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はなまる縁結び〜バツイチさんとこじらせ店主  作者: 猫屋ちゃき


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5、せめて手と手つないで(後編)

「琴音さん、来たよー」


 あたたかな春の午後、カラランとドアが開き、元気な声と共に制服姿の男子たちが入ってきた。

 四月を半分すぎる頃から来るようになった三人組だ。ここの評判は気になっていたけれど一年生のうちは先輩たちの目が気になってしまい、二年に進級したから思いきって来てみたのだと言う。


「いらっしゃい。いつものお席、空いてますよ」

「やったね」


 琴音が促すと、男子三人は嬉しそうにその席に向かう。一番奥ではない、隅の席が彼らのお気に入りなのだ。


「今日は何を飲もうかなあ。あ、バナナジュースがある!」

「新メニューで始めてみたんですよ。いかがですか?」


 メニューを見て楽しそうに悩む茶髪の男子は、パッと顔を輝かせた。


「じゃあ、俺はそれにしよ」

「俺はアイスココアで」

「ブレンドをお願いします」


 茶髪の子は勧められるままバナナジュースを、黒髪のおしゃれパーマの子はココアを、眼鏡をかけた真面目くんはブレンドを注文した。見た目も好むものも異なるのに、この子たちは仲がいい。女の子のグループは仲良しだと雰囲気や好むものが似通ってくることが多いけれど、男の子はこうしててんでバラバラなのが面白いなと琴音は思った。

 注文したものを運んでいくと、茶髪くんはスマホでゲームを、パーマくんはスマホで講座の動画を見ながら勉強を、眼鏡くんは読書をしていた。眼鏡くんは持参した本を読むこともあれば、丸屋の本棚の本を手に取っていることもある。

 琴音は相変わらずせっせと古書店に通って本を仕入れているのだけれど、ほぼインテリアと化している。だから、眼鏡くんは琴音文庫の貴重な利用者のひとりというわけだ。


「今日は何読んでんの?」

「『友情』」

「武者小路実篤の?」

「そう。読んだ?」

「ううん。国語の便覧に載ってたから知ってる」


 スマホゲームに飽きたのか、茶髪くんは眼鏡くんに声をかけた。眼鏡くんは本から視線を上げないけれどきちんと返事をしているし、茶髪くんと会話を不必要に長引かせない。パーマくんはイヤホンをして集中しているから、二人が会話をしていることに頓着していない。不思議な関係だけれど、仲がいいのは伝わってくる。


「うちはいつからマックになったんだ。そのうちテスト勉強に使われだすぞ。図書館に行け、図書館に」


 琴音がカウンターの拭き掃除を始めると、九田が小声でぼやいた。はしゃぐ女子高校生たちも嫌だと言い、観光客も迷惑がり、静かで無害な男子高校生にすら文句をつけるのだから、九田の商売っ気のなさには困ったものだ。


「彼、家じゃ勉強にあまり身が入らないらしいんです。ああやって友達の目があるところで短期的に集中しちゃうのがいいんですって。それに、動画を見ながらといっても静かですし、解き方も間違いも残しておく派らしくて消しゴムのかすを散らすわけじゃないからいいじゃないですか」


 琴音はついパーマの彼を擁護した。彼は茶髪くんほど人懐っこく話しかけてはこないけれど、丸屋で流しているレコードの趣味やテーブルの花を褒め、「居心地がよくて、ここで勉強したら成績が上がりそう」と言ってくれたから、琴音の中では良い子判定になっている。


