19:冒険者エイラ
「えーっと、なんで土下座してるの」
「ご、ごめんなさい。こんな上等なタオルなのにドロドロにしてしまってーー」
確かにタオルも寝袋もこの子が泥だけだったため、その余波で真っ黒になっていた。
だけれどそれは俺がやったことで気にすることはないと、2、3回説明するとなんとか落ち着いてくれた。
「とりあえず着ていた服はなるべく洗ってから外に干してあるけど、まだ乾いてないからこれでも着ていて」
そう言って俺は予備のTシャツと短パンを渡した。
「こ、んな綺麗な服……いいの? 良いんですか?」
「口調もいつも通りでいいよ。話しにくいだろ」
「で、で……すが……」
俺は彼女に半ば無理やりにTシャツと短パンを履かせると、ポップアップテントの中は狭いので一旦外へ出てもらうことにした。
「このサンダル履いていいよ。まだ地面濡れてるから気をつけて」
彼女の手を引いて、用意してあるキャンプセットの椅子へと座らるとバナーを点火しお湯を沸かし始める。
「えっと、とりあえず君の名前聞いて良い?」
キャンプ用のちょっと高い椅子とガスバーナーに興味自身な様子の女の子だったが、まずは名前を尋ねる。
「わ、わたしは六等冒険者のエイラ……」
「エイラはなんであんなところで? 遭難した?」
「それは…………ぅぅ……っっ……」
泣きながら話してくれた彼女の話によるとこうだ。
彼女は冒険者で臨時パーティーで近くの洞窟に住み着いた魔獣の退治に来ていた。
臨時パーティーメンバーはエイラを含めて男4人と女3人。
無事に討伐依頼を終わらせ、帰路の途中で野宿をしていたところ、エイラの食事に毒が混ぜられており、エイラはその場で意識を失ったそうだ。
「暫く気絶していたようなんだけど、朦朧としたまま意識を取り戻したの。でも周りにはもう誰もいなくて」
「放っておかれた?」
「たぶん……あのままだと、魔獣の餌になるか毒で死ぬかどちらかだもの。私を殺そうとしたのよ」
彼女はこのままだと魔獣の餌になるからと考え、なんとか身を隠すため這いつくばりながらその場を離れたそうだ。
しかし運悪く雨が強くなってきたために、少しでも生存の可能性を高めようと、体力を振り絞ってあの場所までたどり着き、なんとか腐葉土を掘って身体を隠したそうだ。
「それより、他の女の子のパーティメンバーはどこに行ったんだ?」
「1人はリーダーの恋人って言ってたわ……もう1人、人間の女の子が居たけれど……多分もう」
リーダーの男が冗談のように『奴隷にすれば高く売れるぜ』と笑い合っていたそうだ。その時はたちの悪い冗談かと思っていたのだが、エイラに毒を飲ませたことから、彼女も毒牙にかかってしまっているのではないかということだった。
なかなか胸糞の悪い話である。
「ギルドでは悪い評判とかなかったんだけど……実態は獣人差別主義者だったの。街を出てからの私への扱いは酷いもので、依頼のために我慢したけど……あっ、でもそのおかげで、犯されたり殺されたりしなかったけどね……ははっ……はは……」
ぎゅっとシャツの裾を握り、悔しそうに言葉を絞り出すエイラ。
「獣人差別主義者って?」
「私たちみたいな獣人を差別することに優越感を覚えているクソどもよ」
獣人差別者なんてものがいるんだと初めて知った。
ライネブルグには獣人と人間が普通に共存していたしそんなこと考えたこともなかった。
エイラは軽く泥を拭っただけなのであちこちドロドロのままだが、それを差し引いても魅力的だと思う。 薄幸そうだが美人系の顔つき。髪も尻尾も泥に塗れているが、それなりにモテるんじゃないかなと思う。
「あっ、あの、この恩は必ず……あと毒消しの代金と、この服の弁償と……あ、あまり返せるものは無いけれど……なんとかします……」
毒消し。
そういえばエイラは毒を盛られたと言っていたが、獣人が嫌いだからと冒険者仲間に毒を盛って殺す程に嫌いというのは異常だと思う。
普通に考えれば、人を殺すようなことをしても足がつくし、色々と詰めが甘いと思うのは俺だけだろうか。
「毒? 羊草の毒よ。全身が痺れ意識がなくなって、酷い悪寒と悪夢、嘔吐……あと……その、と、とにかくあいつらが道中で自慢してたの。羊草の毒が手に入ったって」
「羊草……羊? その羊草って?」
「遅効性の毒で、いろんな物を垂れ流しながら苦し見ながら眠りそのまま起きることなく死ぬっていうえげつないやつ」
久しぶりに聞き慣れない単語が出てきたが、まぁ意味はわかる。飲むと眠って死ぬという意味では意味正しい名前なのだろ。『畑で取れた秋鮭』よりはマシだ。
「いろんなものを垂れ流しながら……」
確かにいろんなものを垂れ流してはいたが、助けることに必死だったし何も気にはならなかった。
なぜそんな毒を食べ物に盛ったのかと不思議なのだが、やはり冒険者ということもあり野草と間違えて口にした結果、死んだということにするのが手っ取り早いからではないかということらしい。
たまにニュースで聞く「庭に生えていた行者にんにくを口にして~」と同じノリなのだろう。
「……そっ、そんなことより、羊草の毒を解毒するには高価な解毒剤が必要だったはずなんだけど……その……お金ほとんどなくて……」
解毒剤なんて俺も持っていない。エイラのことはひどい風邪か病気だと思っていたので、飲ませたのはストローが付くレベルのちょい高級なだけど栄養ドリンクだ。
だがエイラはずっと支払いを気にするので「安物だから気にするな」と宥め、ミルクを温めてカップに入れて渡した。
