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愛国妃  作者: ちかえ
第一章 アイハ編
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天敵

「おのれ! いまいましい魔女め!」


 不機嫌そうに食堂に入って来たマルティネス王は開口一番そう言い放った。

 ビバルはついぽかんとしてしまう。『魔女』とは何だろう。


「まあ、性懲りもなくまた現れましたの? 一体今度は誰が被害に?」


 イライアは心配そうにマルティネスを見ている。


「カラスコ侯爵だ。あいつまで被害に合うとはな」


 あらまあ、と王妃バルバラは呆れた声を出す。その隣では第二王女のフローラが慌てて身を乗り出す。


「カラスコ侯……って父さまの腹心ではないですかっ! 彼までそんな目に?」

「大胆不敵になってきましたね。彼を狙うとは……」


 王太子であるエルナンも眉をひそめている。


 事情を知らないビバルはまったく話について行けない。


「あの、『魔女』とは誰なんですか?」


 前菜の皿が出されたタイミングで隣にいたイライアに尋ねる。さすがに怒っているマルティネスを刺激する気はないので小声でだが。


「お父様の宿敵よ。何でもお父様のお仲間を魔術で苦しめてるんですって。苦しみのあまり気が狂ってしまった方が続出してるの。体を蝕んで徐々に体力を奪う魔術を施しているみたい」


 あれはもうほとんど呪いだわ。ため息を吐きながらそう締めくくる。


「え? でもアイハの王族は全員魔力持ちだったはずですが」

「そうね。でも姑息にもわたくし達の前には現れないのよね。まあ、現れたら無事ではいられないでしょうけど」

「いえ、そうではなく何故わざわざ『魔女』と呼ばれるのですか?」

「『魔女』というのは魔術を利用して悪い事をする女性の総称なのよ。主に王の政敵に使う言葉なの。言ったでしょう。彼女は……」

「……そういう事ですか」


 なるほど。『魔女』というのはアイハ王というよりアイハ王家にとって憎い敵らしい。


「何を話してる、一の姫! ビバル!」


 呼び捨てにされ、ビバルは少しだけ気分を害する。非公式の時のイライアでさえ『様』付けをしてくれるのだ。きっとマルティネスにとってビバルは『王族』ではないのだろう。

 しかし、その一方で『ビバル』と呼ばれるたびにエルナン達に申し訳ない気持ちもわいて来る。ビバルはマルティネスが自分の子供達を名前で呼んだのを聞いた事がないのだ。これがアイハ王家では普通なのだろうか。


「私の質問に答えろ、一の姫!」

「『魔女』とは何だ、と聞かれたから、知っている事を説明しただけですわ」


 イライアがそう答えると、マルティネスは獣のようにうなりながら前菜の皿を文字通りつつきだした。いや、皿の中身をかき回している。せっかくきれいに盛りつけられた料理がぐちゃぐちゃになっていくのを見るのは悲しい。


「あの女の目的は『マルティネス王の破滅』だそうだ」


 食堂にいた一同が息を飲む。


「へ、陛下の破滅! 彼女がそんな事を言ったのですか……? なんて、恐ろしい事を……!」


 バルバラは真っ青な顔をしている。それもそうだ。もし、マルティネスが廃位される事になったら彼の王妃であるバルバラも無事ではないのだから。


「私は王にはふさわしくないんだと」


 なんて恐ろしい事を言う女なのだろう。ビバルは身震いした。


「お父様、心配しなくても最後に正義が勝つと決まっているんですよ。ただ安心していればいいと思いますわ」


 行儀よく前菜を口に運びながらイライアが何事もないように言う。全く気にしていないように見える。


「それにそんなに狼狽している所を魔女になど見られたくないでしょう?」

「何だと? あの女がここにいると言うのか!」


 対するマルティネスはイライアの言う通り狼狽している。ものすごく情けないとビバルも感じた。


「わたくしが知るはずがないではありませんか。ただ、彼女の最終目的がお父様だと言うのならきっとどこかで見てるのではないかと思っただけです。面白がっているでしょうね、その狼狽ぶり」

「ぐ……」


 マルティネスが悔しそうに歯ぎしりをする。これも魔女が見たら面白がるだろうという事はビバルでも分かる。


「それよりビバル」


 突然矛先がこちらに向いた。思わずフォークを取り落としそうになるが、そんな事をしたらレトゥアナ王家の評判が落ちると考えしっかり握り直す。


「何でしょうか、マルティネス陛下」

「もし今後その魔女が関わって来ても無視すると誓えるか?」


 いきなりそんな事を言われてもビバルには何と答えていいのかわからない。


「それはどういう意味でしょうか?」

「言葉の通りだが?」


 やはりわけが分からない。マルティネスを敵にまわすほどの実力を持った魔女が小国の王子などに関わってくるわけがない。

 そう反論するとマルティネスは小さく笑った。


「甘いな、ビバル。お前はこの国ではレトゥアナ王国の代名詞だ。お前を味方に付ければレトゥアナ王国を味方に付ける事が出来ると考えるかもしれん」

「でも私は彼女の顔を知りません」


 反論したが、ふん、と鼻で笑われた。


「私だって知らん。誰も知らないだろ」


 知ってたら今頃拷問にかけて苦しめてやるのに。そう言いながら乱暴な仕種で前菜をがつがつとほおばる。王族のマナーとしたら最低のものだろう。いや、平民でもそんなマナーなどありえない。丁寧に作られた料理がかわいそうだ。もし、レトゥアナでビバルが同じ事をしたら、食べ物に感謝が足りないと、両親、兄、侍女らに叱られている所だろう。

