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はなまる縁結び〜バツイチさんとこじらせ店主  作者: 猫屋ちゃき


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2、いろいろご縁がありまして(後編)

 弱りきった青年を丸屋に連れて帰り、琴音はとりあえず座らせてカフェオレを与えてみた。コーヒーを飲めるか尋ねたところ、「甘いものなら」と彼が答えたからだ。

 琴音と一緒に店に入ってきた青年を見て、九田は「誰? え、何なの?」と小声で聞いてきた。「道に落ちてたので拾いました」と答えると、「犬猫みたいに気軽に人間を拾うなよー」と言ったきり、興味をなくしたようだけれど。

 青年はカフェオレをちびちび飲みながら、しょんぼりしたままだ。でも、泣いても震えてもいないからマシにはなったのだろうと思い、しばらく放っておくことにした。

 琴音はカウンターの端の席で、メモ帳とにらめっこを始めた。そこには店内のレイアウト案や、琴音が喫茶店にあったらいいなと思うメニューについて書かれている。

 ドリンクメニューの充実を図ろうとしていたのだけれど、さっき古書店の店主に言われたようにフードメニューを作らなければならないだろう。


「ケーキ類は業務用スーパーで冷凍ものを仕入れたら何とかなるけど、問題は食事か……九田さん、この奥の厨房って調理しても大丈夫なんですか?」

「何する気だー?」


 起きているのか寝ているのかわからない九田に声をかけると、目を閉じたまま不機嫌な返事が返ってくる。


「ここ、喫茶店なのでナポリタンとか出せたらいいと思うんですけど」

「食品衛生責任者も防火責任者も講習を受けてるから、飲食店としての基準は満たしてるよ。……でもな、俺はナポリタンは好かん」

「そうですか」


 ひとまず食品を提供するのは問題ないとわかって、琴音がメニュー考案に意識を戻そうとしたとき、ガタッという音がした。そちらに目をやると、青年が椅子から立ち上がって、何やら必死の形相で琴音のほうに近づいてきた。


「あ、あの……! もし、料理人を探してるんだったら自分を雇ってもらえませんか! 調理師免許あります! 飲食店勤務経験も! 一生懸命頑張ります! よろしくお願いします!」

「え……!」


 青年は琴音のそばまで来ると、一気にまくしたてるように言ってから勢いよく頭を下げた。その勢いにあっけにとられ、琴音はすぐに返答できない。

 驚いて何も言えない琴音を見て断られると思ったのか、青年はまた顔をくしゃくしゃにして猫背になる。


「俺、どこかで雇ってもらえないと本当に行き場がなくて……」

「行き場って、働く場所のことだったんですね」


 消沈する青年に、琴音はやっとのことでそう声をかけた。青年はそれにうんうんと頷く。


「小さい頃から親父に憧れてて、親父みたいな料理人になりたいって思ってたんです。でも、学校でしっかり学んで修業もしっかりしないと跡を継がさないって言われたから、中学卒業したらすぐに調理の専門学校に行って、そこを出てからは親父が若い頃に修業したのと同じ店で働かせてもらって、五年修業したからそろそろ親父の洋食屋で働かせてもらおうと思ってたんですけど……」


 青年はそこまで言ってから、つらそうにして言葉を詰まらせた。これから何か悲しいことが語られるのだろうと予感し、琴音は身構えた。


「親父、店を閉めるって言いだしたんです。本当は、ずっと前から経営が厳しかったらしくて……良心的な価格でやってたんで。俺を修業に出させてたのは、店を立て直す時間稼ぎをするためだったみたいなんですけど、結局閉めることにしたそうです。赤字まみれの店、俺に継がせるわけにはいかないからって……」

「それは、つらいですね。仕方のないことだって、親御さんの気持ちもわかりますけど」

「でも……それだけじゃないんです!」


 気持ちに寄り添うようにして琴音が相槌を打つから、青年はどんどんヒートアップしていく。


「修業させてもらってた師匠も、店を閉めるって言いだしたんです。……本当は、結構前から年齢的にきつくなってたのと持病が悪化したって理由で。せめて俺が立派になるまでって踏ん張ってくれてたらしいんです。弟子の息子は孫みたいなもんだから、面倒みてやろうって。でも、もう余生を過ごしたいって言われてしまって……」

「修業先の店まで……!」

「居場所をなくした俺に、師匠はかつて弟子だった人がこのあたりで店をやってるはずだって教えてくれたんです。だから俺、兄弟子あにでしにあたる人の店でならやっていけるかもしれないし、まだ学ばせてもらえるだろうと思って連絡してから訪ねていったんですけど……その人の店、レストランじゃなくてオカマバーになってました! 自分の可能性に目覚めたらしくて、料理人から転身……変身?して、バーのママになってたんです!」

