01:俺 on 敷布団 in 大草原
本日2本目
「OK――落ち着け俺、落ち着こう」
そう自分に言い聞かせ、肌寒い風が吹いている草原に敷かれた布団から顔を出す。
空には満点の星空。
どこを見回しても風に吹かれている長い芝生のような草が生い茂るだけの草原――というか丘?
風がサーッと草々を撫でる音が心地よい。
周りを見ても俺の部屋の痕跡は何もなく、あるのは敷布団に掛け布団、枕。それになぜな玄関に置いておいたサンダルとスマホだけだった。
「そうだ、スマホ!」
さっき一瞬目が覚めたときは確かに自分の部屋だったのだ。
俺は枕の下から顔をのぞかせていたスマホを取り出し、ロックを外すとアプリ画面が起動していた。
『週末限定クーポンが配られました』
そんなお知らせ文の下はよく見るコンビニアプリのクーポンのような画像の上半分が表示されていた。
俺は何か猛烈に嫌な予感がして。恐る恐る画面をスクロールした。
『異世界旅行クーポン(3泊4日/お試し)』
チケットのような画像にはそんなタイトルがつけられており『有効化――95:57:21:231』と記載がある。
「なんで千分の一秒まで表示されてるんだ。めっちゃカウントダウンされてる感じがする」
そんなことより――である。
右を見ても左を見ても何も見えない。
まだ薄暗いからよくわからないが、某OS壁紙のような景色が広がっているだけに見える。
「壮大だなー……これ雨降らないかなー……それよりここどこだろう」
クーポンに書かれていることを信じるならここは地球とは違う世界なのだろうか。
カウントダウンしているということは何もせずここに留まっていれば帰れるのだろうが、身の危険がないとは限らない。
「あの足跡、どう見てもクマとかそういう奴だよなー」
あたりを見回すと、草が禿げているところに人ではないナニカの足跡がくっきりと付いていた。
「移動一択か……」
見たこともない生物がいるかもしれないところで呑気に布団で寝ているわけにはいかない。
「魔法とかで遠くから攻撃されたりして……魔法なんてものがあればだけど」
すでに不思議なクーポンで違う世界に飛ばされている不思議現象は一旦棚に上げておく。
しばらくして日の出となり、あたりに清々しい朝日が降り注ぐ。
食糧や道具など、何も持っていない俺は、まず太陽と直角の方向――おそらく南の方だろうか、そちらへ向かうことにした。
「裸で寝ていたら詰んでたな――」
真夏ということもあり半ズボンとTシャツで寝ていたので、最悪の事態は避けられた。
俺は半ズボンにスマホを突っ込み、念のため布団を畳むと草の感触を確かめながら移動することにしたのだった。
◆◆◆◆◆
『周遊クーポンが配られました』
歩き始めてもずっと続く草原風景に絶望しかけた頃、圏外になっていたスマホにそんな通知が届いた。
「これはあれか、パッケージ旅行とかでもらえる現地で使えるお得なクーポン的な……?」
アプリを開くと『有効化――47:22:29:231』の下に何枚かのクーポンが新たに並んでいた。
「えっと『宿泊クーポン(1泊)』が2枚と『お買い物割引(99.9%)』が5枚……って0.1%引きとかアホか」
リストを見ていくと、本当に旅行の時にもらえるクーポンのようなものがずらっと並んでいたのだった。
――――――――――――
未使用
『宿泊クーポン(1日)』×4
『お買い物割引クーポン(99.9%)』×10
『お食事クーポン』×10
『記念品引換クーポン(冒険者)』
『両替率優遇クーポン』
『危険予知クーポン(永続/即利用可)』
『現地民特別交流クーポン』
『観光周遊マップ』
――――――――――――
どこから突っ込もうか悩みながらも、『観光周遊マップ』とやらをタップすると地図アプリが起動した。
起動したのだが、思っていた通り俺が知っている日本やどこかの外国の地図ではなかった。
何もない一面薄緑のエリアが表示されたので、ピンチインすると街らしきエリアや川が森のようなものが表示された。
さらにピンチインしていくと大陸の形が表示され、限界まで縮小化するとこの世界の形が判明した。
「やっぱり違う世界だ」
俺は街のようなエリアの方へ方向転換しながら、サンダルで草を踏み歩く。
縮尺が表示されていないのでどれぐらいの距離があるのかは分からないが、どうも軌跡と移動距離が表示されているようなので迷子になることは無いだろう。
どうせなら周囲をもう少し確認したいが、先に手持ちのクーポンとやらの確認をしておこう。
この適当にどれかのクーポンをタップすると説明部が表示され、その下に『使用する』のボタンがあった。
「……いや、何に対して使用するんだよこれ」
アプリにツッコミを入れながら俺は一度立ち止まり『宿泊クーポン(1日)』の説明文を詳しく読むことにした。
『クーポン提示で1泊することが可能』
どうやらホテルや宿屋じゃなくてもいいらしい。
そういうクーポンの力なのか、この世界の常識がそうなのかはわからない。
『食事クーポン』や『買い物クーポン』も同じように『提示すれば使える』としか書かれていなかった。
「アプリが不親切すぎる……」
そもそも人が居ないのに『提示する』ってできるか!
