10:一太刀
「で、でけぇ……マジで来やがった……おいっ! にーちゃん、俺たちも逃げるぞ!」
「は、はい! ミカも行くぞ!」
「承知しました!」
いくら訓練されていると言っても、すぐ目の前に災害が差し迫ると、やはり慌てて逃げ出す人も現れパニックが起こり始める。
俺たちはその人混みに乗るようにその場から離れようと移動を開始する。
「お、おい、あれっ!」
「やべぇ、ブレスだ! 全員伏せるんだ!」
店主さんの声に反応し、周りの人々が一斉に身を伏せ始める。
だがあの巨大な火球が振ってくるとすると、完全に『運が良ければ死なないかもしらない』程度の行動にしかならないだろう。
そしてそれはみんなも理解しているようだ。
祈るように、何かに縋るように頭を抱え建物の近くに伏せる人々。
あちこちであがる叫び声や悲鳴。
「せんせーー!」
「こわいっ! やだー!」
「……っ!」
そんな中近くで子供の泣き声がはっきりと捉えた。
声の方を見ると孤児院だろうか、シスター風の格好の女性が数人の子供の手を引いて逃げているようだった。
そのシスターも子供達を建物の壁側に集め、ドラゴンに背を向け子どもたちを抱きしめていた。
俺もミカと一緒に泣きじゃくっている子供を抱きしめて落ち着かせるが、背後には確実に絶望が迫っていたのだった。
◆◆◆◆◆
「ミカ、その人と一緒に子供たちを連れて路地の奥へ――……」
俺がミカに言いかけた時、背後で一層大きな悲鳴が上がり、その向こうに太陽のように膨れ上がった巨大な火球が見えた。
「なんだよあれ、あんなのが降ってくるのかよ……ここまでなの……か?」
次の瞬間、太陽が落ちてくるように火球が落ちてくる――。
せめてミカたちだけでも守れないかと、藁にもすがる思いで『お守りクーポン』をタップしたのだった。
◆◆◆◆◆
「くそっ、何も起こらないのかこれっ! 使えないのかよ!」
どうやら現実はそこまでうまくいかないらしい。
火球が近づくにつれ、チリチリと上昇する空気を肌で感じはじめる。
祈るように地面に伏せる街の人々に、悲鳴。
そして背後から聞こえる子供達の鳴き声と、大丈夫だと言い続けるミカとシスター。
「――っ!」
ついに俺もミカとシスターを庇うように火球に背を向け、あとは運を天に任せるしかないと目を閉じた。
そして轟音と共に巨大な火球が弾けたのか、辺りが赤に染まる。
――だが、それだけだった。
「…………?」
何も起きないことを不思議に思い、ゆっくりと目を開けてあたりを見回す。
上空にはホバリングしているドラゴン。
先程までの光景と違うことといえば……ドラゴンと建物の間に光の膜のようなものが見えるぐらいだろうか。
「ブレスが弾け飛んだぞ……誰の魔法だ?」
「ばかっ、ドラゴンのブレスを防げるような魔法なんてねーだろ!」
「とにかく今のうちに逃げるんだ」
「ミカ、今のうちに」
「ご、ご主人様……あれは一体」
あたり一面を覆うように展開されている薄いシャボン玉のような膜。
ドラゴンはなぜかブレスが消えたことは理解したらしく、何度か小さな火球を繰り出すがやはり同じように膜に触れて四散する。
「ともかく逃げ……いや、俺は動かないほうがいいかもしれないから、子供達を逃すんだ」
あの光の膜がクーポンのおかげだとすると、俺が動くとこの場から消えてしまうかもしれない。
そう思い、この付近から人々が逃げ終わるまで離れるわけにはいかなかった。
「あとはあのドラゴンをこっちに引き付ければ……」
子供達と離れていくミカを見送ると、俺はドラゴンに向かって大声を張り上げた。
「ざまぁねぇな! それが全力か!」
人の言葉を理解しているのかはわからないが、煽られたことは理解したのだろうか。
ドラゴンは確実に俺に対し視線を向けると再び口元へ火球を作り始めた。
「へっ……ちょろゴンかよ」
あの光の膜が次のブレスも防げるかどうかはわからないが、少なくともこの辺りには人が少なくなっている。
何かあっても被害は……それほど出ないだろう。
