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1-11.そして少年は選び取った

───春斗が入院して5日が経った。

春斗の運ばれた病院は都心部に程近い大学病院。

広大な敷地に悠然と聳える、高さの違う3つの建物を合わせた様な造りの建物には、今日も多くの患者が出入りしていた。


少し冷たさの感じる風が癖の強い赤毛を撫でる。

春斗は病院内の屋上庭園に足を運んでいた。

3段の建造物の真ん中にある建物の屋上にあるその庭園は、入院患者など多くの人々が憩いの場として利用している。

春斗もその例に漏れず、その場所に訪れていた。

緑の病院着を着てはいるが、点滴も外れ、包帯も殆ど巻いていない。

少し肌寒さを感じ、上着を羽織れば良かったと少し後悔しながらベンチに腰かける。


春斗自身は、医師も目を見張る程の速さで回復していた。

理由は単純。

面会に来たマリが超能力(ギフト)を使ったのだ。


マリの超能力(ギフト)、“反転”は指定した物の状態を文字通り反転させる。

例えば、飛んできた物の進行方向を逆転させる。

例えば、傷付いた体を健康な状態に戻す。


それだけ聞けば一見万能に見えるが、対象は動いている必要があり、深刻な欠損や多すぎる対象を1度には選択できない。

また、不可逆的な物─死した者を甦らせるなどは当然不可能。

それに加え、一定期間その状態が経過しているものには適応できないなど縛りも多い。


マリ自身は『中途半端な能力さね』と自嘲気味に笑っていたが、それでもその力で2度も救われた春斗には感謝の念しかなかった。


もちろんマリは“勝手に”超能力(ギフト)を使っているので医師達は困惑していたが、快方に向かっていること事態には問題もない。

ただ不可解過ぎるので、もう数日経過観察の為入院となっている。


ほぼ全快に等しい春斗としては退屈な入院生活となっているのだが、今日は予定がありこの場所で待ち合わせをしていた。

待ち人の到着を売店で買ったパックのジュースを飲みながら待っていると、不意に声がかかる。


「おう、お待たせ」


声の方を向けばロマンスグレーの髪をオールバックにかきあげた初老の男性が片手を上げて声を掛けてきた。


「あ、和戸さん。お世話になります」


草臥れたキャメルのトレンチコートにクタクタのグレーのスーツを身に纏った男性─和戸を見て春斗は立ち上がり、軽く頭を下げて挨拶を返す。


「おいおい、堅苦しいのはやめてくれ。今回だって形だけのもんだ」


和戸は困った様な笑いを浮かべてロマンスグレーの後頭部を掻く。

今日和戸は先日の誘拐事件の聴取で足を運んでいた。

獅郎や勝輝の証言もあり、言葉通り形式のみの聴取らしく、本人曰く“窓際部署”の和戸が事情聴取に来たとの事だ。


「大体は聴いてるから、お前さんに起きた事、お前さんがやった事を教えてくれ。場所を変えようか?」


「いえ、たいした話でもないので……」


誘拐事件の真相なので実際は“たいした話”なのだが、春斗の実感としてはさして重大なことでもないのかそう答えると、和戸は少し悩みながらも、


「ふむ……まぁいいか。じゃあ座ってくれ」


一応周りを確認し近くにいる人が少ない事を確認すると、何とも適当にベンチに春斗を座らせ、トレンチコートの内ポケットから黒革の手帖を取り出す。


「じゃあ取り敢えず、最初から順を追って話してくれるか?」


「はい。あの日俺はいつも通りに登校して……」


5日前の出来事を極力仔細に思い出し、白山が何をしたのか、相手の人数、義之の能力など、可能な限り分かりやすく説明を始めた。

それに相槌を打ちながら和戸は時折メモを取り情報を整理していく。


「……それで、獅郎……さん……が来て、まぁ、その……助けてくれました」


「なんか最後だけキレ悪いな」


「……どうにもむず痒くて。特に“さん”付け」


「ハッハッハッ! 獅郎の奴がいなくてよかったな! いたら今頃弄り倒されてるぞ」


豪快に笑い飛ばして和戸が言うと、春斗は“ニタニタと煽る様な笑みを浮かべる獅郎”の顔が浮かび顔をしかめる。


「……だがまぁ。獅郎にも“白井 義之”にも感謝だな」


改めてメモを取っていた手帳に目を落としながら、和戸は神妙な面持ちでそう言った。

その言葉の意味が分からず春斗が眉をひそめる。

助けられた獅郎に対しての感謝は分かるが、殺されかけた相手に怒りこそすれ感謝など感じるはずもない。


「分かんねぇか? もし、獅郎が首を落とさないで、直接の死因がお前さんの開けた胸の穴だったら……お前さんは今頃ムショ送りだ。いくら友達を攫われたとはいえ、自分の足で奴らのアジトに行って、無免許で能力を行使し、人一人を死に至らしめた……正当防衛ってのはちと無理があるわな」


