儀式の副作用
呆然としているイライアとは逆に、エルナンは平然と父に近づいていく。
「気分はいかがですか? 父上」
その言葉でマルティネスは目の前にいる青年が誰か分かったのだろう。目を見開いている。
「……エルナンか?」
「はい、エルナンです」
「随分と大きくなったな。最後に見た時はほんの子供だったのに」
「お久しぶりですと申し上げればいいのでしょうか?」
「いや、一瞬でお前が大きくなった感じだな」
変な会話が続く。イライアは何を言う事も出来ずに立ち尽くしていた。ビバルは何が起こったのか分からないらしくぽかんとしている。
「ところであそこにいる二人は誰だ?」
「ああ、レトゥアナ王国の国王夫妻ですよ」
「代替わりしたのか?」
マルティネスがそんな事を言った事でビバルも彼に何が起こったのか分かったようだった。
「もしかして……記憶がないんですか?」
ビバルの言葉にマルティネスがこちらの方を向く。
「そうですね。記憶がないというか……先ほども息子に言ったのですが、一瞬で時が経ったような気がします」
ビバルにそう説明してからため息をつく。
「私は怒りに任せて何かしてしまったのですね。それで息子に王でいる資格を奪われた。そうでしょう?」
「はい」
ビバルに代わってエルナンが即答した。マルティネスが落ち込んでいる。無理もない。
「一体私は何をしたんだ?」
「数えきれないくらいの悪事を」
兄は父に対して容赦がない。
「具体的に教えてくれないか?」
「長くなりますがいいのですか?」
冷たい調子で言う。当たり前だ。イライアが説明するとしても、同じようになるだろう。
マルティネスはうなずいた。自分の犯した罪は知っておくべきだと言う。どうやら怒りに支配されていなければ父はまともらしい。
イライア達がいていいのかと思い、立ち去ろうとするが、兄に止められる。必要ならイライアやビバルからも説明をして欲しいのだそうだ。
そこでマルティネスは、目の前にいるレトゥアナ王国の王妃が自分の娘だという事に気づいたらしい。何故か安心したような笑顔を浮かべられる。おまけに近寄って頭までなでられてしまった。どうやら、父の記憶は、イライアが生まれたばかりのところでとぎれたらしい。そこからは飛び飛びでしか覚えていないのだそうだ。ただ、フローラの存在はきちんと認識していたのでほっとする。生まれるのを楽しみにしていた事だけは覚えていたのだそうだ。兄も安心した表情をしていたので同じ気持ちなのだろう。
『利用価値がある』とは別の意味の『可愛い』を連呼される。おまけに優しく頭までなでられる。イライアは戸惑うより他はなかった。
ビバルが複雑な表情でこちらを見ているのも気になった。当たり前だ。ビバルはマルティネスによって家族を奪われたのだ。
「そろそろ話をしていいですか?」
兄が静かに問いかける。父も真剣な表情でうなずいた。
「その前に教えてくれ。私はここで何をしていた? お前が動かなければならないほどとんでもない事をしようとしていたのだろう?」
兄がイライアに目をやる。つまり、イライアが説明をしなければいけないのだ。
「全部父上に話せ。お前がした事も、父上がした事も」
それは命令だった。今、エルナンはアイハの新しい王としてではなく、イライアの兄として話しているのだろう。そうだったら妹であるイライアは従わなければいけない。イライアは父の目をまっすぐ見た。
「まず、前提条件として知っていただきたいのですが、わたくしは、まだ魔力持ちです」
「儀式は?」
「お父様を操って取りやめてもらうようにしました」
素直に話すと、父が吹き出す。そんなに面白い事は言った覚えがない。
「私の娘はおてんばなんだな。それにしてもそれはエルナンが許さないと思うけどな。エルナンは昔からまっすぐだったから。今でもそうだろう。あの顔を見ていればわかる」
「説得しました」
「説得……されたのか? エルナンが」
「それだけ状況が緊迫していたのです」
「どういう事だ?」
父がさらに突っ込んで聞く。なので、イライアは話した。父が当時のレトゥアナの王と王太子を殺した事、その前に、ビバルを攫って北の塔に幽閉していた事、そしてセルジの『遺言』を。
