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3、十年目の三つ編み(後編)

「縁結び、ありますよ。まずはお好きなお席へどうぞ」


 琴音は「ついに来た!」という喜びを抑えて、その三つ編み少女に座るよう促した。少女は少し落ち着かない様子で店内を見回してから、奥まった席へと歩いていった。この時間帯はちょうど客が引けていて、席は選り取り見取りだった。


「ここ、喫茶店になったんですね。おばあちゃんから聞いた縁結び屋さん、小物屋さんだったはずなんですけど……」

「そうみたいですね。今の店主の代になってから喫茶店らしいです」


 少女の言葉を聞いて、不安そうにしていたのはそういうわけだったのかと納得した。

 それから少女はそわそわとメニューを眺めてから、クッキーと紅茶のセットを注文した。

 喫茶店というものにきっと慣れていないのだろう。注文してからも少女はキョロキョロしたり、またメニューを開いたりしていた。それを琴音と飯田は微笑ましく見守り、いつもより少しだけ丁寧に紅茶を淹れ、クッキーを焼いた。


「おばあちゃんに話を聞いたときは冗談みたいだなって思ってたんですけど、同じ学校の子たちがここの話をしてて、『琴音さんに話したらいろいろうまくいく』って言ってるのを聞いて本当なのかもって思ったんです。……店員さんが、琴音さんですか?」


 クッキーと紅茶を運んでいくと、三つ編みの少女が勢い込んだように言った。きっと、注文したものが運ばれてくるまでの間、何と言って琴音に声をかけようか考えていたのだろう。


(まだ誰の縁も結んでないのにな……同じ学校の子たちとやらは、一体どんな話をしたんだろ?)


 若干噂がひとり歩きして自分の存在が妖怪じみてきていることが気になったけれど、琴音は笑って頷いた。


「そうですよ。私が琴音です」

「よかった! ……じゃあ、琴音さんに聞いてもらわなきゃいけないんですよね? その、恋バナというか、好きな人のことを」


 三つ編み少女は琴音が噂の人物だとわかってほっとしつつも、恥ずかしそうにもじもじした。

 この店に来て自分のことを話すのが楽しい子もいれば、やはりこうして恥じらう子もいるのだなとわかる。琴音も自分が高校生の頃はこの少女のようだったなと思って、ちょっぴり親近感がわいた。


「そうですね。話してもらったほうがご縁が結びやすいですね」


 琴音はちらっとカウンターのほうを振り返り、そこにいる九田とクダギツネたちを見た。九田は相変わらず寝ているのか起きているのかわからない状態でそこにおり、クダたちは古道具屋で買ってやった可愛くないイタチの置き物に寄り添ってこちらを見ていた。

 だから琴音はさりげなくその置き物を手に取り、クダたちを引き連れて少女のいるテーブルに戻った。


「えっとですね……このイタチは店の守り神みたいなものなので、この子に聞かせるつもりで話してもらっていいですか?」

「は、はい。わかりました」


 琴音はテーブルに置き物を置いてから言った。琴音をじっと見ていいのかどこを見ればいいのかわからない様子だった少女は、少し驚きつつも置き物に目をやった。それをクダギツネたちが見つめ返す。

 これなら三つ編み少女の緊張もやわらぐし、クダギツネも縁結びの対象として少女を認識することができるだろう。咄嗟の思いつきだったけれど、どうやらよかったらしい。


「私の好きな人は、私よりひとつ歳上で幼馴染なんです。家が近くて、小さいときからずっと仲良しで……でも、好きになったのは今から十年くらい前なんです」


 少女ははにかみながら、ポツポツと自分のことを話し始めた。


「私、ものすごく髪の毛がやわらかくてスルスルしてるので、結ったりしてもあまり長持ちしないんです。そのせいで毎朝お母さんを苦労させてて。でもあるとき、どこかにお呼ばれすることになってて、お母さんが張り切って可愛い髪型にしてくれて、夕方になってその用事が終わってからも髪型が保ったままだったから、公園に遊びに行ったんです。仲のいい子たちに、いつもより可愛い格好をしてるのを見せたくて」

「わかる。新しい服とか靴とか買ってもらったら、誰かに見てもらいたいもんね」


 大人になってからも存在するそのわくわくした気持ちに、琴音は共感した。子供の頃はきれいな服を着たり髪型を可愛くしてもらったりするだけで、お姫様にでもなった気分がしたものだ。


