魂摘みの魔女
トーマは呆気にとられたような顔をしました。
「救民軍だって?」
「そう。……神父に頼まれて君が呼びにいったでしょう?」
「なんでそれを……つーか、奴ら全然やる気がなかったんだけど」
「それは、おいしいとこ取りをしたいからさ。魔神とボクたち、どちからが滅ぶか、あるいは共倒れになってからこの村に入って住民の殺戮でもするつもりだったんだろう」
「殺戮?」
戸惑っているトーマの目をカンナはじっと見つめました。
「……救民軍などと名乗ってはいるけどね、中には過激な奴らもいる。フォルラ以外の神を崇めている異教徒などすべて焼き払えばいいって連中も」
カンナは視線を逸らして目を細めました。遠くの闇を透かしてそうした敵の姿を見つめようとしているようです。そうした連中と戦ったことがあるのだろう、とトーマは直感しました。
「悪いけど、君は帰ってくれないか。レミの傍にいてあげてほしい」
カンナの言葉にトーマは首を横に振りました。
「そうはいかねぇ。俺があいつらを呼び寄せちまったんだ。それの責任はとりたい」
そう言って下げ持った剣をトーマは握りしめました。
そこにチチチと鳥の声が聞こえてきます。夜闇の中からレイが舞い降りてきました。
「おかえり、レイ」
レイが囀り、嘴を動かし、はばたく様子をカンナはうんうん、と頷きながら聞いています。レイの“報告”が終わると、
「もう奴らは近くまで来てる。村境を超える前に食い止めないと」
そう言って再び駆けていきます。トーマも遅れじとついていきます。
「アンタ、その鳥と話せるのか?」
「うん、レイはボクの妹だからね」
カンナの言葉に小鳥も頷いています。
「妹?」
「うん……まぁ、話せば長くなるんだけどね」
とカンナは苦笑しています。
「にしても、アンタ足速いな。さっきまでフラフラだったってのに」
トーマが言うとカンナは、そういえばそうだったね、と呟き、
「さっき、いい気付けの薬をもらったからかな?」
と笑いました。あの程度の毒は、カンナにはちょうどいい薬になってしまうのです。
そうこうする間に二人は村境の峠へとやってきました。明かりのない山道を慎重に登っていきます。
「……もう一つ、いいか?」
トーマが尋ねます。
「さっきの、屋敷での話、どこまで本当なんだ?」
カンナは再び足を止めて、振り返りました。ちょうど上ってきた月が、その横顔を照らします。少女は薄く笑っていました。
「……茶番だよ、ライラに関すること以外は、ね」
そう言いながら辺りを見回します。かつては山城の一部だったのでしょうか、少し開けた場所の一角にカンナは腰を下ろしました。
「ハァ……ちょっと休憩」
少女の息は荒く、頬も紅潮しているように見えます。
「大丈夫か?やっぱり無理してるんじゃ―」
「平気。それにここでなら奴らを迎え撃つのもやりやすいし」
何度か深呼吸をして息を整えると、
「……ライラも一年前、神託を受けた時、生贄になって死ぬなんて御免だって思っていたそうだ。それはそうだろう、ボクだって同じ立場になったらそんなのは嫌だ!って思う。けれど、彼女は徐々にその運命を引き受け、その心に使命感と責任感を育てていった。巫女として精一杯頑張ろうと固く誓っていた」
「大好きな村を、大好きな君たちを守りたかったから。けれど、その思いを村長たちは踏みにじった。だから、それ相応の報いを受けさせた。体中に黒い筋が浮かぶ、そういう中毒症状を起こす草があるのを思い出してね。こっそりレミに頼んで、ボクが手に入れた毒草の粉をお酒に混ぜてもらったんだ。祭司長たちを帰順させるために、レミにも少し飲んでもらったけどね。だから、奇跡の水ってのもただの解毒剤」
