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忠臣尽く尽く

作者: 海庵

「……その償いに先の二か条どちらかを実行せよ。さもなくばこの私が許したとしても天下の面目を失うであろう!」


 大広間に列席する家臣たちの間に朗々と響き渡る我が主君の声が綺麗に通る。

 このお方の声はいつ聞いても良い。若き頃から能を良く嗜むだけの事はある。


「どうであるか!」

「頭を丸め、隠遁し、許しを請いたいと思います」

「うむ! その武勇をもってそなたの比類なき活躍が…… 待て、今何と言った?」


 満足して頷いた主君はようやく返答の意味を理解すると感情が高ぶった際に見せるぎょろりと開いた眼をこちらに向ける。

 この視線に多くの家臣は萎縮するのだ。


「頭を丸め、隠遁し、許しを請いたいと思います」


 もう一度、同じ言葉で答えた。


「何を勘違いしておる。この私は許す!と言っておるのだ」


 頭を下げている私には見えぬが、主君はその眼を更に大きくすると理解出来ぬといった顔でこちらを凝視しているのだろう。


「うむ、何か誤解があるようだがそなたは私の家督の継承、一門との争い、その後も私の危機には常に最前線に立ち、時には私の代わりに軍勢を率い、時には難しい政務をこなし、時には重要な使者として交渉に当たり、時には調略によって味方を増やし、我が家臣で人を上げるとすればそなたではないか?」


 さきほど私を叱責した内容とは全く逆の事を上げていく。


「私の非才ではこれ以上のお働きを見せる事は叶いませぬ」


 バン! と床を強く踏み立ち上がる音がする。

 その音にざわついていた家臣が静まり返った。


 その途端、頭に痛みが走る。おそらく主君が私の頭に扇子を投げつけたのであろう。


「上様、そのようなお振る舞いはなされますな。家臣の面目を潰します」


 投げられた扇子を視界に収めながら頭を上げて答えると主君は激昂しながら喜色を浮かべるという器用な真似をしてみせる。


「それだ! いつもいつもそなたは私に直言をする! 他の者は誰もせぬというのに!」


 分かっておられるのならばこのような事はせねばよいであろうに……


「うむ、では再度聞く。会稽の恥を濯ぎ……」

「頭を丸め、隠遁し、許しを請いたいと思います」


 今度は頭を下げず、目を合わせ、はっきりと答えた私を呆然とした表情で主君が見つめている。


「………」

「………」


 二人の間に沈黙が流れる。


「…… 何故だ」

「もはや私ではお役に立てませぬ」

「なぜだ!」


 悲鳴のような叫びが上がる。

 ああ…… やはり早まったか……


「そなただけは…… もうよい! 失せよ!」

「はっ」


 

 主が広間を去ると家臣たちも足早に立っていく、主君の寵を受け引き立てられた者は嘲笑い、累代の者は巻き込まれぬように……


「右衛門尉様と言えどついに追放か! わはははは!」

「む、武蔵……」


 わずかに二人のみが来る。これまでは多くの者が寄って来ていたがそうもなろう。


「よい、五郎佐。もはや武蔵が気を使わねばならぬ身分ではない。これからはそなたらが上様を支えるのだ」

「言われなくとも俺は変わらずやるぜ!」

「これまで以上に励ませていただきます」

「うむ、そなたらもあまり私と話さず行くのがよかろう」


 言う事を聞き素直に去って行く二人の背中を見送る。

 家臣に人が誰一人おらぬな……

 やはり早まったか……




 約一年後、この物語の主人公は世を去った。訪れる者がいた時は非常に喜び、かつての主君の事を聞いていたという。


 更に半年後


「是非もなし…… 右衛門尉さえおらばこのような事はなかったというに、あの不忠者め。まあ、よいあの世で右衛門尉と共に閻魔討伐でも行うとするか! ははははは!」


 主人公が最後までその身を案じた主君は寵臣の謀反により炎の中へと消えた……

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 佐久間信盛が言う「人がいない」とは、時に命を掛けてでも主君を諫める「忠言の士」のことで、一般的に言う「人材」のことではない、ということでしょうか?
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