「子供に甘いな。……もしや、ああいうガキンチョが好みなのか?」

「ご冗談を。私、最近年だなって思うのが、男女ともにアイドルの子とかの顔の区別ができないんです。顔の区別がつかない子に、好みも何もあったもんじゃないですよ」

「……悲しい話をさせたな」


 自分よりも年上の九田に可哀想なものを見る目で見られ、琴音はムッとした。


「勝手に憐れまないでください」

「憐れんではないさ。俺は若い人どころか、他人の顔は基本区別がつかん」

「……九田さん、他人に興味なさすぎですよ。私や飯田さんの顔はわかってますか?」


 心配になって九田の顔をじっと見ると、なぜかふっと笑われてしまった。


「わかってるよ。今目の前にあるそこそこ美人な顔も、変身前の眉毛のない顔もな。どちらの姿であっても、町中でちゃんと声をかけることができる」

「……もう絶対、朝食はご馳走しませんからね。朝は来ないでくださいよ。どうせ眉毛ありませんからね」


 まさかそんなことを言われるなんて思っていなかったから、琴音は恥ずかしいやら腹が立つやらでどんな顔をしたらいいかわからなかった。だから、ふいっと顔を背けるしかできない。

 九田は琴音をからかってしてやったりという顔もせず、いつものように眠たげに目を閉じている。

 クダギツネたちは九田の手を取って、小指の先から伸びるこじれた糸を引っ張って解こうとしていた。でも、そんじょそこらの絡まり方ではないから、そんなことをしても解けはしない。


(九田さんの性格はあの小指の糸みたいにこんがらがってねじくれちゃってるんだわ)


 そんなことを思って、琴音は自分の仕事に戻った。



「あれ? 忘れ物?」


 男子高校生三人が帰ったあと、琴音がテーブルを片づけていると、ドアが開いて茶髪の男子が入ってきた。ひとりだけだし、何だかコソコソしている。


「忘れ物っていうか、用事があって来たんだけど……」


 茶髪の子は、もじもじしながら言う。


「用事?」

「琴音さんに恋バナを聞いてもらいに来たんだけど。あ、あと本を返しに来たんだった」


 茶髪くんはカバンから本を取り出して、琴音に差し出した。眼鏡くんだけでなくこの茶髪くんも、琴音文庫の数少ない利用者のひとりだ。でも、なぜかいつもこっそり借りていくのだ。


「『若きウェルテルの悩み』ね。どうだった?」

「面白かった。ウェルテルの悩みがよくわかるからさ」

「そっか」


 てっきり難しかったと言うと思ったのに、茶髪くんはにこやかにそう述べた。でも、『若きウェルテルの悩み』はそんなふうに「面白かった」とひと言で片づけられるような作品ではない。

 この作品は、主人公ウェルテルざ婚約者のいる女性シャルロッテを好きになってしまい、それに苦悩して自殺するまでを描いた物語だ。友人への書簡という形式をおもにとっているため、シャルロッテへの想いに舞い上がったり、手に入らないとわかって絶望したりする心情がわりと生々しく描かれている。


「タイトルから感じる印象とは違って、悲劇よね。こんな軽いタイトルでいいのかなって、初めて読んだとき思ったもの」

「でも、手に取りやすい軽〜いタイトルだからいいと思うんだ。きっとさ、この本の中に描かれてる絶望が必要な人って多いと思うから」


 茶髪くんは笑顔で言うけれど、彼の心の中にはウェルテルの気持ちが理解できるほどの絶望があるということだと琴音は気がついた。


「俺の好きな人、ウェルテルのことをバカだって言ってた。失恋したくらいで死ぬなんてバカだって。……でも俺は、ウェルテルが死んじゃった気持ちがわかるんだ。好きな人がいるって幸せだけど、その人が手に入らないってわかってるほは絶望だよ」

「好きな人って、もしかして……」


 琴音は、茶髪くんが『若きウェルテルの悩み』を借りる少し前に眼鏡くんが手に取っていたのを思い出した。そして、茶髪くんが借りて帰る本は眼鏡くんが読んでいたものばかりだということも。


「そう。今どきめずらしくないと思うけど、難儀だよね。友達を好きになるってだけでもちょっときついのに、おまけに同性なんだから」

「難儀……確かに。でもきっと、難儀じゃない恋なんてないんじゃないかな。男女だからって、好きになった人から必ず想いを返されるわけじゃないし、その逆も然り……なんじゃない?」


