対策会議
心底愛おしそうに彼の息子を抱っこして現れたエルナンにため息が出そうになる。
案の定だ。イライアが、『アリッツに会ったらお兄様は暴走するかもしれない』と言っていたが、その通りになったようだ。さすがは妹だ。兄の事をよく分かっている。
きっとこれから『この子を連れて帰る!』と言うのだろう。ビバルは頭を抱えたくなった。
そのアリッツはビバルを見て目をぱちくりさせている。
「お、王様!? どうしてここに!?」
「こんばんは、アリッツ」
「こ、こんばんは、国王陛下」
とりあえず挨拶をすると、アリッツもそれに返してくれる。少しずつきちんとした挨拶も覚え始めているようだ。抱っこされたまま、と言うのが子供っぽいが、エルナンが離さないのだから仕方がない。
マルセラが慌てて子供用の背の高い椅子を用意する。エルナンはすぐにアリッツをそこに座らせた。おまけにその隣の椅子に座り、頭を優しくなでている。息子に会えた事をものすごく喜んでいるのだと分かる。
「すみません、ビバル陛下。この子がどうしても作戦会議に加わりたいと言って聞かないもので……」
何故かエルナンはアリッツを連れて来た事を彼のせいにしている。
「セドレイ・エルナン!」
名前を呼んで非難を表す。
「ほらみろ、ハシント。お父様は怒られちゃったじゃないか。国王陛下もお前が心配なんだよ。お部屋にもど……」
「さっきパパいいって言ったじゃん! うそだったの?」
「いや、嘘じゃないけど……」
「だったらぼくも手伝う。ぼくに出来る事なら何でもする! だからここにいさせて! こわいんだ!」
どうやらアリッツが駄々をこねたのは本当だったらしい。エルナンを疑って申し訳ない気持ちになる。ただ、説得はやって欲しかった。大体、エルナンが子供の寝室に向かったのは、ものすごく目立つ結界魔術を止めるためだったはずだ。それがどうしてこうなったのだろう。ビバルはまた頭を抱えたくなった。
「怖いってどういう事だ?」
「小さい人が大さわぎしてるんだ。大変だ大変だって動いてる。だからぼくみんなをまもって……」
アリッツの目にじわりと涙が浮かんだ。それが次々と床に落ちてくる。涙の量はどんどん増え、ついに大泣きを始めてしまった。エルナンがおろおろしている。子供の相手など、あまりした事がないのかもしれない。
仕方がないのでビバルが説得する事にしようと決める。アリッツは頑固で一度決めた事はやり通す正確なので難しいかもしれないとは思った。でもきちんと大人として、王として言わなければいけない事はあるのだ。
「アリッツ、予定には明日は薪割り当番だって書いてあったね」
「え? うん」
「だったらはやく寝なきゃ駄目なんじゃないかな。何でかは分かるね?」
アリッツはうなずく。だが、引き下がる気はないようで、じっとビバルの目を見ている。『お願い、王様』とでも伝えたいのだろう。
「駄目。休みなさい」
厳しく言う。アリッツはアイハ王国の王太孫だ。今、外に出したらとても危険だ。孤児院で普通の子供として眠っていた方がずっと安全なのだ。
ビバルの許可を取れなかったアリッツは今度はエルナンの方に向き合う。王様より説得しやすいとでも思ったのだろうか。
「僕もお前が外に出るのは反対だ」
「そんな……」
アリッツがショックを受けたような顔をする。先ほどまで許可を出していたのだ。裏切られた気分なのだろう。
「ただ、お前が何も知らないのも危ない。だから話は聞かせる。そのかわり、それが終わったら眠りなさい。その時は僕が睡眠補助の魔術をかけてあげよう。それでいいか? ハシント」
「じゃあお手伝い出来ないの?」
「外には出せないけど、出来る事が一つだけある。お前にはそれをしてもらおうと考えているよ。簡単だけど大事な仕事だ。出来るね?」
「え!?」
ビバルとマルセラの声がはもった。
「待ってください。アリッツはまだ子供なのですよ。その子に負担を強いるなんて……」
