戦う決意
何かがおかしい。イライアはそれを王都に入った時から感じていた。
何故かは分からないが、どことなく嫌な予感がするのだ。どこか空気が緊張している気がする。
王城に近づいてもこの違和感は変わらなかった。むしろ増している。
一体何があったのだろう。
「どうかしたのですか? 王妃様」
モニカが不安そうに聞いてくる。彼女になら言っても構わないだろう。
素直に違和感について打ち明けると、モニカは不思議そうな顔をした。
「私には違いが分からないのですが……」
「そう……」
ではこれは魔術師特有の感覚なのだろうか。まじない師の血がイライアに何かの予感を教えてくれているのだろうか。だとしたらこれからとんでもない事が起こるのだろう。
いつも通り馬車を降りる。そこにいたのはいつもの侍女たちだけではなかった。城の海岸にいる精霊のまとめ役の一人であるリーチェが当たり前のように彼女達と一緒に並んでいたのだ。精霊は人間より小さいので妙に可愛らしい。だが、イライアには癒されている余裕はなかった。
「リーチェ!? 何故あなたが……」
驚きのあまり思わずイライアは声を出してしまった。周りの人が怪訝な目でこちらを見る。でも『何でもないのよ』と誤摩化したくはない。
だから『話せる時になったら話すけど今は言えない』と正直に言った。
侍女達は納得していないような顔をしていたが、とりあえず納得したふりをしてくれる。疑問があったら食い下がる人たちなのにどういう事だろう。まあ、追求されないならありがたい。
ビバルが待っているというので私室に向かう。何故か侍女と一緒にリーチェも着いて来た。
おまけにビバルが二人で話す、と人払いをしているのに、リーチェはまだ扉の前にいる。ただ、扉に結界をかけて開けられないようにはしていた。どういう事だろう。
「えーっと、リーチェ? 何をしているの?」
「私が頼んだんです」
リーチェに人払いの事を伝えようとした時、部屋にいるもう一人の人間が口を開いた。
「え? でもビバル様は精霊が見えないはずでは……」
「でもいるのでしょう?」
嘘は言うつもりはないのでうなずく。
「昨日洞窟に行って頼んだんです。リーチェかギジェにこの場にいてくれるようにと。どうやらリーチェがいるようですね」
「はい」
リーチェもイライアの隣でこくんとうなずく。それにしてもビバルがすでに精霊の名前を覚えていた事にはびっくりだ。わざわざ洞窟に行ってお願いをした事も。
「改めておかえりなさい、イライア。無事でよかったです」
何故か突然話が飛んだ。ただ、言っている事が嘘ではない事はその表情から分かる。
だからこそおかしい。ここまで感情的に『無事でよかった』と言われた事はなかった。
「道中、何か変な事はありませんでしたか?」
おまけにいつもは出ない質問まで出てくる。
「エレストス領のみんなは元気でしたよ。子供達もみんな可愛くて満足して帰ってきました。むしろ今の城やビバル様の態度の方が変ですよ」
素直に答える。ビバルは何故か怯んだ。
「わたくしが留守の間に何かあったのですか?」
そう尋ねるとビバルの目が泳ぐ。本当に素直な男だ。
「何があったのですか?」
もう一度厳しい声で尋ねた。それでもビバルは口を開かない。そんなに言いにくい事なのだろうか。
そっと視線をリーチェの方にやる。精霊の言葉はイライアには分からないが、そのかわり彼らは身振りで話をする術を覚えた。それに期待するしかない。
リーチェの身振りによるとどうやらこの城に手紙が届いたらしい。内容は身振りでは分からない。ただ、ビバルがそれを隠し持っている事だけは分かった。
ビバルはイライアが何をしているのか分かっていないようで首を傾げている。だが、イライアがビバルの目をまっすぐ見るとびくりと反応する。
「な、何ですか?」
「隠しているものを見せていただけますか? ビバル様」