 琴音は言葉を選びながら、茶髪くんに言った。傷つけたくはないけれど変にいたわりたくもなくて、普通に恋愛相談を受けたつもりで答えたのだ。

 状況は特殊であったとしても、彼の恋心は普通のものだ。好きな人と同じものに興味を持ちたい、好きな人が触れたものに触れたいというのは、琴音にも覚えがある。


「そうだよね。……だったら、俺も縁結びをお願いしてもいいのかな? ここに来たことがきっかけでうまくいったって人の話を聞いたとき、いいなって思うと同時に、自分がしちゃうとズルにならないかなって思っちゃって」

「ズル、か。でも縁を結ぶって裏技とかとっておきの攻略法ではないからね。結んだところで、それはきっかけにすぎないから……」


 縁結びに希望を見出しつつも、茶髪くんが迷っているのが琴音にはわかった。振り向いてほしい、両想いになりたいとは思っても、そこに何か不正があってほしくないというのは当然の気持ちだ。


「縁結び、今度来たときお願いしていいですか? ……まだ迷ってるけど、たぶんお願いすると思うから」


 それだけ言うと、はにかんだように笑って茶髪くんは店を出ていった。

 残された琴音は、何とも言えない気分になってカウンターを振り返った。


「九田さん、男の子同士とか女の子同士とかの縁って結んでもいいんですか……?」

「“いい”って断言できないから尋ねてるんだろう?」


 眠っているかと思ったのに、九田はバッチリ起きていたようで気怠げな返事が返ってきた。


「難しい問題だよな。俺は別に同性感の恋愛に嫌悪も偏見もないつもりだ。誰が誰を好きになろうと興味ないからな。でも、だからといって他人の指向を歪めかねないことはできんからな。それは男女のことについてもあてはまるだろ? だから、縁結びなんて面倒だから嫌だって言ってんだ。……考えたらキリがねえ」

「それは、そうですね」


 九田は心底面倒くさそうに頭をかきながら言う。でもそうして面倒くさがるのは九田が彼なりにきちんと悩み、考えているからこそだとわかった。


「誰の縁を結んで誰の縁は結ばないとか考えるの、面倒で嫌になるだろ?」


 黙ってしまった琴音に、九田は苦笑いを浮かべて問う。ようやくわかったかとでも言いたげな表情に気づいて、琴音はあわてて首を振った。


(ここで頷いたら、九田さんのことを肯定する意味になっちゃうとこだった。そんなことしたら、クダギツネたちとの約束が果たせなくなる)


 琴音としては早くこの赤い糸が見える生活から解放されたいと思っているわけだから、九田のように縁結び反対派になるわけにはいかない。それだけでなく、九田に縁結びをいいものだと思ってもらわなくてはいけない。

 それに琴音はこんなふうに悩んでも、縁結びを嫌だとか悪いものだとは思いたくなかった。


「結ぶのが正解かどうかわかりませんけど、私は何かしてあげられたらいいなって思います。誰かを好きになったことを後悔してほしくないし、自分の気持ちを否定してほしくもないので」


 ウェルテルの絶望がわかると言った茶髪くんの背中を、琴音は押してあげたいと思った。付き合えるとか報われるとか、そういったことまではわからないけれど、せめて希望の灯くらいはともしてあげたい。


「……まあ、差別されるかもしれん自分の秘密を、ここの店の評判を聞いて我々に差し出してくれたんだ。そんな若者の気持ちを無下にはできんよなあ。わかった。今回のことは俺が何とかしよう。何とかなるかは知らんが、やれるだけやろう」


