黄昏の中で
「ふー、ひどい目にあった……」
カンナは苦笑いしながら通りを歩いています。
あの後、お風呂を勝手にすっぽかしたことに怒ったメイドに捕まり、湯殿に放り込まれると、犬や猫を洗うがごとく、わしゃわしゃと泡まみれにされていたのです。おかげでカンナの金髪は元の美しさを取り戻していたのですが、
「むぅ、あんなに押さえつけなくたって……」
と口を尖らせるうちに、カンナは村役場の前まで来ていました。前庭にはちょっとした花壇があり、一人の少女がしゃがみこんで手入れをしているのが見えます。
その藍色の綺麗な髪には見覚えがあります。
「素敵な花壇だね」
とカンナが声をかけると、レミは切れ長の美しい瞳をわずかに見開いて振り返りましたが、小さく会釈をしただけで、再び花壇に向き直ります。
カンナは構わずにレミの隣に座って花壇を眺めます。
「ヴィオラかぁ。ん~オレンジも青色も綺麗に色が出てるねぇ。この色合い、ライラの花園でも見たなぁ」
そう言いながら、レミの様子を伺います。抜けるように白いその頬はわずかに紅潮しているようにも見えます。
「ねぇ、ヴィオラの花言葉は知ってる?『誠実』『信頼』……『真実に光を当てる』というのもあるね」
レミは一瞬身をビクっと震わせると、急いで立ち上がり去ろうとします。カンナは慌てて、レミの前に回り、跪きました。
「待って!力を貸してほしいんだ!君の親友のために」
「……!」
緊張した様子でじっと見つめてくるレミに、カンナは少しだけ頬を緩めて
「難しいことじゃないよ。何人かお友達に声をかけてもらえないかな?」
お昼過ぎ。
カンナが大八車に荷を乗せて小さな花園にやってくると、既に幾つかの人影が草木の隙間から覗いています。車輪の音を聞きつけて、ライラが道路に出てきました。
「カンナさん!」
「よーっす!やってるね~」
カンナは梶棒を置くと、車から袋をいくつか下ろしました。袋の表には肥料と書いてあります。
「ちょっと花屋さんに寄ってきたんだぁ。これだけあれば、庭全体に撒けると思うよ」
「ありがとうございます!……あの、でもお代が」
「あぁ、大丈夫大丈夫。ライラのことを話したらお金はいいよ、って言ってもらえたんだ」
ライラは大きく息を呑んで、深く頭を下げました。
「本当に……ありがとうございます」
ライラは顔を上げると、花園のほうを見ました。
「レミちゃんにも、こんなにお友達を呼んでもらえて……本当に私、幸せ者です」
幾人かの少女の中に、レミの姿も見えます。真剣な表情で寄せ植えの手入れに取り組んでいます。
「レミちゃんは、今までも仕事の合間に来てくれてたんですけど、これから私も忙しくなってこられない時もあるから、って」
「そっか」
「カンナさんも、すみません。お忙しい中に来ていただいて」
「気にしない気にしない!というか、ボクの用事はここに来るついでに済ませてあるから」
実際、花屋さんに寄る前に、計画に必要な『種』集めはやっていたのです。
「よぉし、今日はとことん土いじりっ!」
と、カンナが気勢を上げます。
「「おーっ!」」
二人は声を合わせると、袋を持って花園へと入りました。
それからは陽が傾くまで、少女たちは草花の手入れに勤しみました。カンナも少女たちにできうる限りのアドバイスをしていきます。時折、ライラの楽しそうな笑い声が聞こえました。レミたちと触れ合い、一緒に汗を流している姿をカンナは眩しそうに見つめました。
「みんな、ありがとうね~!」
夕陽が辺りを真っ赤に染める中、ライラが大きく手を振ると、レミたちも笑顔で手を振り返して帰っていきました。
「あの感じなら、これから花壇も任せても大丈夫だね」
「はい!……あの、カンナさん。今夜はウチに泊まっていってもらえませんか?今日のお礼をさせていただきたくて」
「ホント!じゃあお言葉に甘えちゃおうかな~」
カンナはそう言って横目で向こうの建物の影を見ます。二つあるうちの一つの影が動くのが見えました。村長からカンナの動きを伝えるように言われているのでしょう、今日はライラの家に行くことは、あの見張り役が伝えてくれるはずです。カンナがライラの家へと歩き出そうとすると、
「あ、その前に寄りたいところがあるんです」
とライラは言いました。
村はずれの小山を二人と一羽は上っていきます。
道すがら、ライラが声をかけてきます。
「今日は本当にありがとうございました。私、ずっとお世話になりっぱなしで。どうしてそんなに優しくしてくださるのかなって……」
「も~、気にしないの。……ボクにとっては、妹が一人増えたようなものだから」
カンナはそう言って肩に留まったレイを撫でています。
「妹?」
「そうだよ」
「ん~、どっちかというと、カンナさんは妹っぽいような」
「え」
「だって、私より小っちゃいですし、いつもだらしない恰好してるからなんだか―」
「な、なぁにぉー!」
カンナがおどけて拳を振り上げて追いかけようとすると、
「きゃあ!」
ライラも笑って坂道を逃げます。アハハハと二人で笑いながら駆け上がると、そこはもう頂上でした。
「わぁ……」
カンナは思わず歓声を上げました。夕陽に照らされた村の光景が目の前に飛び込んできたからです。祭壇の丘からの景色も素敵でしたが、ここはそれ以上です。パッチワークの畑も、ミニチュアのような赤屋根も、そしてはるか彼方を蛇行していく大河も、すべてがオレンジに染まっています。
「良いでしょう、私のお気に入りの場所なんです」
散歩道の一部だったのでしょうか、今でも残っている石のベンチにライラは腰かけます。
「最後に、ここからの風景を目に焼き付けておきたくて……」
ライラの大きな瞳に、夕映えの光が写り、琥珀のように輝いています。
カンナはしばらく黙って立っていましたが、小さく息を吐くと「ねぇ」とライラに話しかけました。
「ライラは、本当にこれで良かったと思う?」
「え?」
「このまま……目を逸らしたままでいいと思うの?」
少し短めですみません、今夜、追加投稿いたします。




