1-12.当日
───春斗が“特別対応許可証”取得に向けての訓練を始めて3ヶ月。
季節は移ろい、今季の最低気温を日々更新する雪のちらつき始めた年の瀬。
学校も冬季休暇に入った春斗はコートとマフラーでしっかりと防寒して、その建物の前に立っていた。
「……ふぅ……よしッ!」
春斗は小さく息をついてその建物を見上げて、意を決して中へと入っていく。
建物には“特殊技能免許センター”と古ぼけた黒い看板にかすれた金色の文字で記されていた。
3階建てのその建物は外観からもその歴史の長さを感じさせ、中も古い役所の様な作りとなっていた。
低い天井に各担当課のプラカードが細い鎖にぶら下がり、多くの人でごった返している。
「春斗君、こっちこっち! 」
辺りを見回していた春斗が声をかけられた方を向くと、白黒のハンチング帽を被った翔馬が軽く手を挙げている。
その横にはボサボサの髪を掻きながら眠たげに大欠伸をしている獅郎の姿。
「おはようございます」
「おはよう。昨日は眠れたかい?」
小走りで近寄ってきた春斗に翔馬が穏やかな声音で聞くと、春斗は少し苦笑する。
「まぁ……なんとか」
春斗自身、思っていた以上に緊張していたのか、夜中に何度か起きてしまったのを思い出して誤魔化すようにそう答えた。
その返答に、獅郎はそっと春斗の肩にそっと手を置くと珍しく優しげな笑みを浮かべると、
「安心せぇ。この日の為に準備したんや……」
「え? どうし……」
あまりにも見ないその笑顔に背筋に寒気を感じながら獅郎を見ると、その表情は一変。
眉尻を下げ、口角を釣り上げ、煽るような笑みに変わり春斗の言葉を無音で堰き止めた。
「まさか、俺らがわざわざ忙しい時間を割いて、あれッだけ特訓してやったんやから、落ちるわけあらへんよな? ウチのスーパールーキー、期待の新人君が、まさかこんなしょうもない所で躓いたりせぇへんよなぁ? 俺らの顔に泥を塗るような真似はせぇへんよなぁ? 」
「……上等だこの野郎」
獅郎の挑発に青筋を浮かべながら顔を引き攣らせる春斗。
そんなやり取りを翔馬が苦笑して見ていると、些か場違いな明るい少女の声が聞こえる。
「ハルトーッ!おはよーッ!」
呼ばれて振り返れば、赤いコートを着た藤乃が弾けんばかりの笑顔を湛えて駆け寄ってきた。
「おう、おはよう藤乃。朝から元気だな」
「うん!」
獅郎に向けていた表情と打って変わり、優しく笑いかけながら挨拶を返せば、藤乃も嬉しそうに笑い返す。
その後ろから、見慣れた人影が2つ。
「藤乃、人混みで走ったら危ない」
「やれやれ、子供は朝から元気だな」
藤乃を窘めた毛先をピンク色に染めた髪を腰ほどまで伸ばしツーサイドアップに纏めた三白眼の少女─睦月と並び、やや呆れつつも困ったように笑う茶髪の髪を団子状に纏めたスーツ姿の女─京子が見えると、春斗は2人に視線を向ける。
「おはようございます。朝からすみません」
「いや、気にしないでくれ。君を雇うかどうかの視察も兼ねているからね」
「私は更新のついでだから、気にしないで」
京子と睦月がそれぞれ答えると春斗は苦笑を浮かべて短く答える。
「ハハッ……善処します」
獅郎の挑発的な煽りに比べ、笑顔で言った京子の言葉は重みが違った。なにせ眼鏡の奥の瞳が全く笑っていない。
「さて、そろそろ受付をして会場に行こう。僕が引率するよ」
「……はい」
腕時計を見ながら言った翔馬の言葉に、春斗は表情を引き締めて頷く。
すると藤乃が春斗のコートの裾を引き、春斗が視線を落とした。
「ハルト、頑張ってね!」
「おう、行ってくる」
藤乃の激励に力を貰い、笑みを零しながら薄紫色の髪を優しく撫でる。