 琴音の気持ちが通じたのだろうか。九田は気怠さをさらににじませて言う。

 でも、何かする気になってくれただけで十分だ。無下にできないと言ってくれただけで。


「何とか、なるといいですね」


 ***


 九田があの茶髪くんのために一体どんな策を講じるのかと期待半分不安半分だったのだけれど、いざそれを目の当たりにすると、「よくその作戦でいけると思ったな」だった。


「え? 占い? 別にいいです」

「そう言わずに。厄がついていそうな人を見たらこうして声をかけて、その厄から逃れる方法を占ってるんだ。金はとらん。サービスだ」

「はぁ……」


 何を考えたのか、九田はあの男子高校生三人組が来店すると、眼鏡くんを捕まえて占いの押し売りを始めた。いつもカウンターの奥で置き物のごとくじっとしている店主がそばに寄ってきただけでも驚きなのに、おまけに占いを勧めてくるなんて不気味以外の何ものでもない。


「じゃあ、お願いします……」

「よし、わかった」


 占わせないと九田が自分たちのそばから離れないだろうとわかったからか、眼鏡くんはそう言って折れた。さすがは眼鏡くん、大人だ。

 高校生に気を遣わせた大人げない九田は、易占いに使う細い竹の棒をジャラジャラしながら、難しい顔をしてサイコロを振っている。


(あれ、古道具屋さんで見たよ。竹の棒はたぶん本物だけど、サイコロはボードゲーム用のでしょ。あんなのでうまくいくのかな……)


 琴音はハラハラしながら見守っていたけれど、高校生三人は真剣な顔で見守っている。


「ふむ……健康を害する、と出ているな。今ものすごく、怪我をしやすくなっているし、病気にもなりやすい。しかも一度身体を壊すと、ドミノ倒しのようによくないことが起こるな」

「え……どうしよう」


 九田が難しい顔をしてもっともらしいことを言えば、眼鏡くんは思いのほか深刻に受け止める。そこへすかさず九田は畳みかける。


「でも大丈夫! 君は見るからに孤独ではないからね。厄がついているときにひとりだと危ない。でも君は友達と一緒だからよかったな。健康な人から健康な運を少しずつもらって難をしのいでいれば、そのうち厄も抜けるはずだ。友達に手でもつないでてもらうといい」


 九田が話すのをよくわからない様子で聞いていた茶髪くんが、ふいに目を見開いた。そして琴音にちらっと目配せするから、同じく意味がわかった琴音はは頷き返した。


「手をつなぐなんて、子供じゃないんだし……」

「えー、いいじゃん。つなごうよ。そしたら、こけるのも防げるかもだし」

「だな。俺もつないでやるよ」


 茶髪くんがさりげなく、けれども精一杯の勇気を出して言ったことに、パーマくんもノリよく言い添える。本人にその気があったかはわからないものほ、ナイスアシストだ。


「えー……じゃあ、つないでもらおうかな。そういえば、タンスに小指ぶつけたりしてたんだよな」

「やばいじゃん。ほら、つなごうつなごう」


 ごくさりげない雰囲気で、茶髪くんは眼鏡くんの手を取った。その反対側の手を、パーマくんもつなぐ。


「これ俺、何にもできないじゃん。飲み物も飲めないし」


 そんなふうに文句を言いつつも、眼鏡くんも楽しそうにしていた。飲み物が来てからは、交互にどちらかの手を離し、カップを置くとまたつなぐというふうに工夫までして。

 そして結局、何だかんだ言いながら手をつないだまま店を出ていった。


「手をつなげただけでも、よかったですよね」


 嬉しそうに帰っていった茶髪くんのことを思って、琴音は言った。ちょうどお客さんが引けた時間で片づけに追われぐったりしていたけれど、その表情は満たされている。


「つなげただけでもって言うがな、これもある種、縁がなけりゃできないことだ。……あとは本人の頑張りと運みたいなもん次第だろ」


 いんちき占い師九田は、どうでもいいことのように言う。でも琴音は、九田もちょっぴり嬉しそうにしていることに気づいている。


「九田さん、縁結びっていいなって思いません? やり方次第ですけど、これって人を幸せにする仕事だと思うんですけど」


 期待を込めて尋ねるも、九田は目を閉じて何も言わなかった。

 そんな九田の右手の周りで、クダギツネたちはまたこじれた糸を解こうとしていたけれど、なかなかうまくはいかないようだった。

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