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追憶の風笛(かざぶえ)

少し、投稿が遅くなりました。すみません。

 村の広場へと行くと、昨日よりも活気に満ち始めていました。

 二日後に向けて祭りの準備が始まったのです。木材をはじめ様々な資材を乗せた荷車が広場を横切り、通りのあちこちで飾り付けが行われています。広場の中心では、数十人の男女が一糸乱れぬ動きで舞っています。祭りに奉納される踊りの練習でしょうか。皆真剣な表情で汗を流しています。

 広場の一角には、ノレグ神を奉った神殿がありました。黒い石で造られた壁や屋根が周囲を威圧するような雰囲気を放っています。それに村の集会場が隣接しています。

 そこを通り過ぎて、少し小高くなったところに村長の家はありました。

 大きな門構えをくぐると、広い敷地には幾つも倉庫が並んでいます。正面の屋敷のつくりも見事で、(おそらく魔よけのために)屋根に据えられた神獣の焼き物がこちらを見降ろしています。

「素敵なお家ですね」

「ハハ、だいぶ古くなっておりますがね」

 屋敷の中では、村の助役やノレグ神の祭司長など村の要職が集まっていて、カンナはここでも惜しみない賞賛を送られました。出された昼食も豪勢で、カンナはお腹一杯になるまでご馳走になったのです。

 その後、カンナは広場に戻り、神殿の中を祭司長に案内してもらいました。

 入り口をくぐって、まず目に入るのは、色鮮やかなレリーフです。ノレグ神に関する伝承や神話が分かりやすく描かれている、というもののようです。

 彼がもたらした恵みや奇跡について刻まれたものの中に、カンナは奇妙な箇所を見つけました。幾人もの人間が、天を仰いだり、地に伏せたりしています。彼らは一様に口を開け、その体には何本も黒色の筋が描かれています。

「これは?」

とカンナが尋ねると、祭司長は

「あぁ、これはノレグ様の怒りに触れて罰を受けたものの姿ですよ」

と答えました。

「神の教えに背いたもの、神を欺こうとしたものたちは、怒りの「気」に触れて体中の血が黒く染まり、このように身悶え叫びながら死んでいく、と伝えられているのです」

「……」

 カンナはじっと黙ってそのレリーフを見つめています。

「いかがなさいましたか?」

と祭司長が聞きますと、カンナは再び質問しました。

「この言い伝えは、村の皆さんもよくご存じなんですよね?」

 すると、祭司長は若干胸を張って誇らしげに答えました。

「えぇ、もちろん。皆、このレリーフを元に教えを学びますし、このあたりの昔話にも出てくる話ですからね」

「そうですか、お教えいただきありがとうございます」

 カンナが感謝を述べたところに、一人の祭司がやってきました。

「祭司長、カンナ様!ご用意ができましたので」

 ご用意というのは、昨日神父が話していた会議(ノレグを(たお)す計画についての打ち合わせ)が用意できたということです。二人は隣にある集会場に向かうことにしました。

 その道中、カンナは心の内でほくそ笑んでいました。

(あのレリーフ、良いヒントがもらえたぞ。もしかしたら、ライラが自殺じゃないとみんなに“示す”ことができるかもしれない)


 集会場の会議室へと通されたカンナは、一同をぐるりと見渡しました。ロの字に組まれた机の前にはメリスナルと同じほどの年齢の男性が十数人座っています。

「お待ちしていましたよ。さぁどうぞこちらへ」

 村長の招きに応じて、カンナは上座の一角に腰を下ろします。

「これで全員揃ったか」

と助役が聞きますが、

「いえ、まだフォルラ教の方がお見えになっていません」

「体調が悪いのだろうか?」

「フン、今になって恐ろしくなったのだろう、放っておけ」

集まった面々は好き勝手なことを言っています。

 カンナは笑いをこらえるのに必死でした。自分たちこそは、当初、仕えている神を殺すと上層部に言われて、災いや祟りを恐れていただろうに。

(それが今になってこれほど強気になっている……)

 それは、ひとえにカンナの存在が大きいのでしょう。死人を蘇らせる「奇跡」の力の持ち主がいれば、きっとノレグを斃せる、そう信じているのです。

「まぁいい。時間も惜しい。さっさと始めよう」

との村長の言葉で、会議は始まりました。勿論、クローニ神父は恐ろしくなった訳でも逃げた訳でもありません。カンナと示し合わせて別行動をしているだけです。いつもカンナと一緒にいるレイも、今は神父のところにいるはずです。この場にいる人間の中で、カンナだけが神父の行き先と目的を知っていますが、彼らに話す義理は全くありません。

 カンナがフォルラ教の関係者と知っている者もいませんし、当然誰かがカンナに尋ねるようなこともありませんでしたから、しっかり黙っていました。

 まず、カンナは自己紹介と自分の能力を説明を行いました。

「皆様、お初にお目にかかります、カンナと申します。ではまず、私が持っている能力についてご説明します。一つには、ライラ・トレイアを復活させた蘇生術「換魂術」です。そして、もう一つは、植物に生命力を吹き込み、操る能力です」

 カンナはそう言うと、手元にあった花瓶を右手で包みました。

 途端に中に入っているスイセンが倍以上の大きさになり、パッとつぼみが開くと、おぉ、とどよめきの声が上がります。

 二つの能力に共通するのは、植物の存在です。

 人の寿命から「花」を生み出し、その中に人を生れさせる能力。

 花に、カンナ自身の生命エネルギーを送り、自分の手足のように操る能力。

 祭りの当日、巫女を食らうために顕現する魔獣ノレグを捕縛するためには、後者の能力が必要になってきます。

 期待の視線が集まり、見えない圧力が自分にかかるのをカンナは感じます。唇を湿らせると、彼女は自らの能力に基づいた作戦を席上で述べはじめました。

 

