1-10.悔恨
───時刻は正午。
倉庫の中へと差し込む陽光を背に、獅郎は肩に担いでいた刀を左腰に佩く。
その間にも義之の耳を刺すような鳴き声は止まず、獅郎は迷惑そうに両手の人差し指を両耳にさして顔をしかめた。
「やっかましいのぉ。耳キーンなるわ」
言いながら倉庫の中へ進み、辺りを視線だけで見渡しながら状況を確認。
蠢くおびただしい“虫の群れ”。
その中心に立つ血塗れの大柄の男と、その向こうで男に腕を掴まれ、間もなく虫の群れに飲み込まれそうだというのに唖然としている春斗。
「なんや。意外に余裕そうやんけ」
意地悪くニヤケながらそう言う獅郎だが、言っている傍から春斗の姿は虫達に覆われていく。
「チッ、張合いないのぉ……おうクソガキ! 気張りや!」
詰まらなさそうに言った後、身を深く屈め、腰の刀の柄に手をかけた。
「出力:増強」
言葉と共に獅郎の両目の下から頬にかけて赤い帯状のラインが浮かぶ。
倉庫中の“虫の群れ”が獅郎に向かって背筋の寒くなるような足の動きで行軍を開始するが、獅郎は構えたまま動かない。
瞳は細くなり、冷たさを感じる程鋭くなる。
宙を飛ぶ虫が。薄汚れたコンクリートを這う虫が。
四方八方から獅郎を取り囲んだその時、腰の刀の鯉口を切る。
───瞬間、煌めいた閃光。
甲高い金属音の後、取り囲んでいた“虫の群れ”は一斉に体液を吹き上げる。
地に落ちる残骸は綺麗に細切れとなっていた。
それだけではない。
刀の長さ以上の距離にいた虫達も諸共に刻まれている。
人相手であれば目視することすら叶わなかった斬撃に、その見えざる刃に慄くことだろうが、相手は“虫”。
知性のない、無限とも呼べる彼等に後退はなく、行軍は続く。
「洒落臭いわッ!」
声を粗げて再び抜刀。
斬撃は切っ先に触れた虫のみならず、鋭く振られた刃の放つ風圧に当たった虫をも切断していく。
その後も数度、刀の斬撃とそこから起こる“見えざる刃”を振るえば、虫達の集合が間に合わず一時的ではあるが道が開けた。
獅郎は再び刀を納刀し、身を深く屈める。
そして───“消えた”。
次に姿を現したのは虫に飲まれた春斗の真横。
抜き放った刃に付いた赤い雫を振り払い鞘へ納刀する。
それが合図のように義之の首がズルリと前にズレて落ちた。
「……やかまし言うとるやろが」
突如訪れた静寂の中、獅郎が吐き捨てる様にそう言うと春斗を掴んでいた義之の両腕は力無く垂れ下がり、頭部のない巨体が仰向けに倒れる。
それと同時に虫達は脚を丸めてその場に転がり、春斗にまとわりついていた虫達も重力に従い落ちていった。
虫の包囲から解放された春斗は一瞬倒れそうになるが何とか踏ん張り、疲れの色濃い表情で横に立つ獅郎を見る。
「……アンタ……なんで……」
「はぁ? まずは“ありがとうございます先生”やろが」
若干呆れ顔でそう言いながら春斗の頭を小突く獅郎。
春斗にそれに対抗する気力はなく、力の働くままに項垂れてそのまま膝に手を着き肩で息をする。
全身に出来たら“皮膚の膨隆”と煤けた皮膚を見て獅郎は小さく溜め息。
「……せやからガキや言うねん……なんで待っとらんかった?」
「……友達が……」
息も絶え絶えに答えた春斗。
それだけで大まかに理解した獅郎は面倒臭そうに頭を掻くと、春斗の腕を取り肩に担ぐ。
「……!」
「ったくこンアホが……どこおんねん」
あまりに意外な対応に驚き、春斗は開いているのもやっとな眼差しで獅郎を見上げる。
当の獅郎は春斗に視線を送ることなく面倒臭そうな表情のまま、虫の死骸だらけの倉庫を見回している。
「……上に……」
「……あれやな。行くで、気張りや」
