新たな生活は騒がしく
その日は、疲れもあり、マリエナに対する警戒心もあったため、
部屋にこもりきりで過ごした。
もとい、瞼が早々に重くなり、三人とも早く寝てしまった。
夜中に何度か、窓が震えたりドアが軋んだりして、
リリーナは起きてしまったが、ロックの魔法と空間遮断魔法をかけていたので
安心してすぐに眠りに落ちた。そして、何事もなく、朝を迎えられた。
カーテンから朝日が差し込み、
仰向けに寝ていたリリーナの目にチラチラと起床の合図をする。
「ん…」
リリーナはそれに反応し、目は閉じたままに
だんだんと意識がはっきりしてきたのと同時に、少しの違和感を感じた。
”お腹のあたりが…重い…”
この感覚は覚えている。打ち上げパーティーで断罪された後…
そう、ロニに乗られてた時の感覚…
”またロニ…お兄様が猫のクセで乗ってるのね…”
リリーナは彼をずらそうと左手を動かした。
「ん…と、お兄様。私に乗っかって寝るのはやめ…ヒェッ!!?」
お腹の上の猫アシュレイを少し避けようと、触ったところ、
いつものもふもふの毛ではなく、太くてゴツゴツした、男性の腕に触れたので
リリーナは思わず目を開き、軽い悲鳴をあげた。
「お、お、おおおお兄様!??猫…じゃなくて…人型…に…!?
ん、わああ、顔が…!!」
どんな状況かと言うと、仰向けに寝るリリーナの左側には人間姿のアシュレイ。
彼はリリーナの方に向き、左手はリリーナのお腹をくるっと包んでいる。
耳元に寝息がかかりそうなほどの近さで、すぅすぅと寝ているのである。
隣でわたわたと焦るリリーナに対して、アシュレイはまだ眠りから覚めきれていなかった。
「ん…おはよ、リリ。」
そう言い、顔を一層リリーナに近づける。
「お、おおおにいさまっ!?早く起きて…この状況を…ん?」
左手ばかりに気を取られていたが、今度は右手がホールドされていて動かない。
何事かと、右側に目をやると、こちらはこちらでまたすごい状況だった。
「ノ、ノー!?」
そこには、リリーナの右手をホールドし、その手のひらに自分の頬を乗せた
人間姿のノーが、これまたすぅすぅと寝ていた。
上半身をうつ伏せにベッドにもたれかかった状態で、下半身は完全に床。
なんとも不思議な寝相であった。
”指先にふにふにと柔らかいものが当たると思っていたら、
ノーのほっぺただったなんて…”
そんなことを思いながら、自分の右手の指をぴこぴこと動かして
ノーの頬を揺らしながら、
「ノー!起きてください〜。寝相も私も大変なことになっていますよ…!!」
「うむ…これは心地よくていいぞ…」
ノーは薄目を開けながらそう言うと、体勢を変えて、今度はリリーナの右腕を
肘あたりまで抱え込み、また目を閉じて夢の世界へ行ってしまった。
”ダメだわ…!!”
*
「ふぁぁ〜〜っ…」
自室での朝食を終え、準備を済ませたリリーナは手では隠しきれない
大きなあくびをした。
「リリ、令嬢が大あくびとは…可愛いけど外ではダメだぞ。」
アシュレイがニコニコしながら注意をする。
それには少し口を尖らせてリリーナは答えた。
「それの原因はお兄様達です。おかげでもうひと眠りができませんでしたからね…!」
「はは、早起きできたからきっといいことがあるよ、今日は。」
ノーもノーでマイペースである。
「もう!…ふふっ…そうですね、そうだと思います。」
まったく悪気のない2人の笑顔に、拗ねていたリリーナも
つい笑顔になり、許してしまった。
「では、学園に行ってきますわ。
自由に出入りしていいですが、戸締りは絶対確認してくださいね。
それから、くれぐれも人間の姿になるのはこの部屋だけ、
ちゃんとカーテンを閉めてからでお願いしますね!?」
「わかったよ。」
「ノーは、放課後に使い魔登録をしますからお部屋にいてくださいね。」
「了解した。」
「そのあとはみんなでお買い物に行くので、お兄様は外出されるなら
夕方にはお部屋に戻ってきてくださいね。」
「ん。」
そう言い、右手をあげて了解を示した。
彼はもう既に、ベッドで本に夢中だった。
リリーナは2人を残して部屋を出るのは幾分か不安だったが、
先輩使い魔としてアシュレイもいるし、まあ大丈夫だろうと無理やり思い込み、部屋を出た。
寮を出たところで早速目にするのは、少し先をいくマリエナとユーストスとヴェクトル。
いつもの見慣れた光景だ。
それを見ながら、気づかれないように一定距離を空けて校舎へと向かった。
着いた先での教室の様子は、やはりメリンダがいた時と同じく、
マリエナを中心として皆んなが彼女に心酔している様子が感じられた。
”いつもの様子ね。でも不思議…マリエナさんの魅了が充満しているのが…見える。
魔力が戻ってきたから、かしら。”
そう、リリーナには状態が目に見えるようになっていた。
教室中が薄ピンク色のモヤで満たされている。周囲を見渡すと、漏れなくみんなは
それに包まれていた。ただ1箇所を除いては。
”え…?”
