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愛国妃  作者: ちかえ
第四章 家族編
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父子の対面

 何か嫌な予感がした。


 どこか空気が緊迫しているのだ。アリッツと王妃と王太后にしか見えない小さい人たちもどこかぴりぴりしている。いつもは元気にはしゃいでる彼らには珍しい事だった。


 何か、このあたりでとんでもない事でも起こるのだろうか。だったらこの孤児院も危ないかもしれない。


「さあさあ、みんな。もう寝る時間ですよ」


 院長のマルセラが寝るように言ってくる。寝る時間とは言っても十歳より小さい子達の話だ。もっと大きな子供達はもう少しだけ起きている。


「やだ! おれもっと遊びたい!」


 友人のマルクが駄々をこねる。いつもの光景だ。アリッツだって、この『駄々こね組』に何度も入ってマルセラに叱られた。今も変な空気を感じなければ加わっていただろう。積み木で町づくりをして楽しんでいたのだ。一生懸命作った壁や建物を崩さなければいけないのは嫌な事だった。


「マルク! わがまま言わないの」


 マルクは当然のようにスサナに叱られている。これもいつもの光景だ。もっと小さい頃から見慣れている。彼女は成人する前からこうやって駄々っ子やいたずらっ子を叱って来たのだ。もちろん、アリッツもしょっちゅう叱られている。


「もう寝ようよ、マルク。ぼく眠いよ」


 でも今回は違う。アリッツもスサナの側に回る。安全に寝てもらわなければ困るのだ。


「あら、今日はいい子ね、アリッツ」


 スサナがからかうような口調で言ってくる。それだけいつものアリッツが駄々こねっ子なのだろう。


「ぼくはいっつもいい子だよ、スサナねーちゃん」

「こらぁ! 『スサナ先生』って呼ばなきゃ駄目でしょう!」


 叱られた。もちろんスサナが本気で怒っているわけではない事はよく分かっている。これはただのふざけ合いの一部なのだ。


「はぁーーい、スサナせんせーい」

「こら!」


 だからアリッツもふざけて返す。途端にスサナに軽い拳骨を食らう。拳骨とは言っても殴っているわけではない。拳を頭に乗せるだけのものだ。


 こうやってみんなとじゃれ合うのが楽しい。この幸せを壊されたくはないのだ。


「アリッツひでー!」

「だって明日、ぼく、まき割り当番だもん」

「あ、そっか。じゃあ早く寝なきゃダメだね」


 マルクは大人しく引いた。薪割りは斧を使うのでケガをしやすい。十分に睡眠をとらなければいけないと大人たちに厳しく言われている。

 昔、寝不足の状態で薪を割っていた子供が斧を落っことして酷い怪我を負ったという話をアリッツたちはいつも聞かされている。

 だからこそ慎重にならなければいけないのだ。


 特にアリッツはこの薪割りを始めてから一年ほどしか経っていない。ちょっと前までは年上のお兄さん達の補助付きでないと出来なかったくらいなのだ。特に気をつけなければいけない。


 寝室に行ってベッドに入る。アリッツはまだ小さいので下の段だ。上には三歳年上のアルベルトが寝ている。もう少し年を重ねたら自分も上の段で眠れるのだろう。その日が楽しみだ。


 みんなで就寝の挨拶をするとすぐに消灯になった。みんなの寝息が聞こえる。


 部屋のみんなが寝静まったのを確認すると、アリッツはそっと魔術を発動させた。

 これは王妃に教えてもらった『けっかい』という人を守るための魔術だ。これを発動させておけば悪い人はその『けっかい』の中には攻撃できないらしい。アリッツはそれで孤児院の敷地を囲った。これなら小さい人がざわめいている原因も孤児院に危害を加えられないだろう。


 本当は勝手に魔術を使ってはいけないと王妃にきつく言われている。きっとこれを知られたら叱られるだろう。叱られるのは苦手だ。マルク達と木の上で喧嘩した時は王妃とマルセラにものすごく叱られた。そしてもう二度とするな、ときつく言われた。

 それでもこれは譲れない。


「みんな、ぼくが守ってあげるから……ぜったいに守るから」


 もう夜なのだ。眠くてたまらない。それでもこれを緩めたら危ないという思いがアリッツの意識を覚醒させていた。


 どれくらい経っただろう。突然、玄関の方が騒がしくなった。マルセラと誰かが言い争っている声がする。そのこちらまで伝わってくる緊迫した空気に、アリッツの目は完全に覚めてしまった。


