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悪魔は誰だ

作者: はじめアキラ
掲載日:2022/02/25

 この世界の光が、喰われている。

 それに人々が気づいた時には、いくつもの街が明かりを失い、人々が大都市に逃げてきてからのことだった。何でも、光を喰う悪魔とやらが出現し、そいつのせいでその“喰われた”空間は太陽も街灯も一切照らさぬ真っ暗闇になってしまったというのだ。

 惑星国家“オルタミナ”。この世界では、世界まるごと一つの国家として機能しており、それぞれの街がさらに細かく自治権を任されているという状態にある。オルタミナ帝国政府は、既にお触れを出していた。光を喰う悪魔の被害は甚大である、悪魔を倒して世界を救った“英雄”には帝国から英雄の称号と、莫大な報奨金を与える――と。


「でも、お触れが出てから数年も過ぎてるのに、誰も悪魔の討伐に成功したことがない、と」


 一回、二回、三回。

 家の裏手で毎朝百回の剣の素振りが、十五歳のフェリクスの日課である。しがない鍛冶屋の息子であるフェリクスだが、剣の扱いと恵まれたの身体能力から両親に期待される存在であった。どういう期待であるか、など言うまでもない。悪魔を討伐し、英雄になってくれるのではないかという期待である。

 正直そんな称号に興味などなかったフェリクスだが、我が家が貧しいことは知っているし、借金があるのも理解している。期待されてしまえば、応えないわけにはいかないのだった。本当は剣で魔物と戦うより、接客や営業で人々を笑顔にする方が自分の性に合っているというのに、だ。

 今日も今日とて、体を鍛えるため素振りをする。これが終わったらランニングをして、元憲兵の伯父さんに稽古をつけてもらうことになっていた。最近は店先でお客さんと喋る機会もめっきり減ってしまっている。早く悪魔を討伐して、訓練より店の手伝いに戻りたい、と切に願っているフェリクスだった。


「やっぱりあれか。真っ暗闇で敵を倒すのが難しいからか?」

「そりゃそうよ。どんなに銃の名手だろうと剣の使い手だろうと、敵がどこにいるのかわからないんじゃ倒しようがないでしょ?」

「そりゃそうだ」


 そんなフェリクスの素振りを見ているのが、同い年の少女アンナだった。彼女は実家が裕福(というか、実質フェリクスよりも階級が一つ上だ)なので、中学校に通えている。この世界で、義務教育とされているのは小学校まで。貧しい家の子供は、政府から支援がでる小学校までしか出ることができない生徒も少なくないのだった。


「ほんと、さっさと誰か倒してくれないかしら。学校も授業返上して、工場での武器生産の手伝いとかやらされてるのよ?ほんとやってらんない。武器があっても、使える人間がいなきゃ意味ないのに。悪魔を倒せば街に光も戻ってきて取り戻せるって話になってる以上、真っ暗闇になって人が住まなくなった街をそのまま爆破できないのはわかってるけど……それでも、非効率ったらありゃしないわ」


 切株に腰かけて、ため息をすくアンナ。キラキラとした金髪に、きりっとした青い目の美少女。お人形みたいに可愛い少女だが、少々気が強すぎるのが難点である。


「というわけで、フェリクスも頑張って。さっさと私達の平穏な日常を取り戻してちょーだい」

「はいはい女王サマ」


 まあ、彼女も彼女なりに期待してくれているのだろう。素振りを続けようとしたフェリクスは、そこでふとあることに気づいて動きを止めた。

 光を喰う悪魔がいる、というのは既に皆の周知の事実である。悪魔がどんな街も森も関係なく光を喰っていくので、仲が悪かった多くの町々も結託して悪魔への対応を余技なくされているということも。それでも悪魔の“封じ込め”がうまくいかず、じわじわ被害が広がり続けていることも。だが。

 悪魔はいつも、闇の中からやってくる。明かりで照らそうとしても、悪魔は光を喰うのでその姿を一切見ることはできないはずなのだ。それなのに、何故人々は悪魔が“悪魔”であるとわかったのだろう?

