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花乙女よ、安らかに

 十メートルほどの高さの肉の壁は紅蓮の炎に包まれています。祭壇(だった場所)の周囲にはもう、カンナとトーマの二人以外誰もいません。

「ハァハァ、あっぶねぇ~」

 しゃがみ込み、肩で息をついているトーマにカンナは声を掛けます。

「ありがとう……でも、どうして……」

 彼に会うのは、憎しみの言葉を投げつけられて以来です。トーマはガシガシと頭をかいて、

「……ライラが教えてくれたんだ。自分の代わりに、アンタが化け物の口に飛び込んだって」

「そっか……」

 カンナは燃え盛る炎を見つめます。その中から次々と白い光の筋が立ち上っていくのが見えます。ノレグに囚われていた少女たちです。カンナはその中の幾つかがカンナの方を向いて「ありがとう」と言ってくれたように感じました。

「あれって、お前にひっついてたやつらか?」

「うん、そうみたい……」

 彼女たちに長しえの平穏があらんことを……とカンナは願いました。

「さぁ、ライラの所に行こう」

 そう言ってカンナは立ち上がりましたが、すぐに立ち眩みが来てよろけてしまいます。

 魔神との戦いでかなり消耗してしまったようです。

「おい、大丈夫か!?」

「……へへ、ごめん、ありがと」

 駆け寄ってきてくれたトーマの肩を少し借りながら、ライラの元へと向かいます。

 丘から少し下った所の窪地。柔らかな敷布の上にライラは体を横たえていました。その周りを囲っていた人たちは、カンナが近づくと道を開けてくれました。ライラの枕元にはレミ、そしてクローニ神父夫妻に付き添われて母親のリムラも来ていました。

「カンナさん!」

と急いで起き上がろうとするライラを手で押しとどめるようにしながら、カンナは少女の傍に座りました。

「ノレグは斃したよ!」

とカンナは報告しました。ライラは穏やかな顔で頷きます。

「はい、ここから見ていました……私、ずっとずっと不安で」

 胸が張り裂けそうな思いだったのでしょう、涙声で答えています。

「ボクは大丈夫!トーマ君にも助けてもらったし。君こそ、立派だったよ。最高の巫女だったよ!」

「はい!」

 二人ともとめどなく涙が流れます。レミもリムラも泣き笑いのまま、がんばったね、良かったねと語りかけています。

「私、カンナさんに会えて、もう一度生まれてこられてよかった。こうして、お母さんとレミちゃん、トーマ君に見守られながら逝けるから……」

 トーマはじっとライラを見つめ、何も言わずに自分の膝を握りしめています。

 やがて、ライラの身体が淡く光り始めました。いよいよ別れの時です。

「リムラさん、レミちゃん!」

 二人に声をかけて、それぞれライラの手を取らせます。カンナは急いでライラの耳元に口を寄せて、

「“奴ら”のことは任せて」

と言いますと、ライラは小さく口を結んで頷きました。

「ありがとう、カンナさん。本当に……今までありがとう、お母さん。私を育ててくれて、見守ってくれて。……ありがとう、レミちゃん、私と友達でいてくれて、支えてくれて。トーマ君、ありがとう。私の傍にいてくれて、戦ってくれて……ありがとう……」

 強くなる光の中に、少女の声が、安らかな笑顔が溶けていきました。

 光が収まると、そこにはライラの巫女装束と無数の白い花びらだけが残されていました。

「ライラ……」

 溢れ来る感情を押し留めているリムラの背中を神父の妻が優しく撫でます。周囲で見守っていた人々もさめざめと涙を流しています。

 微かな風に、花びらが少しずつ舞い散っていく中、トーマはふと、黄緑色の光がゆっくりと花びらの中から上ってくるのを見つけました。

「蛍か?」

 そっと両手で包むように捕まえると、光はパッと弾けて消えました。恐る恐る手を開くと、そこには一粒の種が残っていました。

「……これは?」

「還りの実。換魂の花から咲いた人間が残す種だよ。普通の花と同じように、ちゃんと育てれば花が咲くよ。どんな花が咲くかはお楽しみ。せっかくだから、君が持っているといい」

