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裁きの時

その様子をにやにやと笑いながら村長が見つめています。レミが持ってきた盃を村長やその取り巻きが受け取り、彼らがそれを飲み干すのを目の端で確かめながら、カンナは言葉を続けました。

「悪しき心抱きて神に対峙するもの、その報い受けるべし。(あたか)も石を持って水面乱せば、(かえ)って自像を歪めるがごとし―悪いことをすれば悪い結果が返ってくる。ノレグ教の聖典にもある通りです。しかし、我々が行ったことは悪でしょうか?乙女たちの血が無駄に流れ、彼女たちの親が悲嘆の涙を流すことを良しとしないのは、悪でしょうか?はたまた、捧げた贄にふさわしいだけの働きをしない神は善なる存在なのでしょうか?聖典とはすなわち、神と人とが交わした契約です。契約に違えば報いを受けるのは、神も人も同じことです。そしてまた、この場にも約束に背き、神を欺いた者たちがいます」

 そして、カンナは村長に指を突き付けます。

「村長メリスナル、助役リーグド、祭司長補佐トルロ、祭司ノレッズ、祭司ゲツレール、貴様らは巫女ライラを手籠めにした!そして、男の精で穢れた巫女を偽って、ノレグに差し出した!その罪は今ここで裁かれるぞ!」

 カンナの声が辺りに響き渡ると、会場は一瞬しん、と静まり返り、次には困惑のどよめきが広がりました。

「巫女が汚されていた?」

「村長たちがライラを?」

「まさか、そんな」

 そのどよめきを払うように、村長はカラカラと笑いました。

「ハハハハハ!……何を言い出すかと思えば。お酒でも召されましたかな?カンナ様。

一体何を根拠にそのようなことを?」

 するとカンナは袖から一つの小瓶を取り出しました。

 瓶の中には少量の透明な液体が入っています。

「これは、ライラの遺骸、この場合は1カ月前に毒を飲んで死んだライラの身体から抽出したものです。私が分析したところ、この中にはフウセンアザミの根の汁が入っていました。フウセンアザミの根には、避妊の効果があるとされています。清い身の少女がこれを飲む理由などありません」

「フン、だから何だというのだ。あの小娘がどこぞの馬の骨と密通していたというだけではないか。なぜ我々に罪をかぶせようとする」

「ふざけるな!そうした過ちがないよう、巫女に選ばれた者はその時から神殿の奥深く仕えて、男との接触などないようにしていたはず!不義を行うものがあるとすれば、貴様ら以外誰がいるというのだ!」

 するといよいよ村長は気色ばみ、

「手厚くもてなせば調子に乗りおって……。おい、その小娘を捕えよ!我らを侮辱したことを後悔させてやるぞ!」

 使用人の男たちが壇上に上り、カンナを捕えようとします。カンナは少しも怯むことなく、

「ならば、天が明らかにしてくれるだろう。果たしてどちらが真を説いているのか、今この場で!」

「何を―」

 そこまで言ったところで、村長はウッと唸り、喉元と胸を押さえました。

「グゥ、グガアアァア!」

 そしてくぐもった叫びとともに、彼の口から、鼻から、目から、どす黒い液体があふれ出てきました。

「グガ、だずげ……!」

 そう言って村長は倒れました。村長の周りにいた、先ほどカンナが名指しにした四名も黒い血を吐き出しその場に崩れ落ちました。

「うわぁあああ!」

「きゃあああああ!」

 悲鳴と怒号が重なり、人々は蜘蛛の子を散らしたように逃げまどいます。

「静まりなさい!静まれ!先ほど申し上げたとおりです。この者たちは、神を騙し、約定に背き、人心を欺いた咎によりその報いを受けただけです。あなた方に禍が及ぶものではありません」

