13:400年後の世界
「ようこそ、ライネベルグへ」
兵士から通行税の支払い証明書を受け取った俺は、この世界に到着から6時間近く経ち、やっと街へと辿り着いたのだった。
「…………ライネベルグ」
この街はベルグという名ではなく、今は『城塞都市ライネベルグ』と言うらしい。
その名前の響きに涙が浮かぶ。
たった2ヶ月前に別れたはずだったのだが、これではあんまりだ。
気持ちを切り替えたつもりだが、やはり悔しい。
もう一度会えなかったことが悔しくて仕方がない。
「……おにーさんどうしたの?」
「……あ、ははっ、ごめん何でもないんだ」
道のど真ん中で1人涙をこぼしていたら15か16ぐらいの女の子に怪訝な顔で声をかけられた。
「そ、そう? えっと、じゃあ、おにーさん宿は決まってる? まだなら部屋空いてるよ!」
――宿。
なるほど宿屋は必要だった。
前回はライネとレイネの部屋に転がり込んでいたし、あの時買った家はもう無いだろう。
「じゃあとりあえず3泊お願いできる?」
「やった! おかーさん、お客様です!」
通りの角にある建物……女の子はその両開き扉から建物の奥へと入っていく。
その入り口の奥には食堂のようなエリアとフロントのようなカウンターがあった。
「いらっしゃいませ。朝ご飯なしなら一泊銀貨50枚、朝ごはん付きなら60枚になります」
「じゃあ食事なしで3泊お願いします。これ使えますか?」
前回は使わなかった『宿泊クーポン』を見せると一瞬の沈黙の後、「大丈夫です」と鍵を手渡してくれた。
「2階の1番奥ね、ごゆっくり」
「あ、先にちょっと買い物行くので、夜には戻りますね」
太陽は真上。
そろそろお腹もすいて限界なので腹ごなしをするために街へ出ることにした。
「あーすいません、すごく久しぶりにこの街へ来たんですが、街の案内とか頼めそうな人っていたりしませんか? もちろん報酬はお支払いしますので」
よく考えたらこの街のことをほとんど知らないのだ。
門からここに来るまで、全く見たことのない街並みだった。
1人で買い物に行って無事に帰ってこれる気がしなかった。
「おかーさん、私が行こうか?」
「あんたがかい? まぁ良いけど……」
女将さんがちらりと俺を上から下まで流し見てから、なにやら耳元で内緒話をしはじめた。
「はい、わかったよ!」
娘さんは何やら納得したようだ。
まぁ見たこともない男だしな。
娘を案内につけるなんて不安なのだろう。
「じゃ、おにーさん行こ!」
「あ、えっとお嬢ちゃん名前は?」
「あっ、そっか、私ミホだよー。ミホ・リンデン!」
「ミホちゃんね、ミホ・リンデ……リンデン? リンデン商会の!?」
「リンデン商会……は、ちょっと昔の名前だよ。よく知ってたねそんな古い名前。今はレイネベルグ連合商会だよ。で、うちの宿はその数ある支店の1つよ」
隣から女将さんが教えてくれる。
レイネベルグ連合商会――。
「えっと、街のライネベルグとは……なにか関係が?」
「街の名前は伝説の一等級冒険者で、この街を大いに発展させた『ライネ・ウミノ伯爵』のお名前さね。うちらの本店……つまり商会の本店はその妹様である『レイネ・ウミノ様』からお名前を頂いたそうよ」
「――!?」
ライネ・ウミノにレイネ・ウミノ……いま女将さんは確かにそう口にした。
「あたしゃ歴史はからっきしだから、そう言うのが知りたいなら記念館か図書館にでも行っといで」
「じゃあ、おかーさん、行ってきます!」
「暗くなるまでには戻ること! それが条件だからね! 危ないところへ近づくんじゃないよ!」
狐に摘まれたというのはこう言う気持ちのことを言うのだろうか。
(なんで……ウミノ?)