ピンク色のモヤの中、クリアに見える先にいたのはヴェクトル。
彼の周囲は一定距離、モヤを近づけないような不思議な空間ができていた。
慌てて自らを確認すると、自分の周囲にも同じように一定の距離を空けた空間ができている。
”ヴェクトル様…もしかして…魅了を弾いている…?”
そう思って彼の様子を見ていると、目線を感じたのか
ヴェクトルと目が合ってしまった。
「…!!」
あわてて目線を外して、持ってきた本に目を落とした。
”ヴェクトル様は魅了にかかっていない…え…でも、一体いつから…?”
「君は変わった本の読み方をするんだね、リリーナ嬢。」
「…え…?わ、ヴ…ヴェクトル様!?ど、どうされました??」
自分の思考に集中しすぎて、彼が近づくのも気づかなかったため
急に話しかけられたことに慌ててしまった。
言葉もしどろもどろ、
逆さに持っていた本も、上下左右絶えずくるくると持ち替える形となり、
非常にコミカルな動きとなってしまった。
「くっ…!その様子だともう平気みたいだね。
昨日は演習の時に、途中で帰ったって聞いたけど。」
「あ、そ、そうですね、き、昨日は魔獣討伐に全力を使いすぎて、ダウンしてしまいましたけど
もうすっかり回復しました。なんだか…気にかけていただきありがとうございます…」
クスッと笑うヴェクトルに対して、
一旦自分の思考は置いておいて、ねぎらいの言葉に感謝をした。
「そうか、元気になってよかったよ。
…あのさ…君とは話したいことがあるから…また今度いいかな。」
「…ぇえ!あ、はい。わかりました、私も…!あ、いえ…
また…はい。」
「ああ、じゃあ明日の放課後…蔵書室でいいかな。」
「は、はい。」
「ありがとう…良かったらこれ。」
そう言って、リリーナのデスクに小さなキャンディを置き
ユーストスたちのところに戻っていった。
リリーナはそのキャンディを手に取り、まじまじと眺めた。
白地にピンクの水玉模様のパッケージ。
それをひねり開けて出てくる星形のピンク色のキャンディ。
口に入れると、広がる甘さ。
”美味しすぎる…じゃなくて、ヴェクトル様と話すいい機会ができたわ。
私もこの際、聞きたかったことを聞こう…”
その時、リリーナは自分の中からブワッと何かが放出されるような感覚があった。
それに驚き、周囲を見渡すと、ピンクのモヤがすっかり消えていた。
そして強い視線を感じたのでその先を見てみると、
他の人に気づかれないようにして、すごい形相で睨むマリエナと目が合った。
しかしすぐに表情を戻した後、談笑を続けた。
すると間もなく、彼女からピンクのモヤが発生し、また教室を満たしたのだった。
”ああ、これがあの時マリエナさんが言っていたことね”
リリーナは演習時にマリエナが言っていた
『私の魅了効果をあなたは一瞬で消し去った』というのがようやくわかった。
”こちらは最重要項目ね…彼女と話し合う前にしっかり考えないと…”
口の中で甘いキャンディを転がしながら思った。