『現地民特別交流クーポン』とか現地民がいねーって!
そんなことを思いながらも、歩くしか無いので俺は再び街らしき方へと向かうことにする。
何しろ食べ物がない。水も無い。トイレもない。
現代っ子としては、早く文明に触れないと心が死ぬ。
「もしかして、この『危険予知クーポン(永続/即利用可)』ってやつだけ使うべきか? 永続って書いてあるし、ずっと有効だよな」
知らない土地、知らない世界。
危険が予測できるなら越したことはないと、俺はクーポンをタップする。
そしてポップアップされた説明文をスクロールして『使用する』ボタンをタップした。
「おわっ!? なんだよこれ……」
スマホ画面が一瞬点滅しすぐに元に戻ったのだが、それ以外は何かが起こった様子はなかった。
だがクーポン画面は『有効化済み』という表記に変わっているので『使用された』ことには間違いがないだろう。
「これで危険予測とやらが使える……『使える』って表現で合ってるのかな?」
俺は一応、読み飛ばしてしまった説明文を確認しようと、改めてクーポンの詳細を読んで見る。
「ん? 危険予測じゃなくて危険予知……?」
『予知したい対象のことを深く念じると、危険なことが起こるかどうかわかります』
「……概念的すぎてわからん、オカルトかよ」
まず想像したのが怪しい占い師だったが、物は試しだと俺は自分のことについて今後どうなるかを目を閉じて考え込んでみた。
「――っ!?」
脳内に浮かんだのは『真っ直ぐ歩いた先で巨大なクマのような生き物に食われる自分』だった。
その脳内映像は単なる妄想や夢とは違いリアリティがありすぎた。
身体がこの先に進むことを拒否し、全身にびっしょりと冷や汗が吹き出してきた。
「なっ、なんだよこれ……これが予知ってやつか」
バクバクする心臓を抑えながら俺は直角に歩く方向を変え、予測……もとい予知で見えたポイントを迂回するように目的地点へと向かうのだった。
◆◆◆◆
「なるほどこれが予知で見たエリア……」
地図を見ると歩いた軌跡のほかに、赤い丸で囲われたエリアが発生していた。
そこは森との境目のようなところで、予知で見えた映像の景色に合致しそうな場所だったのでおそらくプロットされたのだろう。
俺が歩く方向を変え、30分ほど経っただろうか。
なだらかな上りになっている丘を上がり、頂上についたあたりで遠くに一本の巨木が見えた。
延々と続いていた草原から長い長い下り坂になっており、その先に一本の巨木。
地図を見るとあそこから先は少しだけ林のようになっており、その先はまた草原になっているようだ。
何れにせよ、目的地である街のような位置まではあの巨木の方向のようなので、ゆっくり転ばないように坂を下っていくのだった。
下り坂は膝にくる――そう話していたのは登山にハマった部長だっただろうか。
サンダルに草地、そして下り坂という不安定な状態でゆっくり巨木へと近づいていくと、徐々にその大きさの異常さが見えてきた。
大人が何人手を繋げば一周できるのかわからないほどの幹。
地上30メートルぐらいの位置にやっと存在するぶっとい枝。
アメリカとかに生えているセコイアのような巨木だった。
「……人影?」
すこし遠目ではっきりと見えないのだが、巨木の根元に布の塊のようなものが見えた。
念のため危険予知とやらであの根本へと向かう俺を想像するが、さっきのような映像は浮かんでこなかった。
「大丈夫……ってことか」
俺は意を決して巨木へと近づいていく。
徐々に見えてきた謎の塊は、やはり布にくるまって寝ている人のようだった。
今日はあと1話だけ投稿予定っす。
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