そしてまた花は咲く
大変、遅くなりました。
小隊長はトン、と跳躍します。その図体からは想像できないほどの身のこなしで飛び掛かってくる男に、
「くっ!」
トーマはカンナから離れて、彼女を守るように立ちはだかり、剣を横たえて応じようとします。
しかし、相手が悪すぎました。
巨体の重量を思い切り乗せた攻撃。
男が振り下ろしたメイスに、トーマは剣を自分の方に押し込まれてしまいます。
「ぐあぁ!」
両刃の剣先が、トーマの右肩にめり込みます。
「フフ、ろくに剣を振ったこともない青二才が。身の程を知りなさい」
そう言って今度はメイスを右から左へと薙ぐように払いました。わき腹を打たれてトーマは声もなく飛ばされます。
「っぐっ!」
息もできないほどの苦しさに悶えるトーマ。
けれど、その痛みを忘れるほどの光景が目に飛び込んできます。
胸ポケットに入れていたはずの種。
ライラの形見の種が地面に転がっています。
そして、そこに悠然と男が歩いていきます。
「!」
剣を振り捨ててトーマは一目散に種に駆け寄り、手を伸ばします。
間一髪、トーマの右手は種を握り、踏み砕かれずに済みました。その代わり―
「グ……ア……」
骨の砕ける音が響き渡りました。
「ハッ、わざわざ痛めつけられに来るとは……物好きですねぇ」
男は呆れたように笑うと、足を押し込んでトーマを痛めつけます。
しかしその時、足の下から眩い緑色の光が迸ります。
そして驚く間もなく、蔓と葉とが現れて男の足に絡みつきました。
「なっ、これは!」
急いで足を引き上げますが、植物は離れません。それはトーマの右手の種の中から溢れるように成長し、足から太腿、腰へと太い蔓を男の身体に絡ませていきます。
「ライラ……お前なのか?」
呆然としていたトーマでしたが、すぐに瞳に力が戻ります。
「くそっ、離れろ!」
男は蔓を引きはがそうとしますが、それよりも先に動いたのはトーマでした。種を握った右手はそのままに、左手でも男の足に絡みつきます。
「ライラ、力を貸してくれっ!」
トーマが叫ぶと、右手の光は一段と強くなりました。
「こいつ!」
男はメイスを振り上げますが、既に右手もからめとられています。
そして、
「……ありがとう、トーマ、ライラ」
うずくまっていたカンナが顔を上げました。
「後は任せて!」
「き、貴様!」
カンナは跪いたまま、両手を地面につけました。
男は訝しみましたが、すぐに嘲笑の声を上げました。
「ひゃっははぁ!なんだそれはぁ!命乞いかぁ?それとも、キサマの神にでも祈っているのか!?」
カンナは厳然としてそれに応えました。
「そうだね、祈ってあげるよ。哀れな子羊のために」
その瞬間、大地は緑の光に包まれました。そして―
「むぉおお!な、なんだこれはっ!」
男と覆面達の体、そして火炎放射器に無数の蔓が巻き付いていました。そして、引きちぎろうともがけばもがくほどきつく体を締め付けていきます。
「なんだ、貴様どこからこんな―」
カンナはゆらり、と立ち上がるとぼそりと言いました。
「植物の種なんて、どこにでもあるからね。例えば、君たちの靴の裏、とかさ」
「!」
驚きと恐怖を浮かべた顔の前に、カンナは右手を掲げました。
「お祈りは済んだかい?それじゃあいくよ」
「ま、待て―」
カンナが右手を握りこむと、ボキボキボキと骨が砕ける音が空虚な森に響き渡りました。
次回で完結です。
今日の夜に投稿します。