感謝と涙と
翌朝。
朧げな意識の中に、レイの囀る声が聞こえます。
それに加えて何やら外がざわざわと騒がしいようです。
「……レイか。う~ん、どうしたの?」
ぼんやりとした視界の中に嘴を動かし、ぱたぱたと小さな翼をはためかせる相棒の姿が映ります。
「え?ボクにお客さん?」
レイはコクコクと頷きます。すると、控えめなノックの音が耳に届きました。
「おはようございます、クローニです」
神父さまか……あれ?もうお昼なのかな?
「すみません、ライラが貴方にお礼を言いたいと―」
「ライラが?」
カンナは慌てて飛び起きます。どうでもいい用事なら狸寝入りでもしようかと思っていたカンナですが、ライラが来たとなれば話は別です。
「お邪魔します、カンナさん」
栗色の三つ編みが顔を覗かせました。
「あぁ、ライラ、おはよぉ~」
カンナがベッドの上に起き上がり鷹揚に手を振って応えると、ライラはちょっと困った顔で笑いました。
「ごめんなさい、お休みのところ」
「大丈夫だよ、いやぁ、換魂術を使った後はいつも寝坊助になっちゃってね、いい加減直さないといけないんだけど」
そういいながら手招きをすると、失礼します、と言ってライラが入ってきましたが、その後にぞろぞろと四人ほどくっついてやってきたのにはカンナも思わず身構えました。ライラの母親であるリムラ、クローニ神父は見知った顔ですが、後二人は初老の男性とライラと同じ年頃の少女。どちらも初めて見る人たちです。
「カンナ様、このたびはわたくしライラ・トレイアの蘇生にご尽力いただき誠にありがとうございます。頂戴したこの命、大切に使わせていただきます」
五人が一列に並ぶと、ライラはそう言って深々と頭を下げました。他の四人もそれに合わせて、少女の命の恩人に敬意と謝意を示します。
「これはご丁寧にどうも」
あぐらをかいていたカンナは慌てて膝を合わせて返礼します。ララの隣にいた初老の男性が一歩進み出て、膝をつきました。
「この村の村長を務めております、メリスナルと申します。私からも感謝申し上げます。ライラが還ってきてくれたことで私どもも大変助かりました。この子には祭りの巫女として一年間励んでもらっていましたから、死んだと聞いたときは本当に驚きましたし、悲しく思っておりました。ノレグ様のご神託により代役の巫女は選ばれていましたが、なにぶん日もないものですから修練も足りておらず、無事祭りを執り行えるかどうか難儀しておったところでして」
村長がそう言ったとき、その隣にいる少女の顔が一瞬曇ったのを、カンナは目の端で捉えていました。藍色がかかった美しい髪をした少女です。紅い唇を軽く結び微動だにせず、わずかに顔を伏せています。
「では、再びライラさんが祭りの巫女に選ばれたということですか?」
「はい。死によってお役目を外れた者が巫女となれるのかどうか、不安な部分もございましたが」
それを聞いて、カンナは胸の内で安堵の息をつきました。
換魂術は対象者の記憶も肉体も完全に復元することのできる技法ですから、三日だけとはいえ、生前と全く変わらぬ生活を送ることが可能です。しかし、巫女を復活させるというケースは今回が初めてでした。果たして換魂術で生き返ったものを相手が「供物」として許容するのかどうか、未知数の部分があったのです。
「そうですか。いえ、こちらこそお役に立てたようで何よりです。大切なお祭りのため、そして村の皆さんの安寧のためになれたのなら幸いです」
カンナはぼさぼさの髪を撫でつけながら答えました。
「それはもう。それでお礼と言ってはなんですが、本日は拙宅へカンナ様をお招きしたいと思いまして参ったのでございますが、いかがでしょうか?」
と、メリスナル村長が申し出でます。
「ご厚意ありがとうございます。謹んでお受けいたします。支度をいたしますので、お時間いただけますか?」
カンナが快諾すると、村長は微笑み頷きました。
「それは勿論。では、外でお待ちしております」
村長と連れの少女が出ていくと、ライラはほっと息を吐いて顔を綻ばせました。