カンナは、自ら毒を飲むことを志願したレミの姿を思い浮かべながら話しました。
「……結局、俺は蚊帳の外だったってわけか」
膝を握りしめるトーマに
「ごめん、黙ってたのは悪かったよ」
とカンナが答えると、トーマはフッと笑って首を振りました。
「そうじゃなくて、それ以前の話。俺、何にも知らないくせに一人で突っ走ってた。剣の稽古をして、慣れない勉強をして。あげく、アンタに突っかかったりして。ほんと、ガキだったよな」
自嘲するトーマの手を、カンナはそっと握りました。
「!」
「そういう君だから、いつでもまっすぐな君だから、ライラは君のためにがんばろうって思えたんだよ、きっと」
トーマは胸を衝かれたようにハッとしました。
「ライラ……」
彼女が死んだときにも泣かなかったトーマは、ハラハラと涙を零します。
「ほぉ、誰かと思えば、昨日の少年ではありませんか」
野太い声が響きました。
見ると、広場の先には、太った体躯の男が立っていました。禿げ上がった頭を月光が照らしています。丸い腹を包む白いローブには、フォルラのシンボル。
それを見たカンナの顔が険しくなります。
その背後には、十数人の覆面姿の者たちが控えているのが分かりました。
「あ、あんたら……」
トーマは涙を拭いて、憤怒の相を見せます。
「今更何しにきたんだ。祭りはとっくに終わっちまった。ノレグももういねぇし、アンタらにもう用事はねぇんだよ」
しかし、救民軍の小隊長は意に介せずといった表情で
「そんなことはありませんよ。確かに邪神はもういないようですが、まだ邪悪は居座っておりますよ。『魂摘みの魔女』がいると、あの手紙には書いてありましたからね」
「魂摘み?」
トーマの声に、男は頷きます。
「そう、魂摘みの魔女。人の寿命を「摘み出し」、それを糧として邪法を操るゆえ、我らはそう呼んでいます。生者を謀り、死者を冒涜する、忌まわしき邪淫の徒であると」
するとカンナが立ち上がりました。
「じゃあ、その魔女に会えたら帰ってもらえるってことでいいのかな?」
小隊長はその言葉に不思議そうな顔をしていましたが、はたと何かに気づいたように目を細めました。
「もしや、あなたが『魂摘みの魔女』ですか?」
「そうだとしたら?」
すると、小隊長は耳まで裂けるかと思うほどの笑みを浮かべると、
「是非もない!ここで死ねぇ!」
男が手を上げると、後ろに控えていた覆面達が前面に来て金属の棒を構えました。
「!」
「焼き払え!」
たちまち、紅蓮の巨大な炎が金属棒から噴出し、辺りに襲い掛かりました。
「ぎゃーひゃあっひゃっひゃ!」
男の哄笑が響くなか、炎の蛇が木々を草花を食らっていきます。
燃料が尽きたのか、炎は徐々に小さくなり、やがて消えました。
黒煙と悪臭が立ち込める中、男は腹をゆすって笑い続けていました。
「ひゃっひゃっひゃ、ゴミどもの焼けこげる匂いはやはり最高ですねぇ!」
「一体、何がゴミだって?」
「ん?」
男がそちらに目を向けると、焼けてくずおれた樹の影に、一つの黒い塊が見えました。
黒焦げていますが、それは巨大なミズバショウの花でした。その花弁が開かれ、中から二人の人間と一羽の鳥が姿を現しました。
カンナが手持ちの種に一気にエネルギーを吹き込んで巨大化させたのです。
「ほう。咄嗟に防護しましたか……」
カンナはトーマに支えられながら、ハァハァと荒く息をついていましたが、その場に崩れるように倒れてしまいました。
「お、おい!」
「ククク、かなり消耗しているようですねぇ。まぁ、異教の化け物と戦った後ですし、仕方がありませんよねぇ?」
そう言いながら、男はカンナたちのもとに近づいてきます。
「しっかりしろ、おい!」
トーマは必死に呼びかけますが、カンナはもう動けません。