「そんなことが……!」


 涙なくしては語れないといった様子の青年につられて、琴音もポロポロ泣きだした。平気なふりをしていただけで、やはりまだ情緒不安定なのだ。


「落ち着いたら大したことないのかもしれないけど、子供のときからの夢が破れて、頼るところもなくなって、頼みの綱も切れて……予定にないことだらけでつらいんです」

「わかる! こんなはずじゃなかったって思うと、悲しいのとパニックなのでわけがわからなくなっちゃうよね!」

「そうなんです! 俺、今わけわかんなくて……」

「わけわかんないのつらい……私の人生も、こんなはずじゃなかった……」


 病院の待合室なんかで幼児の号泣が伝染するように、ここでも悲しみが伝染し、大変なことになっていた。でも、幼児ではなく立派な大人がやっているのだからかなりシュールだ。


「おいおいおい……あんたら、何を共鳴してんだ。泣くなよ、うるさいから」


 カウンターの奥でだらけている九田が、泣く大人ふたりを前にうろたえていた。そんなやる気のない声は届かないから、ふたりが泣くのをやめる気配はない。

 静かな空間でただボーッとできることを望んでいるのだろう。九田は頭を抱えていた。彼まで「こんなはずじゃなかった」という顔をしている。


「あーもーうるさいな。わかったよ。雇えばいいんだろ? 雇うから、ふたりでメニューでも何でも考えたらいいじゃねえか」


 困り果てた九田は、やけになったような口調でそう言った。

 それを耳にしてすぐは琴音も青年も意味がわからずキョトンとしたのだけれど、理解できると大喜びして手を取り合った。


「やったー! いいんですか?」

「いい、いい。……これも何かの縁ってやつだ」


 琴音が笑顔になって問えば、九田は面倒くさそうに言う。その肩を見るとクダギツネたちが乗っていて、琴音に向かってサムズアップしていた。……この子たちが何かしたということなのだろうか。


「ありがとうございますっ! 精一杯頑張ります!」


 青年は九田に向かって、深々と頭を下げた。

 その顔は晴れやかで、これからのことを思ってやる気に満ち溢れているようだった。



 ***


 青年・飯田淳司いいだじゅんじはその翌日から丸屋にやってきて、毎日せっせと働いた。

 実家が洋食屋で、レストランでも五年間修業したというだけあって、料理の腕前は申し分なかった。何よりも研究熱心なため、まだ何もない丸屋のフードメニューを考案するのに大いに役に立ってくれている。


「琴音さん。試作品できたよ」


 飯田は皿を両手に持ち、上機嫌で奥の厨房から出てきた。


「こっちがリボン型のパスタ、ファルファッレを使ったものです。ただのクリームソースだと見た目がちょっと寂しいから、鮭を入れてみました。で、こっちが“結ぶ”ことに引っかけてロールキャベツです。本当はこうやって縛らなくてもいけるんですけど、干瓢で可愛くリボン結びにしてみました」

「どっちも可愛いし、美味しそう!」


 飯田は料理を二品、琴音の前に置いた。

 琴音が縁結びにちなんだメニューを置きたいと相談すると、飯田は面白がっていろいろ考えてくれた。

 “縁”とか“結ぶ”というのを食べ物でどう表現したものかと悩む琴音に、飯田は「リボンで表現しましょう」と言ってくれたのだ。だから琴音はデザートメニューとして、リボン型のクッキーやそれをトッピングに使ったパフェを考案することができた。


「前回のクリームソースより鮭が入ってるぶん、色味がついて可愛いね。ロールキャベツのほうは言うことなしだよ。盛りつけもすごくきれい」

「でも、どっちもトマト仕立てでやったほうが可愛いし縁結びっぽいと思うんですけどねー」


 琴音が試作品を手放しで褒めると、飯田はちらっと九田のほうを見た。聞こえていたらしく、彼は気怠げに目を開ける。


「トマトは嫌だなあ」

「マスターが食べるわけじゃないからいいじゃないですか」


 好きにしろというわりにこうして口を出してくる店主に、飯田は困った顔をした。でも彼は人懐っこくおおらかな性格らしく、九田のことをマスターと呼んで、カウンターで日がな一日だらけているこの勤務スタイルもあっという間に受け入れてしまったようだ。


「食べなくてもなあ、トマトは見るだけで……」

「見るだけで?」

「悲しくなる。赤が嫌いなんだ」

「あー、悲しくなるんですかー。じゃあ、仕方がないですね」

「うん」


 九田は明らかにいい加減なことを言った感じなのに、飯田はそれに特につっこみを入れることなく流した。おおらかな青年だ。

 トマトを使った料理がこの店で提供されるという危機が去ったとわかったからか、九田はまた目を閉じて眠ってしまった。近くにいたクダギツネたちがそんな九田を見て、困ったように首を振っていた。四匹揃ってやると、何だかそういうおもちゃのようだ。

 

(……もしかして赤色が嫌いなのって、赤い糸と関係してる?)


 琴音はふとそんなことを考えたけれど飯田の前で確かめられるはずもなく、メニューの考案をするうちにそんなことも忘れてしまった。

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