まじない師の師弟
「改めて、おかえりなさい、母上」
「おっかえりなさーい、母さま!」
事務的に挨拶をする兄とは逆に、フローラはバルバラに飛びついた。謁見室ではないからこういう事が出来るのだ。ついでに今は父が社交で出かけている。こんなにのびのびと出来るのは久しぶりだ。
ちなみに母は公式では兄に帰宅の謁見をすましている。この国では王妃より王太子の方が位は高い。なので挨拶をする必要があるのだ。
今、三人は兄のサロンにいる。母の帰還を歓迎する茶会を兄が開いてくれたのだ。
「エルナン、入れ違いになってしまったけれど、レトゥアナはどうだったの?」
「普段と変わりありませんでした。イライアも元気そうでしたよ。母上の方こそ、ミュコスはいかがでしたか?」
「こちらも変わりないわ」
それが嘘だという事はよくわかった。その件についてはフローラから聞き出す必要がある。
三人で仲良くお茶をしてから、フローラはバルバラに甘えながら私室に行く。兄は呆れた顔をしている。
「あまり母上の邪魔をするんじゃないぞ」
「はぁい。わかってまーす」
相変わらず兄は口うるさい。フローラは肩をすくめた。
母の私室に入ると、フローラは甘ったれた演技をやめた。そしてゆっくりと礼をする。
「お帰りなさいませ、バルバラ様。長旅でお疲れではございませんか?」
いつもの光景だ。バルバラと二人きりになった時は甘えん坊の仮面を取っている。兄や姉も侍女たちも、こんなフローラの姿は想像もしていないだろう。人払いをしているから出来る事だ。
「まったく。ここでも甘えてくれればいいのよ」
バルバラは困ったような顔をしてフローラの頬をなでる。それでも無理だ、という事はどちらにも分かっている。『甘えん坊のフローラ王女』の姿は自分が生きていくための処世術なのだ。母もそれはよく知っている。だからこれはポーズなのだ。それでも嬉しいと感じるのは、実際にもやはりどこか『甘ったれている』のかもしれない。
「それで義姉さまの様子はいかがでしたか?」
椅子に落ち着いてから単刀直入に聞く。バルバラは息を飲んだ。
「知っていたの? フローラ」
もちろん、フローラは知っている。だからこそ口止めのために数日間父に食事を抜かれてしまったのだ。喋ったら今と同じ目に遭わせるぞ、というしるしなのはよくわかっていた。
王太子も王妃もいないのに急いで行われた葬儀。開けられる事のなかった棺。それを考えれば答えは出てくるのだ。棺に義姉の遺体は入っていなかった。王妃が命からがら逃がしたのだとフローラは最初から感づいていた。
きっと王も薄々は気づいているのだろう。ミュコス国に逃がしたとは思っていないだろうが。
それらの話を淡々と話す。バルバラは悲しそうに聞いていた。そうして全て聞き終わると、強く抱きしめられる。
「ごめんなさい、フローラ」
「いいんです。気にしていませんから」
事件当初は自分より義姉の命を優先させた母を恨んだ。知っていて見殺しにされたのだと信じきっていた。
でも、フローラを口止めするくらいだ。母に事情は知らされなかったのだろう。
そっと母の背中をなでる。
母はしばらくフローラを抱きしめていたが、それでは話が進まない。これ以上抱きしめられていたら泣いてしまいそうだというのもある。
名残惜しいが手を離す。最後に頭を撫でてくれるのがくすぐったい。
「それよりセドレイナさまの話をしましょう。セドレイさまが察知する前に」
冗談めかして言う。バルバラが苦笑した。仕事をしている兄に感づかれるわけにはいかないのだ。それくらい兄は義姉にのめり込んでいる。
「そんなにセシリアさんの話が聞きたいの?」
「と、いうか対策を話し合った方がいいのではないかと思って」
「対策?」
「最初は兄さまが呼ばれていたのでしょう?」
バルバラは神妙にうなずく。
どうやらミュコス国は義姉を持て余しているようだ。アリアネは別に気にしていないようだが、当主の方が、どうにかセシリアを国から追い出そうと画策しているらしい。
昔は、名前を変えて適当な者と再婚させようという試みもあったようだが、母が必死に止めていたと言っていた。それを兄に知られたら、彼は爆発するだろう。立場が悪くなって一族が滅びる可能性だってあるのに愚かだと思う。ただ、今は考え直してくれたようだ。
だからと言って兄を呼び寄せて引き取ってもらうのも危険だという事はよくわかっている。どうやらレトゥアナから姉も呼び寄せようとしていたようだったが、姉は所用があって来れなかったらしい。
「まあ、ミュコス以外の国に引き取ってもらうならレトゥアナが一番自然で安全なのだけど」
母がため息まじりにつぶやく。それはどういう意味だろう。フローラは首をかしげた。