「でも、当然といえば当然なんですけど、遊んでるうちに髪の毛はぐちゃぐちゃになっちゃって、それで私、泣いてしまったんです。そしたらいつも一緒に遊ぶ男の子のひとりが私のことをなだめつつ、慣れない手つきで何とか三つ編みにしてくれたんです。それで『さっきの髪も可愛かったけど、これもなかなか可愛いからもう泣くなよ』って言ってくれたんです。……その男の子が、好きな人なんですけど」

「わー! そのときからずっと好きなの? 可愛い! すごいねえ、一途だねえ。可愛いー!」


 琴音は三つ編み少女のピュアさを前に感涙していた。自分がとっくに捨て去ったか失ったかしてしまったその純粋さに、拝まんばかりに感動しているのだ。

 少女は琴音に感激され褒められ、照れて頬を赤くした。でも、気合いを入れ直したかのように表情を引き締めて首を振る。


「でも、一途なだけじゃだめなんです。ずっと好きで、仲良しで、そばにいたくて彼と同じ高校に入学したけど、全然そこから進展しないんです。ずっと幼馴染のまま、妹みたいな存在のままで……。そんなんじゃだめだと思って今年のバレンタインは思いきって誰の目にもわかる本命チョコをあげたんですけど、たぶん伝わってません。好きって言ったのに、『ありがとう。僕もだよ』ってにっこりして言われちゃったんで……」


 そのときのことを思い出したのだろう。三つ編み少女は目に見えて落ち込んでいる。心なしか、三つ編みも元気がないように見える。


「でも、バレンタインにあげたんだったら、ホワイトデーに期待できない……? もしくは、そのときにもう一回ちゃんと告白してみるとか?」


 何かなぐさめの言葉をと思って琴音がそう口にするも、少女はまたも首を振る。


「ホワイトデーじゃ、三月十四日じゃ、だめなんです。三月に入ってすぐ卒業式があって、その数日後に大学の合格発表だから。彼はきっと合格するから、そのあとはひとり暮らしの部屋探しや引っ越しで忙しくなっちゃうと思うんです。だから、その前に……」

「好きな人、受験生なんだね。……そっか」


 琴音は自分が高校三年生だった頃のことを振り返り、確かに大変だったなと思い出した。合格してからの解放感に浸る間もなく、忙しなく部屋探しと引っ越しに追われるのだ。……たぶん、ホワイトデーどころではない。


「頑張って勉強して彼と同じ大学に入るつもりではいます。でもその前に、離れる前に、きっかけがほしいんです。それでだめなら……あきらめられるので」


 少女はそう言ってから、思いつめるようにうつむいた。そして、そっと三つ編みの毛先を撫でる。

 十年間、好きな人が「可愛い」と言ってくれた髪型を続けているのだ。それはきっと祈りであり願かけであり、決意なのだろう。それに思いの強さを感じて、琴音は彼女の恋を応援してあげたいと思った。

 何より、想い人のほうも彼女に対して悪感情がないのは確かだろう。そうでなければ、二月十四日という入試の前期日程の前に顔を合わせてチョコを受け取ることなどしないはずだ。


「話を聞いていて、背中を押してやりたいなとは思ったよ。うまくいけばいいなとも。だが、お嬢さんには縁を結ぶ前に確認しておきたいことがある」


 いつの間にカウンターから出てきたのだろうか。九田がすぐそばまで来ていて、三つ編み少女に語りかけた。そのあまりの気配のなさに琴音は驚いたけれど、九田の顔を見ると真剣で、どうやら邪魔しに来たわけではないらしい。


「確認したいこと、ですか?」

「そう。縁結びをするのはやぶさかではないけれど、縁結びが万能ではないことを伝えておきたいんだ。結んだところで永遠の愛が保証されるわけではないし、いい関係を築ける保証もできない。それでも、縁を結びたいか?」


 九田は淡々と尋ねた。脅す意味ではなく、ありのままの事実なのだろう。

 甘く淡い恋心の前に九田の問いかけは無粋で残酷に感じられて、琴音は少しひやひやした。

 でも、三つ編み少女は九田の言葉に気持ちが挫けた様子はない。その目には、強い意思が宿ったままだ。


「わかってます。縁を結んでもらうのは、きっかけに過ぎないって。気持ちをつなぎとめられるかも自分次第だし、仲良く付き合っていけるかも二人次第だって。それでも、きっかけがほしいんです。振り向いてもらえたら、絶対に離しません!」


 少女は九田の目を見て、そうきっぱりと言い切った。頬は赤く、唇は震えている。照れと緊張が入り混じっている様子だけれど、そこに迷いは感じない。

 それが伝わったのか、九田も納得したように頷いた。


「じゃあ、お嬢さんの縁、結ばせてもらいましょうか」

「え!? 九田さん、いいんですか……?」


 三つ編み少女の縁を結んでやりたいと思っていながらも、まさか九田がそんなことを言い出すとは思っていなかったため、琴音は驚いてしまった。でも、気が変わってはいけないから余計なことは言わずにおこうと慌てて口をつぐむ。