 そして院長と争っていた人——声からして男の人だろう——がこちらの方に近づいてくる足音がする。アリッツは『けっかい』を出しながらも布団に潜り込む。


 だが、アリッツの願いもむなしく、男は部屋の扉を開けて中に入って来た。そしてアリッツの前で足を止める。


「君、ちょっといいかな?」


 厳しい声が振ってくる。怖い。でもこんな事で怖がっていては騎士にはなれないだろう。


 ほんの少ししかない勇気を振り絞ってアリッツは布団から出た。そして男を睨みつける。


「誰? みんなに何をする気なの?」


 精一杯きつい目で見たはずなのに男は平然としている。


「みんなには何もしない。ただ、君と大事なお話がしたいだけだ」

「話ってなに……ですか?」


 初対面の人には丁寧な言葉遣いをしなければいけないといつも言われている。でも本心は、こんな怪しい人に丁寧な言葉は使いたくない。


「君が……」


 そこまで言って男は黙った。何故かまじまじとアリッツの顔を見ている。じろじろと見られるのはあまりいい気がしない。


「な、何?」

「……ハシントか?」


 その言葉に今度はアリッツが息を飲んだ。


「何で……」


 つい、そういう言葉が口から出てくる。


 アリッツはその名前を知っていた。それが自分の名前だという事も知っている。生まれた時に母親がその名前で呼んでくれていたからだ。


 生まれた瞬間は幸せだった。母親と周りの人がとても嬉しそうにしていたのをよく覚えている。その直後に剣を持った男が母親を刺し、『ハシント』を攫っていくまでは。


 だからこそ、この名前は『呼ばれるはずもない』ものだった。


「ハシントなんだな?」


 アリッツのその反応に男は確信を込めてそう呼んだ。


「おじさんは誰?」


 きつく問いかける。おじさんと呼ばれるにはこの男はまだ若そうだが別にいいだろう。何故かアリッツの秘密を知っている怪しい男にはそれでいい。


 男はそれに答えない。黙って手を出し、彼の魔力を出す。そうして『けっかい』のために出したアリッツの魔力に重ねた。


 その結果、アリッツの脳裏に浮かんで来た『答え』にまた息を飲む。


「ぼくの……パパ……?」


 何故かは分からない。それでも互いの魔力が自分たちは直系の親子なのだと教えてくれている。


「そうだよ、ハシント。僕はお前の父親だ。最初はまさかと思ったが、間違いないようだな」

「どうしてパパがここにいるの?」


 それは当然の疑問だ。何故、突然、会った事もない自分の父親が現れて厳しい言葉で話しかけて来たのか、アリッツにはさっぱり分からないのだ。


「あー。……まあ、いろいろあったんだ」

「何があったの?」

「それは……」


 父が口ごもった事で、困った事が起きていると伝えてくれる。だからこそ不安になった。そしてこれはアリッツの感じている『嫌な予感』に関係するものだと直感する。


「心配するな。全部僕たちが解決する。ハシントはゆっくり寝てなさい。それと結界は閉じてくれ。もっと強いものを僕が張るから。いくらなんでもこの方法で一晩中はきついだろう」


 どうやら父はアリッツを問題には関わらせたくないようだ。


「全部終わったら『お父様』が迎えに行くからいい子で……」

「何があったの!?」


 もう一度きつく問いかける。


「何だよ、アリッツうるさいよ」


 ロドリゴの寝ぼけた声が飛んでくる。その声で今が就寝時間だという事を思い出した。


「ほら、お友達もうるさいって言っているよ。いいからお前は寝なさい」

「やだ! 寝ないよ。パパが話してくれるまで寝ない」

「どうしてだ?」

「ぼくはきしになるんだ! みんなを守るんだよ! だから見てないふりをして寝てるなんてイヤだ」


 父の目を見てはっきりと言う。父は目を見開く。


 しばらく睨み合う。やがて折れたのは父の方だった。


「頑固な子だな。一体誰に似たんだか」


 そう言ってアリッツを抱き上げてくれる。


「じゃあ話だけはしてやる。ただし、指示にはきちんと従えよ。出来ないようなら強制的にベッドに放り込むから」

「はぁい」


 納得はいかなかったが仕方がない。父がお願いを聞いてくれたのだ。これ以上はわがままは言えないだろう。


 ただ、まだ不安はあった。


「あ、あと……」

「ん?」

「勝手に『魔術』を使った事、王妃様にはナイショにして。しかられちゃう」


 その言葉に父が吹き出した。何がおかしかったのかアリッツにはさっぱり分からなかった。ただ、真剣なお願いを笑われたのには少しだけ気分を害す。それでも言わないと約束してくれた事で安心する。


 そのまま、父はアリッツを抱き上げて、いつもマルセラが客を迎える部屋に歩いていった。

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