獅郎はそう言うと、春斗に肩を貸したまま勝輝のいる2階の小部屋に向かい歩き出した。
******
───目蓋に当たる薄明かりで春斗は目を覚ます。
ゆっくりと目蓋を開くと、清潔感のある真っ白い天井が茜色に染まっていた。
視線だけで辺りを見ると、自分の腕には包帯が巻かれ点滴が繋がっている。
シミのない白い掛け布団を押し退けると、全身に走る痛みに顔をしかめる。
点滴を抜かないように慎重に体を起こすと、どうやら病院の一室であるとアタリをつけ、俯き加減で止まっていた思考を動かし始める。
「……確か、俺は……」
「おう、起きたかクソガキ」
声をかけられ頭を上げると、パイプ椅子に気怠げな表情で座っている獅郎の姿があった。
「……アンタ……」
「アンタ……やないわアホが。途中で気ぃ失いおってからに。気張れ言うたやろが、ったく……」
呆れた様に目を細めそう言いながら腕を組んで背もたれに寄り掛かる。
「あの後大変やってんぞ。マリに連絡すりゃ“救急車呼べ”怒鳴られるわ、救急隊が来たら来たで警察まで連れて来おってあれこれ聞かれるわ」
「お、おう……悪ぃ」
流石に怒鳴りこそしないが、捲し立て獅郎の迫力に気圧されて思わず謝る春斗。
と、そこで記憶が堰を切ったように蘇ってくると、表情に焦燥が浮かび上がる。
「それで勝輝は!? 」
勝輝の待つ2階へ辿り着く前に気を失った春斗は、肝心の勝輝の安否など知る由もない。
春斗がベッドから飛び出しそうな勢いでそう聞くと、不意に獅郎の表情が暗くなる。
その表情に春斗の鼓動は速まり、嫌な予感に表情を強ばらせた。
最後に見た時、勝輝の意識はなく頭から出血していたが、少なくとも呼吸はしていた。
だが医学的な知識もなければ、その後どれだけの時間が経ったか分からない春斗には、勝輝の無事を担保するものが全くない。
表情を暗くした獅郎は黙ったまま俯き、それっきり言葉はなかった。
「おい! 聞いて……」
「おぉ春斗! 起きたのか!」
黙ったままの獅郎に飛びかかりそうだった春斗を、突然開いたドアから聞こえる明るい声が止めた。
聞き慣れた声に春斗がそちらを向けば、そこには緑の病院着を着た勝輝の姿があった。
なくなっていた眼鏡をかけ、頬にガーゼを貼り、ふんわりとした茶髪を押さえ付けるように包帯を巻かれた痛々しい姿だが、歩ける程度ではある様子だ。
そんな勝輝の様子を見て理解が追いつかず、しばらく固まったままの春斗。
「か……つき……?」
「ん? なんだよ、幽霊でも見たような顔して」
脱力し肩を落とした春斗に、不思議そうに声をかける勝輝。
「……クッ……ククッ……ダァーッハッハッハッ!!! 」
病室内に明らかに迷惑な声量の笑い声が響き、春斗はジロっと白い目で音源である獅郎を睨む。
当の獅郎は腹を抱えて膝を叩き、椅子から笑い転げそうになっていた。
「……テメェ……悪趣味だぞ」
「ハァ……ヒィ……フゥ……ハァ……ひっさしぶりにこないに笑ろうたわ」
涙目になる目を擦りながらそう言う獅郎に、呆れたような表情の春斗と、何が起きているのか理解が出来ない勝輝。
ひとしきり笑い終えた獅郎は呼吸を整え仕切り直すと、左手を膝に置いて前のめりになり、表情を鋭くする。
「……コレくらいで済んでよかったやんけ。下手こけばお前が死ぬどころか、友達まで死なすとこやったぞ」
「それは……」
「そも、単身で乗り込んだんがまずアカン。前よりちぃと強うなったかて、その辺の喧嘩程度の経験しかあらへんお前には荷が勝ちすぎる。次いで、友達回収出来たんやったら他の事には目ぇ向けんと、とっとと逃げるべきやった。弱いクセに無駄に戦うからそないな事になっとんねん。“ヒーローごっこ”なら他所でやれや、このスカタン」
