少年の咆哮
勝手に生贄をあてがっておいて、ご利益がなくなってきたとみれば厄介払いしようとする。
「神」のほうからすれば、ずいぶん迷惑な話です。
しかし、村のほうもわざわざ若い命を捧げるのですから、無駄なことはしたくないという気持ちも分かります。
(ま、ボクだってかわゆいコは好きだしね。魔物にくれてやるなんてもったいないもんなぁ~)
などとカンナが不埒なことを考えていると、頭に留まったレイが容赦なくおでこをつっつきました。
「いたっ!痛いよレイ、冗談、冗談だってばぁ!」
小鳥と戯れる少女を、一瞬気の毒そうな目で見ていた村長でしたが、小さく咳ばらいをすると、カンナに少し寄って低く囁きました。
「それにしても、少しお恨み申し上げますぞ、カンナ様。村に立ち寄られたら真っすぐに私の所に来ていただきますよう前もってお話もしておりましたのに」
「あぁ、それはすみませんでした。昨日は少し体調を崩してしまいまして、フォルラ教の教会に運び込まれてしまったんです。神父ご夫妻が気にかけてくださるものですから、なかなか立ち去り難くて……本当に申し訳ありませんでした」
カンナが深々とお辞儀をすると、村長は笑って手を振りました。
「いえいえ、責めているわけではございませんので。……ただ、クローニ殿も暮らし向きが良い方ではありませんからねぇ。あまり彼に負担をかけるのもどうかと思いましてね」
カンナは愛想笑いをしながら、教会の様子を思い出していました。村の端にひっそりと建つそれは、一応フォルラのシンボル(星と涙滴を組み合わせたもの)を尖塔の先に掲げている以外は掘立小屋同然でした。近所の人以外に信者などおらず、したがってお布施など無きに等しく、神父夫妻の生計を支えているのは、教会管区支部からのわずかな給金と、裏庭で育てている作物だけです。昨日、カンナのために割ってくれたカボチャだって貴重なものなのです。
村長が彼の暮らし向きを気に掛けるというのなら、今回のノレグ打倒計画にかかった経費をノレグの祭司たちとクローニ神父で等分させるというのは、何なのでしょう。
カンナとて、殊更にフォルラ教の肩を持つわけではありません。ただ、村長の言葉には偽善性と、神父への侮りを感じずにはいられなかったのです。
「なるほど、村長の寛大なお心遣い、きっと神父様もお分かりになるでしょう」
多少皮肉っぽく聞こえるように言ったカンナですが、村長は理解していたでしょうか、にっこりと笑って鷹揚に頷くだけでした。
村長との会話にも飽きてきたカンナは、ずっと黙ったままの少女、レミに目を向けました。彼女は一言も言葉を発することなく、じっと前を見て歩みを進めています。ライラが憧れる通り、その横顔は凛として美しく大人びた光を纏っています。話しかけてみようかとぼんやり考えたところで、
「カンナさまーっ!!」
出し抜けに聞こえた大声に、カンナはドキッとしました。
目を遣ると、数人の男女がこちらに手を振っているのが見えました。いつの間にか、集落の中心に近づいていたようで、そこかしこに三々五々と集まった村人たちがいます。皆笑顔でカンナを見つめ、中には拝んでいる人もいます。
「カンナ様のことは、前から村人たちにも話していたのです。『ライラを生き返らせてくれる方がおられる』と。皆、あなた様に感謝しているのですよ」
「……まいったにゃぁ」
カンナははにかんで頭を掻きました。今までも勿論、換魂術で蘇らせれば周囲は気づきますから、人々に驚かれることは多々ありました。けれど、ここまで大事になっているとは……。賞賛を浴びて悪い気持ちはしませんが、逆に不気味に思う人がいてもおかしくはありません。
「無論、最初は不気味に思い、不審に感じる者も多くおったようです」
と村長は語ります。けれど今朝、じっさいに生き返ったライラの声を聞き、直に触れ合うことで復活を信じることができた、とのことでした。
そもそも、明るく気立てが良い彼女は多くの村人から愛され、その死を惜しまれていたようです。たとえ三日の命だったとしても、彼女が戻ってきたことはおおむね歓迎されている、と感じ、警戒を解こうとしたそのとき、
カンナは傍の草むらから殺気が立ち上ったことに気づき、さっとその場から飛び退きました。その瞬間、
「やぁあああ!」
黒い塊がそこから飛び出し、ぎらっとした牙のようなものが空間を薙ぎました。
「なっ、くそぉ!」
着地して、第二撃を放とうとした曲者を
「こいつ!」
「大人しくしろ!」
護衛役が駆けつけて取り押さえます。
さすまたの下でもがいているのは、昨日カンナを助けてくれた少年でした。
「君は!」
村長とレミを庇うように立ちはだかったカンナは驚きの声を上げました。
「トーマのことを知っているのですか?」
そう尋ねる村長に、
「えぇ、この子は―」
「くそぅ、裏切者、恩知らず!よくもライラをぉ!」
トーマは獣のように唸りながら、上半身を起こして、なおも食って掛かろうとします。
「……この子は昨日、行き倒れていたボクを村まで運んでくれた恩人なんです」
「助けるんじゃなかった、てめぇが薄汚い魔女だとわかってりゃよぉ!」
「トーマ!村のために来てくださった方になんてこと!」
「村のためだぁ?ふざけんじゃねぇ、バカ祭司が自分の娘を生贄に取られたくないからやったことだろうが。なぁ!?」
そう言って、トーマはレミをギラリと睨みます。
レミは瞳を伏せたまま、何も言いません。その瞳からは恐怖も悲しみも侮蔑も、どんな感情も読み取れません。
「大人しくてめぇが喰われればいいんだ。わざわざライラを墓から掘り起こして、もう一度苦しませるような真似、俺は絶対に許さねぇぞ!」
カンナはトーマの前にしゃがみ込みました。
「経緯はどうあれ、今ライラは自分の使命を果たそうとしている。尊い心で、村のためにその身と魂を捧げることを誇りとしているんだ。そのことは理解してくれないか?」
そういうと、トーマは心底軽蔑するように口元を歪めました。
「あいつが本心でそう思ってるってのか?よそ者が知った風なこと言うな!」
「……」
「ライラは一カ月前に自殺したんだ。生贄になることを嫌がって、薬を飲んで死んだ。ここにいる連中ならみんな知ってることだ」
トーマがそういって周囲をねめつけると、皆押し黙ってしまいました。
「ライラを化け物なんかに食わせやしねぇ!絶対に俺が守って―ぐっ!」
警護役がみぞおちに強烈な蹴りをお見舞いすると、トーマはうっと息を詰めてその場に転がりました。
やがてやってきた自警団によって、トーマは引っ立てられていきました。
「誠に、誠に申し訳ありません!あの者に代わって不調法お詫び申し上げます」
九十度以上に頭を下げて詫びる村長に、
「本当に気になさらないでください。……あの子の気持ちも十分分かりますから」
そういって手を振ると、カンナは再び歩き始めます。村長も、村長と共に頭を下げていたレミも彼女に続きました。
カンナは、レミの表情をちらと伺いましたが、依然として彼女は無機質な仮面をかぶったままでした。
(……ライラは“自殺”したわけじゃないよ)
カンナは心の中で呟きます。ライラに事情を聴いたわけではありません。けれど、カンナの中には確信めいたものがありました。
(ただ、それをどう証明するか。それが問題なんだ)




