魔力消しの儀式
温かい魔力が自分の首を包んでいるのがわかる。イライアはそれに導かれるようにゆっくりと目を開けた。
そしてそこにいるはずもない人を見て目を見開く。
「え? ビバル様? と、お兄様? どうし……」
「この馬鹿妹が!」
目覚めて最初に受けた言葉は兄の罵倒だった。それも間近でされたので耳がキーンとする。
思い切り怒鳴っても怒りはちっとも収まらないようで、恐ろしい目で睨みつけられる。
「首を絞められている状態で石化の魔術を使うとか馬鹿の所業としか思えないな。もうちょっと考えろ」
「セ、セドレイ・エルナン、イライアは目覚めたばかりで……」
「ビバル陛下がそうやって甘やかすからいけないんです」
おまけに止めに入ったビバルにまで厳しい言葉をかける。兄は相当怒っているようだと、まだ少しだけぼんやりした頭で考える。
「……本物?」
思わずそんな言葉が出てくる。マルティネスが見せた幻影の影響をまだ受けているのだと分かってつい皮肉げな笑いがこみ上げる。
案の定、兄はさらに機嫌を損ねたようだ。
「どういう意味だ? 父上が見せた温情の映像か夢だとでも思ったのか」
「えっと……」
説明しようとするが、出来なかった。自然に涙がぽろぽろと流れる。
「イライア?」
ビバルが心配そうな声を出した。さすがの兄も表情が曇る。様子が変だと気づいたようだ。
「何をされた?」
兄から聞かれるが返事は出来ない。兄も、ビバルも、自分が死ぬ映像をイライアが見せられていた知りたくはないだろう。
とはいえ、何も知らない人間には、この態度は不審に思われるだけだ。
「イライア、質問にはきちんと答えろ」
この言い方ではまるで自分が駄々っ子のようではないか。そんなふうに余計な事を考えながら意識をそらす。
イライアが口を割らないのが分かったのだろう。兄は不機嫌そうに鼻を鳴らして視線をそらした。ほっとする。
「ビバル陛下、聞けるのなら聞いておいてください。僕にはまだしなければいけない事があるので」
エルナンがそう言うと同時に目の前の地面にいくつもの魔法陣が現れた。形から言って全部魔法に使う陣だ。イライアはどの魔法陣も初めて見る。
王や王太子しか知らない魔法だろうか。イライアは恐怖心も忘れワクワクした。魔術や魔法について研究するのは好きだ。
次にエルナンはその陣に石化されたマルティネスを移動させる。それと同時にその足に魔法の蔦を絡ませ逃げられないようにした。
全ての準備が整ったのだろう。兄が満足そうに口角をあげた。明らかに勝ち誇っている顔だ。
「イライア、石化を解くぞ。いいな」
いきなりそんな事を言われ面食らう。だが、口は反射的に『はい』と答えてしまっていた。昔は主従関係だったので無理もないのかもしれない。
魔術を解いて大丈夫だろうかとも思うが、マルティネスの足は魔法の蔦が絡まっているのだ。心配はいらないだろう。とはいえ、少しだけ心配なので魔力封じの術を用意しておく。
「必要ない。魔力封じの魔法は陣に入ってる。お前は弱ってるんだから休んでろ」
すぐにそんな言葉が飛んで来た。不満に思いながらも術を引っ込める。
エルナンが手を動かすとすぐにマルティネスの石化が解ける。それと同時に目が覚めたのか驚いてあたりを見回している。そして自分を拘束している蔦を見つけ鬼の形相になった。目の前にいる彼の息子を憎々しげに睨みつけているのが見える。
「セドレイ、貴様……」
「形成逆転、と言ったところでしょうかね、父上」
エルナンは勝ち誇った顔をやめない。
「この裏切り者が!」
「何の話でしょう? 私は大国アイハの最高権力者がこれ以上罪を重ねるのを憂いているだけですよ」
「何だと?」
「他国の王族を殺し、その次代の妃にも手をかける。それだけでも重罪なのに、魔術師にあるまじき行為までしていたとは。とても残念です」
「い、一の姫が何を言ったのかは知らんが、私は精霊の事など知らん!」
口を滑らした。エルナンは満足そうに唇の端をあげる。それでマルティネスは自分が失言をした事を悟ったらしい。
「そうですか。精霊に何かしたんですか。ああ、そんな事をした者が一国の王だなんて!」
しらじらしい様子で嘆く。マルティネスが悔しそうにうなった。
