魔法の儀式
翌日。
くつろぎの会の会場となった広場にほど近い
一軒の建物にリリーナ、父、母、従者が待機していた。
コン コン
程なくして、ドアがノックされ
セラド率いる魔法騎士団の第2隊が、モスグリーンのローブを着た2人を
連れてやってきた。
「ようこそ、いらっしゃいました。」
彼らを招き入れると、セラドから彼らを紹介された。
まずは先頭の人物。
深く被ったローブのフードをずらすと
後ろに流れる白髪混じりの髪、やや刈り上げ気味のサイド
それに口とアゴにうっすら髭を貯えた男性の姿が現れた。
「私は、ハイマン家当主、ヒュー・ディブル・ハイマンと申す。」
そう言うと、ヒューはゆっくりと横にずれ、
後ろに待機していたもう1人を紹介した。
「それから、今回の魔法の範囲は広くなるので助手も連れてきた。
…挨拶しなさい。」
と、ヒューに促された人物がフードを外した。
「…!?」
「初めまして、ヴェクトル・モルダー・ハイマンと申…しまっ…。」
先に気づいたリリーナが驚きの表情で彼を見ていると
彼も気づき、挨拶の語尾に影響が出た。
まさかこの場で会うとは…!?
双方、目を合わせたまま少しの間動けなかった。
「どうしたヴェクトル?まさか、あの民衆を前にして尻込みしたのか?」
窓から見える広場には、会に参加した民衆が集められている。
それを横目で見ながら、ニタリと笑う父、ヒュー。
「コホ…、いえ!問題ありません。」
それにすぐに反応し、ヴェクトルは軽い咳払いひとつで体裁を整えた。
「ふむ、よし。では早速取り掛かるとする。」
持ってきた儀式用の小道具類を身に携え、ひととおり準備を終えると
全員で広場に向かった。
広場の民衆は、先日の事件ですっかり臆していた。
加護の魔法をかける、と招集をかけたところ
すがれるものには何でもすがりたい、という考えの人が多く、
家から出るのも怖い者もいるだろうが、住民全員が集まっていた。
「また、出るんじゃないか…」
「早く終わるといいなぁ…」
ビクビクしながらも領主が現れるのを待っている。
民衆の前に顔を出す直前になり、不安げなリリーナの父は再度セラドに確認した。
「なあセラド…本当に民たちへの悪影響はないんだな?」
それに対して、割って入るように、ヒューは自信を持って答えた。
「心配には及ばない。我らは代々この役目を担ってきた。
今までも国のためにこの魔法で解決してきているから、問題ない。」
その言葉に、何とか納得したリリーナの父は、民衆の前に顔を出し
加護について説明し始めた。
その間に、ヒューは腰の高さほどの台に登り、その対面の台に
ヴェクトルが同じように登る。
ちょうど民衆を挟むような形で位置についた。
「では、みんな、目を閉じてしばらく俯いてくれるかな。」
そうリリーナの父が言うと、民衆は言われた通りにした。
それを確認すると、
ヒューは鈴を鳴らし始めた。
リーン、チリリーン
その少し後から、同じようにヴェクトルも鈴を鳴らす。
リーン、チリリーン
「… … … … … …」
今度は2人で、何やら聞き取れない言語で呪文を唱え始め
5分ほど経った。
リリーナはずっと儀式を見ていたのだが
呪文を唱え始めた頃から現れた、薄緑の光の粒が今は
民衆の頭上に光の帯のようになっていたのに見惚れていた。
チリリ…ッ!!
儀式の最後は2人同時に、強く鈴を鳴らして終わった。
「!」
瞬時に頭上の光の粒も消え、
リリーナが我に返った。
その後、リリーナの父が
「先日はくつろぎの会に参加してくれてありがとう!
今回も盛況でとても楽しかった。
参加記念品を配るのを忘れていたのでみんな貰って帰って欲しい。」
と、言葉をかけると
皆、口々に
「たのしかったねぇ」
「また、あれ食べたいよぅ!」
そう言いながら記念品を順番にもらい帰っていく民衆たち。
リリーナは初め訳が分からなかったが、
ヴェクトルとの図書館のことを思い出した。
懐から鈴を見せ、フッと笑う彼を。
どうやら、みんなの中にあった、あの怖い記憶はすっかり
書き換えられてしまったようだ。
広場の傍にまとめられた、大きめの木片なども、よくよく考えるとおかしいのだが
「バルーンワゴンで、魔力供給量を間違え破損したんだって。」
「店員さん、張り切りすぎちゃったんだね。」
とそれを見ながら去っていく民の会話が聞こえてきた。
(…なんて効果なの…)
あまりの一瞬でありながらも劇的な変化に、
リリーナは唖然としていた。
「口が開いているが…?」
台を降りて、こちらに戻ってきたヴェクトルは
彼女の様子を見て、ふっと笑った。
そう声をかけられたリリーナは、慌てて口を塞ぎ、
「お見事でした…」
と素直な気持ちで答えた。
それに、やや照れる様子で、少しだけ目線を外したヴェクトルは
「やっぱり君には効いてないんだね。」
と、聞き捨てならないことを口に出した。
「ど、ど、どういうことでしょう…まさか…私にもかけていたので…す?」
「ま、あ…領主以外は家族でも魔法をかけろと言う、
父上…上からの命令だからな。しかし、
君の魔力の性質を感じた時から、そうじゃあないか…と思っていたけど
やはり効かないか。そうなると…ふむ…」
ヴェクトルは何やら難しい顔をして考え始めた。
(つ、次はどうやって忘れさせようか、など考えておられるのでは…?
もしかして…痛いこととか…?え、え、ちょっとお待ちに…)
「よし。」
「ひぇっ!」
「…?」
勝手に色々と想像して怖くなっていたリリーナは
ただ一言、ヴェクトルが言っただけで、跳ね上がるような声を上げた。
それに彼は何事かと、不思議な顔をしたが、
続けてリリーナに話しかけた。
「ひとまず、記憶を消す術がないのだから仕方がない。
君は、誰にも言わないと約束できるかな?」
ヴェクトルは確認するように、メガネの奥のえんじ色の瞳で
リリーナを真っ直ぐ見た。
「は、は、はい!!忘れてしまうように頭の隅の隅の方に追いやります!」
「ぷ…ははっ…よろしい。」
彼は少し砕けた表情で笑うと、
リリーナの記憶も書き換えられている、とヒューに偽の報告をした。
改めて思うが、ヴェクトルの家系の能力はおそろしい…
と感じた。
その後、民衆はそれぞれ家に戻り
用事を終えたハイマン家とセラドは、お城に報告に戻った。
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