冷たい朝
7月26日 なろう運営様よりご指摘がありましたので、性的描写部分について削除した改稿を行いました。
ここは、夢の中。
十年前で止まったままの時の檻の中。
カンナは家の戸口の前でへたり込んだまま凍りついています。
村じゅうの家は炎に包まれ、あちこちから叫び声とも悲鳴とも分からぬ声が上がっています。
けれど、今のカンナの目と耳には、いかな地獄絵図も届いていません。彼女はただ、目の前で起こった光景にくぎ付けになっていました。
足元には一人の男がうつ伏せに倒れこんでいます。大柄の体を包む白いローブにはフォルラ教のシンボルが描かれています。そしてそのローブにも、今しがた男がカンナに振り下ろそうとしていた鉄球付きの杖にも、真っ赤な血がついています。
愛する両親の血です。二人とも男の傍らに折り重なるように倒れ、その頭は鮮血に染まっています。少し離れたところには、妹のレイが転がっています。小さな体は振るわれた杖で吹き飛ばされてしまったのです。
カンナもまた、そうなる運命にありました。ほんの数秒前までは。
しかし凶行に及ぼうとする男の頭上に突如白い雷が落ち、剃髪された頭頂部はザクロのように砕けました。悲鳴を上げて後ずさったカンナの前に巨体はくずおれました。
倒れていく骸の向こうに、一人の男性がいました。
彼は黒い修道服に身を包み、錫杖を前方に掲げています。その胸元にもまた、フォルラのシンボルが白く染め抜かれています。
男性は、カンナを一瞥すると後ろに従っていた者たちに二言三言告げると、踵を返して帰っていきます。従者の一人は、レイのもとに歩み寄り彼女を抱えると、男性の後に従って去っていこうとします。
カンナはハッと我に返って
「待って、レイを連れて行かないで!」
と叫び、男たちのもとに駆け寄ろうとします。しかし途中で、転がる死骸に足を取られて転んでしまいました。
「あぅぅ……」
足をくじいてしまったのか、起き上がれないでいると、大きな手が目の前に差し出されました。
顔を上げると、先ほどの男性です。眼鏡の向こうから大きな目が見つめてきます。
「悪いけど、連れて行かないと治療もできないからね」
少し口元を綻ばせて男性はそう言いました。
「まぁ、かなりひどい状態だからね。あの体のまま命を取り留めるかは分からないが……」
「え?」
よく分からない、という顔のカンナを男性は助け起こして言いました。
「君も来るといい。まずは足を治さないとな」
その時、カンナは彼の体からは花の香りがしたように感じました。
***
翌朝。
「ふぁあ、あふ」
欠伸をしながら、階段を下りていると、
「おはようございます、カンナ様」
とメイドの女性に声を掛けられました。
「おはようごあいまふ」。
相変わらずぼさぼさの頭を撫でながら、カンナは不明瞭な挨拶を返します。草花の屑がついた髪は相変わらずです。
女性は、はぁ、とため息をついて、
「ご朝食の前に、まずは湯あみでもしてください。今沸かしますから」
と言いました。
「えへへ、ありがとうございます」
「全く……せっかくの美人が台無しですよ」
そう言って女性は湯殿へと歩いていきました。
結局昨晩は、日付をかなり超える時刻まで作業をしていました。
計画に使う「薬」の調合をしていたのです。
「まぁ、『薬』のほうはなんとか間に合うかな。あとは、『種』か……」
そう独り言を言っていると、目の端に、二つの人影が写りました。
「あれは、村長と、……レミちゃん?」
二人は家の裏山へと連れ立って歩いていくようです。
「ん~……」
二人の関係については大方想像はついていますが、
(ここはやはり確かめるべきか……)
カンナは少し迷いましたが、
「メイドさん、ごめん」
と心の中で詫びて、二人を追うことにしました。
結果から言えば、カンナは見なければよかったと後悔しました。
そこにあったのは、村長に屈服させられ、性的奉仕をさせられるレミの姿でした。
カンナはそっとその場を立ち去りました。その顔は能面のように静かでした。
あたかも、初めてカンナが見たレミのように。
肩に止まったレイが囀ると、ほんの少し口元を緩めました。
「あぁ、わかっているよ。しっかりと屑男を料理してやらないとね」
所変わって。
ここは、救民軍のいる集落。
その町の入り口に今、一人の少年が姿を現しました。
息も絶え絶えになりながら、トーマは通りの表示板にもたれ掛りました。
「はぁはぁ、やっと……たどり着いたぞ」
一晩中馬を飛ばしてすっかり足腰に痛みが来ています。どこかに茂みに隠れていたのでしょうか、服は破れ、体のあちこちに切り傷ができています。
それでも、少年は
「ふふ、ふふふふふっ……」
狂気すら感じる笑い声を上げていました。
(ここにいる。きっといるはずだ、『奴ら』が)
疲労からか、けいれんを起こしかけている足をびしっとひっぱたくと、トーマは拳を握りしめました。
(必ず、見つけて連れていくんだ。俺の村に!)
そしてふらふらと立ち上がると、町の中心へと歩いていきました。
(そして、あのバカげた祭りを止めてやる!)