 そして、カンナは壇を下りて村長の死骸に近づきました。

「御覧なさい、この黒い筋を。これが、巫女を穢した者の何よりの証拠です」

 確かに、死んだ五人の体表には黒い筋が浮き出ています。

 村の誰もが知る、咎人の報い。その場にいた誰もがりつ然としていました。

「では、ライラは生贄になることを苦にしたのではなく、辱められたことを苦に死んだのですか?」

 村人の一人がそう問うと、カンナは激しく抗議しました。

「それは違います!彼女は最後まで誇り高く生きようとしました。巫女としての役目を全うしようとしていたんです!」

 カンナはそうまくしたてました。

「さっき言ったように、ライラは男の精を体に受けていました。それでも、巫女の資格は失わないと言われ、悩み傷つきながらも、自分の務めを果たそうと決意した。だからこそ、この薬を飲んだんです」

 カンナは小瓶を示しながら話を続けます。

「もし、自分が子供を宿してしまったら、生贄になるときはその子供まで犠牲になってしまう。それは避けなければならないと彼女は考えました。ゆえに、子種が命の形をとる前に、それを排除しようとしたのです」

「だが薬も度を過ぎれば毒になる。早く男たちの精を除かなければと、彼女も焦っていたのでしょう、誤って致死量を服用してしまいました。……これが死の真相です」

「そうだったのか……」

「ライラ……」

 沈黙が広がる中、再び小さく呻いて蹲る者がいました。レミです。

 血を吐くことはないものの、彼女の身体にも徐々に黒い筋が現れはじめています。どよめく周囲の人々に、

「早く手当てを!そっと壇上に上げてください!」

 カンナはそう指示を飛ばします。そして自らも再び登壇し人々に向かって叫びます。

「彼女もまた、村長たちがライラを凌辱することを知りながら沈黙していました。しかし、彼女はそれを私に告白してくれました」

 カンナは神父に目配せをして、彼にフォルラのシンボルが描かれた旗を掲げさせます。

「故あって今まで黙っておりましたが、私はフォルラ教に帰依している者です。フォルラの神の恩寵を受けている者です。私はレミに、我らが主に罪を告悔せよと進め、彼女はそれに従ってフォルラの御子となりました。ゆえに今、彼女の罪を洗い流してその命を救います」

 ここで神父に一つの大きな水(かめ)を掲げました。

「これは、フォルラ教に伝わる奇蹟の水。これを飲むことで、呪いの毒は消え去り、聖なる翼の下に魂は永遠の安らぎを得ることができます」

 カンナは甕から水を汲み、横になったレミの口に含ませました。

 少女はそれを飲み干すと、荒かった呼吸を落ち着かせました。

 すると祭司長が恐る恐るといった様子で、カンナに話しかけました。

「そ、その水は我々もいただけるものなのでしょうか。……カンナ様は我らには禍が及ばぬとおっしゃいましたが、その……我らノレグに仕えていた身ゆえ、呪いを受けやすいのではないかと思いまして」

 そう話す祭司長の顔は青ざめています。

 自らは凌辱の輪に加わらなかったとはいえ、村長たちの凶行に感づきながら見て見ぬふりをしていた男。今になって命惜しさに呪いから逃れようとする様をカンナは心底軽蔑し、村長ともども地獄に落ちればいいのにとも思いましたが、

「えぇ。フォルラに帰依していただけるなら、どなたでも」

と穏やかに微笑みました。祭司長は平伏し、

「分かりました。あなたの神にこの身命を捧げましょう」

と頭を下げました。ノレグに一番近く仕えていた男の転身に、会場に再びどよめきが広がりましたが、やがて集まっていた全員がその場に伏せて恭順を示しました。

 カンナは大きく頷くと、

「良いでしょう。我らが主もあなた方の声を聞き届けなさるでしょう」

と言いました。

「では、クローニ神父。後のことはお任せします」

 カンナは足早に壇上から去ろうとします。

「カンナ様、どちらへ?」

「魔神ノレグは消えました。けれど、別の悪魔がこの村へと向かっています。私はそれを

討ち取ってまいります。皆さまはどうかこのままで。神父様の指示に従ってください」

 そう言い残すと、カンナは屋敷から駆け出していきます。

「あ、おい、待てよ!」

 トーマもその後を追いかけます。

 坂を下りた四つ辻のところで、カンナは立ち止まりました。

「おい、どうしたんだ、どこへ行くんだよ」

 追いついたトーマが声をかけると、カンナは静かに振り返りました。

「奴らが、救民軍が来る」


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