対峙
第四章の「5」スタートです!
*人を痛めつけるシーンがあります。苦手な方はご注意を。
「何ですって!?」
ここの精霊達に危機を知らせにいっていたリーチェと合流したイライアは、彼女からとんでもない報告を受けていた。ジェスチャーによると、父が子供の精霊を人質にとっているらしい。精霊達がレトゥアナへの侵入を許さないから強硬手段をとったのだろう。
精霊がどうやって発生しているのかはあまり知られていない。それでも誕生したての精霊と長い間生きている精霊の区別はつく。城にいる者たちは比較的長い時を生きている精霊が多い。とはいえ、イライアがいる間に生まれた精霊たちもいるにはいるが。
だったら助けに行かなければいけない。きっとそこで戦う事になるのだろう。
他には何かまずい事はないかと考え、何気なくあたりを見て息を飲む。
孤児院の周りを色のついた結界がしっかりと覆っていたのだ。おまけに何かあったのかそれがどんどん強くなっていく。
間違いなく犯人はアリッツだろう。あの黄色はイライアが教えた時に使った色だ。
「ああ、もうっ! 次から次へと!」
つい悪態をついてしまう。一応宿はとってあるが、今日は泊まれないだろう。
精霊を助けに行く前に甥っ子を止めなければいけない。イライアはすぐに駆け出した。
そちらに集中していたせいで、すぐそばで発動した強い魔術の気配に反応するのが遅れた。とはいえ、嫁入り前に兄にしっかりと特訓されたおかげで、なんとか対処出来た。毎回、どうしてこうなるのかと思うほどの複雑な魔術式を組む兄の魔術に比べれば、はるかに解きやすい。
イライアが振り向くと、案の定、父が立っていた。それも子供の精霊を手にしている。身体をしっかりと掴まれ苦しそうだ。隣にいるリーチェの目に怒りが浮かぶ。きっとイライアも似たような表情をしているのだろう。
「精霊に危害を加えるなんて。同じ魔術師として恥ずかしいですわ」
目には冷たさを残したままつんとすまして言う。
「偉そうに。『魔女』が! 恥を知れ」
その言葉で、イライアは父がここに来た理由を知った。とりあえずとぼける事にする。
「まあ、『魔女』ですって? 何の話ですの?」
「とぼけるんじゃない。セドレイを尋問させてもらった。しっかりあいつの口から聞いたぞ」
頭を抱えたくなった。だが、そうすれば自分が『魔女』の正体だと教える事になる。
「まあ、セドレイ・エルナンが? お兄様もおかしな事をおっしゃるのね」
「これが証拠だ」
マルティネスはそう言って映像魔術を使う。そこには魔術の蔦に拘束され、目がうつろになった兄が、意思に関係なく、イライアの秘密を喋っていく姿が見えた。
そっと魔術を解析する。実際にあった記憶を映像としてみせる魔術だ。本当に兄は尋問されたのだろう。
解析している事はマルティネスにも伝わったのだろう。勝ち誇った顔をされる。
イライアはうつむいて一つ深呼吸をする。そして冷たい笑みを浮かべてマルティネスを見つめた。
「そこまで見せられては言い逃れは出来ませんわね。いかにも。わたくしが『魔女』ですわ。以後お見知り置きを、愚王マルティネス」
わざと丁寧におじぎをする。『愚王』と言われ、マルティネスの目に怒りが浮かぶ。いい気分だ。
「いいから精霊を離していただけませんか?」
「嫌だと言ったら?」
精霊がきちんと人質になっているのが分かったのだろう。マルティネスはにやにやと笑っている。おまけに精霊を掴む力を強めた。
目だけでリーチェに合図を送る。リーチェはすぐにマルティネスに飛びかかった。突然攻撃され慌てているのが見える。イライアはその隙をついてマルティネスの手に強い雷の魔術を落とした。マルティネスが悲鳴を上げ、手を開く。
マルティネスの手から落ちた精霊はリーチェが受け止めてくれた。視線を送ると、遠くの方に連れて行ってくれる。とりあえずは安心だ。
「もう人質はいませんわね」
わざと嘲笑するように言った。マルティネスが不機嫌そうに眉を潜める。
「私の娘はずいぶんと生意気だね。昔は可愛かったのに」
「『可愛い』というのが『利用価値がある』という意味ならば、もう一生わたくしは『可愛く』はならないでしょうね」
「これでもか?」
マルティネスの言葉と同時に体の中で火が燃え上がった。幻覚魔法だ。それが分かっているのに熱くてたまらない。
「どうした。アイハ王家に害を為す『魔女』はその程度なのか?」
苦しくてたまらないのにマルティネスはさらに嘲笑の攻撃を加える。先ほどのお返しも含んでいるのだろう。