 フェリクスがその疑問を口にすると、アンナは呆れたように告げた。


「そりゃ当然、帝国政府が最初に悪魔を“悪魔”と呼んだからに決まってるじゃない。太陽の光も、人工の光も関係なく喰って人々に迷惑をかける存在。そんなの、悪魔って呼ばれても仕方ないでしょ」

「じゃあ、誰もその姿を見たことがある奴はいないんだな?」

「じゃない?一説によれば、元人間じゃないかって噂もあるみたいだけどね。邪神と契約して悪魔になったとかなんとか……あ」


 唐突にアンナの言葉が途切れた。道路の方から、アンナー!と呼ぶ声が聞こえてきたからである。見れば塀の向こうから、三人の少女が手を振っていた。アンナと同じ、ベージュの制服を着ている。アンナの友人であるエルゼ、ケーテ、レオノーラの三人だった。一緒に学校に行くべく、アンナを迎えに来たのだろう。この家は、彼女達の通学路の途中にあるのだ。

 エルゼとケーテの二人は、アンナの小学校時代からの友人である。レオノーラは、中学校に入ってから仲良くなった友人だそうだ。正直、フェリクスとしては意外だったのである。レオノーラは黒髪の少女だ。アンナは昔から黒髪の人間を“悪魔の髪の毛みたい”と嫌っていたからだ。恐らく両親が、そのテの宗教を信じている影響だろう。


「お前、よくレオノーラと仲良しになったよな」


 思わずフェリクスが口を開くと、まあ黒髪はちょっとね、とアンナは苦笑いして切株から立ち上がった。


「でもまあ、気が合ったのよ。私達みーんな、工場の作業大嫌いなんだもの。人間、嫌いなものが一致すると仲良しになったりするもんでしょ?愚痴を言い合うとすっきりするし」

「そういうもんか」

「そういうもんなの。じゃ、私学校に行くから」

「はいはい、行ってらっしゃいアンナ様ー」


 彼女の金髪が、キラキラと太陽の光を浴びながら遠ざかっていくのを見つつ。フェリクスは、素振りを再開したのだった。

 旅立つ予定日はもう、決まっている。今日の伯父さんとの訓練で合格を貰ったら、そのまま旅立ちの準備に入ることになっていた。今までの評価からして、多分GOサインは出して貰えることだろう。

 目指すは暗闇に閉ざされた最初の街、ローレタウン。

 その街こそ、“悪魔”の根城であるとされている。




 ***




 悪魔を倒す唯一にして絶対の方法は、暗闇を克服すること。真っ暗な闇の中でも敵の位置を把握する方法を身に着けることだとされていた。

 ゆえにフェリクスは、伯父と一緒に訓練を続けていたのである。つまり、音だけで敵の位置を確かめ、正確に攻撃を当てるという技術だ。今まで悪魔に挑んだ戦士は数多く存在したが、いずれも闇の中での恐怖に耐え切れずに逃げ帰るか、あるいはそのまま行方不明になってしまうかのどちらかであったそうな。

 無理もない。太陽の光も街灯も一切照らさない闇の中、本能的な恐怖を感じるなというのがまず無理な話である。ましてや、闇の中で迷子になどなったら目もあてられない。帰ってくることができなかった者達の多くは、闇から無事光の世界へ帰還することができなかったのだろうと思われた。というのも、悪魔は“光を喰う”能力以外、大して脅威にはならないと思われるからだ。悪魔に逃げられて闇の中で餓死した人間はあれど、直接悪魔に殺された人間は一人もいないかもしれないとさえ言われているほどである。というのも。


『悪魔の身体能力は、並みの人間の子供程度しかないとされているんだ。ナイフのようなもので反撃されたやつもいたが、大した怪我はなかったらしい。触った感覚からしても、けして大柄ではないし腕力もないという。ただ、闇の中にいるから全然攻撃を当てられないし、闇に誘い込まれて出られなくなった人間は山ほどいるってだけのことだ』


