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愛国妃  作者: ちかえ
第四章 家族編
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日記帳

第四章の「2」スタートです。

 仕事も一段落ついたのでお茶でも飲もうと国王夫妻の私室に入ると、ビバルがこそこそと何かを読んでいた。


「何をしているのですか? ビバル様」


 イライアがこう聞いたのはビバルを責めるためではない。ただ何となく気になっただけだ。なのに、ビバルは悪い事をしているのを咎められたようにびくりと震えた。


「ビバル様?」


 呆れた声が出てしまう。今度は何をしているのだろうと訝しむ。


 もちろんあの日から研究ノートなどの見られたくない物はビバルの目の届かないところにしまってある。だから何も心配していないのだがなぜこんなにこそこそしているのだろう。


「何を読んでいるのですか?」


 詰め寄ってみるとビバルは観念したようにため息をつき、それを渡してくれた。ノートだ。表紙だけでは何のノートだか分からない。書き手の名前も内容も書いていないのだ。


 読んでもいいと言われたのでノートを開いた。


 そこに書かれていたのは日記だった。


「ビバル様は他の方の日記を見るのがお好きですね」


 ついそんな事を言ってしまう。ビバルはしゅんと落ち込んだ。


「これを読んだら書き手が怒りませんか?」

「あ、それは大丈夫です」

「そうですか」


 そこまで自信満々に言うということは本人に許可でもとってあるのだろうか。

 それなら問題はないのでイライアは遠慮なくページを繰った。


 まず思ったのが、『一日分が長い』だった。書き手は長い日記を書くのが好きらしく、一日に何ページにもわたって書いている。口語体なので読みやすいのが救いだろう。


 それと不思議なのが人の名前が出て来ない事だ。『父』や『母』という言葉は出てくるが、よく書かれている『愛する人』の名前や、侍女や侍僕などの名前は書いていない。

 だからこそ、その書き手が誰なのかなかなか特定出来ない。書き手はかなり注意して書いているらしく、最初の頃は男か女かも分からなかったのだ。書き手の『愛する人』の描写が女性のものだった事で、書き手が男である事はかろうじてわかった。そうでなければ分からなかっただろう。


「これはどこから手に入れたのですか?」

「城になかったからセルロールス卿に聞いてみたんです。何故……」

「待って!」


 誰のものか言われそうになったので止める。こういうのは読みながら特定したい。そう言うと、ビバルは苦笑した。


 それにしても、書き手はセルロールス家の関係者なのだろうか。

 セルロールス家の家族構成を思い返してみる。当主はもちろん父親を亡くしているし、エステルのものだったら弟に対する記載がなければおかしいだろう。夫人にも兄弟がいるので、この構成には当てはまらない。


 とりあえず読み進める。彼は意思に関係ない理由で『愛する人』と結ばれる事が出来ない事を嘆いている。


 ある日、その理由が解消されたらしい。素直に喜んでいるのを読むとほっとする。いつの間にか感情移入をしてしまっていたようだ。きっとこの書き手は日記でしか本音を吐露する事が出来ない人なのかもしれない。幸せそうに未来の自分や家族の姿を想像するのを読んでいるとこちらも幸せな気持ちになってくる。


 だが、その次のページで状況は一変していた。




 駄目だ。昨日の話は忘れよう。私はいずれ殺される。




 それだけでその日の記述は終わっていた。一体、彼に何が起こったのだろう。


 本当にこれは誰の日記なのだろう。とりあえず参考に日付を見てみる。日付は五千二百五十五年の晩冬の月の七日だった。その日に何があったのだろう。


 その頃、自分は何をしていたのだろうと考える。五千二百五十五年の晩冬なら十六歳になったばかりだからビバルとはもう会っていただろう。どうやってビバルをあの塔から逃がすか考えてばかりだったと思う。そんな頃に死の恐怖に怯えている人がいたのだろうか。


