11:無限増殖
「旦那さま……やだ……やだよ」
「レイネ……最後はっ、笑顔って……やくそっ……じゃない」
「ご主人様……あとのことはお任せください…………私がっお二人を……せいいっ……ぱい」
スマホに表示されている時間は『00:01:32:912』。
あと1分で俺はこの世界から元の世界に戻るらしい。
3人に抱きしめられたまま、交互に3人の頭を撫でる。
思えばこの世界にきてたった4日しか経っていないのだが、随分と長い間ここにいる気がする。
最後は笑顔で別れようと昨晩約束したのに、やはり無理だった。
せめて俺だけでもと、無理やり笑顔を作り1人ずつにお礼を言った。
初めて会えたのがライネとレイネでよかったと。
ミカのことも家のことも救えてよかったと。
この街を助けることができたのが嬉しかったと。
言葉では伝えきれないが、この世界には感謝しかない。
再びここへ来られる可能性は限りなくゼロだろう。何せどうやってここに来たか知らないのだ。
もしこの世界に来ることが出来たとしても、この街に来られるかどうかもわからないのだ。
「アナタ……わたし、絶対忘れない」
「旦那さまぁ……わたしいい子にしてるから……また会えるよね……ねぇ……やだぁ……」
「きっとまた会おうな――」
根拠のないセリフだが伝えずにはいられなかった。
俺はそう言いながら3人を力いっぱい抱きしめ……。
――ビピピッ ――ビピピッ!
スマホのアラームが聞こえたと思った瞬間、俺は自分の部屋で目を覚したのだった。
◆◆◆◆◆
「夢オチ…………? じゃないな」
目を開けると、そこは確実に数年間過ごしたワンルームマンションの一室。
あの草原の丘に折りたたんで置いておいた布団も元通り、何もなかったかのように敷いたままだった。
だが、枕元には本来無いはずのソレがあった。
「マジックバック……」
例のいくらでも物を入れることのできるマジックバックが置かれていた。
「え? まさか……」
恐る恐るバッグの中へ手を伸ばすと、ジャラジャラと金貨が出てくる。
「やっぱ夢じゃない……」
ライネに少しぐらいは持っていて欲しいと言われ預かった金貨100枚。
3人への贈り物で何枚か減っているが90枚近くはあるはずだ。
更に俺の着替えやら、何故かライネとレイネの部屋着も出てくる。
「しまった、これ引越しの時に俺がバックに入れて預かったままだったやつだ」
2人の下着も出てきた。
「…………」
ダメだと思いつつ、匂いを嗅ぐと脳が覚えている通りの、先程まで抱きしめていたライネとレイネの香りがした。
「ミカの私物も何か記念に貰えばよかったなぁ」
そう呟いた俺の目からは涙が溢れ止まらなくなったのだった。
◆◆◆◆◆
それからは色々と大変だった。土日があったとはいえ、会社を無断欠勤したのだ。
すぐに会社へ電話し平謝りし、なんとか首は逃れたのが幸いだった。
そこから一週間。
俺は溜まった仕事をこなし、あの世界のことを忘れないよう、似合わないが日記帳に書き記したりもした。
そしてやっとやってきた次の週末。
手元に残った『色々』をどうしようか、やっと落ち着いて考える時間が取れたのだった。
まず1つ。
不思議なことにスマホのクーポンはまだ見ることができた。
――――――――――――
未使用
『宿泊クーポン(1日)』×4
『お買い物割引クーポン(99.9%)』×4
『お食事クーポン』×10
『両替率優遇クーポン』
――――――――――――
使わなかったクーポンはこれだけあるが、タップしてもあの時と変わらない表示である。
もしかして日本でも使えるのだろうかと、一度だけ近くのビジネスホテルのフロントで「このクーポン使えますか?」と聞いてみたのだが、懸念な顔と共に使えませんという答えを頂いた。
買い物クーポンが使えた日には狂喜乱舞したのだろうが、無理らしい。
「でも結局この両替率優遇クーポンとやらが意味わからなかったんだけど……これもしかして」
一覧の中で『お守りクーポン』や『危険予知クーポン』のように説明文に『提示する』と書かれていない物が何枚かあった。
その中の1つが『両替率優遇クーポン』とやらだ。
これはもしかして、タップするだけで効果が発揮される系ではないかと思い、マジックバックから金貨を床の上へ広げた。
そしてスマホから『両替率優遇クーポン』をタップしたのたが……。
「……何も起こらな……うおっ!?」
何も起こらないと思っていた次の瞬間、金貨が消えてしまった。
「ええ……? マジかよ!? 消えた? くそっ……やっぱクソ仕様か!」
だが改めてスマホを見ると『アーガルズ金貨89枚』という表記が増えていた。
「…………これ」
それをタップすると『日本円に両替』と『両替しない』のボタンが表示される。
ドキドキしながら『両替しない』をタップすると先ほど消えた金貨がそのまま床に現れた。
「なるほどそういう感じか……はぁ……びっくりした」
俺は金貨の半分をそのままにして、残り半分の金貨40枚を再びクーポンに登録してみた。
そして『日本円に両替』をタップするとポップアップが開く。
『400万円+(優遇分40万円)に両替しますか』の表示。
どうやら10%増えるらしい。
そのまま『両替』ボタンをタップすると、銀行口座の登録画面が表示される。
一瞬だけ詐欺アプリかと身構えながらも口座番号を登録をした。
「増えたわ……増えた」
数分後、自分の口座を確認すると440万円の入金が記載されていたのだった。
「やった……めっちゃ嬉しい」
ライネのレイネ、ミカと別れた悲しみはしばらく癒えそうにないが、まとまったお金が手に入ったためか少し気分が前を向いた気がした。
◆◆◆◆◆◆
「……………………『アーガルズ金貨に両替』」
まだクーポンが消えておらず俺はさっき口座に入金された金額をそのまま金貨に戻してみた。
完全に『なんとなく』でそこに意図はなかった。
「……………………おい」
『アーガルズ金貨44枚+(優遇分4枚)に両替しますか』の表示。
そして両替される金貨48枚。
今度は『日本円に両替』をタップ。
『440万円+(優遇分44万円)に両替しますか』の表示。
そして口座に入金される484万円。
「おーい! バグがあるぞー! 無限増殖バグだ、運営さぁーん!!」
誰に言えばいいのか。
通報窓口はなく、アプリ名で検索しても何も出てこない。
しかしこんな現象、警察に行っても信用されないだろう。
「どうしよう」
俺は部屋の片隅で悩みながら『日本円に両替』と『アーガルズ金貨に両替』を繰り返したのだった。
◆◆◆◆◆
あぐらを描きながらビールを片手にスマホをぽちぽち操作する俺。
目の前にある金貨、その数5,165枚。
「両替……」
そして『5億1650万円+(優遇分5165万円)に両替しますか』の表示を見た瞬間、我に帰った。
「やべっ、気になってやりすぎた……やばい流石にやばい」
口座の入出金履歴には440万円の入金、440万円の出金、484万円の入金と繰り返し入出金が繰り返されていた。
流石に色々とまずい。
下手すれば警察沙汰である。
「いやどうかな……不正利用しているわけでもなく、なんとなくボタンのタップを繰り返していただけだ」
よし、問題なく言い逃れはできる。
完全に酔っ払い思考の俺はそのまま仰向けになり、ライネとレイネの部屋着を抱きしめたまま眠りについたのだった。
次回明日の20時投稿予定です!
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