それを父は辛そうに聞いていた。
「他国の王族を殺した事だけでも重罪だな」
「そうですね」
兄が冷たい声で言った。相当恨みが残っているようだ。
「それでお前はどうして許したんだ? エルナン」
「いろいろ理由はありますが、妹の目が本気だった事、魔力を持っていくにあたって最低限必要な魔術、魔法の知識を身につけた事で許したんです。他にもまあいろいろ条件は付けましたが」
その他の条件とは何だろうか、と不思議に思う。だが、兄に言う気はないのだろう。あるならもう言われているはずだ。
「でも、この後、儀式を受けさせます。ビバル陛下が魔力持ちだと分かったので全部は消しませんが。妹をずっと『闇属性』にしておく気はないので」
「待て! イライアは闇属性なのか?」
マルティネスが大声をあげる。嘘をつく必要はないのでイライアはうなずいた。
「だったら一刻も早く儀式を受けた方がいい。『闇属性』は自分の怒りの感情に振り回される事が多いんだ。はやくしないと手遅れになるぞ。……私みたいに」
その言葉はとても重たかった。もし、父のように強制的に儀式を受けさせられたとしても、怒りに支配されていた頃の記憶がなくなると知ったから余計にだ。悪い事をした記憶がなくなるのは怖いものだろう。
「わかりました」
イライアが了承の返事をすると兄も父も安心したようにうなずいた。よほど心配だったらしい。
とりあえず話を戻す事にする。
「そしてわたくしが魔力をまだ持っている事がどうしてかお父様に知られたみたいで、決闘を挑まれて、つい先ほどわたくしが勝ったところです」
「こら、嘘をつくな、イライア。ほぼ相打ちだっただろうが。僕が助けてやらなければお前は石像になった父上に絞め殺されていたぞ。その事をきちんと分かっているのか!」
すかさず兄が突っ込んでくる。おまけに叱られている。知りません、とばかりに首をすくめるとさらに怒鳴り声が飛んでくる。
怖いので素直に謝る。兄がふんと鼻を鳴らした。
父はそれを見てため息をつく。
「間違いなく私が負けたのだろう。人を味方につける事も戦略のうちだ。エルナン、お前がイライア側にいるのがその証拠だ」
今までのマルティネスにはないまともな言葉に、その子供達はついまじまじと父の顔を見てしまう。マルティネスはため息をついた。
「私は相当最悪な人間だったんだな」
「そうですよ」
エルナンが追い討ちをかける。それを聞いてマルティネスがさらに落ち込んだ。
「父上、あなたが殺したのはレトゥアナの王族だけではないのですよ」
兄が父を憎々しげに見ている。マルティネスの記憶がなくなった事を知っているとはいえ、やはり怒りは収まらないのだろう。
「他には誰を?」
「僕の妃です。それから父上は覚えていないかもしれませんが、あなたは僕とセシリアの間に生まれた息子を捨てたのですよ」
「『セシリア』というのはテジェリア男爵家の令嬢か?」
マルティネスのその言葉にエルナンは厳しい目でうなずく。『男爵家』というのが気に入らないのだろうか。
だが、このテジェリア家の降格の事は、母も全く不満を言っていないのだ。イライアは詳しく知らないが、きっと両親とテジェリア家の当主しか知らない何かがあったのだろう。でなければテジェリア家の現当主が大人しくしているわけがない。娘を殺されても仕方のない事を前当主はしてしまったのだろうか。
父はゆっくりと何かを飲み込むように深呼吸する。まるで、嫌なことを忘れようとしているようだった。そうしてエルナンに向き合う。
「お前、バルバラから聞いていないのか?」
「何をですか?」
「お前の愛しい妃の事だ」
エルナンが困ったような顔をした。何を言われるか分からないから不安なのかもしれない。
そんな息子を見てマルティネスは小さく笑った。
「いずれ分かるだろう。私との戦いは終わったんだ。バルバラがそろそろ動く」
その言葉だけでレトゥアナの国王夫妻には何の事だか分かってしまった。
ただ、その当時者だけが、何の事だか分からないようで首をかしげていた。




