12:再びのクーポン
『週末限定クーポンが配られました』
そんなプッシュ通知の画面を見て、眠気が一気に覚めた。
「――まさか!?」
この世界に戻ってきて、3週間後のことだった。
あれからライネとレイネ、ミカのことはずっと忘れられずにいた。
早朝4時という時間にもかかわらず俺はスマホを開き、クーポン画面を見る。
「……ん?」
『異世界旅行クーポン(96時間)』
『異世界旅行クーポン(240時間)』
『異世界旅行クーポン(720時間)』
『異世界滞在スタンプカード』
「3枚と……スタンプカード?」
旅行クーポンは期間の違うものが3種類。
これは前回と同じものだろう。
問題はスタンプカードだった。
「『現地民と絆を結ぶごとにスタンプ追加。全て貯まるとクーポンと交換が可能』ってか……絆?」
クーポンと交換が可能というのも、向こうに行くことができるクーポンなのだろうか。
「そもそもスタンプ幾つで満タンなんだろうな」
台帳があるわけでもなく、特にそれらしい表記が見当たらない。
「もしかしてこれか?」
クーポンの左端にある『←』矢印。それをタップするとスタンプカードがくるりと裏を向いた。
「…………そういうことか」
裏側はマス目があり、5個貯まるごとに『異世界旅行クーポン(120時間)』と書かれていた。
「すでにスタンプが3個ってことはライネとレイネ、ミカの分だな……あと2人でもう一枚か……」
現地で5人と絆を結ぶごとに120時間のクーポンがもらえるのはわかった。
ざっくりと5日間だな。
しかし定期的に向こうへ通うとすると、5日間で5人と絆とやらを結び続けなければならない計算になる。
「この手持ちの3枚でなるべく絆を結んでおくのが重要ってことか」
4日間と、10日間と、30日。
「会社……辞めるか」
幸い、現金はある。
バグ技なので回収されるかもしれない恐怖と、お巡りさんが家に来る恐怖の3週間だったが、今のところ何もない。
「手持ちは5億6815万円……なるべくお金を下ろして現金にしてマジックバックに入れておこう」
それから会社へと退職届と引き継ぎ――。
あと前回と同じ場所に行けるかわからない。人の住めないような所へ放り出されても良いように、サバイバルグッズを揃えてマジックバックへ入れよう。
俺はやることをメモをしていき、土日のうちにサバイバル系の道具を揃えることにした。
「月曜日は銀行と会社へと退職届か」
俺は流行る心を押さえつけ、服を着替えるとホームセンターへと向かったのだった。
◆◆◆◆◆
「よし……」
家賃の引き落とし分を残し、退職届を出して現金4億円分をマジックバックへと詰めた。
40Lの登山用バッグにテントと寝袋、クッカー各種と水に食料を10日分。
バックパックが小さいのは、基本マジックバックに入れているためで、どちらかと言えば偽装用だ。
それとライネ、レイネに選んでもらった冒険者用装備。
その他もろもろを詰め込んだ。
そして今日は退職前の有給消化1日目の早朝だ。
これで何の心配も要らず向こうに行ける。
どうか以前と同じ街……もしくは同じ草原に着けますようにと祈りながら『異世界旅行クーポン(96時間)』の『使用します』のボタンをタップしたのだった。
◆◆◆◆◆
視界が真っ白になり、足に感じる感触が玄関のソレから土のような柔らかさに変わる。
そして俺は恐る恐る目を開けた。
「…………どこ?」
例の草原かと思ったが、どうやら様子は違っていた。
あたりは枯れ草のような茶色の草が茂っており風に吹かれてさらさらと揺れていた。
「あ、そうか、地図」
スマホを立ち上げ、地図を開く。
すると前回と同じように、何も目標物がない地図と自分の位置だけが表示されている。
「これをズームアウトして…………んん?」
縮小して表示された地図。
そこには街らしき表示と森のような表記があり、さらに縮小すると大陸の形が表示された。
「いや、やっぱり同じ場所だ!」