ライネとレイネは俺のことを『ノユキ』と呼んでいた。
名字と名前をうまく聞き取れずそれからずっとその呼び方だ。
フルネームを再び名乗った記憶はない。
突然の情報量で脳がうまく働かず、若干ふらつきながらも、ミホちゃんに案内され商業街のほうへと向かったのだった。
◆◆◆◆◆
「あの路地の先に熊のおっちゃんがやってた食堂があったんだけど知ってる?」
やっと面影がある街並みに入り、すぐにライネたちが行きつけだった店の近くに来た。
お昼は俺がご馳走することになっているので、ミホちゃんのおすすめの店とやらに向かっている最中だった。
「う〜ん……知らないなぁ、いつぐらい? もうなくなったの?」
「わかんないんだ……400年前にはあったんだけどね」
「ふふっ、なぁにそれー、おにーさん400歳なの?」
そんな話をしながら、案内されたお店は決してきれいと言うわけではないが大衆食堂という感じの質素なお店だった。
「この街の外で取れるお魚が美味しいんだよ!」
「へーお魚かー。街の外って川?」
「ううん? 畑。外の畑、来る時に見えなかった?」
「いや見たけど……魚?」
「うん。魚」
ミホちゃんは至って大真面目である。
畑で採れた魚。この街の特産らしい。
「えっと、何で魚が畑で」
「なんでぇにーちゃん、観光客か。この街の外側の畑はなぁ、その昔ドラゴンの血が染み込んだおかげで、肉も魚も畑から取れるようにったっていう夢のような話よ」
「畑から」
「おう」
「畑から魚も肉も」
「ほれ、これが今朝採れたての秋鮭よ」
……普通に切り身の鮭が出てきた。
パリパリに焼かれた皮に紅色のフワッとした身。塩の加減がとてもよく、これだけで白飯をかき込みたくなる。
「うま……っ!」
「だろ? 米食うかい?」
「えっ? 米あるの?」
以前来た時は米は確実になかったし、米の名前を言っても誰も知らないと言っていたのに。
「ほら、お待ち。米はな、ここが伯爵領になった時の初代伯爵様が作ったのさ」
「初代伯爵って、ライネ……さん?」
「そりゃ奥方の名前だよ。伯爵様は……えっと、ノユ……じゃねぇや、ユキナリ・ウミノ伯爵だよ」
(もぐもぐ……ごくん)
「おにーちゃん、これ美味しいですよね!」
「ま、ゆっくりしてってくれや!」
「…………ユキナリ・ウミノ?」
店主さんの口から出た名前は間違いなく俺が23年間慣れ親しんだ名前だった。
◆◆◆◆◆
「ねぇ、ミホちゃん、さっき言ってた初代伯爵様の館が記念館になっているって言ってたけど連れて行ってくれる?」
「うん、いいよ!」
この町の名前が『ベルグ』から『ライネベルグ』に変わった時の伯爵は『ユキナリ・ウミノ』。
その奥さんは『ライネ・ウミノ』と『レイネ・ウミノ』そして側室に『ミカ・ウミノ』が居たらしい。
もはや何がどうなっているのかわからない。
俺の偽物だろうか。いや、あの3人が偽物を許すはずはない。
じゃぁライネたちが「俺が居ることにして」結婚したとか?
色々と考えるが全くわからない俺は、この街の歴史を調べることにしたのだった。
◆
「ここだよ! 初代領主様の館なんだってー!」
「やっぱりここなんだ」
ミホちゃんに案内された記念館とやらは、やはり3人で購入した屋敷だった。
いくつか増築されているようだが、記憶にあるままの外観だ。
「これって中には入れるの?」
「見学は自由だったと思うよ」
ミホちゃんに確認し、入り口へ近づくと門に立っていた衛兵さんのような人に「どうぞお入りください」と敷地へと入れた。
『閉館時間――日没まで』と書かれた看板が建てられた入り口をくぐる。
「……そのままだよな」
エントランスも記憶通り。
見たことのない家具はあったり、柱に身長を測ったような傷跡があるが、あの日のままの玄関ホールだった。
「……!?」
二階まで吹き抜けの玄関ホール。
右にはリビングへと続く扉。
正面には二階へと上がる階段があり赤い絨毯が敷かれている。
その階段に一人の少女が座っていた。
銀色の髪。
頭からぴょこっと猫のような耳が生えており、ユキヒョウのようなキレイな毛並みの尻尾がゆらゆら揺れていた。
「ほんとにきた……」
その少女は俺を見てはっきりとそう言ったのだった。
次回明日の20時投稿予定です!
もし気に入っていただけた方は「ブクマ」や下の評価【★★★★★】などよろしくお願いします!