そう言って手を差し出すと、ビバルは一歩後ずさりをした。それをゆっくりと追いつめて行く。自分はまるで悪人のようだとイライアは思った。それでもビバルが重要な事を隠している以上話してもらわなければいけない。間違いなくこれはイライアに関係のある話だ。
「許して下さい、王妃」
いつのまにか呼び方が『王妃』に戻っているのもイライアの感情を逆撫でする。おまけに何故かずっと敬語のままなのだ。警戒されているようで腹が立つ。
「いいえ。許しません」
なのでイライアも遠慮なく昔のように冷酷な王妃を演じる。
「手紙を渡してくださるのなら怒りを引っ込めますけどどうしますか? 陛下」
イライアの最終通告にビバルは観念したようにため息をついた。
持ってくるからどいてくれと言われて素直に体をどける。だが、目はビバルから離さなかった。
「そんなに警戒しなくてもきちんと持ってくるから」
苦笑される。それは必死になって手紙を隠そうとしていた人が言う言葉ではない。イライアの方も苦笑で返した。
ビバルはその言葉通り、素直に手紙を渡してくれる。差出人を見ると父だった。それだけで封筒ごと破りたくなる。でもそれでは見せて欲しいと言った意味がない。
お気に入りの椅子に腰掛け手紙を見る。手紙は何故か開けた形跡があった。不思議に思って宛名を見ると、レトゥアナ王家宛だった。それで納得する。
ゆっくりと便せんを取り出す。優雅にしようと考えたからではない。どこか怖かったからだ。ここまでみんなが警戒しているのだ。ろくな手紙ではないだろう。
手紙に書いてあったのは予想以上に最悪な事だった。何度も何度も読み返し、それが間違いではない事を確認する。
でもこれはいずれ来ると思っていた。それが今日だっただけだ。
「イライア……」
ビバルが不安そうに声をかけてくる。
「決闘の申し込みですね」
簡潔に手紙の内容を言う。ビバルが不安そうに震えた。
「行くのか?」
「この国で魔力持ちの王族はお義母様とわたくしだけです。そしてわたくしの方が魔力は多い。当然わたくしが受けるべきでしょう」
淡々と感情を捨てた声で真実を告げる。
「その前にセドレイ・エルナンに連絡をしよう! もしかしたらなんとかしてくれるかもしれない。前に危険な事があったら遠慮なく助けを求めて欲しいと言われたんだ」
兄に連絡が出来たら確かにそれが最善だろう。だが、イライアにはそう出来ない理由があった。
「無理ですわ。きっとお兄様はお父様の罠にはまったに決まっています」
イライアの残酷な言葉にビバルは目を見開いた。
「ど、どうしてそんな……」
「わたくしが魔力持ちだと知っているのはアイハでは二人だけです。バルバラ王妃殿下とセドレイ・エルナン。そしてわたくしにはバルバラ王妃があの男の謀計にはまるとは思えませんから」
「……え?」
「きっと魔法で尋問か拷問でもされたのでしょう」
「まさか! あのセドレイ・エルナンが!」
ビバルは唖然としている。きっとエルナンが何でも出来るすごい男のように思っていたのだろう。
でもイライアは知っていた、呪いの魔法や闇の魔術を嫌って避けていた結果、父によって強い呪いをかけられてしまっていた兄の姿を。
でもビバルにそこまでエルナンの評価を下げる気はないので属性に関して軽く説明する。ビバルはエルナンに苦手な事があると知って驚いていた。つい呆れた目で見てしまう。そこまで万能な人間はいない。
「だからお兄様に連絡すれば、もれなくお父様にも伝わるのではないかしら。お兄様に助けを求めるのはやめておきましょう」
「まさかまだ捕らえられていると?」
「わたくしだって自分を害しようとしている人のバックにいる人間は警戒します。お父様だって同じでしょう」
もし無事ならとっくに警告が来ているだろう。来ていないという事はそういう事なのだ。
連絡出来るとしたら父の留守中だが、その時はイライアも留守だ。もし、母によって救出されていたとしても間に合わない。