 驚いたトーマは辺りを見回しましたが、リムラもレミも微笑みを浮かべて頷き、カンナに同調しています。

「ありがとう」

 涙を堪えるように低く呟くと、トーマは胸ポケットに種をしまいました。

 その後、大量の花びらはリムラが、巫女装束はレミが引き取って形見分けとしました。

 静かな余韻を胸にとどめたまま、一行が丘を下っていきますと、下から松明を掲げた集団が上ってきました。何事かと身構えると、集団の中心にいた村の助役が声を上げました。

「おぉ、カンナ様!どうぞこちらへ!輿(こし)にお乗りください!」

「えぇ、ボ、ボク?」

 ためらう暇もなく、カンナは担ぎ上げられると、ライラが乗っていた神輿に乗せられて丘を下ることになりました。

 村長の屋敷まで来ると、そこは赤々と()が庭中にともされ、多くの人々で賑わっていました。人々は盃を交わし、笑いさざめきあっています。

 どうやら、ノレグを斃したことを記念して祝いの盃を上げているようです。

「さぁ、魔神を打倒された女神さまのお通りだ!」

 村役が音声を上げると、ウォーっと歓声が上がり、人垣から拍手が沸き起こります。

「な、なんかすごいことになっちゃってるなぁ~」

 口元を引きつらせながらも、カンナは自分を呼ぶ声に一つ一つ手を振ってこたえていきます。

 神輿の近くには、トーマが苦虫をかみつぶしたような顔で歩いています。レミはいつも通りの怜悧な表情に戻り、しずしずと大人たちに付き従っています。

 ライラを弔いたいというリムラは、敷布に包んだ花びらを抱えて、神父の妻と一緒に坂を下っていきます。

 広い中庭に設けられた白い板張りの舞台。その中心では、村長が何やら熱弁を振るっています。そして壇上には幾人もの男たちが村長やそばの祭司に群がり、彼らを質問攻めにしています。

「あれは?」

と助役に問うと、

「ノレグを斃したことで、何か災いが降りかかるのではないかと懸念している連中がいるのです」

 確かに、力が弱まっていたとはいえ、超自然の力を振るって人々に恐れられていた神です。その力が依然として残っていて、歯向かった人々に逆襲の牙を向くことは当然想像できることです。

 会場に集まっている人を見ると、丘の上にいた人間のうち、3割程度しかここには集まっていないようでした。残りの人々は、魔神が暴れ出したのを見て(わざわい)が及ぶのを恐れ、家へと帰っていたのでしょう。

「おそらく、その7割のうち半分の人は本気で魔神の復讐を恐れ、残り半分は様子をうかがっているといったところではないでしょうか」

と神父は言います。

 そして、ここにいる3割の人間のうち、多くは魔神が去ったことを喜び、1割程度は報復を恐れて、再びノレグを祀るべきと主張しているようでした。

 カンナの神輿が到着すると、村長はおぉと大仰に声を上げました。

「皆さん!ただ今、我らの救世主、天が遣わしくださった女神、カンナ様がご到着されましたぞ!」

 再び、おぉーっとどよめきが起こります。そして、村長や祭司に喰ってかかっていた人々の視線が一斉にカンナへ集まりました。

「やばい……」

 ノレグを斃した張本人として、今度はカンナが彼らの質問の標的になる番のようです。

とはいえ、これも既に予測していたこと。

 今回の計画の中心人物として説明をしなければなりません。

カンナは傍を歩く神父と視線を交わして小さく頷くと、乗っていた神輿からひらりと飛び上がり、壇上に降り立ちました。

 歓声と万雷の拍手の中、カンナはお辞儀をしてそれに答えました。

「皆様、ありがとうございます。ご紹介いただきました、カンナと申します。今ほどメリスナル様からあったお言葉のとおり、魔神ノレグは完全に私が消滅させました。確かに奴の力は強大でした。しかしもはやこの大地からは消え去り、奴の力の及ぶところはどこにもありません。よしんば、奴の毒の息が残っていたとしても、それはこの私が引き受けるべきもの。皆様にご迷惑をかけることは決してありません!」

 そこまで一気にしゃべると、カンナは村長の使用人が盆の上に捧げ持ってきたコップを受け取りました。

 わずかに顔を近づけるだけで分かります。この盃には毒が入っていると。

 村長たちはカンナを毒殺するつもりなのです。

 しかし、カンナはそれをためらうことなく飲みました。


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