二匹のドラゴンが作り出す火球は、先ほどより明らかに巨大で赤を通り越して白く見えるほど膨れ上がっている。
「大丈夫。危険予測さんが無反応だ。俺は死なない」
次も問題ない……そう自分に言い聞かせながら、俺はドラゴンがブレスを吐き出すのを身構えて待つ――だが。
「ぁぁぁっっ…………――ああああっっっっ!」
ドップラー効果が起こるほどの叫び声と黒い影が超スピードで飛んでいき、手前にいたドラゴンの首が突然落ちた。
「は……?」
「――――死ね」
突然の出来事に戸惑っている俺の耳に、今度は背筋が凍るほどの低い声が聞こえると、もう一匹のドラゴンの首も冗談のように落ちた。
重力に引っ張られ落ち始めるドラゴンだが、まだ斬り足らないのか、尻尾から順番に輪切りになって落下していったのだった。
あたりに降り注ぐドラゴンの血という名の雨。
それらも光の膜に遮られ、膜に沿うように端の方へと流れていくのだった。
◆◆◆◆◆◆
「はぁ…………」
俺はその場で尻餅をつくと、やっと肺に十分な酸素を送り込んだ。
「アナタ! 無事だよね! 怪我してないよね!」
「旦那さまぁぁっっ! よかったぁぁ!」
あっさりとドラゴンの首を落とした2人は、まるで子供のように涙を浮かべ俺の胸へと飛び込んでくる。
「あぁ、2人のおかげで助かったよ」
「良かった……良かったぁ」
「いや、2人ともめっちゃ強いな」
「そ、それほどでも……って、そーじゃなくて、あれ! なにあれ!」
ライネとレイネは光の膜がブレスを防いだシーンをバッチリと目撃したらしく、俺がその中心にいるのもなんとなく感じていたそうだ。
「ドラゴンを狩って帰ってきたら、別のドラゴンが街を襲っているって気づいた時はどんな冗談かと思ったわよ」
「ねー。しかもお姉ちゃん、旦那さまが危ないって泣きながら走ってた」
「なっ……あ、当たり前じゃない。レイネだって」
2人が俺を挟んでそんなやりとりをしていると、やっと周りも落ち着いたのか兵士のような人たちがわらわらと集まりだし周りの状況を調べ始めた。
「レイネ、細切れにしすぎよ……素材取れなくなって怒られるわよ」
「だって……旦那さまにブレス吐こうとしてたんだよ」
「それはそうだけど……」
2人が空中で倒した――もとい、解体した元ドラゴンの本体も光の膜に阻まれてゴロゴロとどこかへと転がっていった。
どうやらあの光の膜は透明のボウルを逆さまに被せたような形になっているそうだ。
「この結界……旦那様でしょ?」
「この街に悪意を持っている人を阻む……みたいな術式かなぁ〜お姉ちゃんわかる?」
「詳しくは私も……でもこの街全体を覆うほどの結界ってどんな冗談なのかしら」
「えへへ、旦那さますごいよね」
「これ王城の結界より強力なんじゃない?」
この結界とやらは街全体を完全に覆っているらしい。
ということはあのドラゴンの血やら臓物は全て街の外に……畑地帯へと散らばってしまったのか。
「遠目で見ただけだけど、畑地帯より広かったわよ」
それはよかった。
その後、ギルドと衛兵は総出で後片付けに奔走しており、ライネとレイネも手伝いと事情を聞きたいとお願いされたのだが2人が今日はダメだと頑なに断った。
レイネは一等級冒険者に特例で認められている強権とやらを発動しよとして慌ててギルドの偉いさんが明後日以降で問題ないと謝まるというやり取りもあった。
「……ライネ、強権ってなに?」
「一等冒険者にだけ許されている権利で、発動すると王様の次ぐらいの強制力があるんだってさ。使ったことないけれど」
使うと、後日国による厳重な取り調べを受けることになり審議会が開かれ、一等級剥奪になる可能性も、死刑になる可能性もあるらしい。
緊急時に国の依頼を命をかけて受けているからこそ許されている特例らしい。
なんとも住む世界が違う話である。
その後、無事にミカたちも合流し、俺たちは4人揃って家に帰ったのだった。
次回明日の20時投稿予定です!
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