マルセラが慌てている。無理もない。ビバルだって彼がアリッツに何をさせるつもりなのか検討もつかないのだ。
「そして失礼ですが、あなたは誰なのですか? アリッツの父親だという事は国王陛下から聞いておりますが」
今更な質問だ。ただ、今回はアリッツが出していた結界を止めるために急いでいたので、ビバルの知り合いという事で通してもらっていた。後から説明したが、彼女のいう通り、アリッツの実の父親だという事しか話していない。マルセラにとっては怪しい人物なのだろう。
きちんと紹介した方がいいと考えるより先に、エルナンが口を開いた。
「ああ、自己紹介をしていませんでしたね。私はエルナン・セドレイ・デ・アイハ。アイハ王国の王太子で、この国の王妃であるイライア陛下の兄です」
マルセラが言葉を失った。アリッツもぽかんとしている。
「王妃様の……お兄ちゃん?」
「そうだよ、ハシント」
「じゃあぼくは……」
「イライアの甥っ子という事になるね」
優しく説明しているが内容はすごい事だ。ビバルは内心呆れながらそれを見守った。アリッツは実感がわかないようでぽかんとしているが。
このままでは話が進まない。強引にでも戻す事にする。
「それで、セドレイ・エルナンはアリッツに全てを話すんですか?」
「そうするしかないでしょう。あの男がレトゥアナに入って来ていなければいいのですが、もしどうにかして入っているとしたら、ハシントが作った結界も見るはずです。最悪の場合、人質に取られるかもしれない」
「人質……」
マルセラが顔面蒼白になっている。無理もない。
「その点に関しては大丈夫ですよ、院長先生。私がもっと強力で目立たない結界を張っておきましたから」
「大丈夫! なんかあったらぼくがおっぱらうから」
エルナンの頼もしい言葉の後に、アリッツの不安な言葉が続く。本当に大丈夫だろうかと心配になってしまう。エルナンも同じように感じたようで、アリッツに厳しい目を向けた。
「ハシント、お前はやる事を終えたら休むんだ」
「えー」
「『えー』じゃない! これ以上駄々をこねるようなら、今すぐ部屋に戻ってもらうぞ」
父親の厳しい言葉にアリッツはしぶしぶと言ったように大人しくなる。どうしても協力したいらしい。
「それで、アリッツが狙われるとはどういう事なのでしょうか?」
マルセラが不安そうに尋ねた。エルナンが困ったような顔をする。
「院長先生、この事を話せばあなたも巻き込まれる事になりますよ」
つまり、部屋を出てくれと暗に言っているのだ。
「いいえ。ここまで知ったからには聞いても聞かなくても結果は同じでしょう。それに、子供たちの問題は院長である私の問題でもあります。もし、国王陛下とエルナン王太子殿下の許可がいただけるのならば私も同席いたします」
「マルセラ……!」
つい驚いた声が出てしまう。マルセラらしいというのは昔の彼女を知っている事で分かる。それでもそんな声が出てしまったのは、内心、彼女を巻き込みたくなかったからだろう。
それとは逆にエルナンは穏やかな表情をしている。
「分かりました。院長先生にその覚悟があるのでしたら私はもう止めません」
その横顔はどこか嬉しそうに見えた。
****
どうやら自分の息子は幸せに暮らしていたようだ。それはハシントが孤児院長やビバルの事を信頼しきっている事、院長が『この孤児院の子供の問題は自分の問題だ』と言い切った事で分かった。それはエルナンにとっても嬉しい事だった。
だから、エルナンはマルセラを含む部屋にいる全員にしっかりと事情を話した。今までの父親との確執、彼がレトゥアナ王国を属国にしようと企んでいる事。その父が明日はレトゥアナに来て王妃である妹と対決する事。
話が妹の危機にさしかかったとき、ハシントの顔色が変わった。無理もないと思う。ハシントはイライアに懐いていたのだろう。イライアもハシントをかわいがっていたに違いない。危ないと分かっていながら魔術を教えた事からもわかる。