真剣な表情で、真っ直ぐ射抜くような和戸の視線に、春斗は目を伏せる。

獅郎がそれを分かって首を落としたのかは定かではないが、結果としては別の意味でも救われていた。

義之にしても、その頑強さが皮肉にも春斗を救う形となった。

敵対していたものにすら人生を救われたとなれば、最早目も当てられない。


翔馬の元に訪れた時に掲げた“理想”と“現実”の乖離。


悔しさに奥歯を噛み締めていると、不意に思い起こされたのはショッピングモールでの睦月との会話。

“特別対応許可証”の話題になった時、睦月に言われた言葉。


「……俺……」


「ん?」


「……“特許証”、取った方がいいんスかね」


俯き加減でそう言った春斗に和戸は少し驚いた様に眉を上げ、小さく溜息を吐きながら後頭部を掻くと、訝しむ様な表情で言う。


「……“人殺しの免罪符”が欲しいのか?」


「違……」


思わぬ言葉に 表情を険しくして(かぶり)を上げた春斗に、和戸は穏やかに表情を崩し、


「なーんてな! 冗談だ」


と、目尻に小ジワを作りながら笑みを浮かべながら答えた。

肩透かしを喰らいフリーズしている春斗を他所に、和戸は続ける。


「お前さんのことは翔馬から聞いてる。それにこうして話した事は何回もないが、俺自身お前さんが“そういう奴じゃない”って分かるよ。まぁ勘だがな」


「勘……ですか」


胸を張ってそう言う和戸に、我に返った春斗は苦笑を浮かべながら言葉を返す。


「おいおい、これでも刑事(デカ)やって30年だ。アテにしろよ」


和戸は笑いながら言いながら立ち上がり、メモ帳をキャメルの草臥れたトレンチコートの内ポケットへと仕舞う。


「まぁ焦って決めることでもない。よく考えな」


「……はい」


春斗も立ち上がりながら短く答える。

それに応えるように和戸が頷くと、不意に聞き慣れない声が聞こえた。


「おっ! 和戸のオッサンじゃん」


呼び掛けられて和戸が振り返り、春斗も和戸の後ろに視線を向ける。


その視線の先にいたのは、春斗や睦月と歳の頃は同じくらいであろう少女。

濃紺の髪を肩にかかるかどうかで切り揃え、勝気そうな笑みを浮かべている。

黒地のスカジャンにグレーのパンツを履いた活発そうなその少女に、和戸も声を掛けた。


「おう、夏燐(かりん)じゃねぇか。何やってんだ?」


「婆ちゃんの受診の付き添い。検査に時間かかるみてぇだからさ、暇潰し」


黒地のスカジャンのポケットに手を突っ込んだまま歩み寄る少女─夏燐。

そして和戸の向こうにいる春斗に気付くと、


「なに? コイツなんかやったの?」


と、面白がるように春斗を覗き込んだ。


「いや、やられた方だよ。あ、そうか……春斗、コイツは草加 夏燐(くさか かりん)。コイツもお前さんと同じくらいの歳だが特許証を持ってんだ」


「はぁ……どうも。櫻井 春斗ッス」


何を思いついたのか夏燐を紹介する和戸に、気の無い返事をして取り敢えず挨拶する。


が、夏燐は何か察したようで目を細めて和戸を見るや、腕を組んで牽制する。


「なんだか知らねぇけど嫌だからな」


「夏燐、コイツの超能力(ギフト)も電気系なんだよ。だから……」


「おう、だから嫌だっつってんだろ。人の話聞け? 」


夏燐が重ねて食い気味に拒絶するが、和戸はロマンスグレーの頭を掻きながら続ける。


「いいじゃねぇか、ケチだな。翔馬と獅郎にも教わってんだけど、やっぱこういうのは同じような奴の方が教えやすいんじゃねえのか? よく知らんが」


「あ? ちょっと待てよ。コイツ宮代さん……つか壱野さんの舎弟なのか?」