今さっきまで嘲笑していた人物から出たとは思えない程低く重みのある声と、別人のような真剣な表情で滔々と話す獅郎に、春斗は返す言葉もなかった。
冷静に振り返れば、偶然の産物だと理解出来る。
“たまたま”能力の訓練をしていて、“運良く”相手が奇襲と呼ぶにはお粗末な手に引っかかり、“幸運にも”防犯ブザーの通知が京子に届き、“偶然に”現場は獅郎が急行できる場所だった。
幸運と偶然が重なっただけの“綱渡り”を辛うじて渡りきっただけ。
結果として勝輝も自分も無事だったというだけの話。
熱くなり、冷静を装ったが、それは自分を欺いただけ。
結果論でしかないが、後になってみればもっと上手く、早く勝輝を助けられたかもしれない。
後悔と自責の念に春斗は俯き悔しさに顔を歪める。
「あ、あのぉ……」
「あ? なんや」
「なんかよく分かんないんですけど、とりあえず俺も春斗も無事だし……それじゃダメですか?」
完全に蚊帳の外だった勝輝がドアの前でおずおずとそう言うと、獅郎は鋭い眼光を勝輝に向ける。
勝輝はその迫力に気圧されて唾を飲むが、奮い立たせるように拳を握り眼鏡を押し上げた。
「コイツが来てくんなかったらヤバかったのは事実ですし、そこまで言わなくても……」
「アカン」
勝輝の言葉に短く答えながら獅郎がパイプ椅子から立ち上がると、勝輝は思わず体をビクつかせて一歩下がる。
「俺らン“仕事”はガキの喧嘩やない。保護対象に傷を付けられたらそれだけ信用は落ちる。熱うなって周りも見えんくなった奴から死んでいく。こン世界はそういう所や」
「いや、でも春斗は……」
勇気を振り絞って食い下がる勝輝だったが、腕を組んで首を振る獅郎の迫力に尻すぼむ。
「でもクソもないわ。1度現場に出たら、年齢も性別も素人も玄人もない。それが仕事っちゅうもんや……それにな……」
獅郎はそこで1度言葉を切ると、視線を春斗へと落とす。
その瞳には先程の鋭さはない。
「こんなんでも俺の“弟子”や。下手な事やらかして俺の名前にまで傷が付いたらかなわん」
そう言われ春斗が頭を上げると、獅郎は煽る様に眉をハの字に曲げて小馬鹿にした様な笑みを浮かべている。
「……誰が弟子だよ」
春斗が力無く笑いながら答えると、獅郎は含み笑いを浮かべて病室のドアへ向かい勝輝の肩に手を添えた。
「ま、これに懲りずにウチの“バカ弟子”と仲良うしたってや……さて、見張り交代や。おい、翔馬! 」
そう言い残し、廊下に声を響かせながら獅郎は病室を後にする。
残された春斗と勝輝。
入口で立ったままの勝輝に春斗が声をかけようとすると、勝輝は大きく息を吸い、一気に吐き出した。
「……ダァァッ!!……コッワッ! めっちゃ怖っ!あの人マジで迫力ありすぎ!」
緊張の糸が切れたのか、勝輝は言いながら先程まで獅郎が座っていた椅子に勢いよく座り込む。
椅子の背もたれにもたれ掛かる勝輝に、春斗は俯き加減で申し訳なさそうに口を開く。
「勝輝、あの……」
「全部聞いたよ、“宮代”って人からさ。お前この半月くらいでどんだけ暴れてんのよ」
「あ、暴れてねぇわ! 」
「まぁそれよりもだ……お前……なんで隠してた?」
急に神妙な面持ちになり眼鏡を押し上げる勝輝に、春斗はバツの悪い表情で俯く。
勝輝への配慮のつもりだったが、やはり隠していた事への後ろめたさが拭えず、謝罪しようと口を開く。
「……ごめ……」
「なんであんな美人達とひとりでお近付きになってんだよォ!」
「……は?」
