二つの策謀
本当に遅くなりました、すみません。
トーマの前に現れたのは、クローニ神父でした。
「……どうして先生がここに」
クローニは少しほっとしたような表情で、そっと自分の唇に指をあてて(静かに)という仕草をしました。
「うまく見張りの目をかいくぐることができました」
そう言って、脇の柱に掛けられている鍵の束を手に取ります。
「裏手のドアが開いていますから、そこから出てください」
神父が錠を外し、扉を開けると、トーマは神父の胸倉を掴みました。
「先生は、あいつのことを知ってたのか!」
ただならぬ気迫をぶつけられて、さすがの神父も少し顔を強張らせます。それでも少し息を吐くと、
「……すみません、黙っていて。ただ、ライラを復活させたのは村の意向ですし、野花屋も、上から派遣してくるものを私がどうこうできるわけではありませんから」
と弁解しました。少年は神父を解放すると、何も言わずに歩き出そうとします。
「あ、どこに行くんです?念のため言っておきますけど、今更、カンナさんに危害を加えたところでどうにもなりませんよ」
ピタリと足を止めたトーマに、神父は静かに歩み寄ります。
「祭りを止めたければ、あなた一人では敵わない。何か手があるのですか?」
「そんなの関係ねぇよ、俺一人でもやってやる!」
そう吐き捨てて再び歩き出そうとしたトーマに、
「お待ちなさい!」
いつもにない神父の鋭い声が少年をその場に縫い付けます。神父は前に回り込み、
「……これを」
そう言って一枚の紙と一通の手紙とをトーマに差し出しました。
「?」
紙を開いてみると、それは幾本かの道と集落を描いた、簡易な地図でした。端のところの集落には〇で印があります。
「その集落に今、フォルラの“救民軍”が来ています」
救民軍。それは、各地を回り人々を教化する宣教師たちを、警護するために創られた組織です。その他にも、フォルラ教区内の巡回警備や、時には正規軍とともに魔物の退治などに携わることもあります。
「まぁ、1個小隊規模ですが。その救民軍に、この手紙を渡してください。この村で乙女を生贄に捧げる邪教の祭りをしている、と伝えれば飛んできて鎮撫してくれますよ」
「……あの魔女も、フォルラ教会が寄こしたんだろ?同じフォルラの人間が干渉できるもんなのか?」
トーマが疑問を投げかけると、神父は少し笑いました。
「別に、フォルラとて一枚岩ではありませんよ。それに、フォルラの名を邪法使いが汚すことを良しとしない者は大勢います。彼らもそうです。必ず、ノレグの祭司どもも、……あの女も平らげてくれますよ」
少年はまじまじと神父の顔を見ました。普段の様子からして、組織に盾突くような真似は絶対にしそうにはないのに。けれど、神父はいつものように穏やかな微笑みを浮かべています。
「ライラが“神託”を受けて以来、あなたが彼女を救うために奔走してきたのは分かっています。教会にも来て、何か手立てはないか一生懸命勉強していましたからね。私も微力ながらお手伝いしたいのですよ」
そう言われて、トーマは小さく頷きました。
「……わかった、ありがとう」
そう言って、出口に向かって歩き出します。
「教会の裏手に馬を用意しています。それに乗れば、1日足らずで救民軍の下に行けますよ!」
少年は振り返らずに手を振ると、裏口から外へと駆け出していきました。
そのころ、カンナはライラの家を訪ねていました。
「あら、カンナさん、こんばんは。……フフッ、素敵な恰好をしていらっしゃるわね」
出迎えたリムラは、少し驚いた顔をした後に、クスッと笑いました。
ボサボサ、鳥の巣髪のままのカンナは頭を掻きます。
「すみません、こんな身なりでお邪魔しちゃって。ちょっと、調べたいことがあったものですから」
「調べたいこと?」
「はい。あの、神父からライラについてのお話は聞きました。お二人とも、お辛い思いをされましたね……」
リムラは微笑んだまま、小さな頷きを返しました。娘を慰み物にした者たちを徹底的に懲らしめてやりたいと、ことによっては殺してやりたいと、きっと思っているだろうに、彼女は娘のために沈黙を守っていくことを決意しているのです。
今の祭りでお役目をしっかりと果たせば、娘の名誉は挽回され、彼女の魂は平穏の下に天に導かれるだろうとそう信じているのです。
「ボクが、奴らの罪を明かすことができるかもしれません」
カンナがそう言うと、リムラは大きく目を見開き、けれど次には目を伏せて首を振りました。
「お願いします、そのための証拠を手に入れることができるかもしれないんです!」
そう言って、カンナは採集カバンの中から、先ほどライラの花園で見つけた花を取り出しました。
「それは?」
「これが、奴らに復讐するためのカギです」
カンナは最初の晩と同じく、ライラの寝台の前にいました。
そこには、未だ巨大な青いバラが咲き誇っていました。
床を這いうねる黒いイバラを器用にかいくぐり、カンナは青いバラの「根元」にたどり着きました。
そこにあったのは、黒い土。
全部合わせれば、人ひとりくらいの重さのある土。
これは、ライラの遺骸、だったものです。
その土の山の中心から、一掴みの土を取り出し、小瓶の中に入れます。
「よし」
蓋を閉めて丁寧に懐にしまうと、カンナはリムラに丁寧にお礼を言って家を出ました。
そこに、チチチと聞き覚えのある声が降ってきました。
「レイ、おかえり!フフッ、ちゃんと神父のところでいい子にしてた?」
小鳥を指に留まらせて顔に近づけると、愛おしそうに頬を寄せてきます。
もう日は暮れかかり、道には長い影が伸びています。
「さぁ、戻ろうか」
村長の家に戻る途中、広場の近くを通ると、なんだか騒がしくなっていました。
「何が起きたんだろう?」
カンナが首を傾げていると、
「カンナ様―っ!」
と呼ぶ声とともに二人の男がかけてきました。村長のところの使用人です。
息を切らせながら一人の男が
「あぁ、カンナ様!大変です、今朝がたあなた様を襲ったやつが、脱走したんですよ!」
と言いました。
「脱走?」
「はい、自警団の詰め所の牢に入れておいたんですが、誰かが手引きして逃がしたようでして。村じゅうを今探し回らせてる最中です」
「きっと、またやってくるでしょう。旦那様からは、早くカンナ様にもお戻りいただくようにとのことです」
もう一人の男がそう言います。
「分かりました。お気遣いありがとうございます」
(ここまでは、手はず通り……)
そう思いながら、カンナはちらりと教会の方に目を遣ると、二人とともに道を急ぎました。
村長邸での夕食後。
カンナは自室で、荷をほどきました。
大きな行李には、油紙にくるまれた大きな包みが入っています。
その包みを開けると、細かく詰められた綿の塊の中に、ガラスの容器が埋もれています。カンナはそれを一つ一つ取り出すと、床の上に丁寧に置きました。
ビーカーに、フラスコ。乳鉢、薬さじ、坩堝にランプ。
傷や汚れがないことを確かめると、真剣な表情でそれらを並べていきます。
その傍らには、昼間採集した草花の種。
そして、ライラの家からとってきた土。
「さて、長い夜になりそうだな……」
そう呟いたカンナを、小鳥のレイだけが、見守っています。