「舎弟じゃねぇよ!! 」


夏燐は先程までの不満を全面に押し出した表情から一転、好奇に満ちた顔になりその眼差しを春斗に向けた。

そんな夏燐の言葉を春斗が噛み付きそうな勢いで即座に否定する。

翔馬はともかく獅郎の舎弟と呼ばれる事に、どうしても我慢出来ず吠えてしまった。


和戸はいきり立つ春斗を、どうどう、と笑いながら宥め、


「舎弟かどうかは知らんが、コイツがもし“特許証”を取れば社員……いや学生だからバイトか? まぁそんなところに落ち着くだろ。今んとこ分からんがね」


和戸がそう言うと、夏燐は、ふぅん、と呟きながら腕を組んで春斗を上から下まで品定めでもするように睨め回した。


「……まぁ、宮代さん達が教えてんなら私がでしゃばる必要ねぇだろ。“特許証”取るってのも難しくねぇしな。あとはコイツが使えるかって話だな」


夏燐は試すような視線で春斗を見る。

その些か不躾な視線に眉間に皺を寄せて睨み返す春斗。

すると、夏燐は勝気な笑みを浮かべて春斗に右手を差し出す。


「根性はありそうだな。改めて、草加 夏燐(くさか かりん)。老舗処理屋“草加屋”の次期3代目だ」


「……櫻井 春斗だ」


やや警戒しながら返答し、差し出された夏燐の右手を握ったその瞬間、“蒼白い閃光”が彼女の手を取った右手を駆け上る。


───閃光の正体は、“(いかづち)”。


瞬きの間に、その閃光は遥斗の着ていた病院着の袖を肩まで焼き払った。

そして、破裂したような音が後から響き、少し離れた場所にいた庭園に来ている人々の視線を集める。


だが春斗は夏燐を睨んだまま、その手を離すことはない。


「テメェ、なんのつもりだ? 」


夏燐を睨んだまま威嚇する春斗を無視して、夏燐は握られた春斗の右腕に視線を落とす。


─……はぁん、なるほどな……


心の中で独り言ちると、パッと手を離し満足気な笑みを浮かべる。


「いいぜ、お前。“特許証”取ったら1回()ろうな……んじゃ、私そろそろ行くわ。またな春斗。それと和戸のオッサンも」


それだけ言うと夏燐は黒地のスカジャンを翻して庭園の人混みに消えていく。

その背中を呆気にとられている春斗と和戸はただ見送る事しか出来なかった。


「……よく分からんが、お前さんの事気に入ったみたいだな」


「……えぇ……あんま嬉しくない……」


和戸の言葉に素直な感想を述べて、更に寒くなった右腕を擦りながら答える。

そして、


「この袖……どうしよ……」


ポツリと呟いた春斗は、この後握手しただけで看護師に怒られるという理不尽な浮目に遭うのだった。




******



─── 同日。太陽が少し傾き始めた頃。

腰まで伸ばした薄紫色の髪を揺らし顔いっぱいに喜びを詰め込んだ少女が、スキップ気味に歩道を歩いていた。


「藤乃ちゃん、あんまり急ぐと転んじゃうよ? 」


少女─藤乃に声をかけたのは襟足で黒髪を束ねた男。

白と黒のチェック柄のハンチング帽を目深に被り、 青いワイシャツに黒いベスト、白のスラックスを履いた優男だ。


「ショウマ! はやくはやく!」


藤乃が白いワンピースのスカートを揺らしながら振り返り、優男─翔馬を急かすように呼び立てる。


「はいはい。今行くよ」


白黒のハンチング帽を抑えて小走りで藤乃に近付きながら困ったように笑う。


藤乃自身、ショッピングモールでの襲撃以降外出が出来ていなかった。

今回の誘拐事件で白山のPCを押収し、“懸賞金をかけたのが白山である事”、また“その懸賞金が取り下げられて以降藤乃に懸賞金はかけられていない事”が確認でき、およそ10日ぶりとなる外出となったのだ。