 ものすごい勢いで前菜を食べ終わり、ふぅ、と息を吐いてからマルティネスはまたビバルを睨んだ。


「とにかく、妖艶な女が目の前に現れて『私と一緒にアイハ王国を滅ぼしましょう』とか誘惑されても無視しろ。分かったな?」

「は、はぁ……」


 困った結果生返事を返してしまった。だが、マルティネスはそれを肯定の返事ととらえたようですぐに食事に戻る。

食卓に気まずい沈黙が流れる。スープ、魚料理、肉料理が運ばれてくるが、全員無言でそれを片付けている。


「ね、ねえ、ビバル殿下はレトゥアナ王国からいらしたのでしょう? レトゥアナ王国のお話を聞かせてくださいな」


 沈黙に耐えきれなくなったのか第二王女のフローラが口を開く。だが、和ませるためとはいえ、その話題もどうなのだろう。


「レトゥアナ王国のお話、ですか? フローラ殿下」

「ええ、あたくし外国のお話が聞きたいんですの。いいでしょう」


 可愛らしく小首をかしげ、とんでもない事をお願いしてくる。マルティネスの前でレトゥアナ王国の情報を話せというのか。子供は無邪気なぶん、残酷なのだ。


「まあ素敵ね! そのお話わたくしも聞きたいわ」


 こちらの残酷さは故意のものだろう。ビバルは思わず声の主である第一王女を見つめた。


「せっかく隣国の王子殿下が遊学にいらしたんですもの。その国のお話を聞きたいと思うのは当然ではありませんか」


 にこにこ、と笑っているように見えるが目はまったく笑ってない。これは命令なのだと分かる。


 あまりの事にマルティネスも言葉を失っている。それもそうだ。まさか彼を七歳からずっと塔の中に幽閉していたなんて言えるわけがない。いくらマルティネスでも、まだ十歳のフローラ王女には何も話していないだろうという事はイライアの『遊学』という言葉からも分かる。確かにそれならばこの前の『賓客』という言葉も納得だ。表向きはそうなっているらしい。


「ね、いいでしょう、ビバル殿下」


 フローラがまたも畳み掛けてくる。イライアの目つきが少しだけ鋭くなったのは気のせいではないだろう。かわいいフローラのお願いが聞けないのかと目が言っている。


「こらこら、フローラ。ビバル殿下が困っているだろう」


 エルナンが助け舟を出してくれる。


「でも兄さま。姉さまだって聞きたいって言っているし……」

「そうだね。じゃあ茶会でも開こうか。美味しいお茶を飲みながらならゆっくりお話が出来るよ。お菓子もいっぱい出そうね。タルトにケーキにクッキー、それに果物のシロップ浸け。他にもいろいろ……」

「食べたい!」

「じゃあ決まりだね。明日の午後は開いていますか、ビバル殿下」


 全然助け舟ではなかった。おまけに外堀まで埋められてしまっている。


「でも明日も授業が入っていると思いますが」

「そんな……。残念だわ。お話聞きたかったのに」


 フローラが悲しそうな声を出す。


「お父様……」


 イライアの矛先がマルティネスに向かった。マルティネスは困った顔で自分の子供達を見ている。


「二の姫 、我が儘を言うな。茶会など開く必要はない。 大体 明日はお前達にも授業があるのだろう。セドレイ、 一の姫、お前達も妹をつけあがらせるんじゃない!」

「いつも自室でとっている午後のお茶をみんなで飲む。ただそれだけの事ですよ。サロンは僕かイライアのものを使いますし、父上にご迷惑はかけません。それに遠い外国のお話を聞くのも勉強のうちでしょう。……それともそれが許せない理由でもあるのですか?」


 エルナンに確信を切り出され、マルティネスは後ずさりしそうになるが、椅子があるのに気づき苦い顔をする。


「フローラがこんなに聞きたがっているのです。いいでしょう、お父様」


 イライアの言葉にマルティネスが、ぐぅ、と声を出した。勝敗は決まったのだ。


「わかった。茶会でも何でも開くといい!」

「わぁ! ありがとうございます、お父さま!」


 フローラの顔がぱっと華やぐ。


「よかったな、フローラ」


 エルナンは優しくフローラに微笑みかける。そんな姿を見ると嫌だとは言えない。


「明日、楽しみにしていますわ、ビバル殿下」


 イライアが笑顔で止めを指した。ビバルは出しそうになったため息をデザートの甘すぎるケーキを口に入れる事で飲み込んだ。

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