32.お洒落は大事なんです
路地裏から聞こえてくる喧騒の主は意外と近くの路地から飛び出してきた。
「おらどけどけっ!ボーっとしてるとぶっ飛ばすぞ!」
身長2メートル超の大男だ。確かに正面からぶつかれば大怪我をしそうである。
顔に仮面を付けている事からどこかの領主なのだろう。
ただ左手に不釣り合いな女性もののバッグを持っているのが気になるところだ。
そして大男に続いて小柄な、体型からして女性が出てきた。
「ひったくりよ!誰か止めて!」
なるほど。
確かに大男の持っているバッグがその女性のものだとすれば納得がいく。
でもあれ?
「なあ。争いごとは禁止じゃなかったっけ?」
隣で事態を見守っているお姉さんに聞いてみるとため息交じりに答えが返って来た。
「スリやひったくりはどの街でもあるさ。強盗だと話は変わるんだけどね」
誰かが怪我をしてる訳じゃないからセーフって事か。
油断大敵。グレーゾーンっていうのはどこにでもあるものだ。
「それよりほら。こっちに来るよ」
お姉さんの言う通り、ひったくり犯の大男は右手を振り回して通行人を牽制しながらこっちへと走ってくる。
恐らくこの先にある長距離転移門で自分の領地に逃げ帰ろうとしているのだろう。
多分これがこの街の住民の孤児がやったっていうなら見過ごしても良いかなって考えるところだけど、何処かの領主というなら話は別だ。
俺はゆったりとした足取りで大男の進路上へと移動した。
「邪魔だ!どきやがれ!」
「わ~こまったな~。これはぶつかるな~」
「ちっ。ボケ老人が。んなら吹き飛べや!」
のんびりとした俺の返事にイラついた大男は右ひじを突き出して突撃してきた。
ふむ、この感じは以前戦ったオーガみたいだな。ただこっちの方が人の言葉を喋ってる分知性は高いのか?やってることは小悪党だけど。
と考えてる場合じゃないな。
ここで下手に反撃したら俺まで戦闘禁止区域で戦ったって怒られそうだし、こういう時は……こけたフリして地面に蹲る!
ドガッ
「うおっ」
蹲った俺に引っ掛かってコケそうになった大男の足を後ろに引っ張ってそのまま顔面ダイブさせる。
更にアンクルホールドっぽい感じに足首を捻って関節技を掛けてみた。
体格的に普通の人間じゃないと言っても人型をしているのだからきっと関節技も効くはず。
「よっ」
「あだだだっ」
お、効いてる効いてる。
しきりに地面を叩いてるけど、残念。タップは認めてないんだ。
そうこうしているうちにさっきの女性と更に武装した人たちがやって来た。警邏かな?
大男はその人たちにしょっ引かれていった。
その際に「俺は~~の国の所属だぞ!こんな事をしてタダで済むと思ってるのか」みたいなことを叫んでいたけど、むしろ寄り親の顔に泥を塗りまくっている自分の未来を心配した方が良いのではないだろうか。
残ったのは無事にバッグを取り戻した女性と大勢の野次馬。
ひとまず周りの目が気になるので、女性と一緒に近くの喫茶店に移動することにしよう。
「あ、あの。バッグを取り戻して頂きありがとうございました。
どこかお怪我はありませんか?」
「俺の方は大丈夫です。ちゃんとぶつかる時に腕でガードしてましたし」
「ほっ。よかった」
胸を撫でおろす女性。ただ顔は例のごとく仮面を付けているので表情までは分からないのはちょっと残念だな。雰囲気からしてかなりの美女だとは思うんだけど。
「あの、何かお礼をさせて頂けませんか?」
「うーん、とはいってもひったくりを1人捕まえただけですし。
というか、あれ?収納を使えばいいのに何でバッグなんて持ってるんですか?」
この世界は大抵のものは収納出来てしまうから、財布も持ち歩かなくて良いし買った物だって丸ごと収納行きだ。
だから鞄の類を持ち歩く必要性はないはずだし、そんなのを持ってるからひったくりになんて遭ってしまった訳で持ってて良い事は無い筈なんだけど……。
その疑問に女性はずばり答えてくれた。
「それは勿論、可愛いからです!」
「か、かわいい?」
「はい。それにやっぱり折角のお買い物ですから。
自分の国ではみんなの視線を気にしてお淑やかにしないといけないし、こういう機会じゃないとお洒落してお出掛け出来ませんから」
「なるほど」
それは女性としては切実な問題だな。
確かに村の中でお洒落しても意味が無いし、みんなが働いてるのに自分だけ遊ぶ訳にもいかない。
必然的に自由広場に来た時くらいしか羽目を外せない訳だ。
外套で見えないけどその中はきっと女性らしい可愛い服を着ているのだろう。
それにその外套にしてもしっかりと刺繍がしてあって、多分格上の領主なのだろうことが分かる。
念のためにここは少し下手に出ておいた方が無難か?
「そう言えばまだ自己紹介とかしてませんでした。
先日ようやくここに来れるようになった新米領主のリュウジュです」
「あ、えっと絹……いえ、私の事はシルクと呼んでください」
呼んでくださいって偽名かな?
ここは顔を隠して交流するくらいだから本来なら名前とかも秘密にしておいた方が良かったのかもしれない。
まいっか。シルクさんは悪い人じゃなさそうだし、自分の方が明らかに格上であっても偉ぶる様子もない。きっと領地の場所が知られたって何かしてくることも無いだろう。
ただ俺の名前を聞いてなにやら考え込んでるんだけど、もしかして俺の名前を聞いたことがあるとか?
「あの、リュウジュさん。
とても失礼な事をお聞きしますが、ここに来れるようになったばかりという事はまだあまりスキルはお持ちではないのでしょうか」
「スキル?」
「あ、別に詮索しようという訳では無いんです。実は先ほどこういうものを入手しまして」
そう言ってバッグからビー玉サイズの赤い玉が幾つか入った瓶を取りだすシルクさん。
「えっとこれは?」
「『あめイジング』と呼ばれる飴型の特殊アイテムです。
これを舐めると新しいスキルを手に入れたり既存のスキルのレベルがアップする可能性があるんです。
良かったら今回のお礼に受け取って頂けませんか?」
『あめイジング』とかいうふざけた名前の割に効果は凄いな。
というか、それって超レアアイテムなんじゃないのか?
普通はスキルなんて簡単に手に入らないだろう。
「流石にそんな高価なものは受け取れないですよ」
「いえ。実はこれ、成功率5%の欠陥品なんです。しかも失敗すると取得済みのスキルのレベルが下がるおまけつきです」
普通なら低品質でも30%、高品質なら90%なんですと苦笑いするシルクさん。
低品質の1/6の確率で更に失敗にリスクが伴うとしたら余りにも危険な賭けだ。
「私はもう幾つもスキルがそれなりのレベルになっていますのでリスクが大きすぎて使えませんが、リュウジュさんならまだ失うものもほとんど無いんじゃないかと思いまして」
「そうですね。というか、なぜそんな欠陥品を買ったんですか?」
「これでたった1000マニーですし、元々うちの新兵にでも使ってみようかと思ってたんです。
ああっ、リュウジュさんがうちの新兵並みに弱いとか思ってる訳じゃないですからね」
慌てて手をパタパタと振って否定してるけど、別に俺はそこまで考えてなかった。
もしかしたら一言多くて自爆するタイプなんだろうか。
でもまぁそう言う事なら貰っても良いかな。俺自身は特にスキルも持ってないはずだし。