真剣に謝ろうとしていた春斗は真っ直ぐに“ズレた”ポイントで怒る勝輝に唖然として、一言返すのがやっとだった。
「ほら! スーツ姿でお団子頭のお姉様とツインテ女子! さっき下のロビーで宮代さんとお前の話したの聞いたんだぞいい加減にしろ!」
「……そりゃお前だ」
恐らくは京子と睦月が来ていたのだろう。
春斗としては自分と勝輝の警護の打ち合わせだろうと想像すれば、異常な熱量で語る勝輝に呆れつつも、それだけ元気なのだと実感も感じ思わず笑みを零す。
だが春斗の中に汚泥のように堆積する罪悪感と不甲斐なさ、大事になってしまった事への申し訳なさから表情はすぐに沈んでいく。
本心半分、気遣い半分だった勝輝も春斗のそんな表情に困ったようにガーゼの上から頬を掻くと、赤く染った空へ視線を逃がす。
居心地の悪い静寂がほんの数秒。
目を伏せて春斗は口を開く。
「……悪ぃ……」
「謝んなよ」
その言葉に少し視線を上げると、椅子に浅く座ったまま眼鏡の向こうから不満気な表情で真っ直ぐ見つめ返してくる勝輝と視線がぶつかった。
「お前が悪いんじゃないじゃん。つか俺よりお前の方が重症だかんな? 」
「いや……でも……」
「それにさ、さっき外で宮代さんにも謝られたのよ。“今回の件は僕のミスでもあります”ってさ……あの人達のせいでもねぇのにな」
「……」
勝輝の言葉に春斗は返答できなかった。
勝輝の言う通り、翔馬のせいではない。
もちろん春斗のせいでもないのだが、親友を巻き込んだ事と自分の対応の甘さに、苛立ちとも後悔ともつかないモヤモヤした感情が喉を詰まらせる。
両の拳を握り締める春斗に、勝輝は悪戯っぽい笑みを浮かべると、
「まあ、強いて言えば?お前が超能力使えるようになったのくらいは教えてくれても良かったんじゃね?とは思うけどよ 」
そう茶化すに勝輝が言えば、励まそうとしてくれる親友に思わず苦笑する。
「そうだな。でも言えば巻き込んじまう気がしてさ……結局巻き込んじまったが……」
春斗が自嘲気味にそう言って笑うと、勝輝は眉間に皺を寄せ言葉を探していた。
「……勝輝。俺さ……」
「あーもうヤメヤメ! 起きてからお前暗いぞ!俺元気!生きてる!とりあえずそれで良いだろ? 俺明日検査して、なんもなければ退院だからさ……先学校で待ってるかんな!」
春斗の言葉を遮る様に捲し立てながら勝輝は立ち上がる。
呆気にとられている春斗をよそに勝輝はドアに手をかけ、1度止まって振り返った。
「……待ってるからな! 」
春斗を指差し念を押すようにそう言うと、“……あの人、先生に春斗起きた事伝えたのかな”と1人呟きながら病室を出た。
病室に残された春斗。
春斗が言わんとした事を察したのか、先回するように釘を刺していった親友を思い返すと少し困った様な笑みを浮かべた。
急に訪れた静寂の中、目が痛い程の茜色の空に視線を向ける。
「……かなわねぇな……」
宛もなく零れた独り言が、静まり返った病室に溶けて消えていった。
******
───郊外に一際目立つ高層ビル。
自社の工場や研究施設を併設しているその建物は、周りを木々生い茂る森の中、夜の帳が降りた暗黒に煌々と異質な輝きを放っている。
敷地の入口に“高松製薬会社”と看板を掲げるそのビルの一室。
黄緑色のふんわりとした髪を腰ほどまで伸ばし毛先を辺りで纏めた丹精の顔立ちの男が、机に向かって頬杖を付き難しい顔をしてパソコンに向き合っている。
と、唐突にノックの音が飛び込んだ。
「どうぞ」
「失礼します」
顔も上げずに答えた声の後、入って来たのは女。
グレーの髪を襟足で切りそろえ、前髪で左目を隠し、スカートタイプのスーツを着たスラッとした女だ。