「ふぅ、ちょっと緊張しました。なんだかこういう挨拶は慣れなくて」
「そう?ちゃんと出来てたと思うよ。ボクのほうこそ、こんな恰好でごめんね」
カンナが寝間着の裾を引っ張っておどけると、ライラはクスリと笑いました。
「申し訳ありません。本当なら私がお世話差し上げなければならないのですが、何一つおもてなしできることがなく……」
恐縮した様子で頭を下げるリムラに、
「いえ、お気遣いなく。お気持ちだけで十分ですよ」
カンナは優しい声で答えます。
「ところで、村長さんのお傍にいた女の子は……」
「あぁ、レミちゃんですわ。祭司様の娘で、村長の補佐をしているんです」
母親の説明にライラがうんうんと頷きます。
「すごいよねぇ。私とそんなに年は変わらないのに、ちゃんと村長さんに付いてお仕事してるんだもの」
憧れちゃうなぁ、と視線を遠くに投げるライラ。
「なるほど、あの子がね……」
そう言うと、カンナはライラに近づいて頭をそっと撫でました。
「でも、ライラだってこれから大事なお役目を務めるんだから、もっと胸を張っていいと思うよ」
その言葉に、ライラは振り返ってカンナを見上げました。少女の大きな瞳が潤むのを見て、カンナは「あ、ごめん」と謝ります。
故郷の平穏のためとはいえ、うら若き乙女なら、荒ぶる神の生贄となることに抵抗があるのは当然のことでしょう。けれどライラは笑顔を浮かべて、
「ううん、違うんです。そう言ってもらえて嬉しいの」
と言いました。
「私、ドジでマヌケだから、みんなに迷惑ばかりかけちゃって。それでも、こんな私でも役に立てることがあるって思えたら、なんだか……」
「ライラ……」
肩を震わせる娘を、母親も涙を流しながら抱きしめます。
(ドジか……なんだか、そこまで卑屈にならなくてもいいと思うけど。何か、よほどのことがあるのかな?)
カンナはそう思いましたが、何も言わずにそれを見守りました。
やがてライラは顔を上げ涙を拭うと、カンナの手を握りました。
「それじゃあ、祭事の準備があるので私も行ってきますね」
これから、彼女は村の北にある祭壇にいって、儀式について打ち合わせをするということでした。
「うん、行ってらっしゃい」
二人は改めてお辞儀をすると、宿の階段を下りていきました。
それを見送るカンナに、レイがチュチュンと支度を促します。
「よし、じゃあ、ささっと着替えていきますか!」
カンナと村長、レミは宿を出て、村長の家へと向かいます。三人の前後は村の警護役が護衛を務めてくれました。
道々、カンナは村長からいろいろな話を聞きました。
この地域には昔から、ノレグという土着神がいて、作物の豊穣と村の安寧を守護してもらっていること。そのことの対価として、この季節に彼を奉る祭りを開催していること。
そして、三年に一度の「大祭」では、村の中から神託によって少女が一人、巫女として選ばれ、ノレグに捧げられること。もしその「生贄」を拒めば、たちまち村に災いが降りかかるであろうこと……。
カンナはそれらを、フォルラ教団から与えられた情報と頭の中で照らし合わせながら聞いていました。
『とはいっても、最初から生贄を求められていたわけではないそうです。我々が調べた所、百年ほど前までは穏やかな気性の神であったと伝わっているようです』
頭の中に、クローニ神父の言葉がこだまします。
『ただ、その頃に大きな飢饉がありましてね。窮乏した村は祭神にどうか村を救ってほしいと懇願した。そのとき、村のほうから生贄を差し出すことを申し出た、ということなんです』
次の年、村は奇跡的な豊作を迎え、飢饉を脱することができました。それ以来、巫女を供物として捧げる風習が続いているのです。
(しかし、そのノレグの恵みの力も最近は弱まってきている……村の上層部は、表立ってこそ言わないが、このまま仕えるべきか、迷っている状態だったらしい……)
そこに、誰が聞いたか、不思議な力を持つ少女がいる、という話が流れ込んできます。そして、村は決意します。
その少女の力を借りて、ノレグを斃そうと。