そして京子や睦月、獅郎に向き直ると頭を下げて挨拶し翔馬と共に人混みへと消えた。
2人の背中を見送りながら、獅郎は呆れたような表情で腕を組んで呟く。
「……律儀なやっちゃのぉ」
京子や睦月へはともかく、自分に向かってまで頭を下げたのが意外で思わず零れたその言葉。しかしその声音は表情と違い穏やかなものだった。
「それで、実際の所どうなんだ? 」
「あ? なんやねん藪から棒に」
同じく2人を見送った京子の質問の意図が分からず、獅郎はぶっきらぼうな返答をする。
「受かるかどうか、だよ」
「は? 受かるに決まっとるやんか。こないな試験、あってないようなもんやろ」
当たり前だと言わんばかりの表情で獅郎がそう言うと、京子は意外そうにその顔をまじまじと見た後、可笑しそうに口元を緩めた。
「ほう、お前がそこまで言うとはな」
「……? なんや勘違いしてそうやから訂正しとっけどな。アイツの実力云々抜きで、試験はほぼ全員受かんねん。筆記は常識の範疇、実技の模擬戦も勝ち負けやのうてその“内容”や。最悪“簡単には死なへんやろ”って程度で充分合格ラインや。お前かて知って……いや、知らんか」
「まぁな。私は“特許証”なんて望むべくもない、か弱い常人の事務員だからな」
獅郎の言葉を引き継ぐ様に、京子は不敵な笑みを浮かべながらそう言った。
その言葉に獅郎は呆れた様に肩を竦める。
「なぁにが“か弱い”やねん。お前がか弱かったら俺も翔馬もカス以下やんけ」
「おいおい、そう卑下するものじゃない。超能力を使われれば私はひ弱な一般人だよ」
「へぇへぇ……ったく白々しい……で? 逆にどうなんや?アイツ、雇うんか?」
面倒くさくなった獅郎が話題を春斗に戻すと、今度は京子が肩を竦めて、
「さてな。それこそ、実技の内容次第だろう」
と、あっけらかんと答えた。
「ホンマ、食えんやっちゃの……」
そんな会話をしていると、不意に藤乃以外の面々には聞き覚えのある声に呼びかけられる。
「おや、御三方がここに揃うとは。珍しいですな」
一同が視線を向けると、口髭を蓄え綺麗に揃えたスーツ姿の老爺が、和やかな笑みを浮かべて立っていた。
杖を携えているが背筋はしゃんとしており、スーツの色と合わせた帽子を被ったその姿は、何処か気品を漂わせ紳士といった表現がしっくりくる出で立ちだ。
「これは草加御大。そちらこそ珍しいですね」
「なんやじぃさん。引退したんやないんか? 」
「……どうも」
「…………」
藤乃は知らない大人に警戒したのか京子の後ろに少し隠れ、睦月は何故か辺りを警戒するように見回した後、短く挨拶だけ返す。
各人それぞれの反応で“草加”と呼んだ男性に答えた。
「いやなに。少し頼まれ事がありましてな」
京子の質問に言葉を濁して老爺が答える。
その時、睦月の警戒していた元凶が現れた。
「おーいジィちゃん! 呼ばれてんぞぉ」
声をかけながら近寄ってきた人影を見て、いつもは表情の崩れない睦月が露骨に顔を顰める。
現れたのは濃紺の髪を肩にかかるかどうかで切り揃えた少女。
少女の声に気付き振り返った老爺は軽く手を挙げて答えた。
「おぉ夏燐、すまないね」
少女─夏燐は老爺の横に並び立つ。
季節的に薄着の部類に入りそうなスカジャンとグレーのパンツ姿の夏燐。
2人の関係性は祖父と孫なのだが、その見た目からは、およそその繋がりを感じられなかった。
老爺の横に立った夏燐は4人に気付き、嬉しそうに声を上げた。
「あれ、揃ってここに来るなんて珍しいっすね」
「おう、じゃじゃ馬娘もいるんかいな」
「お久しぶりっす」
獅郎の言葉に軽く挨拶を返すと、その興味は京子の後ろに隠れる藤乃に向いた。