「それで私に何をする気だ。国王に背くなど許される事ではな……」
「父上」
マルティネスの言葉を遮り、エルナンが冷たい声を出す。その声はもう何を言っても無駄だと周囲に知らしめるような低い声だった。関係のないイライアも恐怖に震えそうになる。
そんなふうに周りも圧倒している事など気にもとめずエルナンは不気味に笑う。
「父上、この陣が何なのか分かりますか?」
そう言われて初めて魔法陣の存在に気づいたらしい。かなり焦っている。彼の足を絡めている蔦はその魔法陣から出ているのに鈍いな、とイライアは思った。
「貴様! やる相手が違うだろう! 勘違いなら許してやる! さっさと蔦をほどけ!」
「いいえ。間違ってなどいませんよ」
「嘘だ! おい! 一の姫! 私のかわりにこの魔法陣に立て!」
いきなり話がこちらに来る。イライアは必死に首を振った。あんな怪しげな魔法陣に立つのなど嫌だった。
「イライアは後で」
なのに兄は残酷な宣告を落とす。
「ちょっと待ってください、お兄様! どういう意味ですか?」
「父上との決着はこれで着く。約束しただろう。儀式を伸ばすのは父上を倒すまで、と」
その言葉でこの魔法陣が何なのかイライアには分かってしまった。
「きちんと見ておけ、イライア。後でお前も体験するのだから」
「はい」
厳しい王太子はそれ以外の言葉など受け付けないだろうという事は分かっていた。
「セドレイ! 貴さ……」
《アイハ王国の現セドレイ、エルナンがこの術を行使する……》
長い長い呪文が始まった。こうなるともう誰にも止められない。魔法をかけられるマルティネスは声が出せないようになっている。イライアはこの魔法を止めれば強い呪が術者である兄にかかる事を知っている——大きな魔法は大体そういう事がある——ので口を出せない。ビバルはそれを知っているイライアに必死に口を塞がれていた。
エルナンが呪文を唱え終わると魔法陣から結界のような膜が出来てマルティネスを包んだ。かなり苦しいようで時々うなり声が聞こえる。エルナンはほっとしたように息を吐いた。その『やっと終わった』という用な雰囲気が怖い。
不意に兄がこちらを向いた。イライアが思わずビバルにしがみつく。どうやら力を入れすぎたようでビバルが『ぐぇ!』と苦しそうな声を出した。イライアはすぐに謝って腕を緩める。
兄の肩が震えている。何だろうと思う間もなく大笑いが始まった。
「お兄様! 笑う事はないではないですか!」
「お前のうろたえぶりがおかしくてな」
どうやら話しても大丈夫なようだ。
「お兄様……」
「ん?」
「わたくしもやはり儀式を受けなければいけませんか?」
「当たり前だろう。誰のせいで僕が危機に陥ったと思ってるんだ」
そう言われては何も言えない。イライアは兄が尋問された事を知ってしまったのだから。
「ああ、どうやら知ってるみたいだな」
「巻き込んでしまって申し訳ありません、セドレ……いえ、エルナン陛下」
ビバルが息を飲む音がする。そう呼ぶのは少し早かったかもしれない。それでもアイハの魔力をなくした父が王でいる事はない。兄が咎めないのがその証拠だろう。
「いいえ。前王がレトゥアナ王国にした事は許される事ではありません。父に代わりお詫び申し上げます、ビバル陛下、イライア王妃陛下」
深々と頭を下げる兄をイライアは複雑な思いで見ていた。
こうなっては謝罪を受けるしかない。もちろんビバルはそれをためらわないだろう。でもイライアはずるいと思った。これで済んだ事にされるのはどうなのだろう。
案の定ビバルは謝罪を受け入れる。
視界の端で、父を覆っていた魔法の膜が消えていくのが見えた。儀式が終わったのだろう。イライアは少しだけ身を固くする。
その父は目を開くときょろきょろとあたりを見回している。様子がどこかおかしい。一体どうしたのだろう。
「ここは……どこだ?」
その口から出て来た第一声にイライアは凍り付く事になってしまった。
総合評価100pt達成しました。皆様ありがとうございます。
現在記念SSを執筆中です。
イライアとビバルの出会いの話です。
書き終わったら活動報告にアップする予定なので楽しみにしていてくださいね。(そのときは、最新話の「あとがき」欄でお知らせします)




