69.最終決戦の前に
冷酷な不死の王の言葉に俺の意識は現実に戻された。
そうだ。まだ戦いは終わっていない。
『さあ、死出の旅に出る覚悟は出来たかね。そろそろ始めようか』
「いいえ、そこまでです!」
不死の王の言葉を遮ったのは、ここには居ないはずの人物。
白銀の鎧を身に纏ったシルクさんが長距離転移門から出てきた。
『天上国の女王か』
「魔物の国による一方的な蹂躙を許すわけには行きません。
これ以上続けるというのであれば、我が白銀の騎士団がお相手致しましょう」
毅然と言い放つその姿にいつもの優し気な雰囲気はなく、大国を束ねる女王としての威厳で溢れていた。
しかし、なぜシルクさんがここに?
「私がお呼びしました」
「イメーコか」
いつの間にか姿が見えなくなっていたと思っていたら、どうやらシルクさんに救援要請を出しに行ってくれていたようだ。
確かにシルクさんの国なら不死の王国とも対等に渡り合えると思う。
ただ困ったことに攻守同盟は結んでいない。
なので軍事介入にはかなりの制限が掛かるだろう。
それにこの戦いを今中断する訳には行かない。
『フッ。良いのか?
今この戦いを止めれば、これまで倒れたリュウジュ王国の者はそのまま土に還ることになるぞ』
そう。最後の戦いを切り抜けられれば、マスオ達を助けられる可能性はまだ残っている。
たとえその可能性が限りなく低いのだとしても、俺は見殺しにはしたくない。
それに皆を死地に送っておいて自分だけは何事も無く助かりましたっていうのも後味が悪いしな。
「シルクさん。来て頂いたのはとても嬉しいのですが、手は出さないでください」
「……リュウジュさんがそう仰るなら」
「出来る事ならミツキとチチカを保護してやってほしいなと思ったりもしますが」
チラリとミツキ達に視線を向けると呆れたような怒ったような声が返って来た。
「お兄さん馬鹿なんですか?」
「嫌に決まってるでしょ!」
「とまぁ、困ったことに2人ともこんな感じなんですよね」
それを見たシルクさんは羨ましそうに笑った後、これまで戦場となった第1、第2の砦の様子を見て顔を顰め、不死の王を睨みつけてから俺に向き直った。
「なるほど。分かりました。
ならせめて皆さんに『祝福』くらいは送らせてください」
シルクさんが手に持っていた旗を天に掲げると、空から光が差し込み俺達の身体を包み込んだ。
すると全身から力が漲ってくる。
なるほど。これがシルクさんが持っている祝福のスキルの効果なのか。
「これで皆さん1ランク上の存在とも互角以上に戦えることでしょう。
ただそれでも不死の王国と戦うには力不足と言わざるを得ませんが」
「いえ、十分過ぎる程の支援です。ありがとうございます」
「それでは私は邪魔にならないように一度下がります」
そう言ってシルクさんは長距離転移門の中へと入っていった。
『準備は出来たようだね。では次の試練を伝える、その前にひとつ面白い余興を追加しよう。
この世の原動力は希望と恐怖であり、我は恐怖を司るものなり。
さあ、行きとし生ける者たちよ。その身を恐怖で染め上げよ【鮮血の夜】』
不死の王がそう言った瞬間。世界は赤く染められた。
空を覆っていた雲は赤黒く変色し、そこから赤い霧雨がしとしとと降り始めた。
「これは、血か。いや幻覚の類なのか?」
『さよう。それ自体が物理的になにかを引き起こすことはない。目に入っても痛くも無いだろう。
影響するのは精神。生き物の根源的な恐怖を倍増させるのだ』
不死の王の言葉を証明するように、至る所で鳴き声や叫び声が聞こえてきた。
ここまで2戦。多くの仲間が無残に殺されていくのを見せられてきたんだ。
仲の良かった知り合いが死んだ悲しみ。
次は自分かもしれないという恐怖。
助かる見込みは無いという絶望。
そう言った負の感情が皆を苦しめていた。
『ではお待ちかねの試練の発表だ。リュウジュ王国の国民よ。
【自分たちの手でリュウジュ王の首を刎ねよ】
そうすればお前達も、これまで死んでいった者たちも、全員我が国の国民として迎え入れようではないか』
ああ、なるほど。それでこの血の雨か。
恐怖を極限まで高めて助かる道を指し示す。
そうすれば善悪など気にする余裕もなく、藁にも縋る勢いで飛びつくだろう。
現に今、街の人たちが武器を携えて俺の元へと集まってきていた。
「お兄さん下がって」
「まったくみんな馬鹿なんだから」
「説得は、無理でしょうなぁ」
勇ましくも俺を守るように前に出てくれるミツキ達。
ありがとう。でもそれはダメだ。
「皆の想いは嬉しいけど、憎み合ってるならともかく同じ国民どうしで殺し合うのは無しだ」
そう言って俺は剣も抜かずにみんなの前に立った。
それを見て暴徒と化した国民はまるでゾンビのようにぞろぞろと俺を取り囲んだ。
「陛下、許してください。俺達は死にたくない」
「あんたさえ死ねば、俺達は……」
「助かりたいんだ。まだやりたいことはいっぱいある」
「だから頼む。陛下……」
「「逃げてください!」」
「俺達が囮になります。その間に長距離転移門でお逃げください。
陛下さえ生きてくだされば国は何度でも立て直せます。
たとえ俺達が死ぬことになっても、次の奴らが俺達の想いを引き継いでくれるでしょう。
だからどうか。陛下だけでも生き延びてください」
武器を捨てて土下座をする国民たち。
彼らの身体は今も恐怖で振るえている。
それでもなお、彼らはこの国の未来の為に俺に生きて欲しいと願ってくれた。
それはとても嬉しい事だ。
正しい王ならここで彼らの意を汲んで逃げるべきなのかもしれない。
だけどやっぱり俺は、そんな誇らしい彼らを置いて行く気にはなれなかった。
「みんなの想いは確かに受け取った。
でもだからこそ、俺はこの戦いを勝ちたいと思う。
死の恐怖に立ち向かうって言うのは逃げる事なんかよりもずっと勇気のいるものだろう。
だから俺は今目の前に立ちふさがる死に背を向ける気はない。
苦しい道のりになるが、みんな付いてきてくれるだろうか」
「「よろこんで!」」
泣きながら頷く彼らにひとつ頷いて俺は剣を抜いた。
「不死の王よ。
俺の首が欲しければその手で取りに来るがいい。
こちらは国民全てが正義の鉄槌となって貴様を迎え撃つので覚悟せよ!」
『フハハハッ。よかろう。ならば我が国の最強の部隊で攻め入るとしよう』
そうして不死の国との最後の戦いが始まる。




