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旅立ち

「いててて……」

 戦いが終わると痛みが一気に襲ってきたのか、トーマが顔を(しか)めました。

「ごめん、ボクが至らないばかりに」

 カンナが息を整え体力を取り戻すまでの間、トーマが時間を稼いでくれたことにカンナは感謝しました。


 カンナはトーマに応急処置を施そうとします。トーマの右腕は依然としてライラの種から生まれた植物に覆われています。細かな毛に覆われた「根」が肩口から流れる血に沿って這っています。どうやら、トーマの血を養分としているようです。

 カンナが少し申し訳なさそうな顔をして

「う~ん、キミがいるとトーマの治療ができないんだけど」

と話しかけますと、植物は心底落ち込んだように、蔓や葉、そして先端についた(つぼみ)がうなだれてしまいました。剥がされて捨てられると思ったのでしょうか。人格、とまではいかないまでもなにがしかの意識をもって動いているようです。

 ライラの記憶が宿っているのでしょうか。


 その様子を見たトーマは、

「いいぜ、俺の肩の所に行きな。好きなだけ血を吸っていいから」

と植物に話しかけました。

「!」

 植物は驚いたようなしぐさをして、蕾がトーマと相対しました。

 トーマが微笑んで頷くと、蕾はぱぁっと開いて真っ赤な花を咲かせます。そして花はお辞儀をすると、そそくさとトーマの右肩に移動して根を下ろしました。

「いいの?そんなことをしたらもう二度と引きはがすことは出来なくなるけれど」

「あぁ構わねぇよ。血も止まるしな。ちょうどいいさ」

 そう言って花に笑いかけると、花は赤い花びらをさらに朱に染めて俯きました。

「まぁいいか……」

 苦笑しながら、カンナはトーマの右掌の処置を行いました。


 そこに、ゴロゴロと車輪の音が聞こえてきました。

 二人と一羽が振り返ると、クローニ神父がカンナの荷車を引いてくるのが見えました。その上にはカンナの荷物も置いてあるようです。

「先生!」

 その声に神父は微笑みます。

「トーマ、それにカンナさん。ご無事でしたか」

「ご無事、ってことはないけどな」

 そう肩をすくめたトーマの姿に、

「トーマ、肩にのっているそれは?」

と神父が尋ねます。

「え、あー、それはちょっと話すと長いんだ」

と少年は苦笑いします。怪訝な顔をした神父にカンナが

「それで、村の皆さんの様子は?」

と聞くと、

「えぇ、皆さんフォルラの水を頂かれて落ち着かれましたよ。レミの容態も安定していますし。明日中には快復するでしょう。そのことを知れば、あの場にいなかった村人の皆さんもこぞって『水』を欲しがり、フォルラ教に帰依する。一週間もしないうちにこの村はフォルラの信徒の村に生まれ変わります」

 そこで神父は辺りを見回しました。未だにその場には、救民軍の男たちの屍が転がっています。

「そして、村を狙ってきた救民軍も征伐することができた。村の旧勢力を一掃し、信徒を増やし、『異端』の者を排除する……いやぁ、すごいですね、カンナさんのお力も、そしてあなたの上司であるヴァルクトン司祭の作戦も……」

 そう言い終わると、神父は唇をわななかせます。口の端がひくつくように震えます。

「せんせい?」

とトーマが尋ねますと、神父はいえ、と首を振り唇を引き結びます。

「すみません。異端者とはいえ、人の死を喜ぶなどそのようなことは……」

 自分に言い聞かせるようにつぶやくと、少年に向き直りました。

「さぁ、帰りましょう。トーマ」

「あぁ。……カンナ、あんたも」

 そう言ってトーマがカンナに話を向けると、


「いえ、カンナさんとはここでお別れです」

 神父の声が冷たく響きました。

「え?」

「彼女には、このまま村を出てもらいます」

「な、何言って―」

 冗談かと思うトーマでしたが、神父の瞳は冷えたままです。

「村の皆さんには、カンナさんは悪魔に(たお)されてしまったと伝えます」

「どういうことだよっ!」

 少年は神父に詰め寄ります。トーマの肩に乗った花もギィギィと葉をこすり合わせて抗議します。

「いいんだ、トーマ。ありがとう」

とカンナは優しく微笑みました。ことの意味が理解できず戸惑うトーマに少女は語り掛けます。

「フォルラ教としては、これ以上ボクが村にとどまることで、ボク自身の影響力が強くなることは望まないんだよ」

 村の怪物を倒した聖女。村長たちに天の裁きを示した神の使い。

 村人の目に、カンナはそのように映っていることでしょう。

「ボク自身もまた、フォルラ教の信徒の一人である、とあの場では言ったけれどね。けれど、村のみんなの中ではボクはやはり特別視された存在だと思う。……自惚れでなければね」