多少位置はずれているが、二ヶ月前この世界にやってきた時のあの草原だった。
◆◆◆◆◆
俺は記憶と地図を頼りにライネとレイネに出会った巨木を目指す。
だが、どれだけ歩いてもあんなに大きかった巨木が見えてこない。
「おかしくね?」
以前はせいぜい1時間も歩けば坂になっていて、その先に巨木があり、そこから少しだけ木々が生い茂っているエリアを越えて街へと向かった。
だが坂道に差し掛かったのだが一向に巨木が見えてこなかったのだった。
◆◆◆◆◆
「もしかしてコレ……なのか?」
苔むした一本の倒木。
雷が落ちて焼けたのだろうか。縦に避けたようにも見える巨大な木が横たわっていた。
「でもこれじゃ、何年も……」
何年どころか何百年も倒れたままのようで、倒れた巨木はそのほとんどが朽ち果てていたのだった。
そこからは足が動く限り歩き続けた。
嫌な予感をなるべく考えないよう、無心で街へと向かい歩き続けたのだった。
◆◆◆◆◆
「つ……いた」
ようやく見えてきた街……大草原の真ん中にある壁に囲まれた街。
だがここもやはり2ヶ月前の記憶とは違い、覚えているよりはるかに巨大な城壁のような壁がそそり立っていた。
大きな壁には所々に扉のない門があり、その内側には大きな畑が広がっていた。
俺は道に沿ってその壁を抜け、更に先に見える街壁へと向かい歩みを進めた。
「――!」
一番外側の大きな壁を抜けた瞬間、例の光の膜を通り抜けた感覚があった。
「今のはやっぱり……あの光の膜だよな」
やはりここはベルグの街なのだ。
壁が増えていたり、その内側にある壁も俺が知っているものからさらに高くなっている。
そして道もきれいに石畳で舗装されていた。
「ベルグ……あれから何年後なんだ」
もはやその問題からは目を背けられない。
あのような壁が2ヶ月で出来るわけがない。
3年や5年?
ならあの巨木が倒れ、朽ちて苔むしているはずが無い。
自問しながら歩く。
「…………せめて3人がどうなったかの足跡だけでも知りたいなぁ」
街の1番外側であろう壁と兵士が立っている門にたどり着いた時、俺はなんとかギリギリ前向きな考えに切り替えることができた。
◆◆◆◆◆
「こっち側の門から人が来るのは久しぶりだ。にーちゃん、商人か? それとも冒険者……にしちゃ見ねえ顔だが」
「あ……えーっと、これわかります?」
俺はライネに貰った『住民証明書』だという書類を兵士に出した。
「あん……? 『ノユキ 上記のもの、辺境都市ベルグ、中央街、1番通り1-1に住む住民であることを証明する。ベルグ中央役所 住民課』……ベルグってまた古い名前だな、こりゃなんかの資料か?」
「……あ、そ、そうです。この紙に書かれていた場所を見たくて旅してきたんです」
胃がギュッと痛くなるのを我慢し、俺は頑張って作り笑顔を向ける。
「なるほどなー、じゃあ山越してきたのか、大変だった……程でもなさそうだな」
俺の服装があまりにもきれいだったからだろう。特に不審人物だとは疑われていないようで、通行税を払うように言われた。
「これ使えます?」
「んんー……これもまた古い銀貨だな、一応金は金だから使えるけどな。なるべく新しいものに両替しておくといい」
「ありがとうございます――ちなみに昔この辺りにドラゴンが現れたって噂を聞いたんですが」
「お? にーちゃんも街を覆う聖結界の伝承にも興味あるんだな。この街の住民はみんな知ってるよ、何しろ子供の頃から聞かされてるし絵本にもなってるんだぜ」
「絵本……ですか」
「ありゃ、350年だか、400年だか昔だから流石にもう生きてる奴はいねぇと思うが、図書館に行けば歴史書なんかですぐに調べられるぜ」
400年――。
その言葉はナイフのような鋭さで心の中心を突き刺していった。
次回明日の20時投稿予定です!
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