 そこまで考えてはっとした。確かにいる。イライアがビバルに会った事で命の危険に晒されてしまった人が。


 そこまで考えると、彼の『愛する人』が誰なのかも分かった。エステルだ。


 どんな選択をしても自分の存在はセルジとエステルを不幸にするものだった。


 突然、悲しそうな表情で固まったイライアに、ビバルは慌てた。


「イライア、イライア、一体どうしたんですか?」


 顔の前で手を振られる。それでもイライアは返事をする事が出来なかった。



****


 不意に甘い香りがしてイライアは顔を上げた。蜂蜜茶の香りだ。最近よく飲むイライアの好物。


 顔を上げると義母と夫と侍女達が心配そうな顔をしてイライアを見ていた。おまけにどこかほっとした顔をされる。かなり迷惑をかけてしまった。


 あのノートはイライアの手から離れて机の上に置いてあった。ノートから見える栞はイライアが読んでいたページだろう。


「あの……」

「いきなり呆然とするから驚いたよ」


 ビバルがそんな事を言ってくる。そしてお茶をすすめられた。

 一口飲むと、ふんわりとした甘い香りが口一杯に広がった。


「すみません」


 イライアが少しだけ落ち着いたのを確認すると、ノエリアは侍女を下がらせた。ビバルは首を傾げている。


「ビバルに聞いたけど、セルジの日記を読んでいたそうね」

「はい」


 もう分かっていたので素直にうなずく。


「どうしてこれを読む事になったの?」


 ノエリアの指摘に何故か今度はビバルがうつむく。


「もしかしたら父上や兄上も生きているのではないかと少し期待をしてしまって……。読む事で生きていない事が確実になってしまったような気がしますが……。」

「『も』? 『も』って何? 誰が生きていたの?」


 ノエリアはビバルが言った言葉を聞き逃さなかった。ビバルは口ごもっているので、イライアがミュコスでビバルが出会った女性の件を簡潔に説明した。


 案の定、ノエリアは複雑そうな顔をした。


「そんな事があったのね」

「あまり広げない方がいいと思って。報告しなくて申し訳ありませんでした」

「それはいいけど、大丈夫なの? 明日から」


 それだけでイライア達にはノエリアが何を言っているのか分かった。イライアは明日からエレストスの孤児院に行くのだ。近い領なら日帰りで行ったり出来るのだが、一番遠いエレストス領はきっちり予定を組まないと行けない。


 とりあえず『大丈夫です』とだけ返す。


「ただ、王城が心配ですが……」

「ああ、それは大丈夫。リーチェとギジェが張り切っていたから」


 イライアは苦笑する。だが、ビバルには分からないようで首を傾げていた。


 リーチェとギジェは精霊の名前だ。ないと呼ぶ時に不便なので名前をあげたのだ。もちろん他の精霊にも名前を付けてある。ただ、四十以上もいる精霊全員に一人で名前を付けるのは大変なので、義母と一緒に何日もかけて考えたのをよく覚えている。そう説明するとビバルも納得してくれる。


 彼らが張り切っているのなら安心だとわかる。前にあげた魔力回復薬の成果か、間違いなく弱る前より強くなっているのがわかるくらいだ。大体、普通の精霊はここまで強くはない。あれならマルティネスの侵入も防げるだろう。


「それで? イライアはどうして落ち込んでいたの?」

「それは……」


 イライアは口ごもった。どう説明したらいいのか分からなかった。セルジとエドゥアルド王の死の原因が自分だなんて考えたくもなかった。でも、どう考えても原因は自分なのだ。


 ノエリアはそっとノートを取り上げた。そうしてイライアが読んでいたページを見る。そして納得した顔をした。


「イライア、セルジやエドゥアルドの死について、あなたに責任はないわ」


 いきなり確信をつかれる。イライアは思わずあんぐりと口を開けた。ビバルがわけが分からないというように目をぱちくりさせる。


「それはどういう意味です? 父上と兄上を殺したのはマルティネス陛下でしょう?」


 ノエリアは完結に婚約の真実をビバルに話してくれる。ただ、理由が『イライアが北の塔に登ったから』というものなのはノエリアは知らない。


「そんな話は初耳ですよ」

「そりゃあイライアだって言えないでしょう」

「まあ、そうかもしれませんね」


 それでビバルは納得してくれたようだった。だが、何故か呆れたようにため息をついている。


「あなたに何も責任はないだろう、イライア。さっきも言ったけど、父上たちを殺したのはマルティネス王で、イライアじゃない。だから気にやむ必要もない」

「でも、もし事前に気づいていたら……」

「『もしも』はやめましょう、イライア。終わった事を悔いても仕方がないわ」


 静かに日記帳をめくっていたノエリアが優しく諭してくれる。


「それに、セルジって結構狡猾だから、あなたがかなうとは思わないわ、イライア」


 茶目っ気たっぷりにそう付け加えてくる。


 イライアはどう反応していいのか分からず、困ったような顔をする他なかった。

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