少し肌寒さのある外気を気持ち良さげに頬で感じながら、藤乃は翔馬と共に春斗の見舞いへと向かっている。

病院に隣接した駐車場が満車の為にコインパーキングを借りる羽目になったが、外出自体が久しぶりの藤乃にとってはその距離も苦にはならず、ハイキングでもするように足取りは軽い。


5分ほど歩いて病院に着き、翔馬が受付をしている時も、エレベーターを待っている時も、エレベーターに乗っている時も、藤乃はソワソワとどこか忙しなく体を動かしていた。

目的の階に着けば、藤乃はエレベーターのドアが開ききる前に廊下に飛び出し辺りをキョロキョロと見回す。


「こっちだよ」


後から降りた翔馬が優しい声音で藤乃に声をかければ、藤乃は顔いっぱいに笑顔を(たた)えて翔馬へ駆け寄る。

そして春斗の入院する病室の前に着くなり、


「ハルト! 」


勢いよく開け放ったドアと共に藤乃は元気に春斗を呼んだ。


思わぬ勢いで呼ばれた当の春斗は目を丸くして、病室のドアを凝視していた。

何故か右腕の袖だけを肩まで無くした緑の病院着を着て、部屋に備え付けられた椅子に座っている。


「おう……久しぶり、藤乃」


そう言った春斗の表情からは驚きの色は抜け落ち、穏やかな笑みを浮かべる。


「やぁ春斗君……どうしたんだい? その袖」


「あ、翔馬さん……これはその、色々と……」


藤乃の後に入室した翔馬が不思議そうに小首を傾げて尋ねれば、春斗は何から説明したものかと困った様に視線を泳がせた。


「ハルト、ケガはもう大丈夫? 痛いところない?」


「おう、心配かけたな」


足元に駆け寄ってきた藤乃に、朗らかな笑みを浮かべて薄紫色の髪を撫でる。

藤乃はそれを満足気な笑みで受けると、春斗の膝の上に座る。


「藤乃は元気だったか?」


「うん! あのね、キョウコとムツキがいろんなこと教えてくれてたの!」


そう言うと春斗を見上げながら、会えなかった5日間の出来事を楽しげに話し始めた。

要約してしまえば、それは何気ない日常の出来事。

食事の準備や掃除を手伝った。勉強を教わった。

部屋で一緒に遊んでくれた。

本来何処にでもある、平凡で当たり前としてあるような事を、藤乃は特別な体験をしたかの様に嬉々として話している。

まるで今までそんな“当たり前”すら体験したことがないかの様に───。


そんな取り留めのない話を、春斗はただ頷きながら、時に合いの手を入れながら聞いていた。


「……それでね! その問題が分からなくって、ヤダなぁって言ったらシロウが、足し算もできなきゃマージャン?、の点数も数えられなくなるからしっかり勉強しろって応援してくれたの!」