それにしてもどうして兄にまでたどり着いたのかは分からない。一体どうやったのだろう。
「他にわたくしの留守中に何か変な事はありませんでしたか?」
「え? 何もなかったけど」
「そうですか」
ビバルは素直なので嘘をついていればわかる。なら何もなかったのだろう。
ただ、リーチェがうなずいているのが気になる。イライアの質問に対して『変な事があった』と言っているのか、ビバルの返答に対して『陛下の言う通りです』とうなずいているのか分からない。
もう一度何かあったのかと尋ねるとうなずいた。
どうやらマルティネスは数日前にレトゥアナ王国に魔術で侵入しようとして精霊に阻まれたらしい。身振りでは正確な事は分からないが大まかには合っているだろう。
「じゃあみんなが回復している事をマルティネス王が気づいている可能性があるのね」
イライアの確認の言葉にビバルは焦った顔をする。
「それはいろいろとまずいんじゃ……?」
「まずいですわね。だからこそ何とかする必要があるのですよ。向こうが直接宣戦布告してくれたのならまだ好都合と言う事です。真っ正面から叩けますからね」
だからイライアが行く必要があるのだと力説する。
それでもビバルは首を縦には振らなかった。ただ悲しそうにうつむいている。
困った、と思ったタイミングでノックの音がした。侍女が義母の来訪を告げる。ビバルもイライアも喜んで入室許可を出した。お互いに説得してもらえると考えての事だった。そしてお互いにその反応に苦笑する。
「おかえりなさい、イライア」
「ただいま帰りました、お義母様」
和やかに挨拶をする。そこでまだお茶も飲んでいない事を思い出した。それだけ緊張していたのだろう。
「どうするの?」
お茶を出してもらい、改めて人払いをしてから義母が単刀直入に尋ねて来た。それだけで場の空気が緊張する。
「どうもこうも、行かなければいけないでしょう。そうでなければ今度はマルティネス陛下が何をするか……。場所はレトゥアナを指定していますし」
マルティネスは卑劣だ。そうする事でレトゥアナの国民を人質に取ったようなものだと知っている。そのつもりで指定したのだ。腹が立つ。
ビバルが唇を噛んでいる。そこは彼も悔しく思っているのだろう。
「行かせてください、ビバル様、お義母様」
素直にお願いする。それでもビバルはうなずかない。義母も困った顔をしている。王太后としては行かせなければいけないが、義母としては行かせたくないのだろう。
「ビバル様、アイハでのお茶会でビバル様が言った事を覚えていますか?」
「え?」
「国王は民の事にとても気を配っていると、だからみんなは幸せなのだと言っていましたね。その意思を継いでいるお義父様とお義兄様が誇らしいと」
「はい」
「ビバルはそんな事を言っていたの?」
「ええ。心底誇らしげな顔をして」
「イライア!」
恥ずかしくなったのかビバルが叫ぶ。イライアとノエリアは笑った。
「わたくしも王妃としてみんなを守っていかなければいけないと思っています。一昨日まであの地方の人たちを見て来た分余計に……」
ビバルもノエリアも黙って聞いている。
「ねえ、ビバル様、わたくしが臣下の誓いをした事は覚えていますか?」
「忘れられるわけがないだろう。誤解してたぶん余計に覚えてるよ」
覚えていてくれた事にほっとする。
「だったらそれを破らせないでください。どうか王妃として動く事を許して下さい、陛下」
頭を下げる。
しばらく部屋の中に沈黙が流れた。
「ちゃんと帰って来てくれますか?」
沈黙を破った言葉はそれだった。
難しい質問だ。負ける気はないが、相打ちする覚悟くらいはしている。だけど、ビバルはそれでは納得はしないだろう。
だからここでは嘘をつくべきだ。そうしなければ許可をくれないだろう。
「はい。お約束します」
イライアは頭を下げたままそう言った。
ビバルの顔を見る事は出来なかった。