「王妃様、勝つよね?」
それでもそう言う所をみるとよほど彼女の実力を信じきっているらしい。過信と言ってもいいくらいだ。うなずいて同意する。エルナン自身は『どうだろう』と思っているが、そうしないとハシントが『王妃様が大変? ぼくも助けに行く!』と言いかねないのだ。だから安心させてやる必要がある。
「それに僕たちが助けに行くから大丈夫だよ」
安心させるように微笑んでみせる。
「それでぼくは何をしたらいいの?」
ハシントが真剣な顔をして尋ねてくる。ずっと手伝いたいと言っていたのだ。それでもせかしすぎだと思う。
「それはこれからきちんと説明するから」
エルナンがそう言うと、ハシントはきちんと姿勢を正して聞く体制になった。おりこうにしていなければいけないとでも考えたのだろうか。
まず闇属性について知っているか尋ねると、それは何? と返って来た。なので、簡単に闇属性と光属性について話す事にする。ただ、その二つの属性を持つ王族がどうして生まれたのかはエルナンでも分からないので説明は出来ないが。
「そのぞくせいってどうやって分かるの?」
「他の人からはあんまり分からないんだけど、光属性は闇属性が簡単に分かる。闇属性が怒りなんかに支配されてると黒い霧のような形で見える事がある。父上からは最近、常に出てるな。癒すのを嫌がるからどうにも出来ないが」
「ああ! あの黒いもやもや!」
アリッツが納得したようにぽんと手を打つ。彼によると、少し前にイライアから出ていたのを癒した事があるらしい。きっとエルミニアに関わっていた頃だろう。随分苦しんだのだと分かる。
「あと……」
「ん?」
「ぼくが赤ちゃんのとき、ぼくをつれて行ったおじさん、ぼくのおじいちゃん? から出てた。肩をぽんぽんってしたらおさまったけど」
「何だと!?」
エルナンはまじまじと自分の息子を見てしまった。
詳しく話を聞いてみると、どうやら父はハシントも殺そうとしていたらしい。体を掴まれ、ナイフで刺されそうになったのだそうだ。だが、幸運な事に、ハシントはマルティネスに向かって無意識に癒しの魔法を使ったらしい。そして正気に戻った父に『危ないから』という理由で何故か遠い場所まで連れて行かれ、一枚の紙とともに置いていかれたのだそうだ。
つまり、ハシントを捨てた時の父は憎しみの心に汚染などされていなかった。なのに、父は彼の孫息子を捨てたのだ。
ふつふつと怒りがわき上がってくる。
「セドレイ・エルナン!」
ビバルの厳しい声にはっとすると、目の前のハシントがびくびくと怯えていた。エルナンは相当怖い顔をしていたのだろう。
「ごめんな、ハシント。お前に怒ったわけじゃないんだよ」
「う、うん」
ハシントはまだ戸惑った顔をしている。お詫びとして頭を撫でてあげた。
「それで、一つだけ、二度とその黒いもやもやを出さなくする方法がある。これから僕は、その魔法をお前のおじいさまに実行しようと思っている」
エルナンの声で真剣さが分かったのだろう。部屋の中が静かになった。
「ただ、父上は嫌がるだろう。だから不意打ちでやる事にしたいんです。ビバル陛下、あなたには、囮としての魔術を出していただきたいのですが……」
「マルティネス王の注意をそらすためですね」
ビバルは一発で理解したようだ。
次に、エルナンはハシントに向き合った。
「ビバル陛下は魔力が少ないから他の人の魔力を足して魔術を使うんだ。そしてその魔力をお前に提供して欲しいんだよ、ハシント」
誰かが息を飲む音が聞こえる。ハシントが大きく目を見開いた。それほど大きな役割だとは思わなかったのだろう。それでも、その直後に幸せそうな顔をしたのは、蚊帳の外にされているわけではないと分かったからだろう。
「わかった。どうやるのか教えてください、パパ」
息子が真剣な目で見つめてくる。エルナンは優しくうなずいた。
これで第四章の「4」は終了です。
次から第四章の「5」が始まります。