「……翔馬さん、アイツやっぱり教育上宜しくないのでは?」


藤乃の言葉に春斗はジロリと翔馬を見ながらそう言う。

そんな視線に翔馬は困ったように笑いながら、


「いやぁ、ははは……多分獅郎さんなりに励ましてたんだと思うけど……」


後頭部を掻きながら当人の代わりに言い訳して逃げようとするが、問い詰めるような春斗の視線が翔馬を逃がさない。

翔馬は帽子のツバを下げてその視線を切ると、


「……面目ない。獅郎さんにはそれとなく言っておきます」


監督責任を問われた翔馬は素直に謝罪を口にする。

そんなやり取りを不思議そうに聞いていた藤乃だが、会話が途切れたのを察すると、


「それからね! ……」


と再び話し始めた。

藤乃の言葉をどこか嬉しそうに聞いている春斗を、ベッドに腰掛けた翔馬は帽子を外して膝に置きながら見つめる。


─……まるで親子か兄妹みたいだな


声には出さず心の中だけで独り言ち、表情を緩める翔馬。


藤乃のこれまでの経過が分からない以上推察の域を出ないが、彼女に出会ってからの印象は“孤児”或いは“虐待を受けていた子供”だった。

正確な年齢も不明だが、それでも見た目より些か幼い言動と、自分達からすれば何の変哲もない体験への過剰と言えるその反応。


そこからでも恐らくまともな教育、成長過程で触れるあらゆる経験をせずに来たのだろう事は見て取れた。

それに加え、以前春斗から聞いた“親の話をしたら表情が曇った”との話もあれば、その推測も当たらずも遠からずと言ったところだろう。


そんな彼女に共感を覚えているのか、春斗もまた藤乃を受け入れ、多少過保護な感もあるが藤乃を大切に思っている事が傍目から見ても伝わってくた。




穏やかな時間は瞬く間に過ぎていく。

気付けば空は赤く染まり、今日という日は終わりを迎えようとしていた。


翔馬は外の夕暮れを目にして部屋の時計に目を向けると、帽子を目深に被り直す。


「おや、もうこんな時間だ。藤乃ちゃん、そろそろ春斗君も夕飯だろうしこの辺りで今日はお暇しよう」


「えー、やだぁ……」


先程まで光を放っているかのような笑顔を曇らせて藤乃が抗議する。

膝の上に座るそんな藤乃に、春斗は薄紫色の髪を優しく撫でて声をかける。


「藤乃、翔馬さんの言う事はちゃん聞く事。また明日、な?」


「うぅう……はぁい」


春斗の言葉に不服そうに唇を尖らせながらも了承し立ち上がる藤乃。

そして部屋に備え付けてあるトイレに入っていった。


「悪いね、春斗君」


「いえ……あの、翔馬さん」


苦笑を浮かべながら申し訳なさそうに言う翔馬。

そんな彼を、春斗は真っ直ぐな瞳で見返すと、翔馬もその改まった雰囲気に真剣な表情を浮かべて春斗の次の言葉を待った。


「……俺、“特別対応許可証”を取ろうと思います」


「……うん、分かった」


「理由は、聞かないんですか?」


短く答えた翔馬に、春斗は恐る恐るといった様子で尋ねるが、翔馬は朗らかな笑みを浮かべて首を小さく横に振る。


誘拐事件(今回の件)、それから藤乃ちゃん。でしょ?」


「…………」


春斗の心中を見透かした様な翔馬の言葉に、春斗は少し気恥ずかしそうに口ごもって視線を下げた。

翔馬は力の籠った瞳で春斗を見つめて言葉の続きを贈る。


「君が色々悩んで、しっかり考えた結果の答えだと思うから。僕はそれを尊重したい」


「……ありがとう、ございます」


正直反対される、ないしは難色を示されると思っていた春斗は、その意外な反応に肩透かしを食らったが、それでも自分の選択を許容してくれる翔馬に素直な謝辞を述べて頭を下げる。


「よしてくれよ、君が頭を下げることじゃない。まぁ正直な話、オススメする道ではないけれど、それでも“若者が自分の進路をひとつ決めた”んだ。大人に出来ることは、その手伝いと応援だけだよ」


そう言って笑いながら翔馬が立ち上がると、見計らった様に藤乃がトイレから出てきた。


「おまたせー……ん? またおとなの話?」


「んー、そうだね。藤乃ちゃんにはもう少し先の話かな」


「そっかぁ……」


少し寂しげな藤乃に翔馬と春斗は苦笑する。


「じゃあもう帰るよ。もうすぐ退院だろうから、体力は極力落とさないようにね……退院したらハードになるよ」


「……! はい!」


含み笑いを浮かべた翔馬の言葉の意味を悟り、春斗は力強く返事を返す。





───翔馬の言葉通り、2日後には退院許可がおりる。

退院後、春斗は翔馬、獅郎による“特別対応許可証”取得を目指したトレーニングを開始した。

全ては“護りたいものを護る為”。

自らの掲げたその理想に追いつく為。



行先の苦難など、今は露ほどにも知ることはなく───。





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