「あの……お代は?」


 急に不安になったのだろう。三つ編み少女が九田に尋ねた。

 確かに、メニューに書いているわけでもなくどこかに明示されているわけでもないのだから、いくら払えばいいのか不安になるのも無理ないことだ。


「そうだな……恋仲になったお相手と今度ここで何か食べてくれたら、それでいいよ。今日はその注文したぶんのお代だけで」


 九田は少し考えてから、不安そうにしている少女に言った。

 三つ編み少女は一瞬きょとんとして、でも意味がわかると満面の笑みを浮かべた。


「はい! 絶対に彼とここに来ます!」



 紅茶とクッキーを楽しんでから、三つ編み少女が帰っていくのを琴音と飯田は出口まで見送った。日頃はそんなことはしないのだけれど、彼女は特別だ。期待とちょっぴりの不安を抱えて帰っていく少女を見守ってやりたかったのだ。

 クダギツネたちは少女の肩に乗ってついていってしまった。二匹は彼女の小指から伸びる糸にぶら下がり、くいっくいっと引っ張るような動作をしていた。


(何だか釣りでもしてるみたい。もしかして、あの子の好きな人を引き寄せてるとか?)


 そんなことを考えたものの、少女が遠ざかるにつれてそのうち見えなくなってしまった。


「ここの店の縁結びって、カウンセリングみたいなもんなんですか?」


 赤い糸もクダギツネも見えず、単に喫茶店で働いているつもりの飯田が不思議そうに首を傾げる。九田や琴音にとっては意味のあるものだった三つ編み少女とのやりとりも、飯田にはただの悩み相談に見えていたのだろう。


「……まあ、そんなとこだな。縁結びにしてもカウンセリングにしても、本人の気持ちが一番大切ってとこは共通だし」


 九田はしばらく考えて、何か適切な説明を探していたようだった。でも、面倒になったのかいい加減な言葉で片づけてしまった。

 それなのに飯田は「へえ。いいことしてるんですね」などと感心している。……おおらかというか何というか、騙されないか心配になる。


「九田さんが縁結びする気になってくれて、よかったです」


 飯田が厨房に戻ったのを見計らって、琴音は九田にそっと耳打ちした。

 やるときはやるのだとほっとしたのだけれど、九田はムスッとした表情になる。


「実際にやってみせていったら、あんたにもわかるかもしれないと思ってな」

「わかるって、何がですか?」

「結ぶこと自体や、誰の縁は結んで誰の縁は結ばないって選択をすることのおこがましさだよ。……縁を結ぶなんていいことじゃないし、そこに介入するなんて何様のつもりなんだって気づくときが来るさ」


 言うだけ言うと、九田はまたカウンターの向こうに戻ってしまった。

 少女の恋の後押しをしていいことをしていた気になっていたのに、九田の言葉で琴音の胸はさざなみが立つようだった。


 ***

 

 曇ったり小雨が降ったりはっきりしない天気が多い二月が駆け足で過ぎていき、春の訪れを少しずつ感じるような暖かな日が増えてきた三月のある日のこと。

 一組の初々しい男女が丸屋にやってきた。


「琴音さん、来ました!」


 おしゃれなボブヘアの女の子にそう声をかけられ、琴音は初め誰かわからなかった。

 でも、よくよく見ればその子は三つ編み少女で、嬉しそうにしているのは傍らに連れているのが件の彼だからだと理解した。


「髪、切ったんですね。よく似合ってて可愛いですよ」

「片想いが終わったので、その区切りとして。それに、これからは一年は遠距離恋愛だから、彼の周りの大学生の女の人たちに負けないように可愛く大人っぽくしてなきゃと思って」


 そう言って笑う少女は幸せそうで、好きな人の心をつなぎとめるのだという強い意思が感じられた。その横でニコニコしている彼も、とても幸せそうだ。


「あの日、このお店の帰り道にばったり彼と会って、そのときいろいろお話して、それで付き合うことになったんですよ。……縁を結んでもらったおかげです。ありがとうございます」

「どういたしまして。お幸せに」


 嬉しそうに言う少女に、琴音も心の底からそう返した。


(あの女の子も彼も、あんなに幸せそうなんだもの。縁結びは、いいことに決まってる)


 注文したパスタとケーキセットを仲良く分け合う二人を見て、琴音はそう思った。

 でも、そう思うからこそ、より一層九田がなぜあんなことを言ったのか気になってしまうのだった。 



 


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