「私に服従し、レトゥアナ王国を差し出すというのなら許してあげよう」
「誰が……愚王マルティネスなどに……」
言い返すと、マルティネスの目が怒りに満ちる。
「いいだろう。私にはアルチュレタの人間と違って予言の力はないが、お前達の未来を見せてやる」
マルティネスがゆっくりとイライアの方に歩いていくのが見える。だが、幻術とはいえ、体の中で炎が燃え上がっている状態では逃げる事もかなわない。
ついに目の前に来たマルティネスがイライアの頭に手を置いた。魔法をかけられているのが分かるのに抵抗するすべもない。
目の前にビバルの姿が浮かんだ。そのビバルはイライアに助けを求めながら火あぶりにされていく。勿論これは幻覚だ。だが、彼を愛する女を苦しめるのは幻覚で十分なのだ。イライア自身にもそれが分かった。
ビバルが焼け尽くされると、その炎は王都にうつる。そしてレトゥアナ王国全体に広がって行った。焼け尽くされる建物。炎に飲まれあっという間に死んで行く知り合いの村人達。恐怖の声まで本物そっくりだ。
幻覚の中でイライアは完全に無力だった。独りぼっちで焼け尽くされる国を見ている。目をそらしたくてもそらせない。イライアの記憶を利用し、マルティネスも知らない実在の人物を使われているせいで、これが本当に起こっている事なのだと考えそうになる。
マルティネスにはイライアがレトゥアナ王国を大事に思っている事などお見通しなのだろう。でなければこんな魔法は使わない。
幻影魔法に翻弄され、少しずつ弱っていく宿敵を見るのが楽しくてたまらないのか、マルティネスはずっと口元に笑みを浮かべていた。ただ、目だけは彼女をきつくきつく睨みつけていたが。
「辛いか? 魔女よ。お前のせいだよ。お前がすべて悪いんだ」
おまけに先ほど魔術の蔦に絡められた兄が魔力を抜かれぼろぼろになっていく姿を見せられる。
本当にマルティネスはイライアの弱みを知っている。
止めとばかりに体中に本物の雷魔術を流され、イライアは地面に倒れ込んだ。マルティネスは不気味に嗤いながらイライアの喉をなでる。
「これが『魔女』の最期か。ずいぶんとあっけなかったな」
首にマルティネスの大きな指が巻き付いた。
赤ん坊の時に見た予言のヴィジョンが現実に重なる。それだけでイライアから抵抗する気力が抜けてしまう。結局、自分は悲劇を回避出来なかったのだ。反撃の魔術もあらかじめいくつも用意しておいたのにどれも使えなかった。それでも相打ちくらいはしようと、そっと用意している魔術の一つをすぐに発動出来るようにしておく。そうすればみんなを守れるだろう。
「何か言い残した事があるのか? 今なら聞いてやる」
マルティネスが最後の温情を示す。イライアは黙って覚悟を決めるつもりだった。
「やはり……生まれた時に見た予知の通り、あなたはわたくしを絞め殺すのですね」
なのに口からは恨み言が出て来た。マルティネスの動きが止まる。その時のイライアには自分がどんなに辛そうな表情をしているか気づいていなかった。
「お前は……」
マルティネスがどこかショックを受けたような顔をする。そしてイライアの顔を見つめた。
今までこんなにしっかりと顔を見られた事があるだろうかと考える。そう思うほど、自分は父と交流を持って来なかったのだろう。
指の力が弱まった。もしかしたら少しは分かり合えるかもしれない、とイライアはほのかな期待を持った。
だが、世の中はそんなにはうまくいかないものだ。
どこからか魔力の気配がする。よく知っている魔力が大半だが、その中にイライアが全く知らない魔力が混じっている。おまけに知っている魔力というものがまた問題だった。絶対にここに来るべきではない子供のものなのだ。いるとしたら遠ざけなければいけない。
そう考えると同時に突然横から強い風がマルティネスを襲う。マルティネスは飛ばされまいと近くの物を力強い手で掴んだ。
不幸だったのは、マルティネスの手の一番近くにあった物がイライアの首だったことだ。首を絞められ焦ったせいで、イライアはとっさに用意していた魔術を発動させてしまった。
それが失敗だったと気づいたのはマルティネスの指が石化し始めた時だった。でも、もう遅い。石化の魔術は始まってしまっている。
そのまま二人で強風を受け止める。
イライアは石化したマルティネスとともに地面に倒れ込む事になってしまった。指を振りほどきたくとも石の指相手では引きはがせない。だんだんと視界がぼやけていく。
「イライア!」
ぼやける意識の中、何故か愛しい夫の声が聞こえた気がした。




