理不尽とやさしさと
銀灰役のアロー、メリンダに続いてマリエナが目を向けたのは
そう、リリーナ。
「リリーナ様、ここにもう一つ壁のパネルを増やして下さいませんか?」
「ここの階段、もう一段描き加えていただけないでしょうか?」
など、彼女が担当する背景部分に対して、細かく突いてくるようになった。
リリーナは、自分が抵抗すると、よりメリンダに目が向くことを心配して
理不尽さに震えながらも対応していた。
ところでヴェクトルはなんの役割かと言うと
全体を見る能力が優れていると言う点から進行管理を任されていた。
未来の宰相と噂されるだけあって、マリエナのワガママが炸裂しているにもかかわらず
進行が遅れる事はなかった。
今日の練習でもメリンダに対して軽くだが、言いがかりがあった。
(はぁ…私もそろそろ限界、クリフォード様の絵姿じゃ癒されにくくなってきた…
演劇行きたいなぁ…でもその前に、メリンダ様とカフェに行きたい…
学園祭の準備…忙しすぎ…)
「はぁ。」
ため息が漏れてしまった。
言いがかりの件もあって、自分が言い渡された背景の花の描き替えが
全くうまくいかない。
描いては消し、を繰り返していた。
教室に1人、夕日に照らされ半べそになりながら描いていた。
カチャ…
ドアが開き入ってきたのはヴェクトル。
見回りも彼の役目だ。
「まだ残っていたのか。」
「はい、これを明日の練習までに間に合わせないといけなくて…
ちょっと手こずっていて…あの、でももうすぐ終わらせますので!」
ここでツライ顔を見せると負けだ、きっと彼から伝えられてマリエナが
喜ぶんだ…!と思ったので、
泣きそうなのを悟られないように、絵の方に向いたまま、彼の顔を見ずに答えた。
「手伝える事はあるかな。」
「大丈夫です!あと少し頑張ればできます。」
「本当か…?この状態を見るとあまり…」
「いいんです!私がやらないと…まだ頑張らないと…だって…
…と、とにかく出来るんで、ほっといていただけますか!!」
思わず強く言ってしまった。
「…わかった。」
パタン…
そう一言残し、ヴェクトルは教室を出て行った。
「…」
(きつく言いすぎた…かな、せっかく声をかけて下さったのに、かなり
失礼な言い方をしてしまったわ…気持ちが落ち着いた時にちゃんと謝ろう…)
先程の対応に少し後悔しつつも
ぽつぽつと描き直しを再開した。
夕日はさらに傾き、もう建物の向こう側に隠れてしまいそうになっていた。
相変わらず進みは遅く、ようやく目標の1/3を終えたくらいだった。
(少しずつだけど進んでいる…!この調子で…)
そう思い、筆に色をつけて絵に乗せる。
「……あっ!!!」
気づいた時には遅かった。
白い花の差し色として、薄い紫を入れようとしていたのに
なぜか筆に取った色は黒だった。
しっかりと紙に染み込んでしまい、もう修正がきかない。
「やっちゃった…」
リリーナは椅子に力なくうなだれ、持っていたパレットも筆も手から外れて
落としてしまった。
「… …」
しばらく時が止まったようにじっとしていたが
やがてまたスッと頭を起こし、紙を新しいものに替えて
下描きを始めた。
(大丈夫。次は間違えない。大丈夫…!)
カチャ…
リリーナが鉛筆を動かしていると、教室のドアが開く音がした。
入ってきた人物は電気を点けて言う。
「そんな暗がりじゃ見えないだろう?」
それはヴェクトルだった。
彼はなぜか厚手のエプロンと、小さな袋をいくつか持っていた。
そして、何事かとキョトンとするリリーナの隣に椅子を持ってきて座ると
持ってきた小袋の一つから、絵の具や筆などを取り出した。
「それで私は何を描けばいいかな?」
「え…」
「まあ、絵心はあまりないが、塗るくらいなら手伝えると思ったのだが。」
少し照れ臭そうに言う。
そんな彼の姿を見て、リリーナは思わず涙ぐんでしまった。
「気を使わせてごめんなさい、私が遅いばかりに…」
「いや、リリーナ嬢は充分頑張っていると思う。
今回は少し注文に度が過ぎていると思っていた。間に合わなかったでは悔しいだろ?」
「…う…ん…はい…ありがとう…ございます。」
彼の協力の気持ちを全面に感じて、この言葉にもうリリーナは我慢の限界がきた。
彼女の目から涙がせきを切ったように流れ出たのは、間もなくのことだった。
ポロポロ…
ボロボロ…!
「え、あ…ああ、…すまない…ええっと…」
突然溢れ出る涙を目にしたヴェクトルは驚き
あたふたと、筆を置き、ポケットを探ってハンカチを取り出して
リリーナに差し出した。
申し訳なさそうにリリーナの顔を見つめながら言う。
「また…泣かせてしまった…その…少し失礼するよ…」
ハンカチは受け取ったがなお、涙が止まらずひっくひっくとするリリーナの背中を
ヴェクトルは優しく上下にさすった。
それ以上は何も言わずゆっくりと続けた。
リリーナは初めは悔しかったが、ヴェクトルのおかげでその思いは
薄らぎ、今は嬉しさの方が勝っていた。
涙が次々とやってくるので言葉にはならない。
この感謝は落ち着いてから言おう。
ヴェクトルのあたたかい手を背中に感じながら、そう思った。