「お? 知らねぇ顔だな……よぉ嬢ちゃん。お名前は?」
しゃがみ込んで藤乃に視線を合わせながら、本人は優しい笑みを浮かべていたつもりだったが、お世辞にも“優しさ”の窺える表情ではなかった。
そんな顔に藤乃はさらに京子の影に引っ込んでしまう。
「あれ?」
「止めて。藤乃が怖がってる」
そう言って夏燐と藤乃の間に割って入った睦月。
その表情はどこまでも冷たく、瞳に嫌悪の色を写していた。
睦月の言葉に夏燐は舌打ちした後ゆっくり立ち上がり、嫌悪感を隠すことも無く睨み返す。
「よぉ、いたのかよ蛇女。存在感なさすぎて気付かなかったわ」
「気配を探れないなんて致命的ね。資格返納したら?」
「ハッ!雑魚の気配なんざいちいち確認しねぇんだよ」
互いに挑発しながら、鼻先の着きそうな距離で火花が散っている錯覚を起こす程睨み合う両者。
その一触即発の空気を、
「……夏燐。止めなさい」
「そこまでだ、睦月」
老爺の穏やかだが聞くものに重圧を感じさせる声と、呆れた響きの中に絶対的な威圧感のある京子の声が同時に割って入る。
その静止の声で互いに飛びかかる直前だった2人の纏う雰囲気が凪いでいく。
「チッ」
「……」
視線こそ切らないが、どちらからともなく1歩下がる。
そして夏燐は視線を藤乃に向けると視線がかち合い、藤乃は更に京子の後ろに隠れてしまった。
「悪かったな、ビビらせるつもりはなかったんだ」
夏燐か苦笑しながら素直に謝罪すると、藤乃は少しだけ顔を覗かせて小さく首を振った。
「ところで、皆さんは今日は?」
「ああ。今日は知り合いが一人試験を受けるので……」
敢えて少し濁した返答をした京子だったが、その答えに夏燐はなにか気付いたように声を上げる。
「 もしかして春斗が受けるんすか?」
「なんや自分、アイツに会うた事あるんか? 」
「前に1回だけっすけどね……へぇ、そいつは……」
獅郎の質問に答え、後半部分は独り言気味に呟いた夏燐は口元を釣り上げ、その瞳にギラついた色を宿らせる。
と、そこで唐突に場内にアナウンスが流れた。
『お呼び出し致します。草加 源該様。スタッフルームまでお越しください。繰り返します……』
「おやおや」
「あっ! やべッ……ジィちゃん呼びに来たんだ」
アナウンスの声で夏燐がそう言うと、京子は訝しげな表情で尋ねた。
「御大、頼まれ事とは? 」
「今日の実技審査はジィちゃんもやるんすよ」
京子の疑問に老爺─源該の代わりに答えた夏燐。
そしてその返答は京子の予想通りだった。
なるほど、と呟く京子の横から藤乃がおずおずと顔を出す。
「あの……お爺さん」
「うん? 何かなお嬢さん?」
「今日はハルトが試験を受けるんです。だから……」
「……そうか。その“ハルトくん”は随分と慕われているんだね」
優しげな声音でしゃがみ込み藤乃に視線を合わせる源該。
藤乃の言葉の先を察し、そっと薄紫色の頭を撫でた。
「でもね、もし受かってしまったら彼は怪我をするかもしれないよ?酷ければ命を落としかねない」
「…………」
この日までのトレーニングで春斗の傷付く姿を見ていた藤乃はその言葉に黙り込んでしまう。
怪我をして欲しい訳では無い。
それでも、今日この日までの彼の努力を見ていた藤乃は、同じくらいに合格して欲しいと思っている。
押し黙ったまま俯き、二律背反の複雑な感情を処理しきれない藤乃の肩に、京子はそっと手を添えた。
藤乃が顔を上げると、優しげな笑みの京子と視線が重なる。
「そうならないように私達がいる。まぁ怪我は付き物だがね」
最後は苦笑を浮かべながら、それでも信用に足る力強い言葉に藤乃は表情を強ばらせながらも頷いた。