ふと、国境沿いで見かけた子供の事を思い出す。これはバルバラにも報告済みだ。
「母子だけで生活させれば不自然ではないと?」
静かに問いかけるとうなずく。
それでも甥を拾って育ててくれている人間がいるだろう。だから甥は生きているのだ。もし、義姉が引き取ったら彼の養父母がどう思うのだろう。そこは姉が何とかしてくれるのだろうか。今度、また兄のレトゥアナ訪問にくっついて行って姉に話してみようと考える。その前にバルバラに許可を取らなければいけないが。
それにしても兄の子の居場所を母が知っていたのが不思議だ。母はレトゥアナをあまり訪問していないはずだ。なのに、報告した時も今もあまり動揺していないように見える。
そう問いかけると母は寂しそうにため息をついた。
「孫の事ですからね。居場所を調べたんですよ」
「魔術で……ですか」
バルバラはうなずく。『まじないの魔術』というのは人探しも出来るのかと驚く。
どうやら今のフローラも練習すれば出来るらしい。話し合いの後で教えてもらう約束をする。
「今のレトゥアナにはきつい結界が張られていてあまり察知は出来ないのだけどね」
その言葉にフローラは唖然とする。
「まさか……姉さまは……まだ魔力を?」
「そのまさかよ」
「無茶です!」
フローラはつい叫んでしまった。
「そうかしら。イライアならやってくれ……やるんじゃないかと思ったわ」
「バルバラ様……」
フローラは呆れた目で自分の師を見る。その言い方だと、姉が実行しなければ、母が焚き付けていたのではないか、とまで考えてしまう。
「その武器がこれから必要だと分かっていながら手放すのは愚か者のする事です。フローラ、 あなたも覚えておきなさい」
「……はい」
叱られてしまった。
「大体、あなたもそのつもりで私に師事したのでしょう。違うの?」
「違いません。申し訳ありませんでした、バルバラ様」
素直に謝った。確かにそうだ。フローラは自身の得意なまじないの魔術の力を伸ばすために母に師事して魔術を習っている。それはもう徹底的にだ。そして兄の治世になったら王宮付きのまじない師になりたいと思っている。今はそんな職業はないが、母が提案してくれると言っていた。
だから厳しい修行に耐えているのだ。最近は余計に厳しくなったのでもう師の部屋に入り浸り状態だ。でもそれが楽しいのだ。
兄は、フローラが彼の授業から逃げるために優しい母の授業を受けていると思っている。実際には母の修行の方が厳しいが、兄はそんな事は知らない。
それにしても姉がまだ魔力を持っているのに気づかない兄は間抜けだ。そんな事を考えていると母はくすくすと笑う。
「エルナンはとっくに知っているわよ」
「え? では兄さまが許可を出したんですか? あの兄さまが?」
兄がここにいない事をいいことに好き放題言う。もしここにいたら頭を小突かれそうだ。
母は苦笑した。
「エルナンもそこまで堅物ではないわ。必要な事なら許可を出しますよ」
そういうものだろうか。フローラは首を傾げた。レトゥアナに行ったらこの事も姉に聞いてみようと考える。これについてはバルバラの許可はいらないだろう。
「話が脱線しちゃったわ。セシリアさんの事だったわね。フローラ、あなたがその話題を出すという事は、エルナンに隠す事に協力してくれるという事?」
「もちろんです」
素直にうなずく。フローラだってあんな惨劇はもうたくさんだ。
バルバラは優しく微笑んだ。
「いい子ね」
何故か子供にするように頭をなでられる。普段甘えん坊の演技をしているからだろうか。
そうして一つ深呼吸をしてから立ち上がった。勉強の時間だ。フローラも気を引き締める。
「さ、今日はさっきも言ったように居場所の察知の練習をします。エルナンも呼びますからね」
「セドレイさまも参加されるのですか?」
「そう。『兄さまとかくれんぼ』よ」
ふざけて言う母がおかしくてフローラは笑った。
バルバラは侍女に言いつけて兄を呼んだ。事情を聞いた兄は苦笑した。
「母上、早すぎやしませんか? その魔術、僕は十五歳の時くらいに教えていただいた記憶があるんですけど。しかもそれはアルチュレタ家特有の魔術でしょう」
「あら、『魔術の授業は全面的にお願いする』と言ったではないですか。まさかお忘れになったのですか? セドレイ様」
母の返しに兄は肩をすくめる。そうして『大変なんだな』とささやいて来た。これが『まじない師』になるための修行だと知らないからこういう反応をするのだ。一応曖昧に笑って返しておく。
珍しく楽しい時間だ。
ここに姉もいたらいいのに、とフローラは少しだけ寂しく感じた。
これで第四章の「1」は終了です。
次から第四章の「2」が始まります。