 カンナはフフっと少しだけ笑い、淡々と続けます。

「だから、これ以上手柄を立ててボクが目立つことは、フォルラの教義上都合が悪い。フォルラの神ではなく、ボクを女神と崇めるようなことになってはいけない」

 そういってカンナも足下に転がる救民軍隊長の死体を見つめます。

「こいつらも“天の光によって殺された”とするのが妥当だろうね。ちょうど奴らの武器があるし、それで死体を焼けばノレグと同じようにやられた、ってことで恰好はつくんじゃないかな」

「そんな!」

トーマは驚きに目を見張り、続いて神父を振り返ります。

 神父は俯いたまま何も言いません。

「……なんだよ、手柄を横取りするつもりかよ……そんなにこいつが気に喰わねぇかよ!」


「お前に何が分かる!」

 神父は激情を爆発させました。今まで聞いたこともないような声にトーマは唖然としました。

 神父は肩で息をしながら、トーマを睨みつけます。

「……あなたに何が分かるんです。私はずっと、この村に来てからずっと、耐えてきた。信徒が少しも増えなくても。邪教に邁進し布施をむさぼることしか考えない愚物どもにバカにされながらも!それでも報われる日が来ると信じて、爪に()をともすような日々を過ごしてきた。……そして、その日は訪れた!」

 神父は固めた拳をぶるぶると震わせます。

「邪神は消え去り、村にはびこるウジ虫どもは狂い死に、神の名を(かた)る無法者たちは殺されたっ!天は私に味方した……わかるか?苦節を耐え忍んだ私がっ、この私が祝福されたのだぞっ!」

 クローニはそう言って、拳で胸を強くたたき、眉間にぐっと皺を刻みながら、奥歯をかみしめました。

 けれど、それは沸き上がる笑いを抑えているようにも見えました。


 獣のように荒い息を繰り返す神父の様子を、トーマは青ざめた顔のまま凝視しています。彼の肩の花も怯えたように縮こまっています。

 カンナとレイとは静かに凪いだ瞳でクローニを見つめています。

 神父はしばらく黙ったまま深呼吸を繰り返しました。すると強い感情で膨れていた肩は徐々に小さくなりました。

「……けれど、それを成したのは私ではない。カンナさん、あなたの力です。あなたがライラを復活させたときから正直、私はその力が恐ろしかった。本来フォルラとは相容れぬその力の根源を恐ろしく思いました。……今はこの計画を成し遂げたあなたがあまりにも大きく見える……そして、私は恨めしいのです、何もできぬ自分の無力さが」

 神父の声は震えていました。彼自身も突然の環境の変化と、これから背負っていくものの大きさに戸惑っているのかもしれません。

「……」

 トーマは神父によって牢から解放された時のことを思い出していました。

 救民軍を呼べば、ノレグもカンナも倒せるといった神父の言葉を。

 わざわざ救民軍を呼び寄せて、カンナに返り討ちにさせることは、神父もカンナも織り込み済みのことだったのでしょう。けれど、神父はどこかでカンナが実際に倒されることを望んでいたのではないか、相打ちになればしめたものと考えたのではないか、とトーマは思いました。


 カンナは神父の告白を聞き終わると、小さく頷き立ち上がりました。

「ご懸念はよくわかりました。本部もこの村をあなた一人に押し付けるようなことはいたしません。近いうちに応援の者が参ります。それまで、奥様と一緒に村の皆さんの心の安定に努めてください」

「カンナさん……」

(かす)れた声を出す神父に、カンナは優しく微笑みました。

「大丈夫、ヴァルクトン司祭に手紙を出せばすぐに動いてくれますから」


 さて、とカンナは呟き、荷車のかじ棒を取りました。

「おい、本当に行くのかよ!」

 まだ、連戦の疲労は抜けていないはずです。けれど、

「ん~、まぁ、休み休み行くから大丈夫。あぁ、もちろん水もちゃんと飲むようにするしさ」

 そう言ってカンナは笑いました。

「じゃあ、体に気を付けてね。お医者様でちゃんと診てもらうんだよ。リムラさんとレミちゃんによろしく。それと、たまには花園の手入れも手伝ってあげてね」

 ほんじゃね、とカンナは荷を引いていきます。

「カンナ!」

 トーマが呼び止めると、少女は振り返りました。無造作に束ねた髪に、月光の粒が宿って瞬きます。

トーマは右肩の花に手を寄せて言いました。

「……いつか、アンタたちに会いに行くよ。こいつと一緒に」

「……うん、またね」

 カンナはそう言って笑顔を見せました。レイもはばたいて答えました。

 カンナとレイは前を向いて、再び歩きだします。

 路傍の草たちが風に揺られて、手を振るように少女たちを見送ります。

「さぁ、明日はどんな花に出会えるかな?」


ご愛読いただきありがとうございました。

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