***


 会議が終わり、カンナは村長の家に戻ってきました。

「はぁ~、疲れた~」

 用意された部屋に入り、ベッドに体を投げ出します。猛烈な眠気が襲い、ウトウトし始めたころ、微かに窓ガラスをコツコツと突く音がしました。

「レイだ!」

 急いで窓を開けると、相棒が風のように舞い込んできました。

「おかえり、レイ」

 小鳥の足には、小さな箱が括り付けられています。カンナはそれを器用に取り外すと、箱の中身を取り出しました。それは小さく小さく折りたたまれた紙でした。

 慎重に広げると、それはクローニ神父からの手紙でした。

 村の中では、いたるところに監視の目があり、密談なんてとてもできません。ですから、神父とは今後、レイに伝書役になってもらい、手紙をやりとりすることにしたのです。


「ライラの死の真相について、話を聞くことができましたので、ご報告いたします」

 そう始まる手紙を、カンナは一通り読み終えると、小さくため息をつきました。

 今日、神父夫妻は、ライラの母・リムラのもとを密かに訪ね、リムラが昨晩、直接娘から聞いた話を語ってもらったのです。

 なぜ、死に至る薬を飲んだのか。

 その夜までに、一体何があったのか。


 大方は、カンナと、彼女の上司であるヴァルクトン司祭の予想していた通りでした。

 そこに書かれていたのは、ライラが村長たちから暴行を受けていたという事実でした。

 そして、それでも誇りを失わず、責務から逃げることなく、巫女の務めを果たそうとしていたライラの姿でした。

 けれど、それを証明する証拠はありません。

 今のまま、ライラたちが真実を告発しても、相手は村一番の有力者。またあらぬ噂を流されて、さらに追い込まれてしまうだけです。

 カンナはふぅーっと息を吐いて手紙を丸めると、レイを掌の上に乗せました。

「ねぇ、レイ。さっき、村のお偉いさんが集まる会議でさ、ボク、ずっと疑問に思ってたことを聞いてみたんだ。『ノレグを斃した後、あなた方は何を神様と崇めるのですか?』って。だって、そうでしょ?今までいた神様を失くしたら、祭司の人たちは仕事がなくなっちゃうんだよ?そしたらさぁ、あのオヤジども、なんて言ったと思う?」

 ククッとカンナは喉で笑うと、

「これからは、あなた様を女神として崇めます!だって!」

 カンナは、堪えきれずに、ププーッと吹き出します。

「そのうえ、もう、ボクの姿の塑像まで作ってあるんだよ!いやぁ、びっくりしたのなんのって!そのあとも恐縮するフリやら、感激するフリをして本当忙しかったんだから~」

 アハハハハッとカンナは片手でお腹を抱えるようにして笑っていましたが、そのうち、笑い声は小さくなり、やがて肩を震わせて(うずくま)ってしまいました。

「ハハ……ごめん、やっぱ無理」

 カンナは自分自身を抱くようにして俯き、荒い呼吸を繰り返します。

 レイは、カンナを労わるように彼女の膝に留まっています。


 会議の後、カンナはこっそりと別室で行われた村長や助役たちの会話を聞いていました。

「あんな小娘に任せて本当に大丈夫なのか?」

と尋ねる助役に、村長はフンと鼻で笑いました。

「なぁに、上手くいかないとなれば、ライラもあの娘も一緒にノレグの口へ放り込むまでよ」


 会議室でカンナの全身に注がれていたぎらついた視線。

 舌なめずりでもしそうなやつらの顔。

(ボクらが魔物にかみ砕かれて末期の悲鳴を上げるさまでも想像しているのか)

 恐怖と憤りで歯の根が合わない。

「……下種(げす)め」

 ようやく、唇の端から、男たちへの罵倒の言葉を絞り出し、カンナは幾度か深呼吸をしました。

「へへっ、ありがとう、レイ。いつも傍にいてくれて。ボクは……私は、大丈夫」

 ライラは、ずっと耐えていたんだ。小さな体でずっと、一人で戦っていたんだ。

 だから、自分が弱音を吐くわけにはいかない。

 カンナは、懐から小さな笛を取り出しました。

 そして、そっと唇を当てて吹き始めます。

 それは、カンナとレイの故郷に伝わる曲でした。

 「二人」の元気がないときに、母がよく吹いてくれた曲です。

 長く尾を引くような旋律が、部屋の中に広がります。

 目を閉じて演奏するカンナをレイはじっと見つめています。

 やがて、演奏が終わると、レイはカンナの首元に留まり、彼女に頬をすりつけました。

 カンナにはいつも通りの笑顔が戻っていました。

「ふふっ、ご清聴、ありがとうございますっ!」

 それからカンナは、神父宛の手紙を書きました。


『明日は祭りの予行を行ってノレグ殲滅戦の手順を確認します。こちらも順調に進んでいます。ライラの名誉回復については、私に一計があります。どうかお任せを』


 手紙を丁寧に畳んでレイに持たせて飛び立たせると、カンナも出かける用意に入りました。

「さぁて、魔物ちゃんの顔でも見に行って来ますかね!」


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