そして京子は、表情を不敵な笑みに変えて源該を見据える。
「ご心配なく。彼は受かるし、死にませんよ」
「ホッホッ。七里さんにそこまで言わせるとは……いや、意地の悪い質問だったね。ゴメンよお嬢さん」
笑顔で立ち上がりながらそう言うと、源該は帽子を軽く上げて挨拶する。
「私も“ハルトくん”の登場を楽しみにしていましょう。それでは」
言い終えると源該は携えた杖を手に踵を返し、その後を何処か愉しげな夏燐が追うように人混みに消えて行った。
******
─── 2つの時計の針が頂点に差し掛かった頃、春斗はぞろぞろと出てくる人の群れの中に紛れ筆記試験のあった一室から出てくる。
ほぼ一般常識と道徳を説く様な問題ばかりの内容に『逆に引っ掛けなのでは?』と必要のない猜疑心がよぎるが、切り替えるように頭を振った。
「……お疲れ様、春斗君。出来はどうだった? 」
「いや、どうと言われても。話には聞いてましたけど、まさかこんなにヒドイとは……」
人混みの中から春斗を見つけた翔馬の質問に、拭えぬ疑惑を抱えながら答えた。
「ハハハッ。まぁ本当に形式みたいなものだからね。本番は寧ろこれからさ……ほら、もう出てるよ」
笑顔を浮かべつつも、その目深に被った帽子の奥で瞳を細めて翔馬が指差すその先には電光掲示板があった。
掲示板には“実技審査対者表”と銘打たれ、その下に番号でその“対戦相手”が記されている。
「春斗君は1番最後の組みたいだね」
「…………」
指し示された掲示板を緊張した面持ちで見ていると、不意に聞き慣れぬ粗野な男の声が聞こえてきた。
「おん? なんだガキが相手かよ。こりゃ楽勝だな」
振り返ると、そこには筋骨隆々のボディビルダーのような男が立っていた。
「お前、1番最後なんだろ? なら相手はこの俺さ! 怪我しねぇうちに帰った方がいいぜ?ここはガキの溜まり場じゃねぇんだ」
「……なぁんだ。緊張して損したぜ」
「あ? 」
男の挑発にかえって冷静になった春斗は、表情から緊張の色が抜け代わりに不敵な笑みを浮かべる。
「悪ぃけど棄権してくんね? 間違って殺しちまったらまだ逮捕されちまうからさ」
「んだとテメッ!」
男は吠えながら左拳を振り上げる。
上がった拳の皮膚を頑強な“岩”が覆い、それを春斗の顔面へ振り下した。
だが、その岩の拳が春斗の顔を捉えることは無い。
瞬時に右腕のみに赤雷を迸らせた春斗が、その巨岩を受け止めている。
男がより力を込めて押そうと、逆に引き戻そうと、掴まれた岩の拳が動くことは無かった。
その細身の体と腕からは想像もつかない力に、男は焦りの色を顔に映す。
「こらこら、まだ試験は始まってないよ? ……それとも本当にここで退場するかい?」
目深に被った帽子の下で呆れた表情を浮かべ翔馬は穏やかな口調で言うが、言葉の中に宿る冬の水底の様な冷たさと、帽子の奥の鋭い刃の如き眼光に男は背筋を震わせた。
「ほら、春斗君も。手を離してあげな」
「……ウッス」
困り顔で諭すように言う翔馬に、やや不服そうに返事をしながら春斗が手を離す。
その瞬間に男は慌てて手を引いて、春斗を睨みながら左手を摩っていた。
「テメェ……楽しみにしてろよ」
「ああ、期待してるよ」
男の捨て台詞に挑発で返すと、男はブツブツと文句を呟きながら廊下に消えていく。
「さて、お昼ご飯を食べて午後に備えよう。それから春斗君。相手が誰であれ……」
「油断はするな、ですよね? 」
「うん。こんな所で足をすくわれたつまらないからね」
「分かってますよ。まぁでも、さっきのヤツに少し感謝ですね。いい感じに緊張がほぐれた気がします」