腕にタブレットを抱え行儀よく一礼すると、部屋に足を踏み入れる。
男は一瞥もくれないままパソコンのモニターを睨み、マウスをクリック。
モニターに映ってのは“チェス盤”。
そしてそのクリックが最後の一手となり、モニターには“YOU WIN”の文字が大きく映る。
「いやぁ、なかなか歯ごたえのある試合でした……まぁ私の作ったAIが相手ですが」
「ご報告致します」
遊んでいた男の感想に興味も関心も示さず、手に持つタブレットに視線を落として読み上げ始める。
「“教団側”から白山 優率いる“ホワイト・ヴァイス”へ依頼した奪還計画は失敗したようです。詳細はコチラに」
女は言いながらタブレットを男へ渡し一歩下がる。
男は退屈そうにタブレットへ目を通すと、小さく溜息をつく。
「……でしょうね。“レッド・クリムゾン”の件もそうですが、その辺のチンピラに依頼する時点で結果は見えているでしょうに」
「はい。しかし資金的にやはり難しいのでは? 」
「資金を小出しにして粗悪品に金を払うくらいなら、大枚はたいてでもプロに頼むべきでしょう。まぁ私としては“どちらでもいい”のですが」
答えながら、読めているのかと聞きたくなるほどの速さでタブレットをスクロールしていく男。
そして、あるところで手を止めた。
「おや? 使ったんですね、“F・B”」
「そのようです。どうやら“教団側”から供与された物のようですが」
「まだあまり表には出したくないのですがね……まぁ“彼女”に少しでも刺激を与えられた事と、このデータが取れただけでも収穫でしょう。そろそろウチの社長にも新しく刺激を入れてあげないと、癇癪を起こすでしょうし」
悪戯な笑みを浮かべながら男は丁寧にタブレットを女へと返した。
それを受け取ると、女は隠れていない右目で真っ直ぐ男を見つめる。
感情を感じない冷たさのある瞳が男を映す。
「この後は如何しますか?」
「そうですねぇ……今は予定通り、“E2-13-第5項”でいきます」
「かしこまりました……しかし、良いのですか?E2-13-第5項ではここも……」
「構いませんよ。どこであろうと誰がなそうと、結果のみが全てです。高松製薬である理由も、最悪私が成す必要もありません。その為の“旅のしおり”です」
朗らかに笑いながらそう言う男の言葉に、女は右目を細める。
「……ですが“旅のしおり”には“彼”に関する記述はありませんが? 」
「彼……? ああ、“彼女”の成功例第1号の……それはそうですよ、完全にイレギュラーなので。私の“脳”でも流石に“露端の石”にまで可能性は見い出せません。まぁ世の中計画通りにいかないこともありますが、彼が大きな障害になることもないでしょう……そんなに気になりますか?」
「……いえ。ただの確認です」
答えた女の鉄面皮に、僅かなほころびを感じた男は顎に手を当てながら考えるような仕草で思案する。
「……ふむ、珍しいですね。アリスさんがそんなに気にされるとは。ふふっ、少し妬けますね」
「……では、予定通りに。今回のデータはすぐに転送致します。お先に失礼致します」
からかう様な笑みを浮かべて男が言うが、女─アリスに取り合う様子はなく表情は感情を映さない。
タブレットを胸元に抱えると、頭を軽く下げ退室していく。
「おや、少しからかい過ぎましたかね? しかし……」
眉尻を下げながら独り言ちると、目を細めてモニターを見つめる。
画面には先程から変わらず勝利宣言の文字が映っていた。
「……櫻井 春斗君……ねぇ」
男はため息混じりに呟き、画面を切り替え届いたデータに改めて目を通し始めた。