切り捨てる。

這い回る犬のような頭のヒトガタの頭部を、超能力(ギフト)を起動した翔馬が踏み砕く。

気を持ち直した京子の姿が陽炎のように消え、ナイロンの毛髪が棘のように生えたヒビ割れたマネキンの背後に周り掌底で粉砕する。


 順調に周囲の敵を排除しているように見えるが、黒い円から無尽蔵に歪な怪物は溢れ続け、徐々にその包囲が狭まっていた。


「“越境化エボルヴ”なんて都市伝説かと思うとったわ」


「恐らくだけど、彼はまだ完全じゃない。前にマリさんの診療所で資料を見た程度だけど、本来は自我も保った状態らしいからね」


 息を整えつつ背後の獅郎の言葉に失笑を交えて答える翔馬。

自制が無い分限度も加減もなく、その命尽きるまで暴れ回る可能性が高く、そうなった時の被害は計り知れない。


「なんでもえぇけどな、このままやとジリ貧やぞ? お前まだいけるやろ。チャチャッと片してこいや」


 迫る怪物を袈裟斬りにしながら獅郎が言うが、翔馬は困った様に笑いながら別の怪物の頭部を蹴り潰す。


「いやぁ、実は今クールダウン中というか……」


「なんやお前。涼しい顔してもう使(つこ)うとったんかいな。“閃光”も地に落ちたもんやの」


「その渾名、恥ずかしいからやめて欲しいんだけど」


 翔馬は照れたように後頭部を擦りながら伸びてきた鉤爪を避けて、その怪物の頭部を殴り潰す。


「……お前ら、真面目にやれ」


 蠢く芋虫のような怪物を踏みしだきながら京子が苛立たしげに言うと、翔馬は苦笑を浮かべ、獅郎はつまらなさそうに口元をへの字に曲げる。


「言うてもなぁ。ここで俺か翔馬が抜けたら残った方は厳しいやろ? せめて“どっちか”が()うへんと……」


「分かってる。だからせめて“どちらか”が戻るまで真面目にやれと言っている」 


「おや、噂をすればだよ」


 怠そうに話す獅郎と、苛立つ態度を隠そうともしない京子の会話に翔馬が割って入った。

それと同時に数匹の怪物が纏めて“爆ぜる”。


「おまたせ。なんか振り出しに戻ってない?」


 言葉と共に現れたのは、結直した髪と右腕を白い大蛇に変え怪物を縛り上げる少女──睦月。


「おっそいねん蛇女ッ! つかなんやそのカッコ。ボロボロやんけ」


「うるさいボサボサ。アンタも大差ないでしょ」


 揶揄う獅郎に睦月は表情こそ変わらないが苛立たしげに答え、絡めとった怪物を締め潰す。

そして目を細めて周囲を見やり、一際大きな怪物──青山を見据えた。


「あぁ……そういう……」


 少し声のトーンを落としながら状況を理解した睦月は、一度目を伏せ小さく息をつくと再び複数の蛇達を周囲の怪物へ走らせる。


「私とボサボサで抑える。翔馬は行って」


「あ"ぁ"?! なんで翔馬やねん! そいつ今ガス欠やぞ。つか仕切んなや! 」


「うるさい。ボロ雑巾のアンタよりマシよ」


「んやとコラッ!! お前から捌いたってもええんやぞ!」


 獅郎は睦月を見ながら喚き散らし、無慈悲に飛びかかってくる怪物を一瞥することもなく片手間に切り捨てる。

獅郎の暴言を無視しつつ、睦月も京子をカバーしながら3匹の蛇を操って確実に怪物を滅する。


 そんな様子を苦笑しながら聞いていた翔馬だったが、何かに気付いたように目深にかぶった帽子の向こうで瞳を光らせる。


「うん。確かに全開はまだ無理かもだけど、何とかなりそうだ。ここは任せたよ二人とも」


「なんやとッ!おい 翔馬ァッ!! 」


 獅郎が吠えながら振り返る頃には、翔馬は怪物の群れの奥に消えていた。

その背を見送る獅郎が不満そうに刀を振るえば、また1匹怪物が黒い汚泥に帰る。


「チッ、ホンに勝手な奴等やな」


「アンタに言われたくないでしょうね」


「なんで他人事やねん! お前も入っとんねんぞ! 」


「はぁ……ほんとにお前らは……」


 騒がしく言い争う2人に、京子は呆れたように溜め息をついた。



******



 ────怪物の波を掻き分け、翔馬は根源(青山)の元へと辿り着く。

ハンチング帽を抑えて青山の前に降り立つと、帽子の向こうから鋭い眼光をのぞかせた。


「申し訳ないが、ここまでだ」


 冷たい響きの言葉に、彼が人だった頃口があったであろう場所の黒々とした鱗が真横にヒビ割れる。

そしてそのヒビは上下に裂け、本来の青山の口であろう口腔内が垣間見えた。


「────ッ!!!」


 それは、声にすらならない甲高い咆哮。

大気すら震わせるような咆哮の中には、確かに翔馬に対する憤怒と憎悪が存在していた。


 響く咆哮の勢いで帽子が飛ばないように抑えながら、翔馬はただその憎悪の叫びを受け止める。

そしていつもの柔和な眼差しとは違い、どこか諦念の篭った視線を怪物に成り果てた青山へ向けた。


「……君にかけられる言葉は、もう無さそうだ」


「──────ッ!!! 」


 咆哮と共に左右で違う形状のアンバランスな翼を広げ、左の鴉のような翼から漆黒の羽を舞い散らせながら飛翔する。

力強い羽ばたきに突風は吹き荒れ、猛禽類の如く鋭い爪を翔馬へ向けて突き出しながら飛来。


 しかし、翔馬がそこから動くことはなかった。



────刹那、真紅の雷が真横に迸る(・・・・・)



 その閃光は怪物(青山)の右頬を殴りつけ、予想外の方角からの衝撃にその巨体は対処できぬまま進路を大きく逸れ、ビルの外壁に激突する。


「……また懲りずに出したのか、学習しねぇな」


 青山を殴り飛ばした場所に着地した春斗が、赤雷を纏ながらゆっくりと立ち上がり、不敵に笑った。



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