 だからな、と伯父は口がすっぱくなるほどフェリクスに繰り返したのである。


『現時点で光が届く最後の駅……ローレタウン駅の構内。そこから先は、今まで鍛えた“耳”を使って生き残るんだ。ローレタウン駅は常に英雄のため、音楽を流し続けている。その音楽の聞こえる方向を正確に聞き取り、とにかく生きて戻ってくるんだ。大丈夫、お前ならできる!』


 優しい伯父は、悪魔を無理して倒すことより、とにかくフェリクスが無事に帰ってくることの方を望んでくれていた。だからこそ、フェリクスは何が何でも本懐を遂げなければとも思っているのである。何より、悪魔を倒さなければ今の生活が何も変わらない。報奨金もさることながら、みんなが闇に怯え、生徒達が兵器開発のための工場に駆り出され、経済にも打撃が及んでいる状況なのだ。

 今日を、悪魔の最後の日にしてくれる。金目当てだろうが自己中心的だろうが、ここまで来た以上後戻りなどできないのだ。

 意を決して列車から降りたフェリクスは、光の全く届かぬ真っ暗闇の街を睨み据えた。


――待ってろよ、悪魔!


 この時。フェリクスは一切気づかず、考えることもしなかったのである。

 何故、政府は悪魔を“悪魔”と呼び、堂々と触れ回ったのか。

 そして、何故悪魔は悪魔になりえたのか、などということなど、けして。




 ***




 何故、こんな悪魔に人々は苦労させられたのやら。フェリクスがそう思うほど、悪魔の討伐はあっさりと終わったのだった。恐らく、運の要素も大きかったのだろう。たまたま、悪魔が駅からさほど遠くない位置にいて、たまたまフェリクスがその足音を正確に聞き取ることができた、それだけに過ぎない。悪魔はどうやら、どこかの店に残されていた食材を盗み喰いしている真っ最中だったらしく、足音を殺して近づくフェリクスにすぐ気づかなかったというのも大きいだろう。純粋な追いかけっこになれば、鍛えたフェリクスの足に叶う人間など誰もいないのだ。


「殺す前に、教えろ!お前は誰だ、何故こんなことをした!」


 暗闇の中、仰向けに倒した悪魔の上に馬乗りになって叫ぶと。明らかに人の形をしている悪魔は、けたけたと笑いながら言ったのである。


「どうしてだと?何故だと?お前、お前ら、本当に何も気づいてないんだなぁ!それとも考える必要もないってのか、ああ酷い話だ!」

「何だ、何を言っている!?」

「こういうことだよ」


 彼はそっと、フェリクスの手を自分の顔の方に持っていった。指先が、掌が妙にごつごつした岩のような肌の感触を知る。はれぼったい瞼、豚のように上向いた鼻、分厚い唇、ボコボコでざらざらの肌、あちこち髪の毛がはげた頭――。




「醜いんだよ、俺は。この世界の誰よりも。生まれた時から俺はそうだった。普通の人間だったはずなのによ」




 罅割れた声で、悪魔――否、一人の少年は告げたのである。


「生まれつき肌の色が灰色でよ、顔が潰れたみたいな顔立ちで、左右非対称な目でよ。それだけだってのに、みんな俺の姿が気持ち悪いって石を投げるんだ。実の親でさえ俺をいじめるんだ。おかげで俺の顔や肌はぼこぼこのたんこぶだらけ。髪の毛もむしられてみーんなハゲちまって、ただでさえ醜い姿がさらにひどくなってよ。だから願ったんだ。みんなに俺の姿が見えなくなればいい、そうしたらもう誰も苛められなくなるはずだって」


 そしたら、助けてくれたんだ、と彼は笑った。


「誰かはわからねえ。邪神ってやつなのかもしれねえ。でも俺はそれでも良かった。俺にこの力をくれたカミサマってやつに感謝したんだ。この真っ暗闇の中でも、俺だけは何もかもが見えてる。俺の姿は誰にも見えないから、もう化け物呼ばわりもされないし石も投げられない!この闇の中だけが俺の世界だ、此処だけが俺が平穏で言われるたった一つの居場所なんだ!」