そう言って笑う春斗にやや危なっかしさを感じつつも、肩の力が抜けた様子を見て翔馬は口元を少し緩ませた。
******
─── 時刻は15時。
春斗は施設地下の控え室で座っていた。
この特殊技能免許センターは、外観やロビーこそ年季の入った建物だが、実際の心臓部は地下にある。
地下には依頼人からの依頼内容や、許可証登録者のデータなどが集約されたデータバンクを始め、運営の要が埋設されている。
その更に地下には、日頃中々能力を訓練できない者たちへ解放されている“トレーニングルーム”、認定証受験者の実技試験を行う“試験場”などがあり、地下の造りは地上のレトロな役所風のものと違い、無機質だが近未来的な内装だった。
春斗もエレベーターを降りその真っ白で清潔感のある、凹凸のない廊下を見て地上とのギャップに目を丸くしたが、今は落ち着き払った様子で備え付けられたベンチに座り、会場の様子を壁にかかった大型モニターから注視していた。
と、モニターから試験終了のブザーが鳴ると同時に控え室の自動ドアが左右に開く。
真っ白なつなぎ服を着た男の職員が入るなり、春斗に声をかけた。
「受験番号261番。準備を」
そう言われると春斗はゆっくりと立ち上がり、職員の後に続いて控え室を後にする。
職員に連れられ真っ白な廊下を少し歩くと、ひとつのドアの前で職員が足を止めた。
「では、健闘を祈る」
職員の言葉に小さく頷いて、春斗は目の前の自動ドアを潜る。
中は薄暗がりの廊下になっていて数段の階段を上がり、再びドアが左右に開く。
春斗の視界の先には開かれた正方形の壇上。
その四方を囲うように観客席が上の階に配され、さながら格闘技の会場の様な造りの試験場だ。
翔馬からの話では、業務の性質上“欠員”が出やすい為、年に2回行われるこの試験を各事務所のスカウトマン等が視察に来るとの事だった。
試験内容は“相手の無力化”であるが、必ずしも相手を倒す事が合格の絶対条件ではなく、最低限実戦で生きられるであろう事が示されれば合格となる。
そのためスカウトマン達も受験者の能力や、その一挙手一投足に真剣な眼差しを送っている。
壇上に上がる春斗の視線の先に、先程の男が腕を組んで立っていた。
「待ってたぜクソガキぃ。逃げなかった事は褒めてやるよ」
下卑た笑みを浮かべて男が春斗に挑発するが、春斗はその場で少し跳躍して男の言葉を無視している。
そして、試験開始のブザーが鳴り響く。
「テメェの力は分かってんだ。雷なんだろ? んなちゃちな電気で俺の岩盤を抜けると……」
余裕の笑みを浮かべて喋っていた男の言葉は、そこで打ち切られた。
春斗の纏う空気が変わり、僅かに癖の強い赤毛が持ち上がる。
そして気付いた時、捉えていたはずの春斗の姿を見失い、次の瞬間には何かに顔を覆われ、強い衝撃を最後に意識を失った。
男の顔を覆っていたのは掌。
春斗は一足飛びに男に接近。顔面を鷲掴みにし、勢いのまま壇上へ後頭部を叩き付けたのだ。
白目を剥いて気絶している男を春斗は冷めた瞳で見下ろす。
「始まってんのにペラペラ喋ってんじゃねぇよ」
春斗の言葉に続く様に試験終了のブザーが響き渡った。
あまりに早い終劇に会場は静まり返り、唖然とした空気が会場全体を包んだ。
───それを、鳴り響くひとつの“轟音”が打ち破る。
音の方へ春斗が視線を送ると、春斗が入ってきた側の自動ドアが吹き飛ばされて煙塵を巻き上げている。
その中から、勝気そうな少女の声が飛び出してきた。
「よぉ春斗。早速約束を果たしに来たぜ」
声を聞いて春斗は目を細める。
その声は以前病院で出会った夏燐と名乗った少女のもの。
煙塵の中から悠然と現れた夏燐は、声に違わぬ強気な笑みを浮かべた。