「あち……ふーっ、ふーっ…………あ、おいしい……こんな美味しいミルクが初めて飲んだかも」
猫舌なのか、何度もフーフーと息を吹きかけながら恐る恐るミルクに口をつけるエイラ。
尻尾はぶんぶんと揺れているので喜んではいるんだろう。
「まぁエイラの気が済まないなら、街まで案内お願いしたいなー。ぶっちゃけ今、遭難してるんだよね」
「そ、遭難?」
「街までどれぐらいあるのかもわからない」
「な、なるほど、確かにアングルの街は分かりづらいし……分かった! 命の恩人だもの、私が街まで案内するし、もし宿が必要でしたらうちに泊まって!」
「エイラの家?」
いくら命の恩人とはいえ悪辣な男に殺されかけたのに、俺のような素性の不確かな人を家にあげるのは不用心ではないだろうか。
「あっ……そ、その……ノユキさえ良ければ……それぐらいしかお礼ができないし……その……子供はちょっとまだ困るけど……あの」
「あのなぁ。もし俺が奴隷商人とか悪人だったらどうする?」
「悪人なはずは無いわよ! もしそうなら自分の人を見る目の無さを怨みながら自死するわ」
この妙な自信はどこからくるのか気になるが、エイラが良いというなら遠慮なく泊らせてもらうのも悪くない話だ。
そう考えながら少し前のことを思い返してみると、ライネの時も同じようなノリだった。
あの時は飲みすぎて家飲みをするようなノリだったが。
「まぁ泊まる云々は置いておいて、街まではよろしくな。それより飯食おうぜ、朝の残り物だけど、食べないと体力も戻らないだろう」
「はい! 頂きます! あ、でも体力という意味だと今めちゃくちゃ元気なの……毒ってなんだっけ? って思うほど元気で……」
確かにエイラの様子を見るとかなり顔色はよく、今朝までの死にそうな感じは一切感じなくなっていた。あの栄養ドリンクにそんな効果があるのだろうか。
もしくは獣人特有の何か能力とかだろうか?
「もしかして瀕死から命を取り留めたらパワーアップする一族か?」
「そ、そんな人いるの?」
「いや、気にしないで。はい、ランチョンミートをパンで挟んだだけだけど。流石に味気ないだろうから付け合わせのスープとソーセージ」
朝に焼いておいたものをマジックバックから取り出しテーブルの上へと並べていく。
「――いっ、今どこから出したの!?」
「このカバン。珍しい商品だと思うなら秘密にしておいて。はい食べて」
「は、初めて見たわそんなの……そ、それでこれ……本当に食べても?」
体力も減っているだろうし好きなだけ食べるようにと伝え、これだと足らない気もするので俺は追加で肉を焼くことにした。
◆◆◆◆◆
「その道具も凄いわね。どうなっているのそれ?」
「企業秘密」
「そっ、そっか。そうだよね」
3個目のランチョンミートを挟んだ食パンにかぶりつきながら、フォークでソーセージを美味しそうに食べるエイラ。
餌付けしているようだなと思いながらも2つ目の缶詰を開けて、追加で焼いていくことにした。
食パンにマーガリンを塗ってから千切ったレタスと輪切トマトを並べて、ちょい豪華なサンドを作る。
「はい、多分足らないからこれも食べな」
「いっ、頂きます! ねぇこれ何のお肉? こんなの初めて食べたわ。あとこのソーセージも凄く美味しいわ!」
目を輝かせサンドウィッチにかぶりつくエイラを観察しながら、俺もついでに簡単なお昼にしてしまうことにした。
◆◆◆◆◆
「ごちそうさまでした! すっっっごく美味しかった!」
「どういたしまして。ところでこの辺で体洗えそうなところとかある? タオルで拭いたとは言えドロドロは辛いだろ」
腹が膨れて気持ちも身体も落ち着いた所で、バーナーやらを片付け移動の準備をすることにした。
エイラの服もまだ少し湿っているが、それなりに乾いたようなので身体を洗ってもらいたい。
「あー確か洞窟の方に小さな川があったかも」
「じゃあそっちまで移動して、エイラの身体洗ったら出発しようか」
「ありがとう、正直尻尾が重いの……泥が毛の間に……うぅ」
エイラはウンザリという表情で椅子からはみ出した尻尾を手でポンポンとたたき、乾いて砂になっているのをはたき落とす。
「ちなみに聞きたいんだけどさ、エイラは狐の種族なの? それとも」
「えー、会ったばかりの乙女にそんなプライベートなこと聞いちゃうの?」
エイラは振り返りニヤリと笑ってそんな軽口を叩く。
飯を食ってなんとか元気になったようで良かった。
「じゃあ、その貸した服返せ」
「ごっ、ごめん、冗談! 冗談だよぉ~。ノユキになら聞かれても大丈夫だもん」
「んで? 耳もそうだけど尻尾もかなり立派じゃないか? 泥だらけだけど」
「えーわかるのっ? そうなんだぁーこの耳と尻尾は自慢なの! なんと、私は玉藻族なのよ!」
えっへんと腰に手を当て、ご立派な胸を突き出し偉そうにするが、そんなポーズをしても男を誘惑するだけだ。俺にとって見ればそれがどれだけすごいことなのか知らないのだ。
「それがどれぐらいすごいのか、俺は知らないんだけど玉藻ってことはやっぱり狐なんだな」
「キツネって言わないでよー!」
「じゃあ妖狐? それにしては尻尾が一本だし」
「――っ!?」
玉藻と言われると九尾狐のイメージが強かったのでぽろっと口に出してしまったのだが、エイラの顔がみるみる泣き顔へと変わっていく。
どうやら地雷を踏み抜いたようだ。
次回明日の20時投稿予定です!
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