「だ、だからって!こんな風に、光を奪っていったら……!」

「迷惑か?理不尽か?そのためにはお前一人犠牲になればそれでいいってか!?そうだよなあ、それが世界ってもんだ、人間ってもんだ。たった一人に石を投げつけることでみんな仲良しこよしできる、そういうもんだよなあ。それで平和とか呼ぶんだからよ、反吐が出るぜ!」

「だ、黙れ!」


 悪魔。そう呼ばれた少年の話に、フェリクスは少なからず動揺したのである。きちんと考えたこともなかったからだ。何故、悪魔は悪魔になったのか。そして、この世界が現状どういう状況で、どんな思惑で回っているのかなんてことなど。

 ただお金がほしかった。名誉がほしかった。元の生活を取り戻し開かった、それだけだ。

 自分のことしか考えていなかった。――それが、皆のためにもなるはずだと、そう自分に言い聞かせて誤魔化しながら。


「お前もいずれ、思い知るよ」


 剣を振り下ろす直前、悪魔は告げたのだ。


「その時、お前の耳元でこっそり囁いてやる。……悪魔は誰だ?ってな」




 ***




 世界は、平和を取り戻した。

 悪魔と呼ばれた少年の遺体は、見せしめにされて世界中を引き回された後、大昔の魔女裁判のごとく火にくべられて燃やされた。少年の身内だった者達は、彼なぞ自分達の家族ではないというように糾弾し、罵倒し、死んだ彼を庇う人間は一人もいなかった。その名前は晒され、邪神に魂を売った悪魔として長らく語り継がれることになるのだろう。彼が何故悪魔になったのかなんて物語は、都合よく語られることさえせずに。


「もう悪魔はいないのに」


 今日も今日とて、家の裏で素振りをするフェリクスに、アンナは呆れたように言う。


「何でまだ訓練してるのよ?憲兵になりたいわけでもないんでしょ、フェリクスは」

「そうだな」

「じゃあなんで?」

「決まってる」


 あれから、一年。フェリクスは唇を噛み締め、見えない痛みを堪えるように剣を振り続けているのだ。理由は、ただ一つ。


「悪魔は、いなくなってなんかいないからだよ」

「なにそれー?」


 意味がわからない。そうやって笑うアンナの方を、フェリクスは見なかった。見たくもなかった。たとえ、彼女の顔があの悪魔と呼ばれた少年より遥かに綺麗で、良くできた絵画のように美しいものであったとしてもだ。

 皆で仲良く石を投げた相手がいなくなった世界は、目に見える光と引き換えに、大切なものを失った。結託していたはずのいくつもの街は、再びいがみ合うようになった。一部の地域では治安が悪化し、暴動どころか紛争さえも起きるようになっていた。共通の敵を失った世界は、手を取りあうことより自分達の欲望と願望ばかりを優先するようになっていったのだ。

 そして、高校に進学した、アンナはといえば。


「アンナー、おはよう!」

「あら、おはようみんな。……じゃあフェリクス、私は学校に行くわね。また明日」

「……ああ」


 ひらひらと手を振って、友人達に呼ばれるまま塀の向こうへ消えていくアンナ。エルゼとケーテは笑いながら手を振り、黒髪のレオノーラは――俯いて少し離れたところに立っている。何故か、三人分の鞄を重たそうに持ちながら。

 フェリクスは彼女らに駆け寄ったアンナが、自分の鞄もレオノーラに押し付けるのを見た。歩みが露骨に遅くなった彼女の髪を、笑いながら引っ張る様も。




『お前もいずれ、思い知るよ』




 あの日の、彼の言葉。

 まさにあの予言の通りの世界になった。




『その時、お前の耳元でこっそり囁いてやる。……悪魔は誰だ?ってな』




 フェリクスは唇を噛み締め、泣きたい気持ちを堪えながら剣を振る。

 悪魔は誰か?

 その見え透いた答えに、